プロの第六感

第三章 第二話
2005/10/09公開



「俺様を誰だと思ってんの?参加してやるって言ってるのに……気は確かかね?」
すぐ後ろを歩くローディに構わず、ダンはズカズカと足早にジュノ下層を横切っていた。
聞きたくない背後の男の声を街のざわめきが掻き消してくれることを期待するが、ダンのその期待は完全に裏切られている。
どういうわけか、そこにはダンとローディの二人しかいなかったからだ。
誰もいない、いつもは活気のあるジュノの街は静まり返り、人の影すら見掛けない。
そんな理解し難い状況に一層神経を尖らせながらダンは歩を進めた。
「連れて行って絶対損はしないと思うけど~?どぅーなのダン、どぅーなのよ、ねぇ」
「お前は精神的に有害なんだよ!」
たまらず立ち止まって振り返ると、ローディの胸元に指を突き付けた。
相変わらず白魔道士のアーティファクト装備に身を包んだ金髪碧眼のヒュームは、ダンの指を見下ろしてから肩をすくめた。
「きっひっひ、何をそんなに神経質になってるんだ、意味分からん奴だのぅ。きっひっひっひっひ」
「その妙な笑い方をやめろ」
「きひ!」
「いや、『きひ』じゃねぇよ」
独特の笑い声を発しているローディを凝視しているダンは、先ほどからずっとこめかみあたりが引きつっている。
ダンは不機嫌な表情のまま再びローディに背を向けて歩き出した。
当然後ろの男も同じように歩き出す。
「ちゃんと良い子にしてるからぁ~、紳士になるよぉ~。一生のお願いぃ~~~」
「気持ち悪い声出すんじゃねぇ」
「クピポクププゥ!クピピプピプゥー!!」
「どこの言語だ!!」

後ろに引っ付いてくるローディを振り払うようにして振り返ると、ローディはだらしない笑顔でダンの返答を待っていた。
「ったくまともに喋れねぇのかお前は!人様の言葉を使えアルタナの民の言葉をっ!!」
かみ殺したような声で『おら、何か言ってみろっ』とローディを睨みつける。
ローディは珍しいことに少し困ったような顔をした。
考えるように顎に手を当てて眉を寄せると、やがてすっと真面目な顔を上げる。


「………………『わん』?」



   *   *   *



「っがぁぁぁぁぁ!!!」
ダンは凄まじい雄叫びを上げながら飛び起きた。
かけていた布団を力一杯握り締めながら、呆然として疑問符を浮かべる。
肩で呼吸しながら見回すと、ここは自分の部屋で、今自分は目覚めたのだと理解した。
頬を一筋の汗が流れ落ち、口の中はからからに乾燥している。
ふと見ると、ベッドとは反対側の壁にモーグリが背中を押しつけていた。
「………どうしたクポ?」
主人が突然絶叫しながら飛び起きたのだ、モーグリだってそりゃ驚くだろう。
『何でもない』とは答えられずに、ダンはしばらくの間ベッドの上で座り込んでいた。


夢を、見ていた。
先日の出来事に少々いらない脚色がなされた夢だ。
一日の始まりを最悪なもので飾られたダンは、すでに疲れた状態で狩場案内に行く準備を整える。
元気に見送るモーグリに苦笑を向けつつレンタルハウスを出ると、足早にジュノの階段を下り始めた。
いつもの銀色の鎧を着たダンの背中に、今日はいつもの両手持ちの剣がない。
その代わりに彼の腰に片手持ちの剣が下げられており、左腕には頑丈そうな盾が備えられていた。

今日のダンはいつもにも増して神経質になっていた。
久し振りにトミーと町の外で行動を共にする興味深い日であるのだが、それに人災の根源みたいな男が参加したがっていたのでダンは気が気ではない。
近頃インビジにハマっていると言っていたあの変態を連れていくなんて、本当に、冗談じゃない。
なので、つけられていないか警戒しながら速やかに集合場所へと向かっているのだ。
変態ローディが気に入っているロエと、先日ローディと感動のご対面を果たしたパリスには、つけられないよう気をつけろと警告をしておいた。
普段ならダンのレンタルハウスで集合してから行くのだが、それでは即行ローディに見つかってしまう。
であるから、癪だがトミーのことはリオに任せて、ダンら三人は別々に集合場所に向かうことにしたのだった。
集合場所というのはジュノの最下層である港の階段を更に下りた、クフィム島へ向かう地下通路入り口前である。

「あ、ダンさんっ」

神経を尖らせながら階段を下りていると、下層の冒険者居住区入り口からロエが出てきた。
体の大きさに合わせた小さな杖を背中にかけたローブ姿で駆け寄ってくる。
「おはようございます」
「あぁ、どうも」
簡単に無愛想な返事をするダンは、足を止める事なくずんずん階段を下りていく。
軽い駆け足になりつつもロエは彼の隣りに並んだ。
「あの……本当にローディさんは」
“ねぇダン、本当にあの人置いてっちゃって良いわけ?”
ロエが言うのとほぼ同時に、リンクパールからパリスの声が聞こえてきた。
パリスとまったく同じ事を言いたかったのか、ロエは頷いてダンを見上げる。
“む?あの人って誰ですか?”
続いてトミーの呑気な声が聞こえてくる。
今日はちゃんとリンクパールを持って出てきているようだ。
“あーお前は気にするな。パリス、今どのへんにいるんだ?”
“僕ぁもう着きますよ”
“なんで私には教えてくれないのー!?”
“おいトミー、お前もう集合場所に着いてるだろうな?”
“着いてまーーすよぉぉー”
不て腐れたような声でいうトミーに対して溜め息をつくと、集合場所に続く最後の階段に差しかかる。
隣りを歩くロエは少々不安そうな顔をしていた。
なぜ彼女がそんな表情をしているのか、ダンにはよく分かっている。
自分も、駄目な予感がしてならないからだ。

“はい僕も到着~♪…あ………ダン……”

――と、消え入りそうなパリスの声が微かに聞こえた。
丁度その頃、階段を下りてすぐのところでパリスが立ち尽くしているのが見えてくる。
パリスは通路の先を見つめてぽかんと口を開けていた。
彼の視線の先を見なくても何となく状況は分かる。
ダンは出発前だというのに凄まじい疲労感に襲われつつ、階段を下り切ってパリスの横に出た。

「おっ、3人ともおはよう!!」
最初にこちらに気がついて元気に挨拶をしたのはトミーだった。
彼女の隣りにいる赤髪のミスラは、一度は三人に視線を向けたが挨拶はせずにすぐ余所を向いてしまう。
そして、三人の視線を一人占めしている男がトミーの向こう側に立っていた。
「おはようございます」
上品な微笑みを浮かべて軽く頭を下げたのは、金髪碧眼のヒュームの男。
他でもないローディだった。
いつものアーティファクト装備ではなく一般的で地味なローブを着た彼は、片手で裾を押さえた気品のある物腰でこんな事を言った。

「今日はよろしくお願いします」



   *   *   *



クフィム島へと続く地下通路は人工的に整備されているわけではない。
人が何とかニ、三人並んで歩けるくらいの幅の、薄暗い鍾乳洞のような通路である。
ゴツゴツとした足場は緩やかな波のように上下しており、ほの暗い闇の中で蝙蝠達が警戒の声を呟き合っていた。

そんな地下通路を、一行は緊迫した空気もなく自分達のペースで進んでいた。
先頭をパリスが歩き、その後ろにトミーとリオが並んで歩いている。
そのまた後ろをローディとロエが続いて、最後尾をダンが歩いていた。
リオはクフィム島に入るのは初めてなので多少周囲を警戒しているようだ、口数がいつもより大分少ない。
しかしトミーは、彼女と同様クフィム島は初めてなはずなのだが特に緊張した様子は見られない。
それどころか彼女は興奮したようによく喋り、沈黙知らずであった。
「ローディさんも一緒に来てくれるなんて思いませんでしたよ~。もう、ダンってばどうして教えてくれなかったのさっ」
「ははは、あなたを驚かせたいと僕がお願いしたんですよ。欲を言えば一番最後に登場したかったのですが…楽しみでつい、早く到着してしまいました」
『失敗しました』と穏やかに笑うローディ。
そして無邪気に笑っているトミーとしばし一緒に笑ってから、小首を傾げて眉根を寄せる。
「しかし……突然ご迷惑だったでしょうか?」
少し笑みを陰らせたローディを見てトミーはきょとんとすると、はっとしたように勢い良く首を横に振る。
「え、迷惑だなんてそんな!大勢の方が楽しいじゃないですかッ、そんな心配しないでください」
ローディに気を使わせないように懸命に言うトミーを眺めて、ローディは再び柔らかい笑みを浮かべた。
彼が微笑んだのを見てトミーは安心したのか、嬉しそうに笑って『ね、リオさん?』と隣りのミスラに振る。
満面の笑みでトミーが見ると、ミスラは恐ろしく不機嫌なオーラを体に纏っていた。
それは後ろにいるローディから見ても一目瞭然で、肩を怒らせた背中を見れば彼女がどんな表情をしているのかも容易く想像できる。
「……リオさん?どうしたんですか??」
「るさい」
吐き捨てるように掠れた声で言うリオは、トミーの顔を見もせずに歯軋りする。
途端に困った顔になったトミーは『具合でも悪いんですか?』と控えめにリオに気を使い始めた。
不機嫌な態度を取れば彼女は心配してくれるということを、リオはここ数日で学習したようだ。
新参者からトミーを取り返したリオを眺めて、ローディは唇の端を上げてくすりと笑った。




「……………おい」


――――――とそこで、地を這うような声と共に肩を捕まれた。
振り返るとこれまた凶暴なオーラを纏ったヒュームの男が一人。
「てめぇ……」
肩越しにその男、ダンを振り返るとローディは彼の前でいつもしているだらしない表情に変わった。
「きっひっひ。ほぅれ、あの娘も喜んでるじゃにゃーか」
「何なんだその気色悪いキャラは、今日一日そのキャラで通すつもりかコラ」
「昨日宣言した通り紳士になってやってんじゃな~い。ね、俺様すごい紳士でしゃう?」
肩を鷲掴みしているダンの手を外しながらそう言うと、隣りを歩くロエを見下ろしてにやと笑う。
ロエは愛想良く笑みを浮かべるが、さすがに苦笑いは免れなかったようだ。
弱々しく笑みを作ってすぐさまダンへ視線を移すと、ダンはにやにやしているローディを心底迷惑そうな顔で睨んでいる。
ロエは、今の彼はいつもみたく漠然とローディを煙たがっているのではなく、真面目にローディを警戒しているという違いを少なからず感じ取った。
その理由が何なのか、思い当たらないということもない。
しかし本日ロエにとって重要なのは、その理由ではなかった。
彼女にとって重要なのは、ローディの危険性について詳しく知ってるのはダンと自分だけということ。
トミーは先日ローディと対面したようだが、彼女の目にローディは異色として映ってはいないようだ。
警戒するどころか憧れのようなものすら感じられるほどである。
パリスも事前にローディと遭遇は果たしているようだが、ローディの“普段”は当然知らない。
そう、ローディのことをある程度知っているのはこのメンバーの中でダンとロエの二人だけ。
それが重要だった、ロエの中で、何故なのかはよく分からないが。
とにかくロエは先程からずっと、ダンの力になれるのは自分だけなのだと自分を激励し続けていた。

「ん~?んんん~~~~??ね~ぇ~ダン~?」
おもむろに首を傾げまくるローディ。
「あ?何だ、楽にしてやろうか」
「きひっ、面白いけど首が痛いわけじゃないぞぇ♪……………ねぇ~、何か企んでる?」
「あ?とりあえず俺の頭の中はお前をどう消すかでいっぱいいっぱいだが」
「きひゃっ!!」
「そんな、考え過ぎですよローディさん」
グニャグニャしながら歩いているローディにロエは何故か慌てて言った。
「今日は皆さんで楽しく案内しましょう?滅多にない機会ですし……」
控えめに言うロエはローディではなくダンの方をそっと見上げた。
見つめられていると気がついたダンは一瞬眉を寄せるが、何となく明後日の方向に視線を外すと頭を掻く。
『できる限りは心掛けますよ』と言い難そうに呟くダンを見て、ロエは何だかとても嬉しくなって微笑んだ。

「ねぇねぇダン、この地下通路って結構長いの?」
―――――と、そこでトミーがそんなことを言いながら振り返った。
後ろ向きに歩き始めるトミーの横で、何故かリオがすぐさま鋭くダンを睨みつける。
「あー?……あー、結構長いな。ってかちゃんと前見て歩け、すっ転ぶぞ」
いつものしかめっ面でダンが言うと、トミーは『はーい』と素直な返事をした。
彼女が振り向いた瞬間に気持ち悪いほど穏かな表情をして歩いていたローディだが、トミーが前を向くと同時にぐりっとフクロウのように勢い良くダンを振り返った。
信じられないと言いたげな表情で口をぱくぱくしている。
「ダン、きしょ!!!」
「なんでだ」

こめかみあたりをビキッと引きつらせてダン。
がたがた震え出したローディはロエに寄って、『ダンが人の心配をするなんて!!』と言い付けた。
「例え仲間がモンスターに攻撃されても『油断してるからだ』とか言う奴なのに!!」
「ダ、ダンさんは優しい方ですよ~」
変な汗をかいて衝撃を受けているローディの迫力に圧倒されながらロエ。
ローディは『何今の!?』を連発しながら、リオと話をしているトミーと後ろのダンを激しく見比べた。
そこでいきなり、周囲の様子を窺いながら先頭を黙って歩いていたパリスが唐突に立ち止まった。
「先生!先頭一人ぼっちは寂しいのでお話相手が欲しいです!!」
「うるせぇな黙って歩け」
「止まってんじゃねぇわよエロヴァーン!」
辛辣なダンの言葉に続いてリオが言いながらパリスの背中をがすっと蹴る。
前のめりになったパリスは数歩前進してから背中を擦りながら振り返った。
「だってだってだってぇ!つまんないよ僕だけ一人で黙々とぉ!トミーちゃん僕も構ってよぉーーーー」
「あぅ、すみません邪魔しちゃいけないかと思って……」
「いいからさっさと進みなさいよ鬱陶しいわね!いつまで経ってもケロッグ島に着かないじゃない!」
「行きたければお前一人で行ってこいそんな島」
「リオさんケロッグ島じゃないです、グリム島です」
「お前も何処へ行く気だ」
喚くリオに流されてトミーまで混乱し始める中、小さな声でロエが必死に『クフィム島です』をリピートしている。
パリスはその様子を面白そうに眺め、ローディは『ははは』とどこか少し乾いた感じに笑った。
こめかみに指を当てて深い深い溜め息をついたのはダンである。

「そもそも、クフィム島ってどんなところなの?全然知らないよ」
一通り在りもしない島の名前をリオと言い合った後、トミーはダンを振り返って尋ねた。
彼女は一旦ダンを振り返ったが、先程注意されたことをすぐに思い出して慌てて前を向く。
その数秒のトミーの様子にダンが見入っていると、別の口がトミーの質問に答えた。
「地図を見て、ジュノの北東にある島が今向かってるクフィム島だよ。あるでしょ、細い三日月型の島が」
そのパリスの言葉を聞いてトミーが慌しく地図を広げる。
冒険者の必須アイテムであるヴァナ・ディールの世界地図だ。
『え?え?』とキョロキョロしているトミーの横から地図を覗き込んで、リオが乱暴に地図の一箇所を指で弾いた。
「あ、これかぁ!」
「クフィムは寒いから一年中雪が積もってるんだ、地下道を抜ければ銀世界だよ♪」
「わぁぁそうなんですかっ、じゃあすごく綺麗な島なんですね!」
地図から顔を上げて目を輝かせるトミーを見てパリスがにこと笑うと、次にローディが口を開く。
「ですがクフィム島は巨人族が未だに蔓延っている、決して安全な場所ではありません。日が沈めばスケルトンのワイトも湧きますし、ウェポンを始め攻撃的なモンスターが多い」
「むぃ?ウェポンって誰ですか??」
「お前見たことないのか?」
出遅れたダンがすかさず突っ込むと、トミーはあっさりと頷く。
「そんなに体は大きくありませんけど、蛙みたいな、でも牙の並んだ大きな口を持った、えーと…手足が細くて、浮かせた杖を自在に操ってる…えーと…」
「ロエさん、口で説明するのは難しいですよ」
「は、はい、そうですね」
懸命に説明しようとしているロエにダンが苦笑して言うと、ロエは真っ赤になって俯いた。
恥ずかしそうに顔を伏せて口を結んだロエは、『見りゃ分かる』と適当にトミーに言うダンの声を聞いて再びそーっとダンを見上げる。
するとダンがまたすぐに気がついて、今度は小声で礼を言われた。
その瞬間、ロエの火照った顔はビックリするほど素早く冷えた。
「ウェポンはこの地下通路にも時々姿を現しますよ」
「ぇ、ええええ!?こここ怖いじゃないですか!」
「ははは。大丈夫ですよ、僕らがいますから」
トミーは無邪気に、ローディは爽やかに笑い合ってそんな会話をしている。
彼らをちらりと振り返って自分も笑みを浮かべつつも、パリスは内心首を捻っていた。
思わず見つめてしまうのは、ブルーの目を細めて笑いながら、揺れる金髪を細い指でそっと撫でているヒュームの美青年。
―――あのローディって人………あぁいう人だったっけ?
今日の冒険が始まった瞬間からそんな疑問が彼の脳裏をさ迷っている。
しかし、しばらく経った今では、パリスはそれだけでなく若干別のことも気に掛かり始めていた。
再び肩越しに軽く振り返って、隣りでミスラがどんどん不機嫌になっていることに気がついていないトミーを見る。
―――あまりにも無防備過ぎるというか、どうしてそんなに頑張ってるのかな~…と…。
彼女の修行の狩りに付き合った時はもっと緊張していたし、集中力もあった。
今回はメンツがこのメンツだから彼女はあんなにバタバタしているのだろうか。
何ていうようなことを何となく考えつつ、パリスは前方に視線を戻す。

「まぁ当分はクフィムでミミズ狩ったり蟹狩ったりすることになると思うぞ。危険な相手はこの機会にできるだけ覚えておけ」
「はーい。わぁ~ドキドキするなぁ……」
「頃合がきたらパタリアの虎とか、他の地方に行くことになる。とりあえず当分はジュノを拠点に修行に出ることになるな。徐々に行動範囲も広くなるが、まぁチョコボ移動だから大して大変じゃない」
そこまで淡々とダンが述べたところで、トミーがふと足を止めた。
それを見て周りがつられてぴたりと歩みを止めると、トミーはダンを不思議そうに振り返る。
「?………チョコ」
「待て、首を傾げるな」
「ぇ、うん」
首を傾げつつ言いかけたトミーに鋭い声でダンが言うと、トミーは慌てて傾げた首を元に戻した。
大きく見開かれたダンの目はトミーを凝視し、事を悟ったパリスとロエは苦笑を浮かべた。
「………まさかお前、まだチョコボの免許取りに行ってないんじゃねぇだろうな」
そう尋ねるダンの声は、分かり切ったことを尋ねていると自覚している乾いた声であった。
きょとんとしていたトミーはその彼の様子を見てゆっくりと事態の重大さに気がついたらしく、じわじわと表情を動揺したものに換えていく。
「……あわ……あわぁぁ~わあぁぁ~~~~リオさんリオさんはチョコボ免許?」
「ふん、あんたが私を邪魔者扱いしたりしたから先に一人で通って取っちゃったわよ」
「ええぇぇぇえ!!」
縋るトミーに対してリオはしてやったりという邪な表情を浮かべている。
一般的な冒険者の流れでは、ジュノデビューを果たしたらまず最初にやるのがチョコボ免許の獲得である。
冒険者は自分のチョコボを所有せずチョコボ厩舎から随時チョコボを借りるわけだが、チョコボ厩舎は世界中の至る所にあるものの免許を取得できるのはジュノの厩舎だけ。
ジュノ周辺で活動できる程の腕前がなければチョコボの免許は与えられないからだ。
それまで徒歩や船で旅をしていた初級の冒険者達は、ジュノデビューしてやっとまともな“足”を得られるのである。
頭を抱えて『そんなぁ~』と唸っているトミーを見て、パリスはいつものように呑気に笑った。
「まぁいいじゃない、そんなに焦らなくてもさ。合間見てぼちぼち取りな~♪」
「ううう……はい。そうか……チョコボの免許はジュノで取れるのか……チョコボに乗るには免許が必要なのか……」
何やらぶつぶつ言っているトミーを見てもう一度笑うと、パリスは前進を再開した。
皆がゆっくりと再び歩き始めたところで、大人しく微笑んでいたローディがまたダンを振り返る。
やたらと目を細めた非常に腹立たしい表情でダンをじっと見るローディ。

そしてぽつりと言う。

「…そうか…………ダンはドジッ娘萌えなのか」
「殺す」
歯を食い縛った状態で殺意の言葉を唸ったダンは直ちに腰に下げた剣の柄を掴む。
「あ、えと、あの、ダンさん落ち着いてっ」
「きひひひひっ。……ははは、トミーさんは面白い方ですね!」
必死なロエに止められるダンを小声で嘲笑ってから、ローディは標準語に戻った声で前にいるトミーに投げ掛ける。
トミーは『そうですか?私はただ物知らないだけですよ……』とうなだれたままローディを振り返る。
「要するに馬鹿なのよ、馬鹿」
「うわぁぁぁそんなはっきりと言わないでくださいよリオさん!!」
「マイペースだしドン臭いし何なのよあんた」
どういうわけかリオから罵声を浴びせられ始めたトミーは肩を窄めてみるみる小さくなっていく。
その様子を見て、リオに対して『うるせぇぞ猫』とでも言いた気な顔をするダン。
そんなダンを楽しげな表情でローディは振り返る。
「とぅとぅっぴでゅー♪ねぇ~ダンてばやっぱり何か企んでんじゃないの~?」
「あぁ?さっきから何なんだお前は。何か企んでんのはお前の方じゃねぇのか?また何人か仲間をストーキングさせたりしてんだろどうせ」
不機嫌な声で逆に尋ねてきたダンに目を瞬かせると、ローディはちらりと一瞬ダンの後方に視線をやる。
「今日は俺様誰も連れてきてないぞぃ、本当に面白いものは独り占めしたいのだ☆」
「何で今一瞬後ろ見たお前」
「きひ!」
「いや、『きひ』じゃねぇよ」
「はいはい皆さーん、そろそろ地下通路抜けますので心の準備お願いしまーす」
先行していたパリスが軽い声で皆に呼びかけると、トミーが元気の良い返事をした。
そして少し緊張したような、しかしとてもワクワクしている表情でローディを振り返る。
すかさずトミーに笑みを向けたローディは、彼女が満足したように前を向いたのを確認するとダンを振り返る。


「発表しよう。本日の俺様的タイトルは、『紳士にエンジョイ!クフィムのドキドキ乱獲パニック☆』!略して『エンパニ☆』なり。きっひっひっひっひ!!」

声を潜めたローディはそんなことを言った。






トラブルの集合体のようなこのパーティは、クフィム島を目指して地下通路を進む。


彼らの一日はこうして始まった。
―――――いや、始まってしまったのだ……。



<To be continued>

あとがき

難しいね、濃い連中集めてバランスを保たせるのはSA☆
そしてこの回は変態と、小さい乙女の為に書いたようなものだなと…。
ううーーん、何も言えない。(´▽`;)