無事だと伝えて
アルタナの民の陣営に戻ると、空気は明るかった。
「サンドリアの戦術は見事だった」
「被害は最小限に抑えられた」
あちこちでそんな声が上がっている。
負傷者はいるが、誰もがどこか安堵していた。
――最小限。
その言葉が、妙に引っかかった。
大きな連合軍陣営。
戦いから戻った者たちが、生還に息をつき、天を仰ぐ。
動ける者は自陣へ向い、負傷者は入り乱れ地べたに下ろされる。
国も、種族も、区別なく。
痛みを耐えた戦士を衛生兵に託し、傍らに座り込む。
斥候の役目は果たした。
だがーー
戻った者の数は合わない。
包囲の突破と引き換えに受けた傷が脈打つ。
炎の熱に焼かれた喉は、詠唱を封じた。
喉が、焼けるように痛む。
傍らの、深手を負った魔道士を数人が囲む。
喉が渇く。
燃えるように。
遠く、行き交う戦士たちの合間。
金髪を揺らすヒューム族の女戦士が見えた。
必死に何かを探し、別の女戦士に声を掛ける。
身体が熱い。
喉が焼ける。
号令と喚声。
目の前を、別の隊が出陣していく。
土を踏むたくさんの重い足。
ぶつかり合う鋼の音。
座り込んだ地面から、彼らの闘志が伝わってくる。
その振動に、鎧の下で、傷がじりじりと身を焼く。
すると突然、声が飛び込んできた。
「ーーあのっ」
ブラウンの瞳を上げる。
若いエルヴァーンの女騎士が立っていた。
息が上がっている。
出陣の途中なのだろう。
「あの、あなた、以前兄と一緒にいましたよね?」
まっすぐな目だった。
「私、――の妹です!」
名前が、聞き取れない。
ちょうど兵器を動かす轟音にかき消された。
「弟も同じ隊にいるんです! あの、もし兄に会ったら、私達は無事だって伝えてください!」
早口に言い切ると、彼女は軽く頭を下げた。
踵を返し、そのまま人の流れに戻っていく。
呼び止める間はなかった。
――兄。
その言葉だけが残る。
誰だ。
一緒だった……エルヴァーン……。
戦場で見た顔を、いくつか思い返す。
だが、どれも決定的には繋がらない。
ーー最小限。
その言葉の中に埋もれた者なのか。
もっと昔の時間で、ともに並んでいた者なのか。
敵だった顔と、味方だった顔の区別がつかない。
同じ場所に立っていたはずなのに、立場だけが食い違っている。
ふと、敵陣で呼ばれていた名が脳裏をかすめる。
だが、呼ぶ声が誰のものだったのか、それすら定かではない。
一緒にいた。
自分はその者を生かしたのか。
最小限として、消費したのか。
あるいはーー
喉が渇く。
「いたいた!」
太い声。
大きな二つの影が覗き込む。
「酷いじゃないか。大丈夫か? 兄弟」
「終わったらこっちにも来てくれ!」
魔道士を呼ぶ。
支える剛腕。
「ほら、水を飲め」
目の前に何かを差し出される。
だが、徐々に幕が降りる視界。
ーー水。
誰かがーー
『飲むな』と……
言っていた。