サンドリアより愛を込めて

2004/09/30公開

個性的で、愉快な、ちょっと騒がしい仲間達。

僕はレンタルハウスの一室で、一人きりの時間を過ごすこともあるけれど、 リンクシェルから聞こえてくる仲間達の声が、 そんな“孤独”なんてものを簡単に吹き飛ばしてくれる。

心配事なんて、特にない。
もしあっても、仲間達に相談すればいい。

僕は今、この冒険者としての暮らしを、気楽に、心から楽しんでいる。


―――――ただ。

夜が更け、世界が少しずつ静かになって、 仲間達の声もリンクシェル越しに小さくなっていく頃……

ベッドに横になり、眠りが訪れるのを待っている数分の間は、サンドリアにいるあの人のことを考える。


そうして少しだけ胸が締めつけられたあと、
僕はようやく眠りに落ちる。


キリ番4444hit \(・x・*)様に捧げます。
リクエスト内容「パリスの奥さん(?)の話」

~サンドリアより愛を込めて~



「はぁ~……」

心地良い疲れと、そうでない疲れが入り混じったような、深い溜め息。

半日かけてどうにか終わった部屋の片付け。
ようやく夕食を終えたばかりのパリスは、ふらりとベッドに腰を下ろした。
ゆっくりと後ろに手をつき、身体を預ける。

視線の先では、モーグリが流しの方へと向かっていく。

「あ、いいよ。片付けは後で自分でやるから」
呼び止めるように声をかけると、モーグリが振り返る。
パリスは苦笑しながら言葉を続けた。
「部屋の片付け、手伝ってくれてどうもありがとう。今日はお騒がせして悪かったねぇ」
「気にすることないクポ。ご主人様の手伝いができて、モーグリ嬉しかったクポ~」
背中にある小さな羽をパタパタさせて、モーグリは嬉しそうにパリスの周りをぐるぐる回った。
「ご主人様はなんでも自分でやっちゃうから、モーグリつまらないクポ。だから呼んでもらえて嬉しかったクポ~」
「ははは……悪いね、都合の良い時ばかり呼び出して」
モーグリの無邪気な様子に、パリスは少し困ったように、けれどどこか安心したような笑みを返す。

先ほどから言っている『片付け』とは、仲間の某戦士が部屋の物を派手に破壊した、その残骸の後始末のことだ。
怒りに任せて色々なものを短時間で多量に破壊していった彼は、今は安息の場所で怒りなどすっかり忘れている……ことを願う。
後に残された部屋の酷い有様に絶望したパリスは、今まであまり用を頼んだりしていなかったモーグリへ初めて本気の救援要請を出すことになったのだった。

通常、モーグリは冒険者をサポートするために常時モグハウスにいるものだ。
だがパリスは、一人で留守番していることもないと言い、モーグリに行動の自由を許していた。
割と多忙なパリスは、日中ほとんどモグハウスには帰ってこない。
本人はそのつもりで気遣っていたのだが、実はモーグリにとっては少し寂しい日々だったらしい。
ただでさえこの主人は、メイン拠点のサンドリアのモグハウスを全く使ってくれないのだから。

「あ、そういえば手紙が届いてたクポ!」
ふと思い出したように声を上げたモーグリは、ポストから一通の封筒を取り出して差し出す。
「手紙?」
小首をかしげながら受け取ったパリスは、封筒を見るなり『ああ……』と小さく呟いた。
「誰からクポ?」
興味津々でそわそわするモーグリをちらりと見上げ、パリスはいたずらっぽく笑う。
もったいぶるような仕草で封筒を丁寧に開封し、淡い緑色の封筒から、クリーム色の便箋を取り出す。
「ご主人様~~誰からクポ~~?」
駄々をこねるようにモーグリが詰め寄る。
パリスはその様子に目を細め、ふっと優しく笑った。

「……僕の、大切な人からだよ」

その言葉に、モーグリの羽がぴくりと反応する。
目を輝かせて、ぐっと便箋に顔を寄せようとするが、パリスはそれを軽く押しのけながら、静かに手紙に目を落とす。
「大切な人クポ?もしかして、ご主人様の奥さんクポ?」
「いや………奥さんでは……ないけど…」
「じゃあ、恋人クポ?」
「……ん~……」
知りたくてたまらないモーグリがしつこく尋ねても、パリスは手紙を読み始めてしまい、すっかり生返事に。
そのまま“手紙の世界”へ入っていこうとする主人を、モーグリは逃がすまいと食い下がる。
「なんて書いてあるクポ~?」
ぐいっとパリスの手元を覗き込もうとするモーグリ。
だがパリスは、にやりと笑うと便箋をひょいと持ち上げて見えないようにし、ベッドに仰向けに倒れ込んだ。
「も~~ずるいクポ~~!」
ぷぅっと膨れるモーグリに、パリスは愉快そうに笑いながら口を開く。
「あっはっはっはっは。……『Daer パールッシュド』」
モーグリに文面を見せないようにしながら、パリスは不意に声に出して読み始めた。

「『元気にしていますか?あれ以来連絡がないので少し心配しています。』」
そこまで読んだところで、パリスは小さく苦笑する。
何か思うところでもあったのだろう。
その様子を面白がって見ていたモーグリは、主人の視線が次の文章へどんどん流れていっていることに気付く。
「それからっ、それからなんて書いてあるクポ?」
『自分だけ読むなんてずるいクポ!』と、ちょっと理不尽なことを言いながら、モーグリは身を乗り出す。
日々特にやることもなく退屈していたモーグリにとって、これは実に久々に心躍る出来事だった。

パリスはというと、便箋から視線を離さず、なぜか半笑いで『ん?あぁ…』とモーグリを横目に見る。

「え~と……『この前、安く買い溜めしてきてくれた地方の食材、ありがとう。あれからまたオリジナルの料理を編み出したので、次に帰った時にご馳走したいと思います。』…だって、はは」
「そういうことを言う人に限って料理が下手クポ~」
「いんや~、それが上手なんだよねぇ、すっごく」
にこにこと嬉しそうに笑いながら、パリスは再び便箋に目を落とす。
その穏やかな表情を見て、モーグリはふと思った。

―――この主人とは、こんな風にゆっくりと話をしたことがなかった。

時々リンクシェルの仲間の話を聞いたりはしていたが、パリス自身のことをこんなふうに知る機会は、これまでほとんどなかった。
もしかしたら、自分は彼の仲間の話の方がよく知っているかもしれない……そんなことをぼんやり考えているうちに、パリスはすっかり手紙の続きを読み進めていた。

「ずるいクポ〜! また先に読んでるクポ!」

抗議の声をあげかけたモーグリだったが、不意にパリスの表情に目が止まる。

さっきまでの幸せそうな笑顔が、だんだん薄れていっているような気がした。

開いていた眉は少しだけ下がり、目も細くなって――
微笑んでいた口元は、いつの間にか真っ直ぐに結ばれていた。

その変化に、モーグリはなんとなく声をかけづらくなってしまう。

……何か良くないことが、書いてあったのだろうか?

心配が胸の奥に小さく膨らむ。
だがその不安と、続きが気になる好奇心とが入り混じって、結局、モーグリは意を決して声をかけた。
「……何が書いてあるクポ?ご主人様」
パリスは便箋を持つ手を止め、目線を落としたまま、しばらく動かなかった。
そして静かに、ぽつりと続きを読み上げた。

「『貴方の足を引っ張りたくない。だから、なるべくこういうことは言わないようにしていましたが』」

少し間をおいて―――

「……『一人の食卓に飽きてしまったと、言っても良いですか?』」

モーグリは更に困惑した。
パリスが読んだその一文。
それが意味するのは、どう考えても“良くないこと”のように聞こえる。

もしかすると……それは、別れを予感させる言葉なのでは?

実際のところどういうことなのかハラハラしつつ、モーグリはちらりと主人を盗み見る。
しかし次に主人の口から漏れた言葉が、モーグリの心配をあっさりと蹴散らした。

「おやおや……もう帰還命令ですか」

その一言に、モーグリはどうしようもないほどの甘ったるさを感じ、顔を歪ませた。

……要するに、“寂しいから帰ってきて”ってことクポね。

呆然とモーグリが見つめる前でパリスはふむふむと手紙を読み進め、最後まで読み終えると便箋を持った手を胸の上に置き、ぼんやりと天井を見つめる。
何かを考えているには、あまりにも気の抜けた顔。
そのまま寝てしまうのではと思うくらいぼんやりとしているパリスを見下ろして、モーグリは気持ち的にもうお腹一杯になったのか、一つ溜め息をついた。
そして、片付けをすべくキッチンの方に力なく飛んでいく。

「ご主人様は、てっきりあの人のことが好きなんだと思ってたクポ……」

『分からないものクポ~』等々ぶつくさと言いながら去っていくモーグリ。


ぼーっとしていたパリスは、モーグリが去って行ったことに数秒遅れて気が付いた。
肘をついて軽く上半身を起こすと、キッチンにモーグリがいることを音で知る。
ああ、結局やらせちゃってるなぁと思いつつも、パリスはそのまま再び仰向けに寝転がった。
今この気分の内に、考えておきたいことがあったからだ。

パリスはじーっと天井を見つめて、手紙の差出人のことを思い浮かべた。

―――何年も前に『守る』とこの胸に誓った人。

帰ったら、一緒に何処かへ出掛けよう。
その時につけていく髪飾りを手土産にして。

想像の中のあの人が、嬉しそうに笑った。
自然とパリスの表情も優しくなる。

だが、想像の中のその人に微笑み返した瞬間、胸がちくりと痛んだ。
その痛みはじわじわと胸の奥に広がっていく。
――ーあの人との思い出を振り返れば振り返るほど、次第に嫌な記憶まで蘇ってきた。

少年時代。
母の顔。
今の自分になるまでの道のり。
そして、周囲の“噂話”に興味を持つ人々の視線―――

……こんなこと、いつまで続けられるだろう。

パリスは、あまり悩まない性格だ。
もとい、悩まないようにしてきた。
だからこそ、悩みそうなことは意識して避けてきた。
でも、このことだけは―――さすがに、いつかちゃんと考えなくちゃいけないとは……思っている。

いっそのこと、相談してみようか?

そんな言葉が心に浮かび、仲間達の顔が思い浮かぶ。
特に――ー今日この部屋をめちゃくちゃにしていった、あの戦士の顔を。


……そんなことしたら……僕ぁ、本当に嫌われちゃうかも。

相談する様子を頭の中でシミュレーションしてみて、パリスは苦笑いを浮かべる。
仲間達の姿を思い浮かべると、ここ数日に起きたことが見る見る脳裏に蘇る。

大変だったこと。
楽しかったこと。
……大変だったこと。
そしてまた、大変だったこと。

笑えてくるほどに忙しかった日々。
でも、それが連絡できなかった理由でもあった。

――このことを、あの人に話したいな。

パリスはふと、そう思った。

まだ当分の間は、考えずにこのままでいってしまおう。
悩みの気配が心に忍び寄る前に、そう結論を出すと、パリスは上半身を起こした。
手元の便箋に目を落とし、小さく笑う。

そして、ベッドから立ち上がると、丁寧に手紙をテーブルの上に置いた。

「やっぱ、幸せになりたいよねぇ♪」

そう呟いて、手紙の返事を書くために、紙とペンを取りに棚へ向かう。
鼻歌を口ずさみながら、軽やかな足取りで。



<End>

あとがき

ナンデスカコレハーーーヽ(;´□`)ノ
すみませんすみませんすみません!思いの外短いし。
なるべくパリスの愛人(?)についてはシークレットにしておきたかったので、中途半端に隠そうとしたらこんなものになってしまいました。(^-^;
申し訳ありません\(・x・*)さん、リクありがとうございました!