立て札立てろ、瓦版を刷れ

2026/08/21公開



ジュノの賑わう通り。

アズマとチョモは、ぼんやりと道端に腰掛けていた。
作務衣姿のアズマは、組んだ太ももの上に肘をついて顎を突き出している。
その隣りには、まるで松ぼっくりのような茶髪頭をローブのフードに埋めたチョモ。
二人ともなんだか疲れた顔。

活動的な賑わいが横切る中、彼らの周りだけが気だるげな空気。

呆然と呟く。

「もう、何とかしてもらいたいんすけど……」

チョモの弱々しい声。
足元の雑草を抜きながら、アズマが頷く。

「俺だって、思うところは同じよ……」

先ほどから手当たり次第に草を抜いているアズマ。
傍らには小さな草の山ができていた。
隣で頬杖をつき、チョモがくたびれた声で問う。

「……あの二人の関係って今、何なんすか?」


妙に重苦しい、間。


口を引き結んだまま、アズマが手についた土を払う。

沈黙の後。
ぐっと眉に力を入れ――
小指を立てた。

眉を崩し、情けない顔をするチョモ。
口から溜め息が押し出される。

「でも……最近あんまり、一緒にいるところ見ないっすよね」

「そもそもレベルが全然違ぇからな」

「そう、そうなんでしょうけど……。 でも、それにしたって、何ともなさ過ぎじゃないすか!?」

身を乗り出して訴えるチョモに対し、腕組みをしたアズマは深く頷きを返す。

「オメェの言いてぇことは、分かる」

「でしょう!?」

「何もねぇように、見える」

「ヤバくないっすか!?」

小さな手をわなわな震えさせるチョモ。
アズマは足組みを解く。
両膝の上に肘をつき、組んだ手で口元を隠した。
ごにょごにょと言葉を濁す。

「おかげで、あの野郎の方も色々……あるっちゃあるみてぇだが……」

「あるんすか!? どんな!?」

「ムカつくからぜっってぇ言わねぇ」

「めっちゃ気になるっすけど!?」

食い下がるチョモの声に対し、アズマのこめかみに青筋が立つ。

「あの野郎は昔っから女ぁ泣かせる奴だからよ!バチが当たれ!地獄に落ちろ!」

「……不思議っすね。段々、ただのひがみに聞こえてきたっす」

つぶらで悲しげな目。

「――んなことより!お嬢ちゃんが危ねぇ!お嬢ちゃんが!」

くわっと目を見開き、膝を叩くアズマ。
両頬を手で挟み、チョモは悩ましげに顔を潰す。

「……トミー姉ちゃんね〜〜」

「あと、お嬢ちゃんに近付く“悪い虫”の方も危ねぇ」

汗を浮かべて押し黙るチョモ。
ごくりと固唾を呑み、意を決したようにアズマが声を絞る。

「……知ってるか? バスのあんちゃん」

「え、あ〜……何となくは……はい」

丸っこい頬をぽりぽりと掻きながら、チョモも慎重に口にする。

「バストゥークから来た……白魔の、ヒュームの」

「眼鏡の」

「「『エミールくん』」」

アズマとチョモの声がハモる。
二人とも、それぞれトミーの口から聞いたことのある名前だった。

「あれ……危ねぇと思うぞ」

乾いた声で呟き、アズマの手がまた草を抜く。

「やっぱ、マジなんすかね?」

神妙な顔で、チョモまで草を毟り始めた。

喋っていると、傍らの飛空艇乗り場から人がぞろぞろと出てくる。
到着した便を降りた者たちだろう。

横目に眺めていると、突然ーー現れる。

装備の金属音と共に冒険者数人を引き連れた、しかめっ面の戦士。

「戦利品のことは調整しとく。あとはもう言わせとけ。気にするな」

隣りを歩くエルヴァーンにダンが告げる。

「すみません! また是非お願いします!!」

魔道士らしきそのエルヴァーンは頭を下げ、パーティを離れていく。
それに片手を挙げただけで、ダンは残りの連れ達に向く。

「俺は火力補填してくる。二十分後に下層だ」

「おk。競売行ってきま」

「ちょっと装備変えるわー」

忙しなく足早に前を横切っていく。

眩しいものでも見るかのように。
目元をしかめてそれを見送るアズマとチョモ。
飛空艇を降りた人の流れが、街の賑わいに溶けてなくなる。


しばしの沈黙。


「ーーあんなのがよ? あとから急に出てくるんだろ?」

「震えるっすね」

強ばった顔を突き合わせ、頷きを交わす。

「いい迷惑だろ!ダンッ、バロちくしょうめ!分かりやすく囲んどけ!立て札立てろ!瓦版ばら蒔け!」

ダンのパーティ御一行が去っていった方向に砂を蹴って野次を飛ばす。
小さな雑草の山が砕けて散った。

すると、チョモの手がアズマの膝をバンバン叩く。
『あ!?』とアズマが向くと、チョモが指差す。

狩りから帰ってきた様子のパーティが、解散の雰囲気で挨拶を交わしている。
その中に、ハニーブロンドの髪の女戦士。
震えるチョモの指が何度も指し示しているのはーー
噂したばかりの、ヒューム魔道士。

「どわ」

アズマの口から思わず声が出た。

解散し、手を振って散っていく冒険者たち。
すると例の魔道士――エミールが、立ち去る様子もなくトミーに何やら声を掛ける。

互いに身振り手振りを織り交ぜながら、トークに花が咲く。

「……オメェ、ちょっと行って近くで独り言、言ってこい」

「えっ、なんてっすか?」

突拍子もないことを言い出すアズマをチョモが見上げる。
顎先の髭を摘まんで、しばし考えるハゲ侍。


「……『そうだ〜トミー姉ちゃんにはダンさんがいるから〜!』」


「めっっちゃヘタクソっすね」

「――ってぇかよ!? なんで俺達がこんな風に肝を冷やさなきゃならねぇんだよ!? 関っっ係ぇねぇだろ!!」

スキンヘッドを掻きむしりながら悶えてうめく。

「こういうのを何とかするのは、パリスの役目だっただろーが!」

「パリスさんに戻ってきてほしいっすね、マジで……」

「ひょっとしてパリスの野郎、これ見越して実家に逃げたんじゃねぇか?!」

じっと見ていると、楽しげに話しながら移動を始めるトミー達。
あわわわと指を全部咥えるチョモと、首を搔きむしるアズマ。

「エミール!ボケナス!さっさと帰りやがれ!!」

「もう見てらんないっす! 怖いっす! 無理っす!」

「誰か教えてやれよ!頼むから!」

訴える悲痛な声が賑わいの中に滲む。

界隈の冒険者は、ダンとトミーの関係を何となく察している者も少なくない。
しかし、最近新たにジュノに来たような新参者は、知るところではない。

分かっている側の人間からすると、胃が痛くて堪らない光景。

するとそこで、飛空艇乗り場から再び人の流れ。
はたと動きを止め、時計を見るアズマ。
チョモは察したように口を開ける。
アズマとまったく同時に立ち上がった。

なんだか二人張り合うように、乗り場から出てくる人の流れに目をこらす。

「ーーあ! いた! ロエさんいたー!!」

アズマよりも先に見つけて叫んでやる。
青筋を立てたハゲにぼかりと頭を殴られた。

こちらに気付いて駆け寄ってくる、青髪のタルタル。

「こんにちは」

小さく微笑み、挨拶する彼女。
ばちんと目元を片手で押さえ、天を仰ぐアズマ。

うわ〜……今、“きゅん”って聞こえたな〜。

内心ぼやき、挨拶を返すチョモ。

「お待たせしました」

「待ってねぇ! 待ってねぇよ!!」

無駄にでかい声で、アズマは満面の笑み。
少し困ったように微笑み返すロエは、ローブ姿ではなかった。
杖も背負っていない。

歩き出しながら、チョモは話を切り出す。

「もう、耳の院で本決まりなんすか?」

ロエは顔を上げ、少しはにかんだ笑みで頷く。

「あ、そうですね」

「すご」

「い、いえ。たまたまのご縁で……」

「でも、ちゃんと試験、通過したってことっすよね?」

控えめに頷くロエ。
チョモの口から感服のどよめきが漏れる。

ロエは自分の道を選び直し、前に進もうとしている。

冒険者として、パーティの中で役に立とうとこれまで精進してきた。
しかし彼女は、もっと幅広く、多くの人の役に立ちたいと思うようになる。
そして、公的機関に身を置き、世界に貢献する道を選んだ。

「……ロエさんもいなくなっちゃったら、どーなるんすか」

トミー姉ちゃんは。

言いかけて、喉元で押し留める。
目を瞬くロエ。

「さーーぁな」

言いながら、ずいと二人の間にアズマが割り込む。
チョモはジト目で、ロエは不思議そうな目で見上げる。

「え……何のことですか?」

「ダンの野郎が漢気を見せねぇなって話よ」

ふんっと鼻を鳴らし、作務衣のポケットに手を突っ込んで歩く。
ロエはぽかんと口を開けたまま少し考える。
だがすぐに、話題を察したようだ。
弱く笑いながら眉根を寄せ、言いにくそうに、口元に手を添える。

「……えぇと」

「『エミ「『エミールくん』」

今回はハモりが若干ずれる。
何となく残念な空気のアズマとチョモ。

きゅっと口を引き結び、ロエも汗を垂らす。
当然彼女も、トミーの口から聞いたことがある。


「……あ」ーー「ボクとしては」

ドッ!と、アズマがチョモを蹴る。

「たい!!?」

「うっせバーロー、静かにしろ!」

同時に喋ろうとしたチョモを黙らせ、ロエに促しの眼差しを向けるアズマ。
ロエは当然、オロオロと謝る。
当たり前だとでもいう顔で首を振るアズマ。
力いっぱい睨むチョモ。

「えぇと」

ロエは小さな手を胸の前で握り、言葉を選ぶような間を置いて呟く。

「ダンさんはきっと……トミーさんの世界を、閉ざしたりはしませんよね……」

ぐっ……と。
顎と眉間にしわを作って押し黙る男二人。

冒険者としてやっていくとは、どういうことなのか。
腐っても冒険者であるアズマとチョモは、もちろん、理解している。

そして、あの二人の奇妙な距離感、空気感。
あれが成立している理由も、何となく分かる。

ーー普通、耐えられるか?

疑問に思うが、あの男はそれをやってのける。
とにかく癪に障るので、アズマはそれを絶対に言語化しない。

「たしかに、ダンさんが『俺のだキャンペーン』したらダサすぎるっすね」

横目にアズマを見上げながらチョモが呟く。


ーー『俺のだキャンペーン』とは。

数週間前のことだ。
半年以上の猛アプローチ期間を経て、アズマがロエに交際を申し込んだ。
押しに押した結果、どうにか承諾を得られたらしい。
有頂天になったアズマは、あらゆる場に足を運び宣言する。

『俺のだ』と。

あまりの恥ずかしさに、ロエがその行為を注意して今は落ち着いたが……。
あの時期チョモはーー
陸地に別れを告げて汽船に住み着き、一生釣りだけをして生きようかと本気で考えた。

「いや、すべきだろ。『俺のだ』は。特にこんなべっぴんは危ねぇ」

「うるさいっすね〜……」

真顔のアズマに対して口の中で小さく舌打ちし、真っ赤になっているロエを見て溜め息をつく。
何かを振り払うようにパタパタと手を振り、ロエが口を開く。

「な、何というか、本当に特別ですよね。トミーさんとダンさんって」

「そうなのかも知れねぇが……。傍から見て分からねぇから、迷惑なんでぇ」

「心配じゃないんすかね? トミー姉ちゃんのこと。ダンさんは」

人の流れに乗って通りを歩きながら、ふと考える沈黙。


まず何かを閃いたのは、チョモ。

「ロエさんも、院で、もっと良い人見つかるんじゃないすか?」

すぐ隣りの空気が凍り付くが、無視して続ける。

「エリートいっぱいいるでしょ」

息を止めて思案顔になるアズマを即座に振り返る。

『立て札と瓦版だ』じゃないっすよ、アズマさん。ロエさん、働けなくなりますって」

図星だったのか、明後日の方に目を逸らすハゲ侍。
ここからしばらく、アズマは静かになった。

ロエは、すれ違う冒険者たちを眺めながら口を結んだ。

トミーも、ダンも。
色々なことを話し合い、互いを信頼し尊重しているから、ああなっているのだと思う。
あの空気感が、彼女たちのバランス。

恐らく、心的負担はダンの方が相当重い。
それでも――彼は尊重する。

なんだか切なく胸が詰まる。
ロエは小さく息をついた。


突然。
アズマがパァン!と手を叩く。
驚いて視線を上げると、何やら光を宿した目。
チョモは嫌な予感がして、口の端が歪む。

答えが出たと言わんばかりの晴れた顔で、アズマはロエに視線を落とす。
真っ直ぐな眼差しで言った。

「俺ぁ決めた。ウィンダスで鍛冶屋になる」

チョモが吹き出し、ロエは唖然とする。
思わず鼻水が飛び出てしまった鼻を拭いながら、チョモは言葉を探す。

「えーと、アレっすね、アレ。『寝言は寝て言え馬鹿野郎』!」

アズマが度々口にする言葉を引用する。
そんなチビに対してアズマは片方の眉を吊り上げる。

「あぁん? 俺ぁ由緒正しき刀鍛冶屋の倅だぞ? 寝言なもんかい」

「え……マジっすか?」

「そうと決まれば、善は急げだ。兄貴に聞いてみよう」

顎に手を当てて何やらぶつぶつと思考を走らせるアズマ。

開いた口が塞がらないチョモ。
そのままの顔で、ロエに向く。

「怖い怖い怖い! 怖いっすよ! ロエさんこの人マジでヤバいっすよ!?」

ロエは、足元に視線を落として歩いていた。
小さな手の指を組み直しながら。
揺れる青髪の隙間で、小さな声が呟く。

「……そこまで私にしてくれる人は……きっと、アズマさんくらいですよ」

――逃げなきゃ。

チョモは直感する。

「用事がっ!!!」

絶叫し、脱兎のごとく駆け出す。
アズマが『一緒に暮らそう』とか言い出しそうだと震えながら。

「んでよ、一緒に暮らさねぇか?」

避難が間に合わず、聞こえちまった。


チョモは流行りの歌を大声で歌いながら、人生で一番の全力疾走でジュノの通りを駆け抜けた。



<End>

あとがき

スピンオフ『立て札立てろ、瓦版を刷れ』でした。

タイトルからして、いかにも村長ワールド。

次は、噂のエミール視点です。
そちらも楽しんでいただけたら嬉しいです。