警告
2005/11/03公開
「うわーーおーーあーーれーーー?」
薄暗い地下通路を抜けた途端、トミーが妙な声を上げた。
「どんな声だ」
数歩先で立ち止まっているトミーの背中に、ダンが訝しげな声を投げる。
通路を出たところで足を止めていた他のメンバーも、トミーの予想外の反応に目を瞬かせた。
トミーはその場で何度か踵を上げ下げし、それからゆっくりと皆のほうを振り向く。
その表情に感動の色はなく、むしろ困惑したように眉を寄せた変な顔だった。
「………イメージと大分違う……かも」
地下通路を抜けた先は、パリスが言っていたように地面は白い雪に覆われていた。
その点に関してはトミーの想像通りではあったのだろうが、恐らく問題は景色。
地下通路を出た場所は冷たそうな岩肌に挟まれた道で、真っ白の雪に覆われた地面が広がっているような開けた場所ではない。
おまけに、その大して広くはない道には冒険者のパーティが数組陣を張り、所々では地面から姿を現しているミミズとの戦闘が行われていた。
「お前、どういうのを想像してたんだ。ここは観光地じゃねぇんだぞ」
「うーん……」
「分かった。辺り一面雪に覆われてて、クリスマスツリーみたいな木がいっぱいある感じでしょ」
「そうそう、そうです。それですよー!」
にへらっとそんなことを言うパリスにトミーが激しく頷く。
「この島には、あまり植物はないんですよ~」
まるで子どもに言い聞かせるような口調でロエが言い、それを聞いたトミーは『あちゃ〜』と肩を落とした。
そして渋々、少しイラついた声でそばに戻るように言うダンの指示に従う。
「うう~ん、そうですよね……これくらい寒いと、植物もなかなか育ちにくいですよね」
トミーの先走った妄想では、本当にパリスが言うような光景を思い浮かべていた。
木々がたくさん立ち並んでおり、それらは皆雪の帽子を被ってキラキラしている。
そして気をつけていないと木の上に積もった雪が落ちてきて危ない!
だから木を蹴って自分だけ逃げたりしたら皆に雪が……フフフフフ♪
なんて馬鹿げたことまで考えていたのだが、クフィム島に着いてからの最初の景色は非常に殺風景だった。
本日のクフィム島の空は快晴。
見上げると、道を挟む岩の隙間から澄んだ青空が覗いている。
「で、あれが噂のミミズですか?」
トミーが先の道を指差す。
雪の積もった地面から、太いロープのようなものがうねうねと揺れており、それを冒険者達が武器を構えて囲んでいた。
人の足ほどの太さがある巨大なミミズだ。
確認するように振り返ったトミーは、なぜかローディに視線を向けた。
ちゃっかり穏やかな表情を作っていたローディは笑顔で頷いてみせる。
「えぇ。ミミズ自体は大して手強い相手ではありませんから、特に用心することはありません」
そこまでトミーを見つめて答えたローディは『ですが』と言って先の道へと視線を馳せる。
「ミミズ狩りで難しいのは、釣りです」
「つり?」
「ミミズはとってもお手頃なモンスターだからね、競争率が高いんだよ」
いかに自分達の獲物を確保できるかが、ミミズ狩りでのポイントであると、ローディの話に便乗してパリスが説明した。
この広くはない道がクフィムで狩りを始めるには絶好の拠点であり、ここに湧くミミズの人気は非常に高い。
なので連日いくつかのパーティがこの場所で獲物の確保合戦をしているというわけだ。
パーティの獲物を確保するのは主に前衛の役割であり、前衛がいかに素早く獲物を釣るか。それがそのパーティの修行の効果を大きく左右することになる。
その説明を受けながらトミーらが狩りをしている冒険者達を眺めていると、確かに皆神経を研ぎ澄まし、ミミズが地面を割って姿を現す瞬間に数名の者が同時に反応している。
その0.差の激しい競い合いにトミーとリオの二人は目を丸くしていた。
―――その時、他パーティの狩りの様子を眺めていたトミーらの目前の雪が微かに動いた。
瞬時に気がついたベテラン組はぴくりとその地面に視線を落とす。
他パーティの戦いを眺めるのに夢中になっている素人二人は、ミミズが雪を押し退けてぞろりと姿を現してから絶叫した。
「「ぎゃーーーーーーー!!?」」
「ふぬぅぅぅぅんがぁぁぁッッ!!!」
思わず身を引いたトミー達は当然ミミズには驚いたが、その絶叫はミミズに対するものではなかった。
ミミズが姿を現したと同時に、割と近くにいた他パーティのガルカがダイブしてきたからである。
戦士の装備をしたそのガルカは叫びながらタックルにしか見えない攻撃をミミズにお見舞いする。
トミーとリオが唖然としていると、続々とそのガルカの仲間らしき冒険者達が駆けつけてくる。
「………オイ、お前ら邪魔になるからもっとこっちに退け」
口をあんぐりと開けて呆然と彼らを眺めているトミーとリオの首根っこを掴んで、ダンが二人を道の脇まで引っ張っていく。
『大丈夫ですか?』と小さく笑いながら二人を見上げるロエ。
トミーとリオはやはり口を開けたまま例のパーティの戦いを眺めて硬直していた。
「皆、血眼になって獲物獲得に燃えてるんだよ♪」
二人の様子が面白くて仕方ないという顔をして、パリスが笑い声で言った。
「……まぁ、これは慣れだからな。経験して慣れろ」
先が思いやられる。
溜め息交じりに言うダンの顔にははっきりとそう書いてあった。
「……ミミズって、このへんにしかいないの?」
目の前で突然始まった他パーティの戦闘が終わると、やっと彼らから視線を外せるようになったトミーが首を傾げた。
「いや、ミミズはこの島の至るところにいる」
そう答えるダンの前に、ローディが一歩進み出る。
煌めく金髪をぱっと手で払うと、滑らかな口調で言葉を継いだ。
「ただ、この場所は他のモンスターに絡まれる危険がないので、ミミズだけに集中して狩りができる比較的安全な場所なんですよ。だからこの場所でのミミズ獲得の競争率が異様に高いのです」
「ほぇー。そうなんですかー」
「えぇ。この道を少し進むと開けた場所に出ます。そこにはミミズの他にも、たくさんモンスターがいますからね」
スラスラと説明するローディに対し、トミーは『おぉ~』と間抜けな声を出して素直に感心していた。
そんな無防備な反応を見て、ローディは穏やかに微笑むと、ローディはいきなり魔法の詠唱を開始する。
彼は呪文を口ずさみながら、正確に音と意識を重ねて魔法の構成を編み上げていく。
そして詠唱が終わると、全員の体に一瞬、守護の光が煌めいた。
トミーが魔法のかかった体を見下ろして礼を言うために顔を上げると、ローディはすでに次の魔法の詠唱に入っている。
ほどなくして二度目の詠唱が完了すると、別の守護の光が皆を照らす。
彼が唱えたのは、物理防御力を上げる魔法と、魔法防御力を高める守護魔法だ。
「いくら私達がついていると言っても、油断は禁物でしからね」
「ありがとうございます!」
微笑むローディに対してトミーは少し照れくさそうに、まさに照れ隠しと見て取れる程深々とお辞儀をした。
―――出だしにロエさんがちゃんと全員に守護魔法かけてくれただろーが。
腹の中でそう毒づいて、苦虫を噛み潰したような顔になっているのはダンだった。
―――――『でしからね』も、気にしてねぇし。
内心でさらにもう一言付け加え、横目でトミーを睨む。
ローディは自分に対して警戒がまったく向けられていないことを確認すると、トミーに向けていたのと同じ柔らかな笑顔を、今度はダンに向けた。
ダンの肌が粟立った。
「ま、今日は見学だからね。他パーティのお邪魔はしないように、ミミズさんは見るだけにしときましょ~ね♪」
リオが、チャンスさえあれば本気でミミズを“釣る”気でいるように見えたパリスは、そのタイミングを逃さず、やんわりと釘を刺した。
トミーは『はーい』という素直な返事をしたものの、隣のリオは明らかに不満げな顔。
やはり、その様子からして本当にミミズを釣ってやろうと狙っていたようだ。
「は~い、では、次の場所に向かいますよ~」
リオのじとっとした視線を受けながら、パリスは苦笑いしつつ、ひらひらと手を振って皆に声をかけた。
「このミミズさんは大して強くはないんだけどね。バインドっていう動きを封じ込める魔法を使うから、絡まれにだけは注意しないとダメだよ」
「ふむふむ」
ミミズ狩りに夢中のパーティたちの間を、邪魔にならないよう注意しながら一行が進んでいく。
先頭を歩くパリスが肩越しに振り返って、トミーに補足説明をした。
トミーの方は真面目に聞いているようだが、リオはどうしてもミミズを釣ってみたいらしく視線を周囲の地面に這い回していた。
しょうがないなぁという苦笑いを浮かべるパリスだったが、そこでトミーがむむむと思案顔になって言う。
「んー……しかし、どうしてガルカ族ってあんなにカッコいいんですかね~?」
訂正、実はトミーも頭の中はドリー夢。
肩をこけさせるパリスを眺めて、後方を歩いているダンは小さく溜め息をついた。
あとがき
第三話、「警告」です。この回って、なんだかんだで結構重要だったんだなぁと思いました。←おい作者
そして……もう好き過ぎて、彼の色んな表情を見たいんだよね。
心配とかはしなくて、どんな彼が見られるのかなってワクワクしちゃうド変態の話。