プロの第六感
2005/10/09公開
「俺様を誰だと思ってんの?参加してやるって言ってるのに……気は確かかね?」
すぐ後ろを歩くローディに構わず、ダンはズカズカと足早にジュノ下層を横切っていた。
聞きたくない背後の男の声を街のざわめきが掻き消してくれることを期待するが、その期待は完全に裏切られている。
どういうわけか、そこにはダンとローディの二人しかいなかったからだ。
誰もいない。
いつもは活気のあるジュノの街は静まり返り、人の影すら見掛けない。
そんな理解し難い状況に、一層神経を尖らせながら、ダンは歩を進めた。
「連れて行って絶対損はしないと思うけど~?どぅーなのダン?どぅーなのよ?ねぇ」
「お前は精神的に有害なんだよ!」
言いながら振り返り、ローディの胸元に指を突き付けた。
金髪碧眼のヒューム魔道士は、相変わらず白魔道士のアーティファクト装備を身にまとっている。
彼は、ダンの指を見下ろしてから肩をすくめた。
「きっひっひ。何をそんなに神経質になってるんだ?意味分からん奴だのぅ。きっひっひっひっひ」
「その妙な笑い方をやめろ」
「きひ!」
「いや、『きひ』じゃねぇよ」
ローディの独特の笑い声。
ダンは先ほどからずっと、こめかみあたりが引きつっている。
不機嫌な表情のまま、再びローディに背を向けて歩き出す。
当然、後ろの男も同じように歩き出す。
「ちゃんと良い子にしてるからぁ~。紳士になるよぉ~。一生のお願いぃ~~~」
「気持ち悪い声出すんじゃねぇ」
「クピポクププゥ!クピピプピプゥー!!」
「どこの言語だ!!」
後ろに引っ付いてくるローディを振り払うようにして振り返る。
ローディはだらしない笑顔でダンの返答を待っていた。
「ったく、まともに喋れねぇのかお前は!人様の言葉を使え!アルタナの民の言葉をっ!!」
かみ殺したような声で『おら、何か言ってみろっ』とローディを睨みつける。
すると、珍しく、ローディは少し困ったような顔をした。
考えるように顎に手を当てて眉を寄せる。
やがて、すっと真面目な顔を上げた。
「………………『わん』?」
* * *
「っがぁぁぁぁぁ!!!」
ダンは凄まじい雄叫びを上げながら飛び起きた。
かけていた布団を力一杯握り締めながら、呆然として疑問符を浮かべる。
肩で呼吸しながら見回す。
ここは自分の部屋で、今、自分は目覚めたのだと理解した。
頬を一筋の汗が流れ落ち、口の中はからからに乾燥している。
ふと見ると、ベッドとは反対側の壁にモーグリが背中を押しつけていた。
「………どうしたクポ?」
主人が突然、絶叫しながら飛び起きたのだ。
モーグリだってそりゃ驚くだろう。
『何でもない』とは答えられず、ダンはしばらくの間ベッドの上で座り込んでいた。
夢を、見ていた。
先日の出来事に、少々いらない脚色がなされた夢だ。
一日の幕開けは最悪なものだった。
ダンはすでに疲れた状態で、狩場案内に行く準備を整える。
元気に見送るモーグリに苦笑を向けつつ、レンタルハウスを出る。
足早にジュノの階段を下り始めた。
いつもの銀色の鎧を着たダンの背中に、今日は両手剣がない。
その代わりに、彼の腰に片手持ちの剣が下げられ、左腕には盾が備えられていた。
普段にも増して神経質になっていた。
今日は久し振りに、トミーと町の外で行動を共にする興味深い日だ。
ーーーだが、それに人災の根源みたいな男が参加したがっていたので、ダンは気が気ではない。
近頃インビジにハマっていると言うあの変態をーーー連れていく?
本当に、冗談じゃない。
なので、つけられていないか警戒しながら速やかに集合場所へと向かう。
ロエとーーー先日ローディとご対面を果たしたパリスには、つけられないよう気をつけろと警告してある。
普段ならダンのレンタルハウスで集合してから行く。
だが、それでは即行ローディに勘づかれる。
検討した結果、今回は別々に集合場所に向かうことにした。
癪だが……トミーのことはリオに任せてある。
集合場所は、ジュノの最下層である港の階段を更に下りた、クフィム島へ向かう地下通路入り口前。
「あ、ダンさんっ」
神経を尖らせながら階段を下りていると、下層の冒険者居住区入り口からロエが出てきた。
小さな杖を背負い、ローブ姿で駆け寄ってくる。
「おはようございます」
「あぁ、どうも」
ダンは簡単に無愛想な挨拶を返す。
足を止める事なく、ずんずん階段を下りた。
軽い駆け足になりつつも、ロエは彼の隣りに並んだ。
「あの……本当にローディさんは」
“ねぇ、ダン。本当にあの人置いてっちゃって良いわけ?”
ロエが言うのとほぼ同時に、リンクパールからパリスの声が聞こえた。
パリスとまったく同じ事を言いたかったのか、ロエは頷いてダンを見上げる。
“―――む?あの人って誰ですか?”
続いて、トミーの呑気な声が聞こえてくる。
今日はちゃんとリンクパールを持って出てきているようだ。
“お前は気にするな。……パリス、今どのへんにいるんだ?”
“僕ぁもう着きますよ”
“なんで私には教えてくれないのー!?”
“おい、トミー。お前もう集合場所に着いてるだろうな?”
“着いてまーーすよぉぉー”
不て腐れた声でいうトミーに対し溜め息をつくと、集合場所に続く最後の階段に差しかかる。
隣りを歩くロエは少々不安そうな顔をしていた。
なぜ、彼女がそんな表情をしているのか。
それはダンもよく理解していた。
自分もーーー駄目な予感がしてならないからだ。
“はい、僕も到着~♪…あ………ダン……”
消え入りそうなパリスの声が微かに聞こえた。
丁度その頃、階段を下りた場所でパリスが立ち尽くしているのが見えてくる。
彼は通路の先を見つめ、ぽかんと口を開けていた。
その視線の先を見なくても何となく状況は分かる。
ダンは出発前だというのに、凄まじい疲労感に襲われた。
階段を下り、パリスの横に並ぶ。
「おっ、三人ともおはよう!!」
一番に元気な挨拶をしたのは、トミーだった。
彼女の隣りにいる赤髪のミスラは、一度は三人に視線を向けたが、すぐさまそっぽを向いてしまう。
そしてーーー。
三人の視線を一人占めしている男が、トミーの向こう側に立っていた。
「おはようございます」
上品な微笑みを浮かべて頭を下げる、美しいヒュームの男性。
他でもない、ローディだった。
いつものアーティファクト装備ではなく、地味なローブ姿。
片手で裾を押さえた気品のある物腰で、彼はこんな事を言った。
「今日は、よろしくお願いします」
* * *
クフィム島へと続く地下通路は人工的に整備されているわけではない。
人が何とかニ、三人並んで歩けるくらいの幅の、薄暗い鍾乳洞のような通路である。
ゴツゴツとした足場は緩やかな波のように上下しており、ほの暗い闇の中で蝙蝠達が警戒の声を呟き合っていた。
そんな地下通路を、一行は緊迫した空気もなく、のんびりと進んでいた。
先頭をパリスが歩き、その後ろにトミーとリオが並んで歩いている。
そのまた後ろをローディ……ロエと続き、最後尾にはダンが就いていた。
当然、リオはクフィム島に入るのは初めてだ。
周囲を警戒している彼女は、口数がずいぶん少ない。
一方でトミーは、同様にクフィム島は初めてだが、特別緊張した様子は見られない。
それどころか、彼女は興奮したようによく喋り、沈黙知らずであった。
「ローディさんも一緒に来てくれるなんて思いませんでしたよ~。もう、ダンってばどうして教えてくれなかったのさっ」
「ははは。僕がお願いしたんですよ。あなたを驚かせたい、ってね」
目を細めて穏やかに笑うローディ。
無邪気に笑っているトミーを見つめ、ふと眉根を寄せる。
「しかし……突然、ご迷惑だったでしょうか?」
わずかに笑みを曇らせる彼を見て、トミーは一瞬きょとんとする。
はっとしたように、即座に首を横に振った。
「め、迷惑だなんてそんな!大勢の方が楽しいじゃないですかッ!そんな心配しないでください」
お客様に気を遣わせないよう、トミーは明るく言葉を連ねる。
ローディは再び柔らかい笑みを浮かべた。
彼が微笑んだのを見てトミーは安心したようだ。
嬉しそうに『ね?リオさん』と隣りのミスラに同意を求める。
視線の先のミスラは、恐ろしく不機嫌なオーラを体に纏っていた。
それは、後ろにいるローディから見ても一目瞭然。
肩を怒らせた背中を見れば、彼女がどんな表情か、容易く想像できた。
「……リオさん?どうしたんですか??」
「るさい」
吐き捨てるように掠れた声でリオが返す。
彼女はトミーの顔を見もせずに歯軋りした。
途端に困った顔になったトミーは、『具合でも悪いんですか?』と控えめにリオに気遣い始めた。
不機嫌な態度を取れば心配してくれる。
その方程式を、リオはここ数日で学習したようだ。
新参者からトミーを取り返したリオを眺めて、ローディは唇の端を上げてくすりと笑った。
「……………おい」
―――とそこで、地を這うような声と共に肩を捕まれた。
振り返ると……これまた凶暴なオーラを纏ったヒュームの男が一人。
「てめぇ……」
肩越しにその男、ダンを振り返る。
ローディは彼の前でいつもしているだらしない表情に変わった。
「きっひっひ。ほぅれ、あの娘も喜んでるじゃにゃーか」
「何なんだ、その気色悪いキャラは。今日一日そのキャラで通すつもりかコラ」
肩を鷲掴みしているダンの手を外し、肩をすくめる。
「こないだ宣言した通り、紳士になってやってんじゃな~い。ね、俺様すごい紳士でしゃう?」
そう言うと、隣りを歩くロエを見下ろしてにやりと笑った。
ロエは愛想良く笑みを浮かべるが、さすがに苦笑いは免れなかったようだ。
弱々しく笑みを作ってすぐさまダンへ視線を移す。
ダンはにやにやしているローディを心底迷惑そうな顔で睨んでいた。
今の彼はーーー漠然とローディを煙たがっているのではない。
真面目に、ローディという男を警戒している。
そんな違いを、ロエは少なからず感じ取っていた。
ーーーその理由は何か。
思い当たらないということもない。
しかし本日、ロエにとって重要なのは、その理由ではなかった。
彼女にとって重要なのは、ローディの危険性把握しているのが、ダンと自分だけということ。
トミーも先日ローディと対面しているが、どうやら彼女の目にはローディが“異色”には映っていないようだった。
むしろ警戒するどころか、どこか憧れすら感じているように見える。
パリスもまた、事前にローディと遭遇はしているようだが……当然、ローディの“普段”を知っているわけではない。
そう、ローディのことをある程度理解しているのは、このメンバーの中で、ダンとロエの二人だけ。
それが、ロエには重要なことに思えた。
理由は、自分でもよく分からない。ただ、そう感じていた。
だからこそロエは、先ほどからずっと自分に言い聞かせていたのだ。
――ダンの力になれるのは、自分だけだ、と。
「ん~?んん~~??」
おもむろに首を傾げまくるローディ。
「ね~ぇ~ダン~?」
「あぁ?何だ、楽にしてやろうか」
「きひっ!面白いけど、首が痛いわけじゃないぞぇ♪……ねぇ~、何か企んでる?」
「あ?とりあえず俺の頭の中はお前をどう消すかでいっぱいいっぱいだが」
「きひゃっ!!」
「そ、そんな……考え過ぎですよ、ローディさん」
グニャグニャしながら歩いているローディにロエは慌ててフォローした。
「今日は、皆さんで楽しく案内しましょう?滅多にない機会ですし……」
控えめにそう言いながら、彼女はローディではなく、ダンの方をそっと見上げる。
その視線に気づいたダンは、ほんの一瞬だけ眉をひそめ、何となく明後日の方向へ視線を逸らす。
「……できる限りは、心掛けますよ」
首を摩りながら、言い難そうにダンは呟く。
ロエは胸の奥がふっと温かくなるのを感じて、思わず微笑んだ。
「ねぇねぇ、ダン。この地下通路って結構長いの?」
トミーがそう言いながら振り返る。
後ろ向きに歩き始めるトミーの横で、なぜかリオがすぐさま鋭くダンを睨みつけた。
「あー?……あー、結構長いな。ってか、ちゃんと前見て歩け。すっ転ぶぞ」
いつものしかめっ面でダンが言うと、トミーは『はーい』と素直な返事をした。
彼女が振り向いた瞬間に気持ち悪いほど穏かな表情をして歩いていたローディ。
だが、トミーが前を向くと、ぐりっとフクロウのように勢い良くダンを振り返った。
信じられないと言いたげな表情で、口をぱくぱくしている。
「ダン、きしょ!!!」
「なんでだ」
こめかみあたりをビキッと引きつらせるダン。
一方、ガタガタと震えだしたローディは、すぐさまロエを見つめて訴えるように言い放った。
「ダンが人の心配するなんて!!」
青ざめた変態の目は、完全に瞳孔が開いている。
「例え仲間がモンスターに攻撃されても『油断してるからだ』とか言う奴なのに!!」
「ダ、ダンさんは優しい方ですよ~」
変な汗をかいて衝撃を受けているローディの迫力に圧倒されながらロエ。
ローディは『何今の!?』を連発しながら、リオと話をしているトミーと後ろのダンを激しく見比べた。
―――その時。
周囲の様子を窺いながら先頭を黙々と歩いていたパリスが、ふいに立ち止まった。
「先生!先頭一人ぼっちは寂しいので、お話相手が欲しいです!!」
「うるせぇな、黙って歩け」
「止まってんじゃねぇわよ、エロヴァーン!」
辛辣なダンの言葉に続いて、リオが言いながらパリスの背中をがすっと蹴る。
前のめりになったパリスは数歩よろめいて、背中を擦りながら振り返った。
「だってだってだってぇ!つまんないよ、僕だけ一人で黙々とぉ!トミーちゃん、僕も構ってよぉーーーー」
「あぅ……す、すみません。邪魔しちゃいけないかと思って……」
「いいからさっさと進みなさいよ!鬱陶しいわね!いつまで経ってもケロッグ島に着かないじゃない!」
「行きたければお前一人で行ってこい、そんな島」
「リオさん、ケロッグ島じゃないです。グリム島です」
「お前も何処へ行く気だ」
喚くリオに流されてトミーまで混乱し始める。
ロエが小さな声で、必死に『クフィム島です』と訂正をリピートしている。
パリスはその様子を面白そうに眺め、ローディは『ははは』とどこか少し乾いた笑い声。
こめかみに指を当てて、深い深い溜め息をついたのはダンだ。
「そもそも、クフィム島ってどんなところなの?全然知らないよ」
一通り在りもしない島の名前をリオと言い合った後、トミーがダンを振り返って尋ねた。
だが、振り返った瞬間に、先ほどの注意を思い出したのか、トミーは慌てて前を向き直す。
その数秒のトミーの様子にダンが見入っていると、代わりに別の声が、彼女の問いに答えた。
「地図を見て、ジュノの北東にある島が、今向かってるクフィム島だよ。あるでしょ?細い三日月型の島が」
パリスの言葉に、トミーは慌ててカバンから地図を取り出す。
冒険者必携の《ヴァナ・ディール世界地図》だ。
キョロキョロしているトミーの横から、リオが無言で地図を覗き込み、乱暴に一箇所を指で弾いた。
「あ、これかぁ!」
「クフィムは寒い島だから、一年中雪が積もってるんだ。地下道を抜ければ、そこは銀世界だよ♪」
「わぁぁ……そうなんですかっ!じゃあ、すごく綺麗な島なんですね!」
地図から顔を上げて目を輝かせるトミーに、パリスはにこっと笑いかける。
そして今度はローディが、静かに口を開いた。
「ですが、クフィム島は巨人族が未だに蔓延っている。決して安全な場所ではありません。日が沈めばスケルトンのワイトも湧きますし、ウェポンを始め、攻撃的なモンスターが多い」
「むぃ?ウェポンって誰ですか??」
「お前、見たことないのか?」
出遅れたダンがすかさず突っ込むと、トミーはあっさりと頷く。
「えと、そんなに体は大きくありませんけど、蛙みたいな、でも牙の並んだ大きな口を持った、えーと…手足が細くて、浮かせた杖を自在に操ってる…えーと…」
「ロエさん、口で説明するのは難しいですよ」
「は、はい、そうですね」
懸命に説明しようとしているロエにダンが苦笑して言うと、ロエは真っ赤になって俯いた。
恥ずかしそうに顔を伏せて口を結んだロエは、『見りゃ分かる』と適当にトミーに言うダンの声を聞いて再びそーっとダンを見上げる。
ダンはそれにすぐ気づき、今度は小さな声で礼を言う。
その瞬間―――ロエの火照っていた顔が、びっくりするほど素早く冷えた。
「ウェポンはこの地下通路にも時々姿を現しますよ」
「ぇ、ええええ!?こここ怖いじゃないですか!」
「ははは。大丈夫ですよ、僕らがいますから」
トミーは無邪気に、ローディは爽やかに笑い合ってそんな会話をしている。
パリスはそんな二人をちらりと振り返り、自分もつられて笑みを浮かべながら――しかし内心では首を捻っていた。
視線がつい向かうのは、あのヒュームの美青年。
ブルーの瞳を細めて笑い、揺れる金髪を指先で優雅に撫でるその姿。
―――あのローディって人………あぁいう人だったっけ?
冒険が始まった瞬間から、ずっとその疑問が頭の片隅にこびりついている。
だが、今のパリスが気にしているのはそれだけではなかった。
再び肩越しに軽く振り返ってみれば、隣りでミスラがどんどん不機嫌になっていることに気がついていないトミーを見つめる。
―――あまりにも無防備過ぎるというか……どうしてそんなに頑張ってるのかな~…と…。
彼女の修行の狩りに付き合った時は、もっと緊張していたし、集中力もあったはずだ。
けれど今回は、どうにも様子が違う。
メンバーの顔ぶれのせいなのか、それとも……。
そんなことをなんとなく考えながら、パリスは前方へと視線を戻した
「まぁ、しばらくはクフィムでミミズ狩ったり、蟹狩ったりすることになると思うぞ。危険な相手は、この機会にできるだけ覚えておけ」
「はーい。わぁ~、ドキドキするなぁ……」
「頃合がきたら、パタリアの虎とか、他の地方に行くことになる。とりあえず、当分はジュノを拠点に修行だな。徐々に行動範囲も広くなるが、まぁ、チョコボ移動だから大して大変じゃない」
ダンがいつもの淡々とした口調でそう説明したところで、トミーがふと足を止めた。
それにつられて、全員の足も止まる。
彼女は不思議そうにダンを振り返った。
「?………チョコ」
「待て、首を傾げるな」
「ぇ、うん」
鋭い声に、トミーはぴくっとして、慌てて首をまっすぐに戻した。
大きく見開かれたダンの視線が、彼女を真っすぐに射抜く。
事をすぐに悟ったパリスとロエは、思わず苦笑を漏らした。
「………まさかお前、まだチョコボの免許取りに行ってないんじゃねぇだろうな」
それはもはや答えが分かっている者の声だった。
ぽかんとしていたトミーも、その雰囲気にようやく事の重大さを理解したらしく、じわじわと表情が崩れていく。
「……あわ……あわぁぁ~わあぁぁ~~~~リオさん、リオさんはチョコボ免許?」
「ふん。あんたが私を邪魔者扱いしたりしたから、先に一人で通って取っちゃったわよ」
「ええぇぇぇえ!!」
縋るようなトミーの叫びにも、リオはしてやったりとばかりに、ニヤリと邪な笑みを浮かべていた。
一般的な冒険者の流れとして、ジュノデビューを果たしたら、まず最初にやるのがチョコボ免許の獲得である。
冒険者たちは基本的に、自分のチョコボを所有せず、各地のチョコボ厩舎からチョコボを“借りて”移動する。
その厩舎は世界中に点在しているものの、免許を取得できるのは、ジュノの厩舎だけ。
ジュノ周辺で活動できる程の腕前がなければ、チョコボの免許は与えられないからだ。
それまで徒歩や船で旅をしていた初級の冒険者達は、ジュノデビューしてやっとまともな“足”を得られるのだ。
頭を抱えて『そんなぁ~』と唸っているトミーを見て、パリスはいつものように呑気に笑った。
「まぁいいじゃない。そんなに焦らなくてもさ。合間見て、ぼちぼち取りな~♪」
「ううう……はい……。そうか……チョコボの免許はジュノで取れるのか……チョコボに乗るには免許が必要なのか……」
何やらぶつぶつ言っているトミーを見て、パリスはもう一度笑い、先へと歩き出す。
皆がゆっくりと再び歩き始めたところで、大人しく微笑んでいたローディが、ふいにダンを振り返る。
やたらと目を細めた非常に腹立たしい表情でダンをじっと見るローディ。
そして、ぽつりと呟く。
「…そうか…………ダンはドジッ娘萌えなのか」
「殺す」
殺意のこもった一言を歯を食いしばったまま唸ったダンは、即座に腰の剣に手をかけた。
「あ、えと、あの、ダンさん落ち着いてっ」
「きひひひひっ」
慌てて止めに入るロエの声をよそに、ローディは小声で笑い、あっさりと標準語に戻る。
「ははは。トミーさんは面白い方ですね!」
前を歩くトミーに明るくそう言いかけると、トミーはうなだれたまま振り返る。
「そうですか?私はただ物知らないだけですよ……」
「要するに馬鹿なのよ、馬鹿」
「うわぁぁぁそんなはっきりと言わないでくださいよリオさん!!」
「マイペースだし、ドン臭いし、何なのよあんた」
どういうわけか、リオから罵声を浴びせられ始め、トミーは肩を窄めてみるみる小さくなっていく。
その様子を見て、『うるせぇぞネコ』とでも言いた気な顔をするダン。
そしてそのダンを、ローディがまたも楽しそうに振り返った。
「とぅとぅっぴでゅー♪ねぇ~ダンてば、やっぱり何か企んでんじゃないの~?」
「あぁ?さっきから何なんだお前は。何か企んでんのはお前の方じゃねぇのか?どうせまた何人か仲間をストーキングさせたりしてんだろ」
不機嫌な声で逆に尋ねてきたダンに目を瞬かせると、ローディはちらりと一瞬ダンの後方に視線を流す。
「今日は俺様、誰も連れてきてないぞぃ。本当に面白いものは独り占めしたいのだ☆」
「何で今一瞬後ろ見たお前」
「きひ!」
「いや、『きひ』じゃねぇよ」
「はいはい皆さ~ん!そろそろ地下通路抜けますので、心の準備お願いしま~す」
先頭を進んでいたパリスが、軽いノリで呼びかけると、トミーが元気な声で応えた。
そして少し緊張を含みつつも、とてもワクワクしているような表情でローディを振り返る。
ローディもすかさずトミーに笑みを返す。
そして、彼女が満足そうに前を向いたのを確認したローディは、ダンの方を振り返る。
「発表しよう。本日の俺様的タイトルは、『紳士にエンジョイ!クフィムのドキドキ乱獲パニック☆』!略して『エンパニ☆』なり。きっひっひっひっひ!!」
声を潜めながらも、誇らしげにそれを宣言するローディ。
トラブルの集合体のようなこのパーティは、クフィム島を目指して地下通路を進む。
彼らの一日はこうして始まった。
―――――いや、始まってしまったのだ…。
あとがき
難しいね、濃い連中集めてバランスを保たせるのはSA☆そして、この回は変態と、小さい乙女の為に書いたようなものだなと…。
ううーーん、何も言えない。(´▽`;)