イクセプション・ファミリー
その幼い少女は、今宵も怖い夢を見て泣き出した。
すすり泣くヒュームの少女を、隣りに寝ていた母親が優しく抱き締める。
ドアが少し開いて、光が細く部屋に指し込む。
その長身が特徴的なエルヴァーンが、心配そうに部屋を覗いた。
彼の足には、少女と同じくらいのミスラの少女がしがみ付いている。
心配して様子を見に来た夫と娘に微笑むと、ミスラの妻は泣いている少女のハニーブロンドの髪を優しく撫でた。
そこには確かに、一つの家族の姿があった。
リクエスト内容「トミーの家族の話」
~イクセプション・ファミリー~
窓の外には、夕日でオレンジ色に染まったサンドリアの街。
煉瓦造りの家々が並ぶ街の上空を、同じようにオレンジ色に染まった鳥達が飛んでいく。
遠くから鐘の音が聞こえ、別れを告げる子供達の声が散っていった。
開けておいた窓を閉めると、少女は窓辺においてある植木鉢の花を見つめた。
指し込む西日に染められた小さな花。
肩まである少女のハニーブロンドの髪も、今はオレンジ色に染まっていた。
「ただいまー!」
下からドアが開く音と同時に声が聞こえ、少女はハッと顔を上げる。
すぐさま部屋を出ると階段を下りて、帰ってきた者を出迎えに向かった。
オレンジ色の光を背負って玄関に立っているのは、金髪の若いミスラだった。
「おかえりなさい」
ドアを閉めて鞄を下ろす彼女に、ヒュームの少女が声をかける。
「はぁ、ただいま。ねぇトミー見て見てっ。ほら、最後の給料!」
そう言ってミスラの娘は懐から袋を出して少女に見せた。
そこそこの量が入っているようで、ミスラの表情は少し自慢気である。
そんな姉を見て、トミーと呼ばれたヒュームの少女は嬉しそうに笑った。
「わ、すごい!」
「ふふふ、これであの商会とはお別れよ」
何年も配達の仕事を続けてきた姉は、袋をしまうと荷物を置いて椅子に座った。
イタズラっぽく笑う姉に『お疲れ様』と笑うと、トミーはキッチンに向かう。
妹を目で追っていた姉は短い声を発して思い出したように立ち上がった。
「そうだ、買い物行かなきゃね」
その声を聴いて、こちらも思い出したように姉を振り返るトミー。
ふわりと髪を揺らしながら首を振った。
「あ、ううん大丈夫だよ。私、行ってきたもん」
『もうご飯も作ってあるよ』と付け加えて、トミーは鍋の中を覗いて見せた。
ミスラの姉はぴんと耳を立てると、『へ?』と素っ頓狂な声を出して目を丸くする。
「……トミー…外に行ってきたの?」
「うん」
「平気なの?」
「平気、大丈夫」
「だって、街の中エルヴァーンたくさんいたでしょ?」
「大丈夫だよ。……あ、ちょっと道に迷ったけど…でも大丈夫!」
何度も何度も確認する姉に、トミーは何度も何度も『大丈夫』と答えた。
その内、驚きの表情一色だった姉の顔に笑みが浮かぶ。
「……やった……やったね!すごい!大丈夫になったの?!」
喜色満面で駆け寄ってトミーの手を握る姉。
少し驚きつつも、トミーはそんな姉に少し申し訳なさそうな目をして、弱々しく笑った。
「んー、完璧にじゃないけど……外には出られるようになったよ」
「良かった!」
飛び跳ねて喜んだ姉は妹をぎゅっとハグした。
トミーは昔からエルヴァーン恐怖症で、幼い頃は窓の外を見ることもできなかったのだ。
父親でさえ怖がって泣いていた彼女が、家から出て買い物をできるまでになった。
姉としてはとても喜ばしいことである。
金髪のミスラは最高に嬉しそうな様子で、ハグをやめた後もトミーの手を握ったままぐるぐると回った。
「お姉ちゃん目が回るよぉぉ」
「あはははっ、だってすごく嬉しいじゃない♪」
姉妹で笑い合うとやがて足を止め、姉は思い出したように言う。
「あっ、じゃぁ今夜お父さん達帰ってきたら家族でたくさん話しましょ!お父さん絶対に喜ぶわ!あぁ~早く帰ってこないかなぁ」
二人の両親は冒険者で、子供を持ってからもずっと旅を続けていた。
娘達がまだ幼かった頃はこのサンドリアに定住していたのだが、姉の方が成人したのを切欠に再び旅を始めたのだった。
年に何度か帰ってくるものの、家族揃っての団らんは今までに経験がない。
家族が揃うはずの食卓には、必ずトミーが欠けている。
実際トミーは、未だに父親と言葉を交わしたことがなかった。
ご機嫌の姉は『それじゃ支度しましょ』と言って置いた荷物を掴み上げると、軽い足取りで二階の部屋へと上がっていった。
トミーはにこと笑って彼女を見送り、キッチンに向き直ると腕まくりをする。
そこで、何となく動きを止めて立ち尽くした。
窓の外で冒険者達が礼と別れの言葉を投げ合っているのが聞こえてくる。
袖をまくった腕をだらんと下ろして、ゆっくりと部屋を振り返った。
日が傾いたせいで窓からの光がなくなり、部屋の中が何だか寂しそうに見える。
…………。
十何年過ごしたこの家、見慣れた家具、そしていくつもの思い出。
「それにしても、ここまでくるのに時間がかかったね」
そう言いながら、軽快な足取りで姉が二階から戻ってきた。
「でも、これは大きな一歩よ」
短めの金髪をちょんっと結んでウィンクして見せると、キッチンで手を洗う。
トミーは姉に頷きを返して照れ臭そうに笑った。
トミー自身、なぜエルヴァーンに対して恐怖心があるのか分からない。
エルヴァーンが嫌いなわけではないので、トミーにとってもこの進歩は喜ばしいことだ。
ちゃきちゃき動く姉は布巾を濡らして絞ると、食卓を拭き始める。
「トミーももうお年頃なんだから、ずっと家に閉じこもってちゃ駄目だよ」
「む、別に閉じこもりたくて閉じこもってたわけじゃないもん」
口を尖らせてそう言いながら食器を出すトミーを振り返って、姉は意地悪く笑った。
更にむむっと姉にもの言いたげな視線を向けた後、『でも、お友達は欲しいなぁ~……』とトミーは呟く。
それを聞き逃さなかった姉は食卓を拭く手を止め、しばしじっとトミーを見つめた。
トミーはどこかぼんやりして、やたらと音を立てながら食器を出している。
妹に対して色々な思いが湧き上がってくるが、姉はぐっと口を引き結んで小さく息をついた。
「……お父さん達遅いね、まだかな」
姉は布巾をべしっとテーブルに置きながら、待ちわびるようにドアを見つめた。
トミーもドアに視線を向けると持っていた食器を置く。
「そろそろ帰ってくるんじゃないかなぁ?」
「もう、私が冒険者になるお祝い、しようって言い出したのは二人なのに」
不満気にそう言う姉は足元でゆらゆらと長い尻尾を揺らした。
そう、今日両親が帰ってくるのはお祝いのためだった。
姉がコツコツと資金を貯め、ついに冒険者になる準備が整ったのである。
その娘の門出を祝おうと言って、両親はこの日、旅からの帰宅を決めたのだった。
「ついに…お姉ちゃんも冒険に出られるんだね……」
感慨深い声で言って、トミーは『おめでと』と笑顔で姉に向いた。
姉は『ありがとう』と笑うが、すぐに複雑な表情になる。
それを見て、トミーはすぐさま姉に背を向けると上機嫌な声で言う。
「私は大丈夫だよ、ご近所と仲良くお茶したりして楽しく過ごすから♪なんならお姉ちゃんが働いてたところ紹介してくれれば、私も働こっかなー」
声の調子と同じように、肩まであるハニーブロンドの髪が上機嫌に揺れている。
ここはサンドリア王国、周囲にヒュームもいるが、当然エルヴァーンも少なくない。
無論、働いていた商会の人間もエルヴァーンが多かった。
姉はそんなことを考えながら口を開いた。
「私はまだ初心者、素人中の素人だもの、いきなり遠くまでは行けないよ。当分はこの家を拠点に冒険者やりますからご飯よろしくねー」
「なーにーそれー」
「あははははっ。………ねぇ…トミー、トミートミートミィ~」
何度も妹の名を呼びながら姉はトミーに近付いた。
姉がこうやって何度も名前を連呼する時は、大概イタズラをしてくる。
それが分かっているトミーは『ナニナニナニ』と食器を退けて身構えた。
可愛い妹の様子に笑みを浮かべて、姉はトミーの目の前に立つ。
「私は頑張ってお父さん達みたいな冒険者を目指すよ」
何もしてこない姉をぽかんと見上げていると、姉の手が妹の頭を撫でる。
「だからトミーは、何でも『大丈夫』って言っちゃう癖を直しな?」
にことどこか寂しそうに笑う姉を見て、トミーは胸の奥がチクリと傷んだ。
「トミーの目標は、『無理』とか、『嫌だ』って言える人を見つけることかなっ」
そう言って姉は妹の頭をがしがしと撫でた。
トミーは弱々しくただ作った笑みを浮かべるしかなかった。
無意識のうちにどこかで遠慮してしまう。
トミーはそんな自分に大分前から気がついていた。
他三人の家族は自分を家族として見てくれているのに、自分自身が一歩引いている。
迷惑をかけてはいけない。
そんなことを考えている自分が、いつも心の奥底にいた。
それはトミー本人だけでなく、他の家族達も感じていたようだった。
「た…だいまぁ~」
そこで、久々に聞く母の声と共にゆっくりとドアが開く。
姉はぴくっと耳を立ててトミーと視線を合わせると、笑みを浮かべて玄関へ駆け出した。
「おかえりなさい!お父さんは?」
「ライ、これ持って。お父さん?…あら?」
外に向かって『ねぇー!』と夫の事を呼ぶ母の声。
ドアの方に背を向けて立っているトミーは、出した食器をぎゅっと持って、口を結んだ。
大丈夫、大丈夫。
心の中で何度か唱えると、ヒュームの娘は食卓へ食器を運びながら『おかえり!』と家族達に笑顔を向けた。
* * *
「やだ!!!」
バストゥークの街、バザーの賑わいの中でトミーの声が響く。
その言葉をぶつけられたダンは呆れたような表情を少し険しくした。
「やだじゃねぇっつーの、お前一人でウィンダスまで行けるわけねぇだろ。お前、方角以前に右左分かってないんじゃないか?」
「失礼な!!それくらい分かるよ!!」
「さっき茶碗がどうの箸がなんだって言ってただろが」
溜め息混じりに言う彼は、うんざりしたように明後日の方向に視線をやる。
パリスにからかわれた先程の一連のやりとりを思い出し、途端に真っ赤になったトミーはそんなダンを睨みつけた。
「う、うるさいなぁ!とにかく、自分の力でミッションこなしたいのっ」
『ほっといてよー!!』と力一杯意地を張るトミー。
ぷいっと顔を背けるトミーに対し、ダンは深い溜め息をついて毒づく。
「あーもー……メンドイ奴だなっ」
彼の言葉にぴくりと反応して、トミーはそぉっとダンを盗み見た。
が、すぐに気付かれる。ばっちり目が合った。
「なんだよ」
眉間にしわを寄せたヒュームの男は、じろりとトミーを見下ろした。
トミーは黙ったままじっとダンを見つめる。
「……ふーんだ、どうせ私はメンドイですよぉぉ」
くるっと向きを変えて歩き出す。
するとすかさず、にこりともしないダンが補足する。
「あぁ、おまけに馬鹿だ」
「ムキーーーー!!!」
ぼかっとダンの胸をグーで叩いてトミーは駆け出した。
当然、そんなもの痛くも痒くもないダンは面倒くさそうに再度溜息をつく。
これでまた道に迷ったらそれも面倒だ…とでも言うように、トミーを追って渋々歩き出すヒュームの戦士。
頬を膨らませたトミーは、止まってやらないと心に決めてそのままバストゥークの街を駆ける。
走りながらふと空を見上げると、広くてとっても青かった。
あとがき
『トミーの家族』というより、『トミーの事情』、みたいな?なんだこりゃぁぁぁ~コマさんごめんなさいー!!(⊃Д⊂)
リクありがとうございました!