容疑者の名前
2005/03/09公開
どいつもこいつも目くじら立てて、何だって言うのよ。
来いって言ったのはあんたらじゃない!
それなのに何なの、あたしが居たってちっとも良い顔しないじゃない。
何の繋がりもないんだから違うのは当たり前よ。
それにあたしは、生みの親の顔を死ぬまで忘れない自信があるわ。
ねぇ、あたしが悪いの?忘れないあたしのせいだって言うの?
勝手に変な理想押し付けて、いちいち文句たれてんじゃねぇわよ!
あたしはただ、ホンモノが欲しいだけなのよ。
それってそんなに我が侭なことなわけ?
あんた達の方がずっとずっと自分勝手で我が侭じゃない。
どいつもこいつも、何だって言うのよ。
もう懲り懲り。
だから忘れてやったのよ。
『寂しい』なんて。
リクエスト内容「リオの過去(ドロシー付き)」
~容疑者の名前~
頬の痺れに目を覚ますと、目を瞑る前は明るかった部屋の中が薄暗くなっていた。
昼食を取ってお腹がいっぱいになったから、いつの間にか居眠りをしていたみたい。
テーブルに突っ伏して腕に顔を埋めて寝ていたから、腕に押し付けていた頬が痺れている。
外はもう暗くなってきてる……ぎりぎり夕方ってとこかしら。
重い体をのそりと起こすと、不意に部屋の明かりがついた。
髪を掻きながら部屋を見回すと明かりのスイッチのところにモーグリがいた。
「目が覚めたクポ?何だかうなされてたクポ~」
ぱたぱたと小さな羽を動かして近くに寄ってくるモーグリ。
大丈夫かと様子を窺ってくるこいつは、いつも思うけどかなり鬱陶しい。
「別に」
そもそもなんで冒険者一人に必ずモーグリ一人がつくわけ?
冒険者に寝泊りするところを提供するシステムは有難いけど、モーグリはいらないわ。
あたしは一人でいたいのに。
この無遠慮なずんぐりむっくりはあたしと目を合わせようとしてるけど、そんなことしないわ。
じんじんと痺れている頬を手で引っ張ってみると、顔がむくんでいるような気がした。
離れていく気配のないモーグリに苛立って、あたしは椅子を立つとキッチンへ向かう。
コップに水を汲んで一口飲むと、冷たい水がぼんやりした思考を少し覚醒させた。
道着のまま居眠りをしたからだろうか、少し寒い。
するとふと、見ていた夢のことが思い返される。
非常に疲れるものだったそれを思い出して思わず顔が強張った。
何だかじっとしていられなくなる。
あたしはコップを置いてドアに向かった。
モーグリの方には一切視線をやってないから、まだあの位置にいるのかは分からない。
あたしは自分しかいない時とまったく同じように、何も言わないままドアを開けてレンタルハウスを出た。
っていうか、本当にあいつは何なの?
他の冒険者達はモーグリをどうしてるんだろう。
あいつとはどう付き合ってるの?あいつとの関係は何なの?
ただの留守番?世話係?友達?ペット?
あたしにはさっぱり分からない。
レンタルハウスから出て、まず最初に頭の中で毒付いたのはその事。
後ろにあるドアを睨むように振り返って、あたしは大きな溜め息をついた。
とにかくここには居たくないと思ったから出た。
出てどうするのかまでは考えてなかったけど、足が何処かに向かって歩き出す。
あぁ、あそこに行くんだなとすぐに分かったから、あたしは自分の足をそのまま歩かせた。
大手を振って広い歩幅で冒険者の居住区をずんずん歩く。
頭の中ではさっき見た夢のことがじわじわと胸の辺りで燻っていた。
滅多に見ないわよあんな夢。
っていうか初めてよ、あんなムカツク夢見たのは!
よくもまぁあんな夢、器用に見れたもんよね。
今更何だっていうのよ!
今までにあったムカツクこと大全集みたいな夢だった。
どうしてあんな夢を見たのかしら、昔のことなんかもうずっと考えてないのに。
もしかして、ホームシックってやつ?
馬鹿言わないでよ、そんなこと絶対に有り得ない。
――――――バンッ!
「マジっすか!?マジっすか!?」
「ぎゃっ!?」
通路を歩いているといきなり目の前のドアが開いて、中からタルタルが何やら叫びながら飛び出してきた。
「ヴぁ!?すみませんちょっと急いでてえええええ!!」
魔道士の格好をしたチビはリンクパールを片手に握っていて、謝罪の言葉を猛烈に叫びながら何度かお辞儀するとすごい勢いで駆けていく。
「ちょっと気をつけなさいよ!!」
怒鳴ってみるけど、あのチビは階段を駆け下りて人込みの中に消えていった。
何なのあいつ。
あたしは只でさえ悪かった機嫌が更に悪化したのが自分でも分かった。
っていうか、同時にジュノに来たのに、なんでレンタルハウスの場所ランダムなのよ?
近くにするとかそういう配慮しなさいよね!
目的地まで少し距離があることにも腹が立ってきた。
肩を怒らせた状態で再び歩き出すと、あたしはすぐに歩調を駆け足に替えた。
目的のレンタルハウスまで一気に走ってきたあたしは、ドアの前に立つとじっとドアノブを見つめた。
呼吸を整えてから大きな溜め息を一つつくと、ドアに耳を近付けて呼びかけた。
「いるわよねー?入るわよー」
「む!?リオさん!?ちょちょちょ待ってぇぇぇぇ!!」
ドア越しにこもった声が聞こえたのを確認しながらドアを開くと、中から『キャーーー!!』という悲鳴が聞こえた。
すると。
パリィィンッ!!
びちびちびちびちべしゃびたたびしゃぼた。
部屋の中はオレンジの香りでいっぱいだった。
「もっと合成が上手くなりたくて、それで今日も練習しようと思ったんです!私まだ下手だから失敗するのは分かってたんですけど!ダンに一人で街の外には出るなって言われてるし…。だからって街中でやるわけにはいかないからだから!……その…ここで……」
サルタオレンジの果肉が付着しているドアを雑巾で拭きながら苦笑いするドロシー。
綺麗に拭かれた椅子に腰掛けて、あたしは『ふ~ん』と足を組むと部屋を見回した。
あたしにビクビクしながらもモーグリが掃除を手伝っているので、案外早く室内は元に戻った。
壁を拭き終わったドロシーんとこのモーグリが流しの方に飛んでいく。
「なんであたしに言わないのよ。じゃあ明日外行って合成やりましょ」
そう言うと『え』と少し驚いたような顔で振り返る。
「でも、私達にはまだこの辺は危険なんじゃ……」
「出てすぐのところなら大丈夫よ、ヤバイのが来たらすぐ逃げればいいじゃない。なんであいつの言うことそんな素直に聞くのよ」
面白くなくてドロシーを睨みつけると、ドロシーはきょとんとしていた。
そんなこと疑問に思ったこともない、というような顔だった。
「ダンはこの辺のことにも詳しいし……言う通りにしといた方がいいかなぁって」
「男のくせに口うるさいだけじゃないあいつ!ウザイったらないわよっ」
「あはは、確かに少し口うるさいかもですけど」
笑いながら再びドアを拭き始め、『その内分かりますよ、ダンのこと』と続けた。
あたしはその後ろ姿を見て唇を噛んだ。
この子はあの男のことを心から信頼している。
それがその後ろ姿と声から感じられて、あたしは足元に視線を落とした。
また、夢のことを思い出した。
昔のこと。
途端に色々なことが頭の中で飛び交い始める。
すごく、言ってやりたい、この子に、いろんなことを。
どれもこれも憎まれ口ばっかりだけど、とにかく吐き出したい。
ちらりと見るとモーグリが手ぶらで戻ってきた。
見回してみると部屋はもう綺麗になっていて、今ナタリーが拭いているドアが最後のようだ。
モーグリに気がついたナタリーがもういいと言うと、モーグリはあたしのことを盗み見てから頷いた。
馬鹿ね、バレバレだっつーのよ。
緊張した空気を醸し出したまま、モーグリは空中でクルリと回ってパッと消えてしまった。
そうよ、さっさと帰れっつーのよ。
「………よしっ、綺麗になった!」
ドアを拭き終えたナタリーがそう言って飛び跳ねるように屈めていた背筋を伸ばした。
あ、待ちなさいよ!?
別の話題とか始めたら承知しないんだからね!!
内心そう焦りながらあたしは慌てて吐き出す言葉を考えた。
言いたい、けど何を言ったらいいのか分からない。
ナタリーがあたしを見た!
「ちょっと待っててくださいね、今お茶入れますから」
にこと笑ってそう言うと、ナタリーは軽い足取りでキッチンへ向かった。
手に持った雑巾からオレンジの果肉がぽろぽろ落ちていたけど、あの子はまったく気付いてない。
もっと慎重に持ってきなさいよ、馬鹿ね。
思ったけど言葉にはしなかった。それより早く、今の内に頭の中を整頓しておこう。
……シェリーはきっと…幸せな家庭に生まれたんだろうな。
ふと、そんなことを思った。
だってあたしとはこんなに違うんだもの、きっとたくさん可愛がられて育ったんだ。
父親はとっても優しくて、たくさん本を読み聞かせてくれたんでしょ。
母親は絶対に美人ね、それでもってすごく料理が上手だったりするのよ。
そう考えながら頭で思い描いているのは、過去の自分の時間だった。
……家庭だけじゃないわ、きっと友達もたくさんいるのよシェリーは。
あたしなんてずっと一人だったわよ。
始めから一人だったわけじゃないけど……いらないと思ったのよ、そんな奴ら。
だからリンクパールも割ってやったわ。
あの時のあいつらの顔、今でもはっきり覚えてる。
それに、あの時自分だけは味方だーみたいな顔してたあいつも、結局は他の奴らと同じだったってことよ。
今頃後悔してるかしら、だとしたらいい気味だわ。
シェリーはきっと、裏切られたことなんかないんでしょうね。
きっとそうよ、何でも話せる親友がいて、一緒に出掛ける友達もたくさんいるのよ。
座った椅子をずいずい動かして、テーブルに近付くと居眠りをした時と同じ体勢を取る。
組んだ腕に顔を埋めて震えた溜め息をついた。
「リオさ~んお腹空いてますよね~?」
びくっと顔を上げた。
幸い、シェリーは顔を出してはいなかった。
「今簡単に何か作っちゃいますからちょっと待っててくださ~い」
その何かをしながら話しているような声に、あたしは何も返事を返さなかった。
良かった、今の状態見られなくて……。
まだ少し時間があるみたいだから今のうちに落ち着いておこう。
何食わぬ顔をして頬杖をつくと、ぼーっと部屋の中を見回した。
写真とか飾ってあるんじゃないかと思ったけど、見たところなさそうね。
まぁでも、飾ってあったとしたらさっきのオレンジで救い様のないことになってただろうけど。
あたしは写真なんて全部捨てたわ。
だって、写ってるのはどいつもこいつも偽者ばっかりなんだもの。
そんな写真持ってたって意味ないじゃない?
…………みんなみんな偽者ばっかり、ホンモノなんていないのよ。
後ろで揺らめいていた尻尾を捕まえて、何となく手でいじる。
みんないざとなったら薄情なのよ、いとも簡単に見捨てていくの。
だから最初から信用なんてしない方がいいに決まってる。
ずっと、その思いで人を拒絶してきた。
なのにどういうわけか、最近のあたしはそれに対して矛盾した行動を取っている。
どうしてこうなったのかしら。
奥であの子がパタパタと動き回っているのが分かる。
あの子は多分、あたしのこと見捨てなかったんだと思う。
ジャグナー森林でジェーンと会った時は何ともなかったんだ。
最初はまた、時々いる偽善なお節介者だと思ったの。
でも……何ていうのかしら、ジェーンは鬱陶しくなかったのよ。
あの時は不思議とたくさん喋ったわ、自然に言葉が出てきたんだもの。
無意識な天秤も色眼鏡も、同情とかそんなものは一切無い。
会った瞬間からずっとあたしと同じ位置にいたのよ、ジェーンは。
逆に、あたしがしっかりしなきゃって思わされた節もあったくらいよ。
で、肝心なのはあの時。
あの時は、本当に怖かったんだから。
絶対に死ぬって思った。
自分だけ無理矢理この世から引き離されていくような感覚だった。
すごく怖くて寂しかったけど、何故か言っちゃったのよね、『あたしを置いていけ』って。
あれは、ずっと一人でいたことの意地だったのよきっと。
ふと頭の中に浮かんだ顔も認めたくなかったわ、あたしは一人でいいってね。
でもジェーンが子供みたいに愚図るもんだから、あたしもキレたわけ。
あたしキレて何言ったんだっけ………よく覚えてないわ。
とにかく、もっと早くに会いたかったとは思ったの覚えてる。
頬杖をついて悶々と思い出していると、不意に奥からいい匂いがしてきた。
あの子、何作ってるのかしら。
………………ていうか………え?
あの子、合成、ど下手なんじゃないの??
「じゃじゃーーーーーん♪できました~!」
思わず立ち上がったと同時に、ジェーンがキッチンから現れた。
両手に皿を一枚ずつ持ってにこにこしている。
あたしはその姿と皿を見て力いっぱい眉間にシワを寄せた。
「……………ぁ……え!?リオさんオムライス嫌いでした!!?」
あたしの様子に目を瞬かせたジェーンは、ショックを受けたように叫んだ。
そう、ジェーンが持っている皿に乗っているのは、どう見てもオムライス。
「え、いや、嫌いじゃないけど。あんたそれどうやったの?」
「へ?味付きご飯を卵で包んだんですよ」
「違うわよ馬鹿そういうこと聞いてんじゃないの!あんた調理の合成できないんでしょ?」
「あ、あぁ~これはクリスタルの合成で作ったんじゃないですよ~」
少し情けない笑みを浮かべながらジェーンはテーブルに皿を置いた。
ヤバイ、ものすごく美味しそう。
「クリスタル合成はできなくても家事歴は長いですからね。火打石で火ぃつけてぇ~って、普通の家庭お料理方法で」
ズルをした子供のような微妙な笑顔で、逃げるようにキッチンに戻っていく。
あたしは突っ立ったまま愕然とブツを見下ろした。
そして急にムカッときて顔を上げると、ジェーンが水の入った二つのコップを手に戻ってきた。
「あんたねぇ、冒険者ってのは合成で食事を作るもんなのよ?そういう庶民のやり方やってたって何にもなりゃしないんだから!」
「わ、分かってますよぉ。遠くに冒険に出た時とか合成の方が便利だし……時間もかからないから冒険者は合成してなんぼだってダンにも言われました」
「あいつのことはどうでもいいのよ!」
「うーでもでも、合成にこだわると食べ物が勿体無いし…まともなご飯にありつけません。リオさんは食事どうしてるんですか?」
「買ってる」
「人のこと言えないじゃないですかぁぁぁ」
あたしは『うるさい』と言うと椅子に腰掛けて、がっとスプーンを手に取るとオムライスを一口食べた。
期待通りの味。
気がつかなかったけどお腹が空いていたみたい、止まらなくなってしまった。
ジェーンが小さく息をついて、ゆっくりと椅子に腰掛ける。
あの子の『いただきます』という声を最後に、部屋の中は沈黙に包まれた。
でも、嫌な沈黙じゃない。
息苦しいどころか妙に落ち着く、ゆったりとした静寂だった。
どうしてこの子、何も言ってこないんだろう?
無口なタイプじゃないでしょ、いつもはあんなに喋ってるじゃない。
………まぁ……いいけど、今はこの方が落ち着くし。
あたしはたくさん頬張ってもぐもぐ口を動かしながら、目の前に座って楽しげな雰囲気で食事をしているヒュームの娘を盗み見る。
さっきは色々と言ってやりたかったけど、もうなんか、どうでもよくなったわ。
頭の中もなんだかスッキリしたみたい。
「………名前」
あたしは勢い良くがっついていた手を止めて、水を一口飲んでから言ってみた。
あの子は顔を上げて小首を傾げたまま固まっている。なのでもう一度言った。
「名前」
「…………………オムライス?」
「違うわよあんたの名前よ!!!」
あーまったくこの子はホントどん臭いっていうかムカムカするわねぇ!
目の前のヒュームの娘は『あ、あぁ~』とか言ってのろのろと納得している。
「何ですか、また忘れちゃったんですか?」
「あんたが覚えにくい名前してるからいけないんじゃないのっ」
「えぇえ、覚えにくいですかねぇ。トミーですよ、トミー」
「トニー?」
「トミー」
「トミー?」
「トミー」
「変な名前」
そんな名前だったっけと思いつつも、今日を切欠に覚えてやろうと決めた。
決めたけど、口から出たのはそんな言葉だった。
「トミーって、普通男の名前じゃないの?変よ、絶対」
「ん~…そうかもしれませんねぇ。でもどっちでもいいんじゃないんですか?分かりませんけど」
「アレね、男か女か分からない内に名前付けたんでしょ、あんたの親」
さっきはこの子の家庭を勝手に創造してムカムカしたけど、今は何ともないわね。
っていうか、どうでもいい感じ?
「それが、名付け親は私自身らしいんですよ」
「んじゃトミーって言いながら生まれてきたのね、間違いないわ」
「あははは」
ぐいっと水を飲み干して、空になったコップをずいと……トミー…に差し出した。
……トミー…は短く声を漏らして席を立つと、奥に入って水差しを取りに行く。
その隙に………トミー…のオムライスをがさっとすくって食べた。
さっきから気になってたのよ、なんかあっちの方が美味しそうだなぁと思って。
するとばくっとスプーンをくわえ込む瞬間を目撃した………トミー…が、水差しを片手に喚きながら駆け戻ってきた。
やっぱり、味は同じだった。
よし、決めたわ。
あんたはあたしが名前を覚えた4人目にしてあげる。
だからずっとあたしの近くにいなさいよね。
あたしに『寂しい』を思い出させたあんたの罪は重いのよ。
あとがき
なんじゃこりゃああああ!!!(←お前が言うか)第二章だけでなく、こっちの話まではっきりと書かないのかよー。
アレです、リオは戦争孤児なんですよ、多分。(←言い切れよ)
あああ…マジで村長ヴァナを無視し過ぎですよね。
何?オムライスって!!(´▽`*)