弱くて儚い

2026/09/14公開



一瞬騒がしくなった片隅の寝屋。
中では、遅れて何かが崩れる音がひとつ響いた。

間を置いて、小柄な影が外に歩み出てくる。
入口の影に立っていた兵が、わずかに距離を取った。

横目に向けられたマキューシオの視線に気づき、彼女は足を止めた。

点々と灯りが揺れる陣営の暗がり。
彼女の細い腕が、闇の中で白く浮かび上がる。
絹のような金髪が月明りに煌めく。

目の前の剣士は、何か目的があって、そこにいた風ではなかった。
じっと動かない彼を観察して小さく息を吐く。
別に何も、期待していたわけではない。
そう伝えるように、先ほど異性に強く掴まれた腕を涼しげに払う。


「弱くて儚いの、私」

鼻で笑った。
男の子相手に喧嘩ばかりする少女だった彼女の、大人びた冷笑。

マキューシオは、何も言わない。
沈んだ闇の中、じっと何処かを見つめている。

ふと、スティユはその横顔に既視感を覚えた。

本当の姉のように慕っていた人の声が、まだ耳の奥に残っている。
そして、その人の一番下の弟の——生意気な物言いとの口喧嘩も。

けれどその記憶は、尊厳もなく道端に捨てられた姿に塗り潰されていた。


月明りの陰に腰かけた、ヒュームの剣士を見つめる。

あの時、焼ける光の中にいた彼の姿を、瞳が覚えている。

そこから先は――もう振り返らない、彼の背中ばかりだった。


そして、自分も染まる時がくる。
戻ってこないものを振り返るのは、もうやめる。



金髪を束ねながら、スティユはひとつ息を吐いた。


「私も、行くことになったわ」


一見頼りない彼と、一見儚げな自分。

そんな見た目に勝手な油断を重ねられることが、可笑しくて反吐が出る。


わずかに口角を上げた。
細くしなやかな手を月にかざす。

「もう……小指ひとつ握れば、ねじ伏せられるもの」



<End>

あとがき

二軍スピンオフ『弱くて儚い』でした。