君を護る覚悟

第三章 第三十五話
2026/06/05公開



「――ダ……ダメですよ!」

思わず声を上げ、トミーが慌ててノルヴェルトの外套を引っ張った。

突然空気が変わったノルヴェルトを目の当たりにし、トミーは震えた。
“相手を殺すこと”一色に染まったその姿を、何度も目撃してきた。
その圧倒的な力を見せつけられてきたからこそ、外套を掴む手も、声を絞り出した唇も震えた。


“こいつらをぶん殴るのは、あんたじゃなくていい”

すぐさま、ダンの落ち着いた声もノルヴェルトを制する。
トミーはその声にすがるような思いで瞳を揺らす。


テュークロッスの登場に、ジェラルディンは一旦姿勢を正した。
確認するような眼差しを主に向け、じっと待つ。
彼が言わんとしていることを承知しているテュークロッスは、状況を一瞥した後、頷く。

その視線が一瞬だけトミーを掠めた。
だが、次の瞬間には何事もなかったかのように逸れている。


――何かが始まってしまう。


トミーは直感的に察した。

息を呑む。胸の奥が痛いほど高鳴る。
焦燥の目をダンに向け、ノルヴェルトを見上げる。

ダメ――
もう誰も斬っちゃダメ!

守らなきゃ!

唇を噛み、荷車の姿を横目に確認する。
最初に見つけた時よりも距離が開いていた。
木漏れ日の先を一定の早さで進んでいく荷車。

トミーがその目にそれを確認した瞬間。
不意に、手前の木の影から、進み出るものがいた。
短剣を手に握ったゴブリンだった。
一度立ち止まったそれは、トミーからはじっと荷車を見つめているようにも見えた。

そしてゴブリンが再び足を踏み出した瞬間、トミーが目を見開く。


――守らなきゃ。

息を詰めて落ち葉を蹴る。


「――行ったぞオラァ!!」

即座に響く、ダンの怒号。

ダンに指を差され、ノルヴェルトは一瞬面食らった。
トミーが離れたことに気付き、すぐに振り返る。

「余計なこと考えてないでそいつだけ見とけ!!」

血相変えて飛び出すノルヴェルトの背中に、ガチギレ戦士が吼える。
その声を合図にしたかのように、ジェラルディンとテュークロッスが同時に動き出した。

ジェラルディンが飛び出す。――ダンは瞬時に反応。
行く手を阻み両手剣を構える。
ジェラルディンの剣が両手剣に打ち下ろされた。
火花を散らし互いに強い眼差しをぶつける――その向こうに迫る殺気。

湿った空気を割って騎鳥が視界に現れた。

ダンが咄嗟に身をひねる。
駆け抜ける騎鳥の上から閃光のような斬撃。
ジェラルディンの剣よりもさらに速い。
首元を掠め、背中に冷たい汗が吹き出す。
剣圧に弾かれるようにダンは一転する。
即座に構えるが――ジェラルディンは駆け抜けた主の後を追う。

ちりっと痛みが走り、首筋に伝う赤い筋。
眉をしかめ舌打ち。

「――くそっ」


トミーは一直線に駆けながら驚いていた。
ブブリムでも感じたことだが、身体が妙に軽い。
ローディから与えられたこのチュニカには、何かきっと特別な性能がある。

実力以上の速さで駆け、携えていた小ぶりの剣を抜く。


戦わせない……!

ヴィヤーリットさんの手はーー
もう……剣を握る手じゃないんだ!


なんていう気持ちが、トミーを突き動かしていた。

もしこの場にパリスとロエがいたら、目を覆う。
リオであれば――こちらも間違いなく大噴火だ。

どうしていつも、体が先に動くんだろう。
そんな自問をする余裕もなく、トミーは駆けていた。

気配に気付いたゴブリンがトミーに向く。
トミーは息を吸い込み、思い切り剣を振り下ろした!


―――どつっ!


剣は小枝を割りながら地面に食い込んだ。

「ぴゃ!?」

仰天したトミーが奇妙な声を発した。
ゴブリンが『は?』とでも言いたげな顔をしている。

ノルヴェルトは、トミーが見事に空振りするのを十メートルほど後方から見届けた。

瞬間――目を見張って落ち葉を散らし立ち止まる。

振り向きざまに大鎌を薙ぎ払う。
耳をつんざく金属音が森に響く。
冷え切った氷のようなテュークロッスの瞳が、騎鳥の上からノルヴェルトを射抜く。

――あの人達に近付くな!!

ノルヴェルトの目が叫び、鋭く細まる。

手綱を巧みに操り、即座に次の剣が打ち下ろされる。
王より賜った白銀の装飾剣が、再びノルヴェルトの大鎌と火花を散らす。

その時、ノルヴェルトの背後をトミーが駆け抜けた。

「――ソレリッ!!」

声が掠れた。

引き返す形で駆け抜けたトミーを、追撃してきたジェラルディンが迎え撃つ。

が。

「わあぁあごめんなさいぃぃ!!」

トミーが大絶叫する。
彼女を追うように、弧を描いて飛んでくる。

――導火線に火のついた爆弾。

ジェラルディンは即座に盾を構えた。

直後、怒ったゴブリンが放った爆弾が空中で爆ぜる。
爆音が森を揺らした。
煙と破片、落ち葉が宙を舞う。

爆風を盾で凌いだジェラルディンが構えを解いた。
煙で霞む視界をじっと睨む。
ヒュームの娘の姿がない。

だが――近くの茂みがざわめく。
大きなカブトムシが飛び立ち――トミーが飛び出した。

ギラつく目がそれを捉え剣を構える。

しかし――
トミーを追うように、大きな黒い塊が茂みを割って飛び出した。
獣の雄叫びと被さってトミーが絶叫する。

「わわわあぁぁ!!」

ジェラルディンの脇を猛然と駆け抜けたのは――ダン。

「天才かお前はぁぁ!!」

怒号とともに、ダンが飛んだ。
ズドンッと、怒りと焦燥の籠った渾身の一撃。
重い剣が虎を叩き伏せ、地面が震える。


その瞬間、騎士達の耳元でリンクシェルが鳴った。


――ギギィッ!
砂煙の奥から、ゴブリンの怒りの声。
トミー目掛けて突進してくる。
呼吸を止めて剣を構えるトミーの元にダンは駆ける。

野良犬――娘――荷車……
忠臣の鋭い眼差しが戦場を斬る。
順番は問題ではない。

ダンが視線を投げると――ボウガンを手に構えたジェラルディンがいた。

狙う先を見る。
さすがに騒ぎに気付いたのか、荷車の手綱を操る者が顔をこちらに向けていた。


狙っているのはその者か。
荷車を引くチョコボか。


――刹那、テュークロッスは理解した。
止めるべきは荷車ではない。


テュークロッスの剣を打ち払ったノルヴェルトも、目を見開いて息を止める。

次の瞬間にはバネの音が響き、真っ直ぐに矢が放たれた。
トミーとダンが目を見張る。


即座に、テュークロッスの手が鋭く手綱を引いた。
一瞬で矢の軌道に飛び出す。
彼の剣が横薙ぎに閃き、飛来した矢を空中で弾き砕く。
甲高い金属音が森を裂いた。

矢の破片が舞い落ちる。


「……っ!?」

騎士団長のその行動にノルヴェルトは目を見張る。
矢を放ったジェラルディンも、肝を冷やしたかのように固唾を呑んで硬直している。


空気が凍り付く中、木漏れ日が揺らぐ。
全員の呼吸が止まった。


テュークロッスが無駄のない手綱捌きでひらりと騎鳥を反し、走らせる。
彼が荷車に向かうのを見てノルヴェルトの足が必死に踏み出す。

“待て、止まれ”

リンクシェル越しに、ダンの声が重く響く。
ノルヴェルトとトミーの視線を集めたダンは、手早くゴブリンを斬り伏せる。
焦りの眼差しを受けるが、ダンは二人とは違う表情を浮かべていた。


荷車の行く手を阻むように、テュークロッスは騎乗したまま進み出た。
進む荷車を操作していた者が驚いて手綱を引く。
はっと目を見開き、腰を浮かせる。
荷車を運搬していたのは、鎧を身に着けたエルヴァーンの男だった。

「失礼する」

赤髪の騎士団長は端的に告げる。

「積荷を確認してもよろしいか?」

テュークロッスは自分に向けられる眼差しから、こちらが何者か、相手が理解したことを読み取っていた。
『権威』を前にした緊張が伝わる。

乾いた声で小さく返事を返す男。
テュークロッスは、素早く駆け付けたジェラルディンに目配せする。
指示を受け、ジェラルディンは剣を握ったまま荷台の幌を跳ね除けた。

ノルヴェルトとトミーが息を止めて目を見張る。

幌の隙間から光が差し込み、荷台の中を照らした。
木箱がいくつも積まれ、その間に、防具を着けたヒュームの男が一人。
驚いた様子で立ち上がる。
だが、エルヴァーンの男が低く制する声を上げた。

――違う。

ジェラルディンはすぐに判断する。

そして、黙って中を見渡す。
溢れんばかりに農作物が入れられ、積み上げられた箱。
瑞々しい香り――しかし、中に潜む湿った布と香辛料のような匂いを鼻が捉える。
下層の木箱には釘が打たれ、頑丈に封がされている。
中身は見えない。
だが、隠し切れぬ獣の匂い。

そして、彼らの視線の速さ。

騎士の経験が瞬く間に確信する。


“密輸車です”

低音のジェラルディンの報告が、静寂の中に落ちた。



   *   *   *



先程の屈辱的な悪目立ち風景を思い出し、アズマは舌打ちした。
肩を怒らせて石畳の道をズンズン歩く。

今は、作務衣姿だった。
雰囲気を変えるためだ。
もう金輪際、騎士の目に留まりたくない。


ならば、このサンドリアを離れればいい。
チョモの言う通り、もうこの地に用はないのだから。

しかし、踊らされたのは自分だけだったという真相に腹の虫が収まらず、装いを改めて出向いている。
タルタル魔道士が言っていた集合場所を目指して。


北サンドリアの閲兵場広場。
今日はドラギーユ城で催事が行われているため、普段とは異なる雰囲気の人間の姿も見られた。
そして……相変わらずこちらも、騎士の数が妙に多い。
リージョンがひっくり返った影響だと予測はつくが、冒険者のアズマにとっては人が多く邪魔でしかない。

もちろん、普段通り冒険者の姿もある。
広場に出ると、片隅には冒険者パーティと思わしき連中が数組。
何となく誰もが手持ち無沙汰で、暇を持て余しているように見える。

多くの人で賑わう閲兵場に足を踏み入れる。
すると、聞き慣れたでかい声を聞き取った。
探しづらいタルタル族の小ささに理不尽な苛立ちを抱くが、幸い、その声のおかげで同僚の姿はすぐに見つけることができた。

見つけたチョモは、もう一人のタルタルと並んでロエと話していた。
一人増えたタルタルを観察しながら人混みの間を縫って近付く。
アズマが彼らのもとにたどり着く前に、チョモともう一人は踵を返した。
走り去るその横顔を見て、そういや双子だったな、とアズマは鼻を鳴らす。
背丈も顔も、チョモと丸っきり同じだった。

アズマはチョモ兄弟と入れ違うように、その場に残ったロエに歩み寄る。

「なんでぇ……あいつら何処行くんだ?」

言いながら現れたアズマをロエが見上げる。

ロエはシルクのクロークを身にまとい、目深にフードを被っていた。
やはり彼女も先程の騒ぎの後なので、目に付きたくないのかもしれない。
ちゃんと杖も携えているので、往来の冒険者たちの中にすっかり溶け込んでいた。

「あ……チョモさん達には、ゲートクリスタルがよく見えるところにいてもらうことになっていて……」

賑わいの中、元気の無い声でロエが説明する。
広場を眺め、胸の前でぎゅっと手を握りしめる彼女。
アズマは面白くなさそうに自分のスキンヘッドを摩る。

「今度は何をやらかす気なんでぇ?」

どうせ知らないのは自分だけだ。
そんな皮肉れを帯びた声で問うと、ロエが自信のない顔を上げる。

「わ、私もここから先のことは……詳しく聞いていないんです……」

簡単な指示は受けているが、具体的に何が起こるのかまではロエも知らない様子。

「バチくそ胡散臭ぇな」

聞いただけで顔色を悪くし、頬を引きつらせるアズマ。
ロエは不安と緊張が混じった顔で、ぐっと口を引き結ぶ。


――ふと、ロエが視線を落として目を見開く。

一応、腐っても冒険者であるアズマは、彼女にだけ何かが聞こえたのだろうなと想像できた。
自分には何も聞こえていない。
よって、ローディから渡されたものとは別のリンクシェルからの声だろう。

深刻な顔で固唾を呑み、ロエが呟く。

「……どうか無事でいて……」

「あん?」

ロエの呟きを聞き取れなかったアズマが聞き返す。
小さな魔道士を見下ろすと、彼女は祈るように両手を握り締めていた。
フードの中の青髪が微かに震えている。


おいおいおい。

こいつぁマジで、ヤバいんじゃねぇか?


またしても、アズマの動物的勘が警報を発する。
ごくりと喉が鳴った。

――だが、その胸のざわめきは、危険信号だけではなかった。

どうしようもなく、ロエの瞳が気になって仕方がないのだった。



   *   *   *



「互いに、ここで会ったことは忘れよう」

緊迫した森の空気の中、テュークロッスが言った。
男達は耳を疑い、顔を見合わせる。

切れ者と称される騎士団長の目は、静かに真実を見抜いていた。

サンドリア王国で名のある商会。
その背後にいる貴族。
そして闇を持つ組織――天晶堂。

一瞬で、すべてが線で繋がった。
下手に扱えば、火の粉はどこへでも飛ぶ。

ジェラルディンが黙したまま、荷を覆い戻す。
テュークロッスは低く息を吐き、短く言った。

「行ってくれ」

男達はそそくさと荷車へ戻り、森の奥へと消えていく。
急くような車輪の音が、やがて遠ざかった。

――森の奥で、風が鳴った。


「……ど、どういうこと?」

震える声でトミーが問う。
ノルヴェルトも凍りついたまま、息を呑むしかない。


「……大したものだ」

テュークロッスが感心したように呟いた。
騎鳥を反し、忠臣を従えてゆっくりと戻ってくる。

「危うく、まんまと踊らされるところだ。ウォーカーに礼を言わねばな」

苦笑の中から言う主に、ジェラルディンが短く応じる。
先ほど騎士達を抑止したのは、ジュノ公国へ飛ばした部下の一声だった。

――道理で、眼鏡の姿が見えねぇわけだ。

ダンは皮肉る笑みを浮かべた。


これ以上ないほどに、切迫した状況まで追い込んだ。
だが――
どうやらこの男の視野は狭まらなかったようだ。

冷え切った知略の影を静かに伸ばし、外側から、計略を打ち砕いてきた。

――ウォーカーは、ロエの顔を知っている。
……探している。


「あんたも、さすがだな」

そう言って、ダンはゆっくりと腰を落とし、両手剣を構えた。
一瞬だけ周囲に意識を馳せ――
密輸車を離れた、あの不快な気配を探る。


まったく状況が理解できていないトミーは、見えなくなる荷車とダンの横顔を見比べている。
すると、彼の声が届いた。


“……ハッタリだと気付かれた”


各地にいる仲間達に告げる。
リンクシェルの向こう側で仲間達が息を呑む気配。

そこで途端に叫んだのは、すぐそばのトミーだった。


“――ウソだったの?”


今度は、仲間達がびくりと身体を強張らせた気配が伝わる。

“マキューシオさん達なんて、いないの?”

じっとダンのことを見つめてトミーが問う。
ダンは騎士達に向いたまま、身動きしない。

“全部……”

トミーが震えた声で繰り返す。

“全部、ウソだったの!? ダン!!”

彼女の怒りのこもった悲痛な声が何度もダンを叩く。
昂ぶって涙が滲む瞳に、力いっぱい睨まれる。

「ひどいーーひどいよ…ッ!!!」

感情が抑えられず声が弾き出された。
ハニーブロンドが震え、唇を噛む。

――ダンは絶対に傷付けたりしないって
信じてたのに。

意地っ張りなふくれっ面とは明らかに違う。
はっきりとした怒りと、喪失を映した瞳。

ダンはほんのわずかに眉をしかめる。


すべて、覚悟していた。
あらゆる情を、痛みを、踏みにじる罪がどれほど重いか。
それでも――。


ノルヴェルトは呆然と佇み、浅い息をついた。
そして思い知る。


あんなに震えたのに。

あんなにも恐怖したのに。

それでも、どうしようもなく――


会いたかった。


ノルヴェルトの中で、何かが音を立てて崩れ落ちる。


「ジュノに騎士が呼び集められる気配もない」

感情が渦巻くこちらを冷ややかに眺めつつ、テュークロッスが口を開いた。

“ーー逃げてっ!!!”

パリスの渾身の叫びが響く。

“お願いだから逃げてっ!!ダンッ!!!”

“逃げてくださいっ!!”

パリスとロエの叫びの外側で、冷たい騎士団長の声が言う。

「これで、確信を得ることができた。ダンテス、貴様に感謝しよう」

感情の昂りを押しとどめるように、歪む口元に手を当てる。
高貴な赤髪が、震えた。


「そうか……。あやつら、死んだのか」


ノルヴェルトとトミーの、希望を失った眼差しが、騎士団長を愕然と見上げる。

「最低限の誠意は見せたというわけか」

堪えきれない笑いが、テュークロッスの喉の奥から漏れた。

心が打ち砕かれ、空洞になったノルヴェルトの胸で、何かが脈打つ。

「しぶとく逃げ回っていた割りに……なんと呆気ない」

安堵に震えるテュークロッスの声。
騎鳥から降り、進み出ながら外套を払う。

ノルヴェルトの全身が冷え切っていく。

そして静かに蠢いた。
黒いものが、奥底で、身をもたげる。

ノルヴェルトの背から、絞め殺すような気配が噴き上がる。
森の空気がざわめき、草木が怯えたように身を縮める。

テュークロッスの眉が、かすかに動いた。


「……そうだな。終わりにするとしよう」


次の瞬間、黒い閃光が弾けた。
両断するような風圧が、木々をざわめかせる。

騎士団長の外套が翻りーー
牙を剥く漆黒を名誉の剣が止める。

「ノルヴェルトさんっ!!」

トミーの叫びは届かない。
ノルヴェルトの瞳には何の感情も映っていなかった。

怒りも、悲しみもない。
――ただ、殺意。

トミーは必死に飛び出した。
ダンの喉が、わずかに鳴った。

テュークロッスが一歩退く。
ジェラルディンが剣を構え踏み込む。
その動きすら、ノルヴェルトには遅い。
一瞬で間合いが消えた。
鎌が唸り、地をえぐる。
火花と土煙。

ジェラルディンが受け止めるが、忠義の剣を殺意の大鎌が圧倒した。
剣が弾き飛ぶ。

「いやだぁ!!」――「殺すなっ!!」

トミーとダン、二つの声が森の空気を裂く。
黒い軌跡が鋭く翻る。

ーードシャァッ!

身の毛もよだつ――えぐる音。


鋭い音とともに勢いが止まり、ざあと木の葉が降り注ぐ。


大鎌はーージェラルディンの喉元ではなく、すぐ横の木を派手に裂いた。

ノルヴェルトの大鎌を掴む手が震えていた。
『会いたい』が……砕けて消えた。

葉が舞う中、剣が飛んだジェラルディンは息を呑んで硬直する。


泣き声のような息遣いが、トミーの肩を震わせた。
ノルヴェルトの鎌が止まったのを見て、呼吸を思い出す。
その瞬間――

静かな風。
そして音もなく、トミーの背後にテュークロッスが立った。

ノルヴェルトの呼吸が、凍りついた。
気付いていないトミーの背後から、銀の閃きが伸びる。


貫く金属音。


剣を放り出して間に割り込んだのは、ダンだった。
腹部を貫いた剣を、ダンの両手が握り締める。


「――ダンッ!!」

悲鳴を上げて駆け込んで来たのは、チョコボから飛び降りたパリス。

――刹那、凍てつく魔力が森を裂いた。

「ブリザガ」

地を這う氷霧が一斉に舞い上がり、螺旋を描きながら一点に収束する。
中心で蒼い魔紋が展開し、そこから氷晶の柱が爆ぜるように立ち上がった。

氷結の奔流がダンとテュークロッスを分かつ。
轟音とともに、数百の氷の欠片が暴風となって渦を巻く。
荒れ狂うその刃を振り払うようにテュークロッスは後退した。
光が屈折し、森が蒼く染まる。

「――暴れろ赤魔!!」

氷の欠片を纏ったまま、ローディが叫んだ。

突如現れ指示を叫ぶ彼にパリスが目を見張る。
見たこともない顔で詠唱に入るローディ。
額を、滴が伝っていた。

顔をしかめたジェラルディンが素早く剣を拾い上げる。
迷うことなく、パリスはアビリティを解放した。
叫びと同時に、魔力が迸る。

「――サンダー!」

稲妻が走り、敵影を焼き散らす。

「ブリザド!」

次の詠唱が重なり、白い光の爆裂が森を凍らせる。

「エアロ!」

風が唸り、巻き上がった土と枝が矢のように飛んだ。

雷鳴と吹雪と烈風が、入り乱れて爆ぜる。
彼の魔力は、退くことを知らず燃え続けた。

守るようにパリスの魔力が暴れ回る中、膝を着くダン。
トミーが言葉を失ったまますがり、震える指先がダンの頬に触れる。

汗を浮かべた苦悶の表情が彼女を見上げる。


全部俺が護る。

だから――傷付くな。


細やかな魔法の光に包まれながら、ダンが呟く。

「……行ってくる」

次の瞬間、彼の姿は消えた。

「ダンッ!!」

悲痛な声で呼びながら、トミーの手が空を掠める。


立ちはだかる魔力の狭間でテュークロッスは目を見張った。

絶対に失ってはならないものを――奪われた。


苛立ちを露わにしたジェラルディンが荒れ狂う魔法を突破する。
即座に剣を抜きパリスが刃を受け止める。

その瞬間――。
乾いた破裂音が森を裂いた。

バンッ!!

弾丸がジェラルディンの足元の土を抉り、砂が跳ね上がる。
続けざまにもう一発。

傍らに落ちたダンの両手剣をトミーは反射的に掴み、抱き寄せた。

だが銃声の正体を確かめる間もなく――
熱が、空気の奥底から噴き上がった。

「ファイガ」

轟音と閃光。
咄嗟にノルヴェルトがトミーの腕を引き寄せる。
地面が爆ぜ、炎が渦を巻く。
暴れ回る爆炎の奔流が皆の間を駆け抜ける。
そして遅れて爆風が襲い、木々が一斉になぎ倒された。

ノルヴェルトは炎から庇うようにトミーを抱き込む。
凄まじい威力に、堪らず皆が腕を構え防御姿勢を取る。

リオが遅れてたどり着いた。
チョコボが悲鳴のように鳴き、これ以上の接近を拒んでいた。


業火の中心に、ただ一人の影。
ローディの漆黒のコートが翻り、蒼の瞳が灼光を映す。


“ダン”

火の粉が舞う中、揺れる金髪。

“森をひとつ消し炭にするけど――おk?”


リンクシェルで呟き、妖艶に微笑む。


“……聞こえてない、か……”


唇が詠唱を結び、さらなる魔力が迸った。



   *   *   *



――サンドリア王国、閲兵場。
高い空の下、陽光が石畳を白く照らしていた。

閲兵場の片隅で、ロエは両手で杖を握り締めていた。
吹き抜ける風に髪を揺らしながら、口を引き結んでいる。
涙が滲んでいるようにも見える瞳。

会話するわけでもない。
しかし、立ち去るわけでもない。
なぜこの場に残っているのか自分でもよく分からぬまま、アズマは頭を掻いていた。

すると、多くの人で賑わう閲兵場に声が響く。

「――ヴぁ!? ダンさん!!?」

一拍置いて、ロエが弾かれたように顔を上げる。

「ダンさんどうしたんすか!?」

即座に第二砲。
声もまったく同じなので、どちらがチョモなのか分からない。

ゲートクリスタルの傍に、ダンが現れていた。
崩れ落ちるように膝を着く彼にチョモ兄弟が駆け寄る。
すると周りにいた冒険者たちも一斉にダンに向いた。

「おいダン! 遅いぞお前!」

「ミッションに協力する約束だろ!」

不満の声とともに何人もの冒険者が寄ってくる。

しかし次の瞬間、皆が凍り付く。
ダンの足元から見る見る血溜まりが広がった。

「……ダン、お前、どうした!?」

驚愕の声を上げる冒険者たち。

「剣が!! うわぁぁ剣が!!!」

チョモの悲鳴を聞いた周りの人々にざわめきが広がる。

周囲にいる騎士達も足を止めた。
そして目を細める。
ダンの腹部を貫いている――その剣に。


激痛に震える身体を、ダンは見下ろした。
歯を食いしばる。

――団長ともなると……やっぱ強ぇな。

視界がかすむ。
足元がぐらついた。

誰かがこちらを見ている気配。

だが――
何も、聞こえない。

この剣の持ち主を、騎士達に要求してやるつもりだったが。

無理か。

――駄目だ、喋れねぇ……。


力尽きて倒れるダン。
冒険者たちが一斉に取り囲む。

「ヤバいぞ! とにかく剣を――」

「待て、危険だ!」

「まず詠唱に入って!」

「ダン! しっかりしろ!」

ダンの処置を始める緊迫した冒険者たちの周りで、騎士達も栄誉の剣に騒然とする。
木霊するように、騎士団長の名があちこちで囁かれた。


その光景にロエは口を押さえ立ち尽くした。
呼吸を止め、堪らずぽろぽろと涙を零す。

『何かが起きても、真っ先に駆け付けてはいけない』

ロエが言われていたのは、それだけ。
こういうことだったのかと……震えた。

騒然とする現場を見てアズマは絶句していた。
そしてロエの涙を目の当たりにし、音を立てて歯軋りする。

「――野っ郎ぉ……」

口の中で悪態をつくと、渦中の戦士を睨み付けて咆えた。

「女ぁ泣かせんじゃねぇっつってんだろ、この丸太ん棒めぇ!!」

青筋を立てたまま、アズマがロエに向く。

「行くぜ、姐さん!!」

言い放つと、人混みの中に駆け出す。
驚いた顔をしたロエだが、涙を拭いて彼の後を追う。
人を掻き分けて進むアズマが声を張った。

「なんでぇなんでぇ! どうしたってんだ!?」

ドラギーユ城眼下の閲兵場広場は、冒険者と騎士が十重二十重と集まり大騒ぎとなっていた。



“騎士団にダンを取られるな”


離れた場所から騒ぎを眺めていたゴンベの耳に指示が飛ぶ。

……腕白小僧め…。

腹の中で文句を言いながら、のしのしと突き進み現場へと分け入った。
シーフのアーティファクト装備を身にまとったゴンベの登場に、アズマの目がこぼれ落ちそうなほど見開く。

その場にいる騎士達に向けて、ゴンベは高らかに声を張った。


「リージョンで恥をかかされたからといって、冒険者を迫害するとは何事だ!」

喧騒をものともしない、はっきりとした声が響き渡る。


「我々は黙っていないぞ! 冒険者に真実をー!!」



   *   *   *



荒れ狂う炎と熱風に吹き飛ばされそうになる中、トミーはノルヴェルトの腕の中にいた。

しかし突然、周囲から轟音と熱が消える。

——真っ暗な静寂。
次の瞬間、身体を包んでいた支えを失い尻もちを着く。
抱き締めている両手剣に夢中でしがみ付く。

肩を震わせながら、そろりと顔を上げる。

すると、目の前に黒い外套と銀髪が出現する。

鎧の音を立てて鋭く探し、トミーを見つけ表情を崩すと無言のまま肩を掴んだ。
優しくはない力で抱き寄せられる。
焦げた匂い。

お互いの呼吸だけに耳をすませる。

数秒の間を置き、二人の視線が絡む。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。


視界には、白い砂地、空に揺らめく海鳥、煌めく水平線。
海風が横切る漁民の街――セルビナ。

傍らには、陽の光をきらりと弾く、ゲートクリスタル。


どうやら二人はデジョンされたようだ。


争いもない。
悲しみもない。
穏やかな波音と海鳥の声。


『ここをホームポイントにしておけ』

そう指示するダンの横顔が思い出される。

必死に抱きしめていた両手剣が、陽の光に煌めく。


トミーは両手で顔を覆うと、彼の名を呼び、声を上げて泣き崩れた。



<To be continued>

あとがき

第三十五話『君を護る覚悟』でした。

誰もが、それぞれの「君」を抱えて戦いました。
その覚悟が誰かを救うのか、それとも――
別の何かを壊してしまうのか。

戦いは、新たな局面へ。

覚悟の先に待つものが、優しいとは限りません。
次話、少しだけ心の準備をしておいていただけると幸いです。