ダンテスはじめました
2005/04/10公開
この物語はフィクションです。
「……………マジっすか?」
リクエスト内容「もしもダンと総帥の心が入れ替わったら」
~ダンテスはじめました~
真っ昼間の、人気のないジュノの酒場。
今日も暇を持て余した冒険者三人組は、パーティの誘い待ちという名目でガラガラの店内に座っていた。
安い酒の入ったコップを片手に、顔をしかめているスキンヘッドの男、名はアズマという。
ヒュームの彼はダンと昔からの顔馴染で、なぜか東方なまりの強い冒険者の侍である。
その隣りの椅子では、口をかっ広げたまま硬直しているタルタルの少年魔道士が一人。
彼はヘボ戦士トミーの友人で、彼女からチョモと呼ばれて親しまれている。
そして同じテーブルにはもう一人、すごい顔をして固まっている二人を無表情で静かに見つめるガルカの姿があった。
彼が名前を呼ばれる場面に居合わせたことがないので、名前は知らない。
そんな彼らの座るテーブルの前に、肩で息をしたローディが立っていた。
深く一度、大きな溜め息をつく。
落ち着いてきた呼吸の中から、ローディはもう一度、同じ言葉を繰り返した。
「俺を見なかったか?」
「……ほ……は……す、すみませんローディさん、何を仰ってるのかよく」
――――――ばちんっ!!
「ほげっ!」
口をパクパクさせながら恐る恐る発言したチョモの顔面に、アズマの平手が打ち付けられた。
―――いや、ただの平手ではなく、そのまま口を塞ぐように顎を掴んで自分の方へ引き寄せる。
「バーロー!これぁきっと試されてるのよ!!」
「ばひっぷぱ!?」
「落ち着けトーヘンボク!チャンスだっ、これぁまたとないチャンスなんでぇ!!どうする!?どんな回答がベストだ!?トンチか!?ちくしょう、何か捻りを」
「お前が落ち着けハゲ。俺の話を聞け!」
鬼気迫る表情で捲くし立てるアズマに、ローディは歯噛みしながら言い放った。
バンッとテーブルを叩くと、騒ぐ二人はビックリしたように動きを止める。
ガルカはやはり、微動だにしない。
「俺の体に……あー……説明すんのも馬鹿馬鹿しくてやってらんねぇな……クソッ」
ローディは片手で金髪をくしゃくしゃと搔き乱しながら、苛立った様子で唸る。
妙にカリカリしているその姿を見て、チョモとアズマは眉をひそめている。
「ちっ……あぁ、そうか。ダン、ダンを見なかったか?」
「え?あ、ダンさんっすか??」
ローディの言いたいことを理解したチョモは、困惑した表情をコロッと変えて眉を開いた。
同様にアズマも表情を変えるが、何だか非常に面白くなさそうな顔をしている。
「ボクは~……今日は見てないっすけど……」
『見ました?』とチョモが連れの二人に目を向けると、ガルカは静かに首を横に振り、アズマは何かを嫌がるように首を振って見せた。
仲間達も見ていないと確認したチョモは、荒い息がまだ落ち着かないローディを不思議そうに見上げる。
「どうしたんすか、そんなに慌てて」
「あー…いや、ちょっとな」
「分かりやしたぜ!あの野郎、何かしでかしたんでしょう?!なぁに任せてくだせぇ!俺が見つけて叩き斬ってやりやしょう!!」
「お前に俺が斬れるか」
「へい?いやっははは、違ぇやすよローディさんじゃなくて、ダンの野郎をですよぉ」
スキンヘッドを擦りながら、機嫌よくアズマは笑った。
それを見てローディは胸中舌打ちをすると、なぜか自分の体を恨めしそうに見下ろした。
……そう、実はこの険しい顔で歯噛みしているローディは、いつものローディにあらず。
体こそローディのものだが、中身は受難真っ最中の男―――
ダンテス・マウザーであった。
突然入れ替わった―――よりによって、あの変態と。
はじめ何が起きたのかさっぱり理解できなかった。
だが、笑みを浮かべて走り去っていく自分の姿を目撃した瞬間、ダンは事態の深刻さを悟り、激しい眩暈に襲われた。
あの変態が、何かやったのは間違いない。
自分の体を乗っ取った変態を野放しにしておくのは、非常に、非常に危険である。
まさか慣れない体で、自分の姿を探し回る羽目になろうとは―――
誰が想像できただろうか。
「お客様」
突然、背後から声が掛かった。
ローディ(ダン)は、苛立ちを浮かべたまま振り返った。
そこには、髭を蓄えたダンディなヒュームが立っていた。
酒場の店員らしきその男は、穏やかな笑みを浮かべて口を開く。
「お客様に、ご伝言をお預かりしております」
そう言ってカウンターを示すと、やんわりとローディ(ダン)を誘導していく。
ローディ(ダン)は思い切り眉を寄せるが、伝言というのが気になるし、その男の空気に流される形でカウンター席へと向かった。
背後では、『さすがローディさん!ビップっすね!!』などと、チョモが驚嘆の声をあげている。
「………総帥、お戯れを」
耳元で突然聞こえた声に、ローディ(ダン)はぎょっとして隣を見上げた。
男は先程と変わらず、微笑を浮かべている。
「繋がらないと、ラインが混乱しております。危うくプランQが発動するところでした」
そのままじっと男の顔を見つめているのだが、明らかに、男の口は動いていない。
あいつの組織は腹話術愛好会か?
この男はローディの仲間なのだと理解したローディ(ダン)は、露骨にうんざりした顔になる。
小さく溜め息をつくと、男はローディ(ダン)をカウンターまで促した。
そして、男が懐からペラリと小さな紙を取り出す。
……その取り出す動作の中で、彼が懐に小刀を潜ませているのがちらりと見えた。
否、見えたというより、まるで見せられたというべきか。
そんなことを思っていると、男が差し出した紙が白紙であることに気が付いた。
「貴様、何者だ?」
次の瞬間―――またも男の動かない口から、ドスの効いた声が聞こえた。
いや、お前が誰だ。
ローディ(ダン)は思わずそう言いかけたが、ギリギリで口に出すのは堪えた。
それよりも、こちらが自分達の『総帥』ではないと即座に見抜いたことに少し感心すらした。
「影武者の話は聞いていない」
「だろうな」
ローディ(ダン)は苦笑しながら視線を逸らす。
それにしても、微笑を浮かべたままのまったく動かない口から声が聞こえるのが気味悪くてしょうがない。
「俺は……なんだ……あんたらの間じゃ、多分“D”で通ってる」
「―――……D……ッ」
「あんたらの変態は、今、俺の体ん中だ」
―――自分で言って、ひどく絶望した。
あの変態が今、自分の体で動き回っている。
今この瞬間にも何をやらかしているか、分かったもんじゃない。
この男が言う『ラインが混乱している』というのは、恐らくリンクシェルが通じないといっているのだろう。
今のところ、リンクシェルの会話は聞こえてこない。
ということは、ローディの体にはリンクパールを携帯していないのだろうか?
それとも、中身が違うせいで聞こえてこないのだろうか?
もし、ローディのリンクシェルの会話が聞こえてきたらどうなるか。
……それを想像するだけで、頭痛が起こりそうである。
「……本当に……やんちゃなお方だ……」
ふとそんな呟きが聞こえ、思わず顔を上げる。
髭面の男はなぜか心底満足そうな笑みを浮かべ、深々と丁寧なお辞儀をした。
そして、用事を終えた普通の店員のごとく、何事もなかったかのようにカウンターの奥へと去っていく。
入れ替わりに別の店員が出てきたが、そいつは不思議そうに何度も後ろを振り返っていた。
……今のように、ローディの仲間は何処に潜んでいるか分からない。
だが、今までのことを考えると、ローディの仲間は常時、彼の近くに潜伏しているようだ。
つまり今―――この瞬間にも、周囲に何人かのストーカーが張り付いていると考えてもおかしくない。
……よくよく考えてみれば、めちゃくちゃ怖いことである。
だが今、その一人に事情を話した。
この情報は、恐らく自分には想像もつかないネットワークを通じて、今この瞬間にも世界中に広まっているだろう。
ローディの仲間達にいちいち勘違いされていては身が持たない。
というか、命が危ない。
ローディ(ダン)は、一つ深い溜め息をついてからアズマ達のテーブルを振り返った。
すると神でも見るかのような、異常な眼差しがこちらに向けられている。
何とも言えない疲労感がどっしりと体に圧し掛かる。
だが、同時にふと、あることに気が付いた。
―――自分がこうして間違われるのだから、もしかして……。
ガタッとローディ(ダン)は弾かれたように駆け出すと、勢いよく扉を跳ね除けて店を飛び出した。
「マッ、えぇぇ!!?」
「あの話、あれで終わりなんですかい!?」
後ろでチョモとアズマの困惑した声が聞こえたが、そんなものはどうでもいい。
―――最悪なことに気が付いてしまった。
なぜ、もっと早く気がつかなかったのか。
これまで、ローディが自分の体単体で何かをやらかすことばかり考えていたが、もっと深刻な問題がある。
――――あいつはトミーの顔を知ってる!!!
忘れもしない。あの変態が、トミーと初めて顔を合わせた時のあの表情。
あれは間違いなく『見つけた』顔だった。
ロエとは行動を共にしていた時間が長いし、今更何かしでかすとは考えにくい。
となると、やはり―――。
* * *
一刻も早く、自分の姿を見つけ出さねばならない。
もしこのジュノの町から出ていたら絶望的だが、狙いが仲間ならまだ町中にいるはずだ。
ローディ(ダン)はジュノの町中を一通り探し回り、やがてレンタルハウスが並ぶ居住区へと辿り着いた。
荒い息を吐きながら建物を睨み付け、歯噛みする。
……大抵、犯罪者は現場に戻ってくるものだ。
一気に階段を駆け上がった。
――――バンッ!!
勢いよく、自分のレンタルハウスのドアを蹴り開けた。
「……ビ……ビックリしたぁ」
目の前のテーブルに、ひどく驚いた顔のトミーがいた。
そして彼女の正面には、この部屋の主、ダンテス・マウザーが腰掛けている。
……やっぱり。
「こんにちは、ローディさん。ダン……ダン、お客さんだよ!」
ローディ(ダン)の登場にも、ダンはまったく動じる様子がない。
手にした小さな瓶から、オレンジ色の液体を平然と飲み干す。
そしてそのままトミーに向かって言った。
「まぁまぁだな。だが作りが粗い。下手すれば咽るぞ。とてもじゃないが戦闘中での飲用は無理だな」
「ガーーーン!!それ今までで一番良い出来だったのにーーー!」
どうやら、トミーは自作のオレンジジュースを持ってきたようだった。
試しにダンに試飲してもらいに来たのだろう。
だが、体はダンなのだが中身が違う。
ローディ(ダン)は、その状況を冷静に分析している自分に驚きながらも、大股で入室した。
ゆっくりと、自分の体に歩み寄る。
「おい」
「なんだ変態」
―――間。
予期していなかった返答だったので一瞬の間を置いた。
だがすぐに、ローディ(ダン)はこめかみの辺りでブチブチと何かが音を立てて切れるのを感じた。
「人様の家に勝手に上がり込むなと、何度言ったら分かる」
これを言ったのは、ダンの方。
ローディ(ダン)は確信した。
このダンの体の中にいるのは、間違いなくローディだ。
でなければ、成りすまし方ができ過ぎている。
「もう!なんでそういう言い方するの!?ごめんなさい、気にしないでくださいねローディさん」
立ち上がったトミーが、恨めしそうにダン(ローディ)を見つめつつも謝る。
表面上極自然に展開される日常に、ローディ(ダン)は言葉が出ない。
動けずに立ち尽くしていると、奥からモーグリが茶を用意して出てきた。
ローディ(ダン)に気がついて一瞬たじろぐが、すぐに平静を装ってお茶を差し出す。
そんなモーグリを思わず凝視してしまう。
「ローディさんも座って、お茶しましょう!……あ、それとも、何か急ぎの用事ですか?」
「こいつに構わなくてもいいぞ、トミー。とにかく、お前はもっと合成の練習しとけ」
「む、練習はするよぉ!」
「言っとくが、クリスタル割りの練習じゃねぇぞ」
「うるさいなぁ!!」
ローディ(ダン)に対して気を遣うトミー。
その隣で淡々と煽るダン(ローディ)。
―――そう、いつもと変わらない風景だ。
しかし、ローディ(ダン)の目から見ると、その光景は通常であり限りなく異常である。
本当に、言葉が出ない。
―――――落ち着け、落ち着け!!
ローディ(ダン)は何だか勢いを失ってしまい、動揺する一方であった。
何だこれは。
なぜ、こうなる?
「っていうか、全部飲んじゃった?飲んじゃったよね!?駄目だよ一口って言ったでしょ!コップ用意したのに意味ないよ!リオさんにも飲んでもらおうと思ってたのにー!!」
「あー、悪い。また作れ」
「全っ然悪びれてないよね!?」
駄目だ。
ローディ(ダン)は、わけの分からない敗北感に押し切られた。
くるりと向きを変えると、入ってきた時と同様に大股でドアに向かう。
背後からトミーの疑問の声が聞こえたが、とてもじゃないが振り返れない。
ドアノブを捻って開けると―――
そこには、今まさにドアをノックしようとしていたロエがいた。
「えっ?……あ、ローディさん。こんにちは」
驚きに身を縮めながら、ロエはおどおどとそう挨拶する。
そのリアクションからして、彼女も駄目だ。
ローディ(ダン)は何も言わずに、ロエの横をズカズカと通り過ぎると、そのままレンタルハウスを後にした。
いつもと違う彼を、ロエはきょとんとして見送る。
「ロエさん、どうしよう……ローディさんを怒らせちゃったかもしれないです……っ」
ロエが部屋の中へ視線を馳せると、わたわたと慌てているトミーの姿があった。
その近くでは、椅子に腰掛けたダン(ローディ)が仏頂面で腕を組んでいる。
ロエは呆然としながらも、ゆっくりと小首を傾げた。
* * *
次にローディ(ダン)がドカンとドアを壊しそうな勢いで訪れたのは、友人のレンタルハウス。
「パリス!いるか!?」
「はいはいいますよ~~~って……どちら様?」
ひょっこりと奥から現れたエルヴァーンにずんずん歩み寄り、彼が言い終えるより早く胸倉を掴み上げた。
純粋に疑問符を浮かべているパリスを睨み上げる。
「俺だ」
「オレダさん?はじめまして♪」
「違ぇよ、気付け。俺だ」
今にも殴りかかりそうな剣幕で、ローディ(ダン)はパリスの目を真っすぐ睨んだ。
はじめは適当に流していたパリスも、『俺だ』と主張するこの見覚えのない人物のただ事ではない雰囲気に、徐々に目をしばたかせる。
ダンがここまで切実に、パリスに賭けるのは初めてだった。
胸倉を掴まれたまま、パリスはじっと見下ろす目を徐々に細めていく。
しばしの沈黙の後、思考を巡らせているような表情で恐る恐る口を開いた。
「……………もしかして……最近話題のオレオレ詐ぎゃっふぁ!!」
ムカツクほど真剣なパリスの顔面を、ローディ(ダン)は力一杯殴り飛ばした。
そんな調子で、パリスに状況を理解させるまでに小一時間かかったのだった。
「…………マジデスカ」
「マジだっつってんだろ」
あとがき
うっわー素敵に未解決です☆何気に期待されていたであろうドタバタがなくて、申し訳ないです。(´□`;)
村長の考えとしては、変態ならやりたい放題するわけではなく、確実にダンに成りすますだろうと。
結果、こうなりました。
色々と得なのはローディだけで、ダンにとっては何のメリットはありません。
そんな感じで、『もしもダンとローディの心が入れ替わったら、その時がダンの最期だよ☆』というお話でした。(ぇ)
リクエストしてくださった落花生さん、誠にありがとうございました!