六人目
2005/09/23公開
「パールッシュド!ただ今帰還いたしましたー♪」
サンドリア行きの飛空艇乗り場から満面に笑みを浮かべて出てきたパリス。
だが――
「……アラ?」
はたと、間の抜けた声を発して笑顔のまま小首を傾げた。
それもそのはず。
顔馴染の三人が出迎えてくれるはずだったのだが……。
「ロエさん、お一人ですか?」
「は…はい……」
そう、出迎えたのはロエただ一人。
しかも彼女は、たった今大慌てで飛空艇乗り場に到着したような様子だった。
胸元を押さえて息を切らせたロエは、申し訳なさそうにパリスを見上げた。
「あの、さっきまでダンさんと私はここにいたんですけど…っ。トミーさんが……なかなか来なくて! その…迷子になってしまったみたいで……。そろそろパールッシュドさんが着く頃だと思って私は戻ってきたんですけど、ダンさんはまだトミーさんを探して……っ」
「あらあら」
パリスはヘラヘラ笑いを困ったような苦笑いに変えて肩をすくめた。
相変わらずの方向音痴だ。
ダンが振り回されている姿が目に浮かび、思わず小さく笑う。
「あっ! パリスさんとロエさん発見―!!」
少し離れたところから聞き覚えのある声がした。
顔を上げると、高い位置で結わいた髪を弾ませたトミーが駆け寄ってくる。
「おかえりなさい、パリスさんっ。 ダーーン! パリスさん達いたよーー!!」
振り返って大きく呼びかける彼女。
彼女の視線の先を見ると、栗色の短髪のヒュームが銀の鎧姿でこちらに歩いてきた。
「いたよーじゃねぇよ。いるところに連れてきてやったんだろーが」
ぶちぶちと文句をこぼしながら、栗色の髪の戦士がうんざりした足取りで歩いてきた。
少々遅れたものの自分を出迎えに来てくれた二人を眺めて、パリスは嬉しそうに笑った。
「やぁダン、トミーちゃん。元気そうだね♪」
「お前もな。……ってか、何で一々お前の出迎えなんかに来なきゃならねぇんだよ」
「もう、そんな寂しいこと言わないでよ~。僕がいなくて寂しかったでしょ?」
「…………」
「トミーちゃーーんダンがいじめるよーー」
ダンの冷め切った視線に耐えきれず、パリスは目元を押さえてトミーへ泣きついた。
長身のエルヴァーンがヒュームの娘に泣きつく光景は、実に情けない。
「ダン! そういうこと言わないのっ!」
トミーが言うが、ダンは溜め息をついてそっぽを向いた。
久し振りの賑やかなやり取りに、ロエは思わず微笑んだ。
「ねぇパリスさん、今日は何か予定あるんですか? 久々にこうして集まったんだし、みんなでお茶しましょうよー!」
「そうですね、私も皆さんとお話したいです」
微笑み合うトミーとロエを見下ろして、パリスはお決まりのヘラヘラ笑いを浮かべた。
「そうそうこれこれ、これだよ! やっぱり女の子は優しいなぁ……」
そう言いながらパリスが意味深な笑みを浮かべてダンの顔色を覗う。
ダンはパリスをじっと興味深げに見つめている。
パリスは彼の視線を確認してから、自慢気にトミーとロエの間に立った。
「ほら♪ 両手に花ぁあっぷぁ!!?」
その瞬間、パリスの体は背中からくの字に折れてぶっ飛ぶと、顔面から地面に滑り込んだ。
短い悲鳴をあげて身を縮めたトミーとロエは、驚愕した眼差しで彼を見下ろした。
パリスが元立っていた場所に一人のミスラが着地する。
「何やってんのよパプア!」
「パリスですぅ」
顔を押さえながら力なくミスラを振り返るパリス。
後ろから彼に飛び蹴りをお見舞いしたリオは、仁王立ちしてふんぞり返っている。
「ってか、避けろよ」
追い討ちのように冷ややかな声でダンがぼそりと言った。
見えてたなら教えてくれたっていいじゃない……!!
どうやらダンは、背後から猛然とリオが向かってきている過程を傍観していたらしい。
パリスはヒリヒリする顔を押さえたまま、訴えるようにダンを見上げた。
「大丈夫ですか?」
ロエが心配そうに駆け寄った。
トミーもしゃがみ込み、小声で言う。
「リオさん、ちょっと乱暴なところがあるんです」
慌てて弁解するように、トミーは言葉を続けた。
「でもホント、悪い人じゃないんですよ?」
「OKOK、大丈夫だから心配しないで。トミーちゃんは本当に優しいなぁ。HAHAHAHAHA♪」
「あの……パールッシュドさん、鼻血が……」
「うん僕ねぇ、そろそろ泣くかもしんない☆」
『たはっ』と笑ってみせると、ロエから差し出されたハンカチを受け取って鼻を押さえた。
「……ホントに大丈夫か? お前」
さすがのダンも哀れに思ったのか、眉を寄せる。
当のリオはそんなことなどお構いなしに、横にしゃがんでいたトミーの首根っこをむんずと掴み上げた。
「さぁ、今日こそはみっちり合成の腕を鍛えるわよぉ!」
「へっ!?」
「へじゃないわよ。ほら行くわよっ!…ト……トー…………トーマス?」
「お前こいつの名前も覚えてないのかよ!」
「うぅぅるっさい!!! 行くったら行くわよトンプスン!!」
「もう何でもいいですぅぅ」
リオに腕を引っ掴まれたトミーは、がっくりと肩を落として弱々しく言った。
* * *
結局トミーはリオに誘拐された。
しかし今回はロエもトミーに巻き込まれて、共に行ってしまった。
トミーは、リオに自分以外の人間とも仲良くなってほしいと思っているらしい。
当のリオは、これ以上ないほど嫌そうな顔をしていた。
そんな反応を目の当たりにしたにも関わらず付き合ってやるロエも、本当にお人好しである。
女性陣を疾風のごとく現れたリオに奪われ、その場には野郎二人が残された。
ダンはリオに対していちいち憤りを感じるのも面倒になってきたのか、トミーを引っ張っていくミスラをうんざりした顔で見送っていた。
そして、さっさと帰ろうとする。
しかし、パリスに『少し話がしたい』と呼び止められ、二人は酒場へ向かうことになった。
吟遊詩人の酒場は落ち着いた空気に包まれ、街の賑わいが遠くに聞こえた。
今日は天気が良いので冒険者達は狩りに出ているのだろう。
客はほとんどいなかった。
ダン達も朝っぱらから酒を飲む気はない。
それぞれジュースを適当に注文して席につく。
お馴染みの一番奥のテーブルに座った二人は、荷物を置くと一つずつ溜め息をついた。
「で、最近どうだい? 調子は」
気持ち悪いほど完璧な笑顔でパリスが話を切り出した。
ダンは少しぼんやりしていたかったらしい。
面倒くさそうに眉を寄せ、視線を逸らしたまま口を開いた。
「あぁ……お前が言った通り、最近は前ほど狩りに出てねぇよ。ほぼ毎日出たいとこだがそうもいかなくってな」
「ふ~ん、そっかぁやっぱりねぇ。……なぁに、トミーちゃんも狩りに出てないみたいじゃない」
「そうだ」
ダンが少々語気を強くしたところで、店員がジュースを持ってくる。
パリスはヘラヘラ笑いでそれを受け取ると、ダンへオレンジジュースを差し出した。
自分はアップルジュースのストローを咥える。
「あいつ、狩り下手なくせに全然修行しようとしねぇ。ったく……冒険者やる気あんのかよ」
「まぁまぁ、いいじゃない。彼女には彼女のペースがあるんだからさ♪」
ダンがぶつぶつ文句をこぼすたび、パリスは楽しそうに笑っていた。
椅子にもたれ、頭の後ろで手を組むと、鼻歌なんぞ歌い始めるエルヴァーン。
彼を見つめて、ダンはテーブルに頬杖をつくと何とも不機嫌そうな顔をした。
その妙に余裕を感じるパリスの様子が、どうも気になるようだ。
数秒の沈黙を置いて、ダンはジュースを一口も飲まぬまま口を開いた。
「……なぁ、パリス」
「ハイ、なんでしょう?」
「お前、ジュノに来るまで……ずっとあいつといたんだろ?」
「あいつってトミーちゃん? ハイハイ、そうでございますが??」
「……あいつをどう思った?」
パリスは心の中で叫んだ。
満面の笑みでご機嫌に答える。
「かわいいなぁ~~~って思ったよ♪」
「違ぇよハゲ。 戦士としてどうか聞いてんだよ」
パリスが楽しそうに笑う一方、ダンの眼差しは剣のように鋭かった。
あまりにも酷な反応が返ってきて、パリスは拍子抜けしたようにぽかんと口を開けた。
そして、がっくりと肩を落とす。
「なーんだ、そういうこと? …って言うかハゲって……」
悲しそうな顔でクルクルとジュースを掻き回す。
ダンは完全に無視して、ようやくジュースに口をつけた。
助け舟も追い打ちも飛んでこないことを確認すると、パリスは少し前のことを思い返した。
「ん~……。ダンが言ってたほど、ダメダメじゃなかったよ? 多少パーティの動きも見えてたみたいだし。まだ危なっかしいところはあるけど、彼女も少しずつ成長してるのさ」
パリスが見た限りでは、トミーはやはり冒険者としてはまだまだ未熟だった。
狩りの腕前はもちろん、流通に関する知識もまだ乏しい。
戦闘も、まだ勘どころを掴み切れていない。
とにかく、彼女は自分を下に下にと持っていく傾向があった。
そして、その謙虚過ぎる行動が、パーティ行動に支障をきたしていることに気がついていない。
だがパリスは、それが彼女なのだと許してしまう。
一方で、ダンが感じているであろう彼女に関する危うさを、何となく理解していた。
「…………」
ダンはパリスの言葉を聞いてしばらく口を結んだ。
手元のオレンジジュースをじっと見下ろしたまま動かなくなる。
パリスはそんなダンを見て微笑むと、再び鼻歌を歌いながら頭の後ろで手を組んだ。
改めて考えてみると、本当にトミーはすごいとパリスは思った。
一応冒険者ではあるが、一攫千金のロマンを追いかけることもしなければ、憧れの職業があるわけでもない。
彼女は、人に求められればそれに応えるという生活を送っている。
狩りを休んでのんびり話がしたいという者がいれば、一日中その隣で笑って過ごす。
単調で退屈な金稼ぎに付き合ってくれと言われれば、喜んでついていく。
自分の目標を持っていないとも言うかもしれない。
だが、彼女自身はその生活に満足し、楽しんでいる。
冒険者は基本的に自由だが、トミーはある意味で本当に自分らしく自由に生きていると言える。
「……ダンは? どう思ってるの?」
黙って考え込んでいるダンを見つめていたパリスは、不意にそんなことを尋ねた。
顔を上げて一旦眉を寄せるダン。
やがて質問の意味を理解して答える。
「あいつは別に……まったくの無能というわけじゃない。ただ、余計なことに気を使い過ぎる。自分の戦いだけに集中できねぇから、いつまでも半人前なんだよ」
一度口火を切ると、ダンの口からは《トミー駄目論》がたくさん溢れて出てきた。
眉間を押さえ、ダンはどこかを睨みつけたまま毒づく。
よく話すダンを見て、パリスは嬉しそうに頬杖をついた。
「なるほどねぇ……。じゃあさ、違う意味ではどうなの?」
「あぁ?」
肘をつき、顎を乗せて微笑むパリスに、ダンは怪訝そうな顔をした。
「だからぁ。『戦士として』じゃなく~、トミーちゃんをどう思ってるの?」
最高にスマイリーなパリスを、ダンは眉を寄せて見つめた。
当のパリスは長い足をぱたぱたと揺らしながら、返事を待っている。
ーーするとその時。
どこからともなく囁くような歌声が聞こえてきた。
「君の名前はダンテス♪
僕の名前はローディ♪
二人合わせてダンディだ~♪
き~みと僕とで」
「失せろ」
酒場の扉が勝手に開いて閉じた。
「……何、今の? インビジ??」
「気にするな。ただの変態だ」
身を隠す魔法を唱えた何者かが歌いながら近づき、ダンの一言で去っていった。
辛うじて、そう理解できたパリス。
初めて味わうテンションに、パリスは思わず冷や汗を流した。
登場してすぐ去っていった人物の行動の意図が分からない。
その不可解な出来事よりも、それを当然のように受け流したダンの反応の方が気になった。
怪奇現象にドキドキしながらも元の会話に戻ろうとするが、何を話していたか忘れてしまった。
話していた内容を思い返しながら、落ち着かない様子でアップルジュースを飲む。
「そ、そうだ。 ダン、近い内に、みんなで狩りに行かない?」
ぴんと指を立てて思い付いたように提案した。
「あ~え~と、狩りっていうとちょっと難しいから……狩場の下見? こういう場所で今度は狩りに出るんだよって、前以てみんなで案内してあげようよ♪」
「……『みんな』で?」
「うん。トミーちゃんでしょ。んで、君と僕。それからもちろんロエさんと……リオさん」
言いながら、ちらっとダンの顔色を覗う。
予想した通り、ダンの表情が険しくなった。
「いいじゃない。トミーちゃん狩りに出るなら、多分リオさんも一緒でしょ? それにリオさんもいれば、トミーちゃん喜ぶよ?」
「遊びに行くんじゃねぇんだぞ。喜ぶとかそういう問題じゃない」
厳しい口調でダン。
パリスは意味深に『ふ~ん…』と呟き、ダンを見つめる。
彼から視線を逸らすと、ダンは小さく舌打ちした。
「……好きにしろ」
吐き捨てるように呟く。
途端にパリスの顔に呑気な笑顔が戻る。
「よーし、決まり! え~と……一、二、三…リオさん入れて、五人だね♪ 」
「俺様参加、六人で決定ーーぃ」
「WHO!!!?」
いきなりテーブルの横に男が現れ、パリスはガタッと思い切り身を引いた。
サラッとしたボブの美しい金髪。
通った鼻筋。すっと伸びた眉。
木目細かい肌の中で栄える透き通った青い瞳。
微笑を浮かべた麗しい唇。
他でもない。
先ほどの怪奇現象の正体ーーローディだった。
彼はやはり、全身を白魔道士のアーティファクト装備でキメている。
不思議と、その姿は鳥肌が立つほど神々しかった。
引きつった笑顔のまま硬直してしまったパリスは、ゆっくりとダンへ視線を移す。
ダンはと言うと、至って普通にオレンジジュースを飲んでいた。
そしてーー無言のままオレンジジュースを静かに飲み干すと……
「……どうやら、死にたくて仕方ないらしいな」
至極落ち着いたトーンの声で言って、立ち上がる。
それから一つ溜め息をつくと、立て掛けておいた自分の両手剣に手を伸ばすのだった。
あとがき
はじまりました第三章、第一話『六人目』でした。読んでいただきました通り、これよりあのメンバーにローディを加えて一軍でパーティ行動をしてもらいます。
そ……総帥が遂に神出鬼没状態を脱してレギュラーに…?!
新しい環境で、新たな仲間たちとの冒険のはじまり。
まだ、冒険者としての世界。
どうぞ、一緒に見守ってください。