ファースト・コンタクト

2005/04/10公開

出会い―――それは誰にとっても、もっとも身近な奇跡である。


世界には、無数の人間が生きている。

それぞれが、それぞれの道を歩き、すれ違い、そして別れていく。

その中で、一生のうちに言葉を交わす人間など、ほんの一握りに過ぎない。

望む相手と出会えるとは限らず。

『出会い』というものは、無差別で、そしてとても貴重なものなのだ。


出会いは、いつどこででも起こり得る。

それは計り知れない力を持ち、人の生き方を、時にいとも容易く変えてしまう。

だからこそ、この奇跡を味方につけた者は、己の道を進む“覇者”と言えるだろう。


そして今、世界のほんの片隅で、またひとつの奇跡が起ころうとしていた。

その奇跡は、一人の男にとっては「必然」であった。


だが―――もう一人の男にとっては……。




キリ番9999hit 滾々様に捧げます。
リクエスト内容「ダンとローディの出会い」

~ファースト・コンタクト~



「ありがとうございました」

笑顔で頭を下げる魔道士に対して、ダンはニコリともせず、軽く会釈しただけだった。
魔道士は、先に散っていった他のメンバー達と同じように、人混みの中へと消えていく。

クフィム島での狩りから戻ったダンは、ジュノ港の奥、階段を下った先にあるクフィム島への地下通路の入り口でパーティを解散したばかりだった。

ジュノに来てから一週間。
その毎日が、ひたすら修行の連続だった。

この街に足を踏み入れた初日は、すべてが新鮮だった。
街の構造も、冒険者の数も、想像以上だった。
競売所の前は押し合いへし合い、レンタルハウス前の人の多さには目を見張ったものだ。

「冒険者としての第二の出発点」―――そう言われるだけはある。
各国から集う冒険者達の熱気に、最初は心が躍ったが、一週間も経てばもう慣れた。

七日目の狩りを終え、ダンは深く溜め息をついて、ゆっくりと階段を上り始めた。
すれ違う冒険者達は忙しなく駆け上がっていくが、ダンに急ぐ気はない。
今日はもう、新たなパーティを組むつもりもなかった。
腰にぶら下げた片手斧が、階段を上るたびにカチャリと金属音を立てる。
ダンはその斧に目をやり、乱暴にベルトから外して鞄へと突っ込んだ。



「もし」


レンタルハウスの並ぶ居住区の入り口に差しかかったところで、後ろから声がかかった。
なぜだか、少し違和感のある声だった。
振り返ると、ローブを纏い、深くフードをかぶった魔道士らしき男が立っていた。

ダンはすぐに前に向き直り、そのまま歩き出す。
「悪いが、今日はもう狩りには出ない」
「いえ、狩りのお誘いではないんです」
「じゃあ何だ。狩場でのクレームか?」
ダンは振り返ることなく、淡々と答えながら下層へと続く階段を上る。

ダンは気がついていた。
―――この男は、ここ最近、狩場でよく見かけていた。
だが一度も組んだことはないし、言葉を交わしたこともない。
別パーティの人間から文句を言われるのは、初めてのことではなかった。

狩りの誘いでないというのなら、なおさら怪しい。
ダンの頭に浮かぶのは、文句をつけに来たという可能性だけだった。

だが、後ろをついてくるその男は、どこか楽しげな口調で言った。

「違いますよ」


「少し、お話しませんか?」


その言葉に、ダンの足がピタリと止まる。

ゆっくりと、魔道士の方へ振り返った。



「…………あんた……見るからに怪しいんだが……」



ダンは基本的に、人を信用しない。
他人と馴れ合う気もなければ、馴れ馴れしくされるのも好きではない。

そして、何より相手の意図が見えないことが不快だった。
「……あんたの故郷じゃ、名乗らないどころか自分の顔も見せずに人を誘う慣しでもあんのか?」
「ははは。面白い人だ」
嫌味のつもりだったが、男は爽やかに笑って返した。
「これは失礼。何分、俺も狩りの後でしてね。少々見苦しいかと思い顔を伏せていたんですが……」
そう言うと、男はゆっくりと、目深にかぶっていたフードを後ろに跳ね除けた。


「ローディ・ナイルズと言います。こうしてお話しするのは、初めてですね」


男がにこやかに名乗ったその瞬間、ダンの片眉がぴくりと吊り上がる。
このローディと名乗った男は、一体、どれだけ長時間狩り続けていたのか。
泥と返り血にまみれ、髪も顔も汚れ放題。

とにかく、酷い顔だった。



   *   *   *



その薄汚い男、ローディは立ち話でも構わないと言い執拗にダンを引き止めた。
ダンは、このあとチョコボでサンドリアに戻ることをぼんやりと考えていたが、急ぐ用事があるわけでもない。
それに、ローディの“目的”が何なのか、少々気になっていた。

とはいえ、気になるからといって、乗り気になれるような相手でもない。
面倒だという思いもあったが、ローディの強いまなざしが次第に鬱陶しく感じられ、とりあえず気になることだけは聞き出しておこうと、話に乗ることにした。

だが―――お世辞にも怪しくないとは言えない相手だ。

というわけで、人目のある場所を選んだ。
ジュノ下層の競売所の上にある通路。眼下には、活気づく冒険者達が大勢いる。
面倒になれば、人混みに紛れて撒けばいい。


「ジュノにはどれくらい滞在しているんですか?」
移動を終え、ぼんやりと冒険者達の群れを眺めていたダンに、ローディがおもむろに声をかけてきた。
「一週間前にジュノに入ったばかりだ」
「なんと、じゃあ俺と同じですね!」
素っ頓狂な声を出すローディだが、表情はまったく変化していない。
睫毛の長いブルーの目で、今もなお、競売前の冒険者たちを観察していた。

その感情の読めない横顔を、ダンは訝しげに横目で見つめた。
年齢は自分と同じくらいだろう。
外見はみすぼらしく見えるが、装備はよく見るとなかなかの品だった。

「ジュノに来て、狩りに出て町に戻ったのは、実はこれが初めてです」

ダンは思わず顔をしかめる。
それはつまり、一週間ずっと狩りに出て戻ってこなかったということか?

「……一週間ぶっ通しで狩りを?」
「ああ。まあ、ずっと狩ってたわけではありませんよ。休みながら、同じレベル帯の冒険者たちを観察していたんです」

その瞳は、今も競売前の群れに注がれている。

「あなたが狩場にいると、ミミズはほとんど確保できませんでしたよ」
ローディは小さく笑い、ようやくダンの方へと顔を向けた。

彼が言う『ミミズ』というのは、クフィム島に出現するワーム型モンスターの通称。
このレベル帯の冒険者にとっては、経験値を稼ぐうえで最も人気のある獲物だ。
狩場では、ミミズが地中から顔を出した瞬間、各パーティの“釣り役”による瞬時の争奪戦が繰り広げられる。
一度確保した獲物に他パーティが手を出してはならないのが、冒険者たちの不文律。
救援要請でもない限り、横取りは厳禁だ。

つまり、どれだけ効率よく獲物を釣れるか――それが、パーティの修行成果を大きく左右する。
狩りにおける“釣り”は、想像以上にシビアな仕事なのだ。

ローディの言葉を聞いて、ダンはまたしても内心で溜め息をついた。
――やっぱり、文句を言いたかっただけじゃないのか。

「『自分以外のメンバーがミミズを釣ると激怒する』って陰口も、耳にしますね」
「……はっ、言わせとけ」
「でも、それは事実じゃないですよ。俺は見てました」
淡々と、しかし明瞭にローディは続ける。
「魔道士の精神力も考慮せず、無計画にモンスターを釣った輩をあなたは怒ったんだ。先日は、移動中に勝手にミミズを挑発した輩もいましたね」
まるで自分自身のことを語るかのように、スラスラと話す。
「そして夜、池近くの通路で『この場所にはワイトは湧かない』と言う魔道士の意見を、あなたはあっさりと一蹴しましたね」

『ワイト』というのは、スケルトン系のアンデッドモンスター。
ミミズ相手にしているようなレベルの冒険者では、とても太刀打ちできない相手だ。
クフィム島では、夜になるとどこからともなく姿を現し、音もなく冒険者を襲う。

「ワイトに絡まれたら、パーティ全滅も十分有り得る。……それなのに、頑として『戻れ』と指示するあなたに、メンバー達のあからさまに嫌な顔ときたら、ははは」
「………見てたのか?」
「偶然見掛けただけですがね。でも、情報の真偽も前以てあなたは調べていたから否定できた。そもそも狩りに雰囲気の良し悪しなんて関係ないんですよ。限られた時間の中で、どれだけ経験を積めるか――それが狩りの本質でしょう。 ……世間には、それを勘違いしている連中が多いんですよ」

この男は、一体どれだけ自分のことを見ていたのか。
ダンは困惑しながらも、なぜか彼にわずかな親近感を抱いていた。

少なくとも、ここ数日で組んだ連中よりは、よほど話が通じそうだ。

「……そしてあなたは、斧が嫌いでしょう?」
カバンに無造作に突っ込まれた片手斧を、ローディが示す。
ダンの眉が、ぴくりと動いた。
「戦士の武器といえば斧が定番、というのが一般的な評価ですけどね」
「ふん、確かにあんたの言う通りだ。……だが、俺は斧との相性が悪くてな」
「剣、斧、槍、棍……いろいろ試して、自分に合う一本を見極める。モラルやルールを自分で定める、それがあなたのポリシーのようだ。……まぁ、そういう俺もそうですがね」

常識を踏まえた上で、自分なりの“攻略”を模索する――そう言いたいのだろう。
ただ、その言い方が無駄にまわりくどい。

向上心という名の情熱は感じるが、やはり得体が知れない。

「あなたは、一体何を目指しているんですか?」

一人で喋り続けていたローディが、不意にその青い瞳をダンに向け、真っ直ぐに問いかけてきた。
思考を巡らせていたダンは、一瞬返答に詰まる。

「……俺は………俺のやりたいようにやろうと思ってるだけだ。何にも干渉されずにな」
「はは、いいですね、そういうの」

口では笑うが、目はまるで笑っていない。
そよぐ風にブロンド髪を揺らしながら、ローディは遠くに視線を馳せた。

「俺は……すべてが見渡せる場所へ行きたい。死角のない、すべてが見える場所にね」

「そのためには、自分にそれだけのキャパシティが必要になる。……あなたも、“やりたいようにやる”ためには、ある程度の力が要るでしょう?」

何だか、やけに癖のある喋り方をする男だな―――と、ダンはぼんやり考えていた。

言っていることは分かる。
だが、本当に彼は冒険者なのか?どこか、そう思わせる不思議な雰囲気をまとっている。

薄汚れた若者は、ゆっくりとした動きでダンに体ごと向き直った。
そして――今度はちゃんと、目も笑っていた。柔らかい微笑みを浮かべながら。


「あなたは、修行に関係することに遠慮しない。俺は、あなたのそんなところが気に入った」


「どうです、少しの間だけでも……俺と組んでみませんか?」



――――って、オイ。
結局パーティの勧誘じゃねぇか。


ダンは呆然としたまま、目を細め、鋭い眼差しでローディを見つめた。

変な奴だ、こいつは。

整った顔を汚しているヒュームの青年を眺めながら、ダンは確信した。

だが、悪い話ではない気がする。
話の節々から感じるに、どうやら自分と考え方は近いようだ。

そう、修行に必要以上の親睦などいらない。
仲良しごっこがしたいわけじゃないーーーそれがパーティというものの本質だ。

これは一気に飛躍できるチャンス。
ダンはそう踏んだ。



「………あぁ、構わない」

そう答えた瞬間、握手でも求められたら痒いなと思ったが、ローディは手を差し出すこともなく、ただ満足げに深く頷いた。

「クオリティの高い狩りを期待しています。宜しくお願いしますね、リーダー」

その瞳には病的なまでの向上心が宿っていた。
空よりも青い、鮮やかなブルーの瞳だった。



   *   *   *



「だ~からぁ~、そんなメンドイこと、一々俺様に言わないでちょ~よ~」

「……あぁ、分かってる」

「シャントットたんは何て言ってんのん?まぁいーや。とにかく、そっちで何とかしてちょ」

「今思えばな、確かに俺も迂闊だったとは思う……。っつーか、お前、調理の合成スキルくらい上げとけよ」

「きひ!うっそマジカル!?」

「……言ってろ」

「マジ?マジ?」

「あーもー……とにかく俺はだな」

「きっひっひひ!!何それ傑作!!!じゃあ唱えろ。『イノチノ オンジン カンシャ エイエンニ☆』

「いい加減ぶった斬るぞてめぇ」

ダンは奥歯を噛み締めるような声で唸り、椅子から立ち上がった。
睨みつける視線の先には、ベッドの上でブリッジしているローディがいる。
ローディはニヤニヤとした顔のまま、ベチャッと潰れて、ベッドの上をゴロゴロと転がり始めた。
「んんん?それは俺様に言ってるのかにゃ?」
「果てしなくお前だ変態野郎。人んちに勝手に上がり込んでゴチャゴチャとリンクシェル会話展開してんじゃねぇよ」
こめかみに青筋を立て、ダンが低い声で言うが、ローディは相変わらず楽しそうだった。

ここは、ダンのレンタルハウスである。
ローディは、そのベッドの上で、わざわざ“声に出して”リンクシェル会話をしていたのだ。

「きひっ、俺様疑問!そう言うダンだって、リンクシェル会話口に出してんじょーん」
「お前の声がうるせぇから、声出さねぇとリンクシェル会話に集中できねぇんだよ!」
「なんだ、てっきり俺様と話したい意思表示かと思ったぞぇ。ダンってばシャイだなぁと思ってた!略して『ダシャイ』!!きっひっひっひ♪」
「黙れ。その妙な笑い方やめろ」
「きひ!」

ダンが舌打ちして視線を逸らすと、リンクパールをしまいながら不機嫌そうに呟いた。

「……また後でな」

深いため息を吐くダンを見て、ローディは再びブリッジ体勢になり――
「ぬ、ダンもしかして狩りに行くのかぇ?組もう組もう組もう組もうきひっ!!」
「うるせぇな、その体勢で跳ねんな!お前は何だ」
「ダンテス大好きローディ君なり☆キャァァァ言っちゃった!!!キェェ!!」
「もう一度言うぞ、跳ねんな」

有り得ない体勢で跳ねているローディを、ダンは静かに叱った。
ローディは笑いながら、ベッドの上に大の字で静止した。
「近頃、狩り以外のことし過ぎじゃにゃ~の~ダ~ン?ほんっとに変わっちゃったよねぇ。女は男に悪影響じゃのぅ、きひひひひ!!」
「うるせぇな、女は関係ねぇよ」
怒鳴るわけでもなく、少しドライな口調で返すダン。
それを聞いたローディは目をぱちくりと瞬かせた。
目玉がそのままひっくり返ってしまうんじゃないかと思うほど、仰向けの状態で強引にダンを見つめた。
「俺は何も変わっちゃいねぇよ。俺は俺のやりたいようにやってるだけだ。最初に言ったはずだ」
少しだけ間を置いて、吐き捨てるように付け足す。 「近頃、どこぞの変態からの干渉が死ぬほどウザイがな」
「きっひっひ、それなら俺様だって変わってないぞよ」
ローディは起き上がり、ベッドの上に胡座をかいた。
乱れた前髪を掻き上げると、ダンを指差して言う。
「俺様、分からないの大嫌い!今でも、ダンは見えない―――俺様にとって死角なのだ。だから攻略するのらー」
「寧ろ俺の視界からお前が消えろ。永遠に」
「きひっ!!分かった分かった、今行くぞぇ!」
ダンに背を向けていたローディは、なぜかその言葉で振り返った。
「女がうるさいから、今日のところはもう行くぞ。俺様多忙!!」

―――ああ、なんだ、またリンクシェルの会話かよ。

ダンは『だよな』と納得しながらも顎でドアを示した。
『さっさと出ていけ』という無言のサインに、ローディはにやにやと笑いながらベッドから飛び降りた。

「きひひひひ!うっそマジカル!?マジカル!?」

もうリンクシェルの会話に夢中になっているローディは、笑いながらドアを開けてそのまま出て行った。
開けっ放しのドアに舌打ちしたダンは、早足で歩み寄って、勢いよくそれを閉めた。
奥の部屋から、モーグリがそっと顔を出す。

「………か……帰ったクポ?」
「あぁ、幸いな」

不機嫌そうに返しながらも、ダンはふと、動きを止めた。
眉を寄せて硬直しているダンを、心配そうに見つめるモーグリ。


ダンは、しかめっ面のまま、静かにドアを振り返り、ぽつりと呟いた。



「……………女?」



<End>

あとがき

あの日 あの時 あの場所で 君に会えなかったら♪

………申し訳ございません。

本当はもう少し前の時間から書きたかったんですけどね。
あの……狩場で変態に見られてる辺りから。←1番怖い部分
でも戦闘シーンとか入ると、マジで数話分の長さになってしまうのでカットしました。
かなり地味な出会い方だったようですね。
まぁ、舞台裏は相当怖いんですけども。
ダンとローディ。ブレない二人の共闘が始まった瞬間。
滾々様リクエストありがとうございました!