こんな時、魔法は役に立たない

2004/11/17公開

人は時に、病にかかりたいと思うことがある。

何もせずゆっくり休みたいだとか、周りの人間に心配してほしいとか。

理由は人それぞれだ。

しかし彼の場合、そんな思いを抱くことはない。

多忙なことが苦痛ではないし、人に心配されることが嫌だからだ。


もし、そんな彼が病に倒れたとしたら?


彼は嘆き、その事実を隠そうとするのである。



キリ番5555hit 風水師様に捧げます。
リクエスト内容「ダンテスの一日」

~こんな時、魔法は役に立たない~



ここまで本格的な風邪を引くなんて、何年振りだろうか。
ダンはそんなことをぼんやりと考えながら、テーブルに突っ伏して咳き込んだ。

今朝、腕に熱を感じて目が覚めると、額に置いていた腕が熱でじりじりと焼けていた。
己の体が異常な熱を帯びていると感じて身を起こすと非常にだるく、頭がぼーっとして思うように思考が働かない。
おまけに何だか喉が痛み、一度咳をしたが最後、咳が止まらなくなってしまった。
この様子では今日一日この体は使い物にならない。
そう判断したダンは予定を全て延期し、今日は一日部屋で大人しくしていようと決めた。

が、ダンはその性格故に、徐々にベッドで大人しく寝ていることが苦痛に感じてきた。
昼過ぎまでは大人しくしていたのだが、日が沈み夕食に起きたのを切欠に今、ダンはベッドから抜け出した。
そして現在、調理以外の合成の腕でも上げようかとテーブルに合成の素材を並べているのである。

こんな状態で合成なんかしても、部屋を散らかすだけか……。

素材をテーブルに出してみたものの、それらを眺めるダンの咳は止まらない。
悪足掻きだったか……とダンは顔をしかめて、テーブルについた腕に顔を埋めて舌打ちした。
朝に比べれば熱は多少下がった………か?
いやしかし、咳をし過ぎて病状に頭痛がプラスされてきたような気がする。
ダンは溜め息の代わりに激しく咳き込んで、力の入らない手で拳を握った。

「ご、ご主人何してるクポー!?」

という叫び声と共に、どこからともなくモーグリが飛んできた。
ひとしきり咳き込んでから、険しい表情をしてくぐもった声でダンは苦言を零す。
「……今日はもう………来るなって言っただろ」
「寝てなきゃ駄目クポ!さっ、さっ、モーグリがモンブロー先生からお薬もらってきたクポ」
基本的にモーグリ族は臆病なのだが、ダンのところのモーグリはモーグリ族にしては肝が据わっているようだ。
モーグリが主人のためにお使いに出るなど、普通は考えられない。
どうやらモーグリ族にも各々個性があるようだ。
ちなみにトミーのところのモーグリは、臆病レベルが非常に高かったりする。
ダンは自分のところの勇敢なモーグリを気だるそうに見上げて、モーグリが手に持っている小さな紙袋に目を止めた。
そして再び咳き込んでから、低い声で言う。
「…………余計なことを……」
迷惑そうな顔をしている主人に構わず、モーグリは紙袋から錠剤を取り出した。
一回分のそれをダンの目の前に置いて、素早くコップに水を汲んで持ってくる。
ダンの前に薬と水をドンッと並べてモーグリは言った。
「飲むクポ!」
「………」
「晩ご飯ちゃんと食べたから大丈夫クポ?さぁ早く飲むクポ~」
「……いらねー」
「なんでクポー!」
「俺、錠剤飲めねぇんだよ」


「――――――……ポ!?

衝撃の事実。
ダンテス・マウザーさんは、あんなキャラに関わらず錠剤が飲めない!!!



カッコイイ、男らしい、プロフェッショナル。
そんな素敵ご主人のイメージを抱いていたモーグリは、何とも意外な主人の一面に驚愕してぴたりと硬直してしまった。


“あわっ、あわわーーー大変!”

――――と、ベッドの傍に出しておいた青いリンクパールから声が聞こえた。
今日もいつものように、朝からリンクシェルメンバーとの会話はしていた。
こういう時にリンクシェルとは便利なもので、いくら咳がひどくてしゃべれない状況でもリンクシェルでは普通に話すことができる。
そういう面を活用し、ダンは平然とメンバー達との会話をこなし、自分が酷い風邪をひいているということは誰にも知らせていなかった。
“あー?どうした?”
“ん?何かあったのトミーちゃん”
“えとあの、私クリスタルを1ダース競売に出品してたんですけど……。出品額よりも一桁多い数字で落札されちゃってるのぉぉ!!”
本当に、何でもかんでも…世間を知らない奴だな。毎日が発見か?
リンクシェルからのトミーの声に、ダンは半眼になった。
“あぁ、ベテランが時々やるミスだそりゃ。有難くいただいとけー”
“駄目だよもらえないよ!というわけで今競売までダーーーッシュ!!”
賑やかな声にふーと溜息をついたつもりが、今は激しい咳が出る。
時々あるのだ、こういうことが。
現にダン自身もやったことのある、入札ミス。
例えば、相場1500ギルのものを落札しようとした時に、日頃もっと高額のものの取引ばかりしているとうっかり桁を間違える。
1500ギルのものを15000ギルで買ってしまうようなことがマレにあるのだ。
“ガーーーーーン、落札履歴もう消えてるよぉぉ!落札者誰だか分からないぃぃぃ”
“あらら。…じゃあ…いいんじゃない?もらっちゃってさ。仕方ないよ♪”
“珍しくないことですしねぇ”
“駄目駄目駄目ですよぉ!捜さなくちゃっ”
本当に、暇な奴だなぁと思った。
ダンは自分には関係のないことだと思いつつも、何故だかうんざりした。
細かいことに一々喜怒哀楽が激しいというか、とにかく騒がしい。
そんなトミーを他の二人は適当にあしらうことなく構ってやるのだ。
人の好い仲間達だと思うと同時に、風邪のことは黙っていようと決意を新たにした。
この仲間達に『風邪で寝込んでいる』なんて言おうものなら、自分の安静は確実に奪われる。


“あ、あれ?あれー?…………どうしよう、ままま迷ったかも”

しかしこんな時に限ってこういうことが起こるのだ。
いや違う、こんなことが起きるのはいつものことであるが。
“ジュノの街中捜して走ってたら知らないとこに来ちゃった”
“待て、お前一体何を捜してんだ”
“へ?……落札した人”
“ん、誰だか分かったのかい?”



“…………ガーーーーーン
“ガーンじゃねぇよ馬鹿”

精神が乱れて、また咳が酷くなった。
実際テーブルに突っ伏して激しく咳き込んでいるものの、リンクシェルでは平然と続ける。
“何処にいるんだよ、下層か?”
“う、うん。居住区っぽいところを走ってたら結構奥まで来ちゃったみたい……。………あ、あそこなんか見たことある!”
“それは絶対気のせいだ”
“え、気のせいかな?でもここなんか見覚えが”
“動くなとりあえず止まれ!!”
“ダ~ン、こりゃ君が迎えに行ってあげるしかないんじゃないかなぁ~”
にやついたような声で楽しげにパリスが言うのが聞こえる。

だから、なんでこういうタイミングで……。
ただでさえ変態が来そうな予感がして胃がキリキリしてるっつーのに。

ダンは内心そう吐き捨てるように毒づいて、目の前に置かれた水だけを飲んだ。
“俺は行かないぞ、何とかしろ”
“おかしいなぁ、多分ここ来たことあるような……えぇ~気のせい?”
“それはもういい”
“トミーさん、とりあえず賑やかな方に向かってみてはどうですか?”
“あぁ~それいいですね、んじゃトミーちゃんそれで♪”
“う~…………は~い”
“……ったくほんとメンドイ奴だ……“
“うるさいなーーーーダンの薄情者ぉ!”

いつもは俺が構おうとすると嫌だ嫌だと喚くくせに、構わなかったら構わなかったで薄情者かよ。

“何とでも言え!チッ、お前に風邪移してまた寝込まれたら厄介だからな”


ダンテス・マウザー、迂闊。


“え?ダン風邪ひいてるの?”



その後すぐに、トミーの『通りに戻れたー!』という喜びの声が聞こえ、リンクシェルの話題は途端にダンのことに切り替わった。
“だから今日一日レンタルハウスに閉じ篭ってるのかぁ”
“大丈夫ですか?”
“そうならそうと早く言ってくれればいいのにー”
ダンは頭を抱えて自分の迂闊さを呪った。
絶対熱のせいだ、と歯軋りをしてガンガンと頭痛が酷くなった頭を垂れる。
体調不良がバレるのも嫌だが、まず自分のことが話題の中心になるのが嫌なのだ。
“そうと分かればトミーちゃん、お見舞いにいかなくちゃ!風のクリスタルで妖精リンゴ剥いてあげなよ♪”
“え、そんなことできるんですか!?”
“Yes☆”
“やめろ”

威嚇するような声で拒絶しながら、ダンは力なくドアに向かった。
そして咳き込みつつもカチャリとしっかり鍵をかける。
その時何か不思議な物音が聞こえたような気がしたが、それは気のせいだと決めた。
苦しげに呼吸しながら振り返ると、硬直していたモーグリが立ち直った様子でこちらに飛んでくる。
「薬、飲むクポ!」
ズイッと錠剤を差し出すもう片方の手には、ちゃっかりと新しくコップに汲んだ水。
ダンは大層嫌そうな顔をしてモーグリを睨み、押し退けた。
そうしてあれこれ勝手にしゃべっているリンクパールをさっさとしまう。
もう寝る、俺は寝る。
口うるさく後ろを付いて回るモーグリを最後まで無視して、ダンはベッドへと戻った。
そしてだるい体を布団の中に潜り込ませ、全て拒否の態勢に入る。
モーグリは主人が拒絶態勢に入ってからも何度か声を掛けたが、まったく反応を示さない主人に諦めて、薬と水をテーブルに置いて何やらブツブツ言いながら帰っていった。


数分後、ダンのところに訪問者が来たが、それはまた別の話。



<End>

あとがき

ただ一日を書くのもつまらないので、ダンテスには風邪ひいてもらいました。
つまらないという理由で風邪をひかされる哀れなダンテス。
何故かバシバシといくギャグが書きたかったのでこんなのになっちゃいました。
あああ、ごめんなさい、いえ本当に。(汗)
リクエストありがとうございましたー!(;>Д<)ノ