両雄相見えし

第三章 第二十七話
2008/11/16公開



「では失礼。今年も良き式となることを祈っておりますよ」
最後の出席者がそう述べて、会議場から退出した。
ひんやりとした空気が流れる静かな廊下を、鎧の音を鳴らしながら、従者を伴って去っていく。
掛けられた声に優雅な会釈を返したテュークロッスは、扉の前に立ったまま、しばしその後ろ姿を見送った。
廊下に連なる大きな窓からは、会議開始時よりも低い角度になった日の光が差し込んでいる。

“何らかの提携を結んだようですが、狂犬の繋がりは、さして感じられませんでした”

会議の終盤から、議題とはまったく別件の報告が、リンクシェルを通じて続いている。

“ふむ。では、セルズニックの者がいたのは偶然なのやもしれんな……”

戦争の混乱の中で、野良犬の一団に“狂犬フィルナード”が所属していたことを知ったのは、父の仇であるマキューシオらを取り逃がした後でのことだった。
そして先日、赤髪の騎士団長を信用し切って救援を求めてきた青年の話から、冒険者の一行の中に、フィルナードの一族――セルズニック家の次男坊がいることが判明した。
そこから、もしやその繋がりで、冒険者一行とノルヴェルトが関与しているのではないか、という憶測が浮上したのである。

“念の為、ヴィヤーリットの失踪との関連も調べますか?”

夜鶴やかくか……聞くに久しい。一度は会っておきたいと思っていた男だったがな”

テュークロッスも会議場に背を向け、しんとした広い廊下を歩き始めた。
その後に続くのは、じっと控えて立っていた忠臣の騎士、ジェラルディンである。

“ですが、あの男は短期間で有名になり過ぎました”

主の言葉に含まれた、さぞ面白い成果が期待できただろうという響きを受け、ジェラルディンは当時の状況を思い返しながら口を開く。
夜鶴は、到底使い捨ての駒に出来る存在ではなかった。

“成人前に頭角を現してしまったのが悔やまれたな。……まぁ、生きていなければ、才能など無意味だが”

期待の新星の不運な行く末を揶揄するように、テュークロッスは苦笑混じりの声で言った。
“夜鶴までは良い。それよりも、例の娘に重点を置け。マキューシオが冒険者と絡んでいる可能性もある……。いずれにせよ、のんびり構えてはおれん”
広い会議場は利用者が高位の人間に限られるため、周囲の廊下にも人気はない。
リンクシェルでの会話の最中も、テュークロッスとジェラルディンの金属製の足音だけが、静まり返った廊下に響いていた。
“野良犬はしぶといですが、娘であれば、マキューシオの居場所を吐くかもしれません”
淡々と述べたジェラルディンは、ふと思い出したように言葉を継ぐ。

“……さほど重要ではないかもしれませんが……”

斜め後ろを歩く忠臣に、振り返らぬまま問い返す。

“なんだ”

“あの娘とダンテスには、格別の関係があるように推測できます”

忠義に厚く、少し間違えば『朴念仁』と評されかねない忠臣からの、不釣り合いな報告だった。
テュークロッスは一瞬言葉を失い、やがて唇にじわりと笑みを浮かべる。

“ほう……ならば尚更、娘をこちらに降らせれば、決着は容易く着くというものだ”

城の奥から表側へと進むにつれ、廊下には少しずつ人の気配が増えていった。
やがて、何本もの大きな柱が天井を支える広間に差し掛かる。
脇で立ち話をしていた騎士たちは、テュークロッスの姿に気付くと、慌てて会話を切り上げた。
そのうちの一人が、相棒に小声で引き止められながらも、赤髪の騎士団長のもとへ控えめに駆け寄ってくる。
すぐさまジェラルディンが片眉を吊り上げ、間に進み出た。

「ゼリオン卿、お久しぶりです!」
緊張の色を隠せないまま挨拶を叫ぶ騎士に、ジェラルディンが舌打ちして口を開こうとする。
だが、それより早く、テュークロッスが宥めるように彼の肩へ手を置いた。
兜を脇に抱え、敬礼する騎士の隣へ、相棒も慌てて駆け寄り、同じ姿勢で並ぶ。
やや上を向いたまま硬直する二人は、いずれもまだ年若いエルヴァーンの青年だった。

「これは、カニンファール殿。しばらく見掛けぬ内に、一段と立派になったではないか」

最初に声を掛けてきた青年――カニンファールは、サンドリア国内で広く知られる名士の嫡子である。
それを記憶していたテュークロッスは、続けて、隣に立つ友人ウェッシャードの名も言い当てた。
喜色満面で目を瞬かせる二人の若さに、テュークロッスは目尻を下げる。

「式で会うのを楽しみにしていたが、見違えてしまったかもしれんな」

「はっ!手間共もゼリオン卿の指揮される貴冑騎士団に、警護を賜れますこと、誠に光栄に存じます!」

「はは。そのように堅くなることはない」

ウェッシャードにくつろいだ笑みを向けると、青年二人の表情もようやく和らいだ。

二日後、サンドリア王国において、貴族階級の子息子女を対象とした『成人の儀』が執り行われる。
王族のそれほど厳重ではないが、国内の名士が集う式典であり、警備の重要性は決して低くない。
元来、神殿騎士団が担っていたこの名誉ある任務を、テュークロッス率いる貴冑騎士団が任されるようになったのは、数年前からのことだった。

――その警備の際に、ゼリオン卿はいち早く有望な若者を見出し、人材を確保する。

若者たちの間で、そんな噂が囁かれていることを、テュークロッス自身も承知している。

「一族の方々も、さぞや貴殿らの晴れ姿を心待ちにしておられることだろう」

その言葉に、カニンファールは照れたように視線を伏せ、すぐに思い出したように顔を上げた。

「確か、ゼリオン卿のご子息も、我々と同じくらいの年代では?」

「――カニンファールッ」

何気なく発せられた問いに、ぎょっとしたように友人が小声で叫ぶ。
黙って冷たく見下ろしていたジェラルディンの眉がきりきりと釣り上がった。
一気に緊張した場の空気に若者が硬直するのを見て、テュークロッスはわずかに困ったような表情を浮かべた。

「いや。息子は、貴殿よりも若年であったな。今年で学卒し、騎士養成の課程に入る頃だろう」

「よ…余計な事を言いましたっ。申し訳ございません!」

状況を理解しきれていない友の代わりに、ウェッシャードが血相を変えて頭を下げる。
二人が過剰なほどジェラルディンの視線を気にしているのを見て、テュークロッスは苦笑する。 「構わん」
そして忠臣へと向き直った。

「……そんな顔をせずとも良かろう」

ジェラルディンに嘆かわしい声で言う。
その時、背後で、疑問符を浮かべているカニンファールに対しウェッシャードが小声で伝える。
『ご病気で』、と。

それを聞き流し、テュークロッスは忠臣に告げる。

「貴公は先に執務に就いておれ」

「ですが」

「供ならいらぬ」

ジェラルディンをあしらうようにして、テュークロッスは若者二人へ向き直った。
予想はしていたが、カニンファールは青ざめた顔をしている。
それに気付いた赤髪の騎士団長は、『気に病むな』と言わんばかりの柔らかな微笑を向けた。
「よければ少し歩かないか」
若輩者に大らかな眼差しを向けて提案する。
驚きのあと、期待と不安が入り混じった表情を浮かべる二人。
テュークロッスは、なおも威圧的に睨みつけている忠臣へ、改めて命じる。

「……先に行っていろ」

“使った者達の処遇は済んでおろうな”

重ねたリンクシェル越しの問いに、忠臣は即座に応じる。

“一人残らず、各地へ散っております”

使った者達――それは今回の件で利用した、事情を深く知らぬ騎士たちのことだ。
ジェラルディンは若者騎士二人を一瞥し、主へ一礼すると、むっつりとした顔のまま踵を返した。
別の廊下へと去っていく背を見送り、若者二人は、あからさまに安堵の息をつく。
その様子に苦笑しながら、テュークロッスは話題を亡き息子の件へと戻した。

「周囲が気遣うほど、私は思い煩ってなどいない。今はただ、娘のことで手一杯と言ったところだ」

若い騎士たちの間でテュークロッスが慕われる理由の一つが、その気さくな人柄である。
堅物の部下がいなくなり、ようやく肩の力が抜けたとでも言うように、彼は二人へ意味ありげな視線を送った。
若者二人の表情が再び和らぐ。
だが、カニンファールははっとして表情を引き締めた。

「誠に、失礼いたしました」

「構わん」

気遣いは不要だとばかりに首を振り、テュークロッスは歩き出す。

“狙いを娘一人に絞る。今は式もあって国内の目が集まっている。貴公ら二人のみで、慎重に行動せよ。各自、いつでも動けるよう備えておけ”

命じると、“かしこまりました”と、重なった返事が返ってきた。


大聖堂へ向かう途中まで話でもしようと言うと、若者二人は喜んで同行を承諾した。
カニンファールとウェッシャードは、すでに王立騎士団に所属している。
騎士団同士の間には暗黙の派閥が生まれがちだが、 どの騎士団員に対しても分け隔てなく敬意を払うテュークロッスは、その枠に囚われない存在だった。
そのため、城内で他騎士団の人間と行動を共にする姿も、さほど珍しくはない。
若い騎士たちにとって彼は、周囲の視線を気にせず並んで歩ける、数少ない高位の人物だった。

「ゼリオン卿のご令嬢は、おいくつになられるのですか?」

若者からの問い掛けに、赤髪の騎士団長は眉を開く。

「今年で二つだな」

「左様ですか。ゼリオン卿のご令嬢ならば、さぞ美しいお嬢様なんでしょうね」

積極的に話題を振るカニンファールに、テュークロッスは笑って返す。

「貴殿には、やらぬぞ」

冗談めかしたその言葉に、若者二人は顔を見合わせ、親しげに笑った。
和やかな会話を続けながら、三人は城門へと向かう。

“恐れながら、確認を”

若者二人の相手をするテュークロッスに、ジェラルディンの声が届いた。

“もし、止むを得ぬ状況となった場合、生かすのは娘ですか?”

“いや、野良犬だ。娘は他人の可能性もあるのでな”

主は、そう即答した。

好奇心と期待に夢中になっていた若者二人は、付き従うどころか並んで歩いていたが、 威圧的な忠臣の姿がなかったため、その会話にまったく気付かなかった。
城門を抜けると、少し冷たい風が三人を迎える。
風が吹き抜け、テュークロッスの外套が一度大きく広がり、ばさりと背へ流れた。
その拍子に、左側を歩いていたウェッシャードが視線を落とし、目を瞬かせる。
彼の視線は、テュークロッスの腰に下げられた剣に釘付けになっていた。
不意に会話を切った友の様子に、カニンファールが怪訝な顔で前へ出る。
そこでようやく、自分たちが高位の人物と肩を並べて歩いている事実に気付いた。

「し、失礼しました!」
血の気を失った彼は慌てて身を引き、 ウェッシャードの腕を掴んで、自分と共にテュークロッスの後ろへ下がらせる。

だが、ウェッシャードは何か言いたげな目で、友を見返していた。
――見てみろよ、すげぇ剣だぜ!
そんな声が聞こえてきそうな眼差しである。

それに気付いたテュークロッスは、軽く腕を上げ、外套を少しだけ除けてみせた。

「恐れ多いことだろう?私のような者に」

「それは……例の、国王陛下からの……っ」

柄の先に至るまで精緻な装飾が施されたその剣は、 一目見ただけで、特別な賜り物であると知れた。
カニンファールとウェッシャードは、 大層な名誉を腰に下げる騎士団長を、改めて尊敬の眼差しで見つめる。
だが、国王から賜った剣を誇ることなく、テュークロッスは話題を変えた。

「そういえば、過日、貴殿らの隊がダボイにて大層活躍したと聞いている」

自分たちの功績に関心を示され、若者たちはここぞとばかりに胸を張る。

「斥候など大したことではありません」

若者のその姿に、テュークロッスは凛々しく微笑む。

「貴殿らのような騎士達の活躍で、ノルバレン地方は長いことサンドリア支配により安泰しているな」

「これからもずっとそうなるでしょう。他所の国には、手に負えないでしょうから!」

今宵零時に行われる支配分布の更新など、気にかけるまでもない――そう笑い合う若者達。

「ふふ、そうか。以前、外交の場でバストゥークの銃士隊を視察したことがある。それなりに優秀で、感心するところもあったが……それでも、つくづく我が国に誇りを感じたものだ」

バストゥークはサンドリアと同じ大陸に位置しているため、他国と比べても外交上の接触が多い。
テュークロッスは、生まれながらに備わった品位と、公的に認められた立場により、さほど重要ではないが疎かにもできない外交の場に、たびたび派遣されていた。
それゆえ、バストゥークの軍事関係者の間では、そこそこの知名度を持つ存在でもある。
また、サンドリア王家と深く関わりすぎていない立場が、かえって事を円滑に運ぶことも多く、何より波風を立てぬスマートさと機転の利く明晰な頭脳は、王国から高く評価されていた。

「魔法の習い事に明け暮れる国や、機械いじりに夢中な国に生まれずに済んだことを、これまで何度アルタナに感謝したか知れません」

一般的に、まだ世界を知らぬ血気盛んな若者の好物は、ライバルを見下ろすことと心得ている。
案の定、すぐに油断しがちのカニンファールが乗ってきた。
自分から煽ったようなものだが、テュークロッスは『まぁそう言うな』と目を伏せる。

「『成人の儀』を迎える若者達は皆、私の目には実に頼もしく映る」

口でそう語りながら、リンクシェルでは凍るほど冷たい知略が過ぎる。

“仮にあの娘がマキューシオの娘だったとして。では、なぜ今になって姿を現したのか……不可解だな。”

「ご子息らは災いを打ち払う剣。ご令嬢らは剣を支え国を守る盾だ」

“何にせよ、ただ逃げ回ることしか能のなかった野良犬に、冒険者という悪知恵が加わったのは確かだ”

騎士団長ともなれば、通常の会話とリンクシェル越しの会話を並行して行うことなど容易い。
滑らかに表と裏を進行させるテュークロッスに対し、魔法の真珠から忠臣の返事が静かに返される。

「こう言っては何だか、私は毎年、式に出席する若者達を、我が子のような心境で送り出しているのだよ」

目を細めて若い騎士二人に語るテュークロッス。
すぐさま、ウェッシャードは笑いながら首を横に振る。

「そんな。手前共のお父上にしては、ずいぶんとお若いですよ」

それに対し、テュークロッスはふと唇に微笑を浮かべた。
だが、不意に表情を引き締める。

「貴殿らは、サンドリア王国の――ひいては、ヴァナ・ディールの未来だ」

ずしりと重いその言葉が、若者二人の胸に据えられる。

テュークロッスにとっても、この言葉は特別な響きを持っていた。
それは、かつて父が折に触れて口にしていた、思い入れのある言葉でもある。

「時と共に、世界は変わっていく。今もてはやされている者が、ある日突然失墜することもあれば、新たな新星が賞賛の的となることもあるだろう」

“考えようによっては、最も警戒すべきはダンテスと言えよう”

「それこそ数年後には、貴殿らも名誉の剣を腰に下げているかもしれぬしな」

再び風がひゅうと吹き、赤髪の騎士団長の外套をはためかせる。

若い騎士二人にとって、これらの言葉は単なる重圧ではなかった。
まだ淡かった使命感と、将来への期待を膨らませるに十分な火種となる。

若者の胸に火を灯した実感を手に握り、テュークロッスは“希望”を被せた“陰謀”の瞳を光らせた。

“冒険者という輩が、どのような手に出てくるか……見物だな”


――とその時。
サンドリアの石畳を抜けていく風に乗り、ひとつの声が届く。


「テュークロッスきひ団長殿~

離れた場所からの呼び声に、三人は揃って疑問符を浮かべる。
周囲を見回すと、北サンドリアの方角から、二人のヒュームが歩いてきていた。
そのうちの一人、手を振っている青年が声の主らしい。
金髪を風になびかせ、屈託のない笑顔を浮かべている。

そのローブ姿の青年の背後には、もう一人――鎧に身を包んだ青年が続いていた。
距離が縮まるにつれ、彼の背に携えた両手持ちの大剣が、かちり、かちりと小さく音を立てる。

「こんなところで会えるなんて、運命感じちゃうね」

機嫌良くそう言うのは、一見すると魔道士風の青年だ。

当初、カニンファールとウェッシャードは怪訝そうな表情で二人を見つめていた。
しかし、その妙に親しげな態度に、やがて『ひょっとして大物なのか』という戸惑いへと変わっていく。
二人がチラチラと横目に見る先で、赤髪の騎士団長は嫌悪も歓迎も示さず、ただ沈黙を保っていた。
やがて騎士三人の目前まで歩み寄り、ヒュームの青年二人は、そこで足を止める。

「ダンテス・マウザーだ」

「ダンラブスギィ一世なり」

「お目に掛かれて光栄だ」

しかめっ面で鎧姿の青年――ダンが名乗り、魔道士の青年、ダンラブスギィ一世ことローディもそれに続く。
いかにも社交辞令な言葉を述べたダンを見つめ、テュークロッスは唇の端をゆっくりと吊り上げた。

「……これはこれは」

テュークロッスはしげしげと、ダンはじっと、互いの姿を見つめ合う。

“……はっは、驚いたな”

少々興奮を滲ませたテュークロッスの声に、ジェラルディンが問う。

“いかがされました?”


対峙した両者は数秒の間、そのまま無言で向かい合い、ただ風に吹かれていた。
どちらも不測の事態に備え、瞬時に剣を抜けるよう意識を巡らせており、場には静かな緊張が満ちている。
あまりにも静か過ぎるそれに、若い騎士二人は気付いていない様子だった。

話には聞いていたが、対面するのはこれが初めて。
冒険者の青年を前にして、テュークロッスは予想していた人物像と相違ないと感じた。
敵を知りに来たこの行動にも妙に納得がいき、不思議な満足感すら覚える。

双方、言葉を交わすこともないまま。
テュークロッスの上質な外套が風になびき、ダンの背負った剣の柄が風を受けて小さく唸りを上げる。

やがて、相手に対する情報解析を終えたのか、ダンが口を開く。

「……んじゃあ、またいずれ」

牽制的な眼差しを向けたまま告げる。
踵を返すと、現れた時と同じ歩調で北サンドリアの方角へと歩き出す。
「御武運を☆」
魔道士も茶目っ気たっぷりのウィンクをしてダンの後に続いた。

スタスタと歩き去っていく二人を、テュークロッスは満足げな表情で見送る。


「何者ですか?」
どちらが先に問うかと思っていたが、結果はやはりカニンファールの方だった。

「……そうだな。貴殿らはまず、騎士団や城内の者を覚えることが優先だ」

知らぬのも無理はなかろうと理解を示し、テュークロッスは面倒見の良い微笑を浮かべる。
これまで、そういった無知な存在から助力を拝借してきたからこその表情とも言える。

「冒険者だ」

教えてやると、二人の若い騎士は見えなくなっていく二人分の後ろ姿に改めて目を細めた。
先程までの戸惑いは消え、入れ替わるように明らかな嫌悪がその表情に浮かぶ。
その様子を見届け、笑いを耐えるように、テュークロッスはリンクシェルへ意識を馳せる。

“総司令が直々に挨拶に現れるとは……噂をすれば、だな”

“な――ダンテスですか?!”

向こう側で忠臣に緊張が走るが、こちらの主は終始穏やかだった。
表情を変えぬまま言う。

「貴殿らも、余裕ができた際には冒険者についての知識も持つと良い」

若い騎士二人にとってこの発言は意外だったらしく、見開かれた目がテュークロッスに向く。

「冒険者は侮るべき存在ではないぞ」

にっと笑って二人の顔を見た。
試すような眼差しを向けられ、二人がきょとんと顔を見合わせる。
テュークロッスは彼らをその場に残し歩き出す。

“構えるな、もう遅い。すでに立ち去った”

“ご無事で?”

“あぁ、誠に挨拶だけだ。ダンテスの他に、もう一人魔道士らしき男がいるが、その者については分かっているのか?”

“あ、いえ……”

“名乗っていたが、恐らく偽名であろう。そちらも調べよ”

言葉を濁すウォーカーに、淡々とした口調で命じる。

大聖堂に向かう歩みを再開した騎士団長に、若者騎士二人が慌てて追い付く。
すると、今度はウェッシャードが尋ねた。

「では、恐れながら……念の為にっ。今の二人の名は、何と申しましたでしょうか?」

勉強熱心な問いを受け、赤髪を風に揺らして振り返った眉目秀麗な騎士団長は、意外な一面を披露するかのように少し困った笑みを浮かべて言った。


「いかん、忘れてしまったな」


二人並んで目を瞬く若者を見て、テュークロッスは機嫌の良い声を上げて一笑した。



“ジェラルディン。ウォーカー。両名にジュノのサンドリア大使館の臨時視察を命じる”

“かしこまりました”

“はっ。……せん越ながら……予定には全くございませんが、よろしいのですか?”

あまりに唐突な命に、不審がられはしないかという懸念を、恐縮しきった声でウォーカーが口にする。
主の言う『臨時視察』が、視察そのものを目的とした命令ではないことを理解しているからこそだった。

“事前に公表する抜き打ちの調査はあるまい。式直前のこの時期に視察を行うなど、誰も思うまいが……だからこそ効果があるのではないか?”

そう説かれ、若干慌てた声で“失礼いたしました”とウォーカー。
何も言ってはいないが、ジェラルディンの『愚問だ、馬鹿者』とでも言いたげな気配が伝わってくる。

一挙に思考を巡らせた主は、淡々と次の指示を出した。

“ずる賢い者は、外部を味方に付けていることも多い。領事館に向かう途中で臨時の調査が気取られぬよう、飛空艇は用いるな”

買収などして、どこで予防線を張っているか分からぬからな――と説く。

“各エリアの駐屯所ガードにも目撃されぬよう、行動するのが良かろう”

“成る程……仰る通りです”

“私は両名が寄り道せぬよう監視まではできぬが、貴公らの日頃の勤めは信用に値する”

言わんとしている真意を、長年仕えてきた忠臣であれば、正確に読み取るだろう。
そう確信しているテュークロッスは流れるように述べた後、こう締め括る。

“準備が整い次第、直ちに発つが良い。だが、発つ早さよりも――どう発つかに注意を払え”

“承知いたしました”


道理立てて使者の派遣を命じたテュークロッスの頭上で、サンドリア大聖堂の鐘が荘厳に鳴り響く。
不思議とその音色は、女神に祈るための神聖なものではなく、不浄の霊達に死を宣告するような不穏な響きを持っていた。



   *   *   *



後ろを振り返り、騎士たちの姿が見えなくなったことを確認すると、ローディは機嫌よくスキップしながらダンの隣に並んだ。
冒険者たちの賑わいをずんずんと突っ切って歩くダンの横顔を、覗き込むようにして見る。

「きひっ、会ってみてどぅーだった!? ねぇどぅーだった!? 俺様の方が綺麗だって言え!!」

「なかなか立派な団長様だったじゃねぇか。本物の“悪”ってのは恐ろしいもんだな」

ローディが口を尖らせてブーイングするが、ダンはそれを完全に無視し、ふと足を止めた。
賑わいの向こうにある競売所をじっと見つめるその目は、凄まじい勢いで何かを思案している様子だ。
そんなダンを眺め、ローディはうっとりと溜め息をつく。

「俺達の自由度も分かった」

「モエー」

「すぐに行動に出るぞ」

「と言っても、随分とローカロリーなプランだよにゃ~」

先程の、ロエを加えた三人での打ち合わせを思い返してローディは残念そうな声を上げた。
「自分の立場を分からせてやるだけでいいなんて……」

美しい顔でぶつくさ言いながら、ばりばり首を掻く。

「俺様の趣向としては、もっと派手なのが良ぃい~」

「言っただろ。極力、殺傷は無しだ」

念を押すように言われ、ローディは耐えられないと言わんばかりに自分の首を掴む。
その美青年を置き去りにするように、ダンはさっさと競売所へ向けて歩みを再開した。
むむむっと口をひん曲げねがら、ローディも後に続く。

「しっかしのぅ、ダンもなかなか良いコネクション持ってんだにぇ。競売所とか……きひっ、所長の汚職でも暴いたのかぇ?」

腕組みをし、意地汚い笑みを浮かべて絡むローディを、ダンは横目で一瞥する。

「長いこと利用してりゃ、顔見知りもできるだろ。顔見知りになれば……まぁ、色々な」

にやにやと至極楽しそうにローディが絡む。

「あ~やしいにゃ~~~“ゆすり”は良くないなりよ~~~?」

「お前と一緒にするな」

「んまっ、失礼しちゃうわね!俺様の場合はちょこっと協力してもらう対価として安全を提供してんのっ!」

腰に手を当ててふんぞり返りながら『ギブ・アンド・テイクだクポ~☆』などと言う。
うんざりしたようにダンの表情が厳しくなる。

「俺の故郷じゃ、そういうことやる奴らを『ヤクザ』っつーんだよ」

「きひっ!ダンも一緒にやろ!」

「とにかく、コネや駒を持ってんのは、連中だけじゃない」

「萌え無視略して『萌視』!!!!」

「こっちも使えるもんは、どんどん使っていくぞ」

仕掛けるには今が絶好のタイミングだ。
幸い、舞台も揃っている。

冒険者の修行――いわゆる『狩り』とは、内容的にまったくの別物である。
だが、ダンの様子は狩りの時と同じで、すべき事と、その優先順位に一切の迷いがなかった。
大好物なそれを目の当たりにして、変態魔道士は少年のように目を輝かせる。

「きひっ!しゃ~ないのぅ、利用されてやるぞぃ☆」

「頼もしい限りだな。じゃあまずは競売と……お前の好きな衣替えといくぞ」

「あひ」

「垂らすな、拭け」

リアルにだらりとヨダレを垂らしたローディは、じゅっと吸い込んでそれを引っ込める。
そして、期待に震える体を抱き締めながら、険しい顔のダンを見上げ、彼は提案した。

自分のモグハに、腐るほどモノが溢れているから持って行こう。

生憎、“並のもの”は無いけれど、と。



   *   *   *



表立って指名手配がされていることもないため、彼らはサンドリアを難なく脱することができた。
ロエ、トミー、ノルヴェルト――三人の先頭を、ダンが足早に草の上を進んでいる。
今は一日の中で最も日差しの強い時間帯だ。
空を渡る大きな雲が、ラテーヌの緑地に濃い影を落としていた。


皆のもとに戻ったダンは、縦縞が特徴的な鎖帷子の鎧を身に着けていた。
それに伴い、他のメンバーにも、これからの交戦に備えた装備変更が指示されている。

トミーは、それまで装備していた皮製の鎧ではなく、一見すると普段着のようなチュニカを身に纏っていた。
チュニカはチュニカでも、トミーには分からなかったが、それは高性能かつ高価な代物らしい。
当初、ローディは別の装備を激しく推していたが、最終的にダンが良しと認めたのが、このチュニカだった。

そして、彼女の隣を歩くエルヴァーン――ノルヴェルトもまた、外套の下の装備が一新されている。
ヒュームの青年二人にとって、最も許せなかったのは、常識を欠いたナンセンス極まりない彼の旧装備だった。
あちこちが破損し、組み合わせも滅茶苦茶で、冒険者の目から見れば有り得ない格好だったのだ。
ダンとローディの二人によるコーディネートの結果、ミスリル系の黒い鎧が用意された。
くたびれて黒ずんだその外套もやめろと言ったのだが、結局それだけは残されることになった。
鎧が変わったことで落ち着かない様子のノルヴェルトが、あまりにも気の毒に見えたからだ。

未だ落ち着かない様子で歩きづらそうにしているノルヴェルトを、小さなタルタル魔道士がそっと見上げる。
ロエは普段狩りに出る時と同様の装備を整え、小さな杖を背に携えていた。
日頃からきちんとしている彼女には特段変更点はない。
ただ、冒険者としての【狩り】に向かう時とは異なる、非常に緊張した表情を固めていた。

そう――ダンと共に移動しているのは、この三人だけである。

パリスは、ヴィヤーリットのもとに残された。
留守番――つまり、戦線離脱を言い渡されたパリスは、それに対する自分の意思をはっきり示せずにいた。

彼はまだ、混乱と動揺の最中にあり、冷静さを欠いている。
そして本人も、それを自覚している様子だった。

長身のエルヴァーン剣士は『分かった』とだけ返し、辛そうな眼差しで皆を見送っていた。


一方、ローディはというと、リオを連れてダンたちとは別行動に入っていた。
テュークロッスと対面した後、家に戻るや否や、ローディは何の説明もなくミスラの娘を拉致し、そのまま飛び出していった。
サイレスで声を奪い、パライズで動きを封じ、インビジで姿を消す。
彼女を捕獲すると同時に、自身も姿を消す――そのあまりの手際の良さに、トミーとノルヴェルトは、誘拐現場を目撃したかのように目を丸くしていた。

リオは、この件に関わった騎士たちの顔を記憶している。
そのため、ローディと共に、協力的な証言者探しをしてもらう算段だった。
慌ててロエがそう説明すると、トミーは溜め息をつき、胸を撫で下ろしていた。


ラテーヌ高原の天候は、あまりにも穏やかだった。
輝く太陽を、緑の草木が活き活きと見上げている。
ピクニックにはうってつけの陽気だが、今の状況を考えれば、行楽などにはなり得ない。

周囲に目を配りながら早足で先頭を歩くその背中を見つめ、トミーは口を引き結んだ。
常に重量のある両手剣を背負っているにも関わらず、彼がくたびれた様子を見せたことはない。
そんなことを今さらながら思い返し、背中で揺れる両手持ちの剣へと視線を落とす。

彼と共に色々な場所を旅し、パーティの仲間を護ってきたのであろう大剣。

それを見つめるトミーの腰には、普段使っている長剣ではなく、小剣が下げられていた。
セルズニック姉弟の家を発つ前に、ダンから手渡されたものだ。
装備同様、剣も軽量で邪魔にならないものにするのだそうだ。
そして彼は言った。
『何があろうと、お前は武器を手にするな。必要ない』
この小剣は、何かの時に道具として使うためのものであり、誰かを傷つけるためのものではない……と。


“検索終了したなりよ~”

黙々と歩いていたダンに、ローディからの報告の声が届いた。
今後のことについて思考を巡らせていたダンは、その声に、より一層眉をしかめる。

“……ずいぶんと早いな。ネコ連れてて行動はスムーズにできたのか?”

半ば唖然とした声で問うと、ローディは鼻で笑った。

“ピーピーパーパー賑やかだったが、俺様の手を煩わすにゃ、まだまだ力不足だお☆”

“まぁ、どうでもいいけどな”

至極ご機嫌なローディの発言をさらりと流し、ダンは短く問う。

“で、結果は?”

“やっぱり、利用した子達はちゃーんと他所に飛ばしてあるようだにゃー。きひっ、まずは合格点だのぅ!”

テュークロッスは、機密性の高い任務と偽って協力させた騎士達を、遠征の任へ散らばらせる手配を迅速に進めたらしい。
城内にはもう、リオが記憶している騎士達の姿は見当たらない――そんな報告だった。

“さすが、仕事ができると称されてるだけあるな。やることが早ぇ”

それは予測済みだった。

そして、これから連中が何に興味を示し、どこへ狙いを定めてくるのかも。

「……大丈夫かな、リオさん」

ぽつりと、後方から零れたトミーの呟きに、ダンとロエは同時に振り返った。

ダンとローディが使用しているリンクシェルは、二人専用のものだ。
パーティメンバーが共有しているものとは別であり、当然、今のやり取りは他の仲間達には聞こえていない。

「呼びかけても、全然返事が返ってこないし……」

危険な目に遭っていないだろうかと心配そうなトミー。
ロエは困った笑みを浮かべて『きっと今はお忙しいんですよ』と声を掛ける。

「どうせ一晩明けて使い方忘れたんだろ」

投げやりにそう言って、ダンはさっさと視線を前へ戻す。
口を曲げて黙り込むトミーを見て苦笑しながら、ロエはヒュームの戦士を見上げた。
彼女は知っている。
諸事情により、リオがリンクパールを取り上げられていることを。

「ローディさんにも……みんなと同じリンクパール、渡した方が……良かったんじゃないかなって、思うんですけど……」

トミーはダンではなく、ロエに向かって、ごにょごにょとそう零す。
確かに、これから各自の役割に分かれ、迫りくる脅威に立ち向かおうとしているのだ。
普通に考えればその方が妥当だろう。

――しかし、ローディは『普通』ではない。

“しっかしこのニャンニャン、ツンデレ加減が結構堪らんのだけど。ちょっとつまみ食いしておk?”

“黙って働け”

皆にいらぬ不安を与えかねない発言を何の躊躇もなく放つ変態に、ダンは冷たく言い放つ。

“ケチィッ。え~~懐かない女って萌えんかね?ねねね、俺様の予想だとね、多分このニャンニャン人づ”

“黙らねぇとハブるぞテメェ”

“つまんにゃいよ!これくらいのハァハァトークでもしなきゃ!! そもそもこんな黒子的ミッション俺様にやらせるなんて信じらんないクピプゥ!!!”


頭にガンガン響く大音量の叫びに、ダンはわずかによろめいた。
背の低いロエはその歩調の乱れに気付いて心配そうにダンのことを見上げる。

“あぁ?何言ってんだ、適材適所だろうが。さっさと次の行動に移れ”

案の定駄々を捏ね始めたローディをあしらいながら、ロエに掌を見せて『問題ない』と伝える。

“あ゛~~探し物ばっかりじゃの~~~”

“逆に言えば、その役目はお前にしかできねぇだろ”

“ぬ~~~~俺様があまりにもVIPなばっかりに~~”

“分かってるならさっさとしろ。それが終わったら追加のネタを教えてやる”

“うっそナニソレマジカル!!!!!!?”

魔法の真珠が砕け散るのではないかというほどの狂喜の声が、再びダンの頭を横殴りする。
再度よろめくダンに、今度は後ろを歩く二人も気付いたようだった。
一気に不安そうな顔になるトミー。
それを横目に、ノルヴェルトは眉根を寄せる。

“追加のネタって何!?派手にヤッちゃう!?”

“いちいちうるせぇんだよお前は…っ”

苛立ちを隠しきれず、ダンは歯噛みする。
小さく舌打ちすると荒げた溜め息をついた。

“あー、団長様に謁見した時に、ちょっとな……”

“きっ!?一目惚れしたった!? ダン、一目惚れしたった!!?”

“予定通りことが運べば、必要のないネタだ”

“Oh奥の手♪Ah最後の手段♪Wow捨て身の一撃♪マジカルどよめきシャーベット♪”

勝手に期待を膨らませ、意味不明な歌を歌い出す魔道士に、ダンは淡々と告げる。

“保険みたいなもんだ”

“分かったなり!ニャンニャン監禁して仕事即行終わらせて、飛んでいくぞぃダーリン☆”

変態リンクシェルの会話をひと段落させたダンは、改めて溜め息をつく。
トミーが口をもごもごさせ、散々迷った末に彼へ声を掛けようとした、その瞬間。
ダンは立ち止まり、前方を指し示して仲間達を振り返った。

「見えてきたな、あそこに向かうぞ」

ぎくりと肩を跳ねさせるトミー。
ダンは一瞬眉を寄せるが、何も言わず、すぐに前を向く。

トミーの一連の挙動を見ていたノルヴェルトは、すでに自分が彼女から奪ってしまったものがあることを、否応なく思い知らされていた。


前に進むためのものを、強制的に渡され。
共に進むと言う人が、隣を離れず。
このまま流されていいのか――
判断できないまま、ノルヴェルトは自分の重たい足をじっと見下ろす。


ダンが指し示したのは、緑の中で陽光を浴び、白く輝く遠くの建造物。
冒険者達がテレポホラとして頻繁に利用する、古代の遺跡だった。

ざぁ、と草を撫でていく風の音に包まれながら、皆はしばし、その目標を無言で見つめていた。



<To be continued>

あとがき

第27話『両雄相見えし』でした。
今回はタイトルでもあるように、互いに敵を知った回となりました。
テュークロッスもダンも、お互いを「雑魚」だとは一切思っていない。
読者の皆さんは、そんな様子を窺い知れたのではないかと思います。

そして合間でチラつく、一番ヤバイ奴。
ダンと共にいる時の彼は、まるで水を得た魚のようだなとしみじみ感じてしまいます。
ご機嫌過ぎて、ついに♥記号デビューしちまったよ……。
ホントに好きなんだね、ダンのこと。

装備に関する情報提供について、ご協力くださった皆様には心よりお礼申し上げます!
あんなさっくりとした描写でスミマセン。(汗)