盲目なる高潔
2007/07/30公開
友人が何について『すまん』と謝ったのか分からなかった。
彼の言葉に疑問符を浮かべた直後に騎士が現れたので、一瞬とんでもないことを想像してしまった。
ーーーその一瞬の想像を、パリスは後に一生恥じることになる。
リェンは槍を掴んだが、それを抜いてパリスに向けてくることはせず、横に並んで構えた。
緊張した面持ちで現れた騎士達に声を張る。
「何者だ!」
しかし、相手は応えない。
小声で言葉を交わしながら廊下を塞ぐように立つ彼ら。リェンは『やはり』と厳しい顔をする。
「……何か良からぬことに巻き込んでしまったようだ」
「ぇ、お、お仕事関係?」
「そうかもしれんが、分からん」
リェンは、自分の立場が間違っていたことに気が付いたという口振り。
彼は巻き込まれた協力者ではなく、巻き込んでしまった側だったと言っているのだ。
「公務ならば所属を名乗るはず。もしや奴ら、騎士では……」
一見、騎士にしか見えない風貌の二人が、じりじりと歩を進めてくる。
リェンは意を決したように潜めた声で早口に告げた。
「王族避難用通路跡があると噂で聞いたことがある。式典準備室の二つ上の階、書物庫だ!」
向かってくる男二人が腰の剣に手を伸ばした。
「確証はないし封鎖されているかもしれんが……賭けろ!」
「なん…」
状況が飲み込めていないパリスに構わず槍を構える。
「俺は外に出て応援を呼ぶ――――行け!!」
叫ぶや否や、リェンは剣を抜いた男達の前に飛び出した。
廊下は広くはないが、槍を扱えないほどではない。
一人でもパリスの元に行かないよう、リェンは舞いのように槍を踊らせ行く手を阻む。
「急げ!!」
叫んで肩越しに振り向くと、狼狽しつつも魔法の詠唱を始めたパリスの姿が映った。
前方に視線を戻すとあちら側の先攻が始まっていた。
一人が一気に間合いを詰めてくる。
相手が払う剣の動きに槍を合わせて受け流したところで、パリスが詠唱したバインドが発動した。
そして『無事で!』というパリスの切羽詰った声が聞こえる。
彼が階段を駆け戻っていったのが足音で分かった。
バインドを浴びた男が動きを止めたのを確認し、リェンは半歩距離を取る。
―――友人が追っ手に見つからず仲間達の元に戻れるよう、時間を。
最初からおかしいと思っていた。
何故友人の仲間達があのような扱いを受けたのか。
平穏のために勤める騎士の日常に紛れ込んだ不可解な連行劇。
そして機密性が漂う中で行われる、到底騎士とは思えぬ非道。
きっと騎士ではない。
話に聞いたその者達も、目の前にいるこの者達も。
スパイが紛れ込んでいる!
騎士がそのスパイに踊らされているのだ!
誇り高きサンドリアの騎士が、このようなことをするはずがない。
恐らく友人達は利用されたのだ。
まるで悪事を働いたのが彼らであるかのように。
そして恐らくこの男達こそが本物の賊だ。
無関係の彼らを巻き込み、その隙に城に紛れ込んだ。
騎士団が、こんな卑劣な目くらましにかかるとは何たることか!
身を潜めている友人の仲間達に賊の手が及んでいないか気掛かりでならない。
だが今は、この二人を突破して外に出るべきだと胆を据えた。
―――残る一人をやり過ごせば……!
踏み出した瞬間、バインドに掛かったはずの男が動いた。
魔法をすぐに弾いた男に目を見張るがもう遅い。
右腕に一太刀を浴びる―――だが槍を翻し男の追撃を封じ、眼鏡をかけた男が大きく振り払った剣を床に身を投じて回避した。
―――突破した!
リェンは素早く立ち上がると、振り返らずに外への扉へ駆ける。
背後から『待て』と言う声が飛んだが、槍を片手に扉に飛び付き、打ち破る勢いで大きく開け放つ。
外に飛び出し一瞬だけ振り返る。
眼鏡の男が、追撃しようとする連れの肩を掴んで引き止めている姿が映った。
やはり彼らにとっては明るみに出ることは望ましくないのか。
リェンはそのまま騎士団員専用の門に向かって走った。
頭の中では色々なことが悔やまれ、血の滴る腕を押さえながら歯を食い縛る。
サンドリアは誇り高きエルヴァーンの王国、賊ごときに荒らされてなるものか!
何としてもあの友人達を救いたい。
そしてもう一度……。
「パールッシュド…!」
乱れた息の中から搾り出したのは友人の名前。
もう一度あの友人に会い、尋ねねばならないことがある。
あのエルヴァーンの男が扱う、大きな漆黒の鎌。
彼の鎌を手に取った時―――否、目にした瞬間、特殊なものであると分かった。
どう見ても量産のものではない、特注の大鎌。
武器に多大な関心を持つリェンには、その見事な芸術品を手に取った短い時間の中でも充分価値が理解できた。
だが、特注の品には必ずあるはずのものが欠けていることに気付く。
エンブレム。
その武器の主となる者の一族の紋章である。
他国文化のものであったら分からないが、主がエルヴァーン族であるのなら無いはずがない。
見落としたのだと思うしかなかった。しかし、式典準備室の中でとんでもないことを思い出したのだ。
そういえば聞いたことがある、紋章を持たぬただ一つの名器。
“狂犬フィルナードの大鎌”だ。
――――どうなっている!?
―――――狂犬フィルナードは、確かパールッシュドの……。
その憶測に鳥肌が立つ。
門の手前に一台の車が停まっているのに気付いたのは、その時だった。
厩舎から従者がチョコボを引き、車に繋ぐ作業をしている。
その車の前には数人の騎士が立っていた。
リェンは目を見張ると掠れた喉で『応援を頼みたい』と叫んだ。
騎士達が振り返り、その中の一人、銀髪の騎士が怪訝な顔をして声を張る。
「何者か!慎め!」
高位のオーラを放つ風貌に、リェンは内心救われる思いだった。表情を引き締めて進言する。
「神殿騎士団所属、クロムス家の嫡男、リェーエンルー・N・クロムスです!城内に賊らしき一派が侵入し仲間を襲撃しています!応援を…!!」
息絶え絶えの中から必死に訴えるが、騎士達は眉を寄せて顔を見合わせる。
名乗れと怒鳴った騎士も訝しむように『突然何を…』と零した。
「待て」
奥から声が響き、騎士達が道を開けた。
リェンが顔を上げると、車の扉が開かれている。
そこにいたのは、先日リェンに内々の召喚状を送ってきた男。
「貴方は……!」
驚きの中に歓喜の混ざった声を上げるリェン。
頭脳明晰と称される貴冑騎士団の団長、テュークロッスは静かに頷いて言った。
「ふむ、何やら穏やかでないな………詳しく話してみよ」
これで助かる。
肩で息を付きながら、リェンは安堵の表情を浮かべた。
だが、銀髪のエルヴァーン騎士ジェラルディンを含む、彼の周りに立っている騎士達は、青年が始める状況説明には全く関心がない様子。
彼らは静かに、周囲に他の気配がないか探っているのだった。
城壁をかすめる風に、ぱらぱらと雨が混じり始めていた。
* * *
式典準備室を出て、先程のとは逆方向にある階段を皆で駆け上がった。
先頭を行くパリスは、土壇場で友人から言われた『二階上の書庫』と『王族避難通路』を何度も小声で復唱している。
本当にあるか確かめたことはないが、賭けろ、と。
危険を冒して移動して、本当にただの噂話だったらどうしてくれるのだ。
いつまでもあそこでじっとしているわけにはいかないが、だからといって博打が過ぎる。
悶々としていると、一つ階を上がったところで一人の従者と鉢合わせになった。
驚いた声を上げる従者に、先頭のパリスは思わずぎょっと足を止めてしまう―――が。
「もっと簡単なミッション用意しろと上司に言っとけ!」
勢いのままでそう言ってダンが横を追い越していった。
足を止めかけた仲間達も、これ幸いとダンに続いて駆けていく。
一人だけ出遅れたパリスは、『すみません急いでて…』と苦笑して会釈し、慌てて皆に続いた。
ぽかんと口を開けて見送った従者は、やがて不満顔になると首を振った。
冒険者は礼儀も作法もあったもんじゃない……と、顔が物語っていた。
二つ階を上がり終えると、先の廊下の様子を窺ってダンが足を止めた。
手で制止の合図を送る。
後ろの仲間達は肩で息を付いており、ロエは壁に寄り添って小さくむせていた。
「……何だか落ち着きねぇのが一人、こっちに来るな……」
ダンの視線の先、廊下の奥から一人の騎士が歩いてきていた。
歩いて―――というより、駆け出す一歩手前の足取りだ。
考える顔をしてダンが一旦身を引っ込めると、代わってパリスが様子を窺った。
「何か急いでるみたいだし、さっきみたいにやり過ごせるんじゃない?」
「……あっ、あいつ駄目よ!」
パリスよりも低い位置から顔を出したリオがぴくりと耳を立てて言った。
皆の視線を集めた彼女はダンに向く。
「あたしらを連れてきた奴らの内の一人よ、あいつ」
「おぁ?あいついたか?どいつもこいつも同じに見えて覚えてねぇ」
「このキモ男引っ張ってきた奴よ」
「きひゃ☆……うむ、覚えてなくて当然。ダンは俺様に釘付けだったのだ」
真顔で言っているローディをシカトし、ダンは半眼になると『その調子で人の名前も覚えろ』とリオに対して刺々しい言葉を吐いた。
「どうします?こっち来るみたいですけど」
苦笑いを浮かべたパリスがダンに指示を仰ぐ。
その時。
ずっと黙っていたノルヴェルトが、思い出したように歩き出した。
皆が疑問符を浮かべて視線を向ける―――ノルヴェルトは背中の鎌の柄に手を伸ばし、廊下に歩み出ていた。
仰天して無言の悲鳴を一斉に上げる。
「やっ、ダメ…ッ!」
そして更に驚いたことに、そんなノルヴェルトの背中にトミーが飛び付いた。
「―――!?」
「見つけたぞ貴様ら!!そこを動くな!!!」
ノルヴェルトが驚いた顔でトミーを振り返った瞬間、騎士が叫んだ。
必死にノルヴェルトの鎌にしがみ付いているトミーを見て、ダンはうんざりと天を仰いだ。
そして廊下に進み出る。
「あー、丁度良かった。あんたらからもらった手錠無くしちまったんで困ってたところだ」
「ふざ…ふざけるな!!さっきの魔道士は何処にいる!?」
剣に手をかけながらじりじりと歩み寄ってくる騎士。ダンは片方の眉を吊り上げる。
肩越しにちらりと振り返ると、至極ゆっくりとローディが階段の方から廊下に顔を出した。
何かを察したような顔をしてダンは『ああ、なるほど』と口の中で呟く。
「鍵パクられたなんて、あんたどんな処分食らうか分からねぇからな。そりゃ血相変えて探すか…。『最後のチャンス』でももらったのか?」
「黙れ逆賊!逃げられると思うなよ…っ」
ついに剣を抜いた騎士に、ダンはあからさまに『メンドくせー』という顔をした。
内心、さっさと片付けようとしたノルヴェルトに共感して舌打ちする。
こうしている間にも、あの騎士はきっとリンクシェルで報告を叫びまくっているに違いないのだ。
「あーもー分かった。おい変態、返してやれ」
「きひっ、俺様の温もり付き!!!」
変態は待ってましたと言わんばかりに懐に手を突っ込んで鍵の束を放り投げた。
あっと目を見張る騎士だが、ダンが動く。
だが床を蹴って駆け出したわけではない。
大きな歩幅でずんずん歩いて間合いを詰めてくるダンにぎょっとした騎士は、鍵を後回しにした。歯噛みして剣を構え、ダンに斬り込む。
その瞬間トミーの叫ぶ声がダンの背中を叩く。
ダンは舌打ちして『分かってる』と小さく呟いた。
体をひねって剣をかわし、次の攻撃も首を傾けて紙一重で避ける。
まるで剣に合わせて動いているようなダンに、騎士は焦燥して歯を食い縛った。
一方のダンは、監禁室での死闘を思い返し、両の腕が自由であることのありがた味をしみじみと感じていた。
そして『あの状況でよく生きてたもんだ』と客観的に呆れる。
決着を焦った騎士の二振りを容易くかわして背後を取る。
相手の腕を絡め取って背中にねじ上げた。
瞬く間に動きを封じられた騎士はパニックを起こしたように叫びまくる。
「あんた、冒険者だったらせいぜいランク3止まりだな」
騎士には似つかわしくない罵りの言葉を喚いている男に溜め息をつき、ローディの前に突き出す。
「ん」
「にゃ?ホーリーとかイッちゃっとく?!」
「常識で考えろ馬鹿野郎。早くしろ」
「ぶー」
つまらなそうな顔をしてローディは渋々とスリプルを詠唱し、騎士は強引に眠りの中に引きずりこまれていった。
「マジに小物じゃろ?俺様こいつに捕まってやるのに苦労したふぁ~」
退屈そうにあくびするローディにダンは『あぁ』と頷く。意識の無い騎士の重い体を廊下の端に座らせる。
そして床に落ちた鍵を拾い上げ、騎士のベルト部分に引っ掛けて返してやると、一行を振り返った。
一行を―――と言うよりは、リオの手によってノルヴェルトから引き剥がされたトミーを。
ほっとした顔をしている彼女を見てもう一つ溜め息をつく。
「行くぞ」
自然と彼に続く仲間達を眺めて、ノルヴェルトは何か思うことがあるような複雑な表情をして、ダンの背中をじっと見つめるのだった。
王族避難用の通路は、本当に存在した。
重要なものが置かれていないのか、書物庫は施錠すらされていなかった。
元々散らかっていた室内をひっくり返して捜索すると、棚の影に古びた木製の扉が隠されていた。
その先には、灯りひとつない暗い通路が続いていた。
扉の板を強引に拝借し、それに魔法で火を点け松明代わりにする。
通路入り口を隠していた棚を内側から元に戻し、灯りを手にしたダンを先頭にして通路を急いだ。
長い階段を下り、平坦な通路は駆け、再び階段を上り……それの繰り返し。
『跡』というだけあって、長い間ほったらかしにされていたようだ。
整備されていない通路は床が割れ、水が漏れ、酷い環境だった。
そんな中、ダンの事務的な警告の声を頼りに、一行は通路の先へとひたすら進む。
先程からのハイペースな進行に人一倍の疲労を見せているロエは、見兼ねたパリスに抱え上げられている。
苦しげな息の中から礼を言う彼女を抱え、パリスは最後尾を進んでいる。
「もう、完全に、脱走は気付かれてるわよね!?ねぇ、あたしらどーなっちゃうわけ!?」
トミーと並んで駆けながらリオがダンの背中に問いをぶつけた。次にパリスを振り返る。
「結局ジョンはどうしたのよ!?」
「リェンは……分からない。何か思い当たる節があるみたいだったけど…」
「っていうか、信用してよかったわけ?!この先に待ち伏せがいたりしない!?」
「お前のでかい声は響くんだよ。黙ってろネコ」
振り返りもせず、地を這うような低い声でダンが毒づいた。
「うっそ………この先待ち伏せいなかったら俺様テンションがた落ちだぞぃ……」
「聞こえてんぞ変態。お前も黙れ」
「きひっ!」
視覚的変化のない通路を延々と進む。
いくつかの階段を上った後、ようやく次の扉へと辿り着いた。
次の扉、つまりは出口だ。―――願わくば。
ダンがそっと扉を押し開けようとしたがびくともしない。
一つ舌打ちすると、緊張した顔を並べている仲間達を振り返り、手前にいたリオに灯りを持たせた。
「奥へ下がってろ。良いと言うまで出てくるなよ」
仲間達は一言目に従順に従い、二言目を聞いてえっという顔を上げる。
言うが早いか、ダンは背中の両手剣を引っ掴むと木製の扉を一気にぶち破った!
目を皿にして彼の後ろ姿に見入る一行。
ぱっと外の光が差し込んでくるのかと思ったがそれはなく、扉の残骸を退けながらダンは単身通路から出る。
「………なるほどな。確かに避難用だ」
外から聞こえたダンの呟きに続いて、出てきて良いという合図が聞こえた。
暗い通路の中で身を硬くしていた一行が周りの様子を窺いながら通路から出る。
出た場所は建物の二階部分らしい。
強い光が差し込んでこなかったのは、空が厚い雲に覆われていたからだった。
弱い雨が降り、遠くの空から小さな何かがゆっくりとこちらに向かってくる。
見る見る内に姿を大きくしていくそれは、飛空艇だ。
ここはサンドリア港区にある飛空艇乗り場の近くだった。
一行が出てきたのは、時代に置き去りにされたような廃墟の二階部分。
通路からの出口は昔に封鎖されたらしく、足元には古いバリゲードがあたりに散らばっている。
古い家具か何かも置かれていたのかもしれないが、どれもこれも混ざっていて何の破片かは分からなかった。
現代はもう魔法も発展しているし、このような原始的な避難通路は忘れられても仕方が無い。
外からこの建物を見ても、まさか城からの通路が延びているとはとても想像できない。
昔の職人の見事な仕事だと思えるが、同時に何処か寂しい気分になる。
片隅には、一階部分に降りられるよう外付けの階段があった。
空の下に出られたことで一気に気が抜けたのか、トミーがふらりと地面に膝と手をついた。
その隣りでリオも肩で息を付き、足を投げ出して座り込む。
パリスがゆっくりとロエを地面に降ろすと、ロエは深々と頭を下げて礼を言った。
「あたしら……どーなっちゃうのよ…」
雨に濡れることもお構い無しで、天を仰いで呆然と呟くリオ。
脱力した二人に歩み寄って気遣いながら、ロエは不安げな眼差しをダンに向ける。
「今頃城では……」
「大騒ぎよ大騒ぎ!もぉ何がどーなってんだかさっっっぱり分からないわよ!!」
「ここも安全とは言えないよね……」
大破した扉の破片を端に寄せながら、通路の中を覗き込んでパリスが言う。
「も~、うちに帰って寝たいわよぉ~」
「きひひっ、ハウスはなかなかネットワークが徹底しちょるから、蜘蛛の巣みたいなもんだぞぃ☆」
「早くサンドリアから出た方が……」
ローディの一言にとんでもない顔をしているリオを尻目に、ロエは深刻な表情で進言する。
同意を求めるようにダンを見上げると、ダンは頷いて両手剣を背に収めた。
「つっても、飛空艇は乗れねぇのが若干名いるしな……。お前ら、デムのゲートクリスタルは持ってるか?」
「木偶のゲータリスト?」
「お前は今日付けで直ちに冒険者をやめろ」
しかめっ面で聞き返すリオに青筋を立ててダンは凄んだ。
「何勝手にキレてんのよ!あぁぁじゃあチョコボは!?ってこの子乗れないのよ、マジムカつくわね!!」
きぃと頭をかき回すリオの横で、トミーは小さく『ごめんなさい』と呟く。
トミーは連日の出来事でかなり消耗しているらしく、声に全く力が無かった。
「あ、あの…その前に、町から出る門は通れるでしょうか……」
「ロエたん鋭い!サンドは特にガードがうようよいるからの~ぅ♪」
「お前、確実にこの状況楽しんでるな」
独特の笑い声で愉快そうに笑っているローディに冷たく言葉を刺すと、ダンは踵を返し、すたすたとトミーに歩み寄った。
疲れ果てて肩を落としているトミー。その傍らに立ち、見つめるのはノルヴェルト。
ノルヴェルトが微妙に身構えたのをダンは見逃さない。
「これであんたは自由だ。何処へでも好きなところに行って殺しでもしてろよ。二度と俺達の前に現れるんじゃねぇ」
しとしとと雨が降る中で放たれた言葉に、皆が口を結ぶ。
「……と、言いたいところだけどな」
ダンは視線を逸らさずに続けた。
「分かってるだろうが、生憎あんたと俺達はもう他人じゃねぇ。ものの見事に巻き込まれちまったんだよ俺達は。今頃城の中じゃ、俺達は立派なお尋ね者だ」
足元で不安げなトミーがじっと自分のことを見上げていることにダンは気付いていた。
気付いていたが、この時だけはノルヴェルトから視線を外してはいけない。
心配しなくていいということを分からせるためにも、トミーに目を向けることはせず、強い眼差しをノルヴェルトに突き刺したまま続ける。
「全部片付くまで付き合ってもらうぜ。何が何でもな」
少しずつ降る勢いを強めていく雨。
ダンはつい数日前の出来事をふと思い出していた。
最初にこの男と会話をした時も、こんな雨の中だった。
濡れ細った銀髪の奥から鋭い眼差しを返しているノルヴェルト。
リオはふと暗殺者の最期を思い出してしまったのか、険しい表情をして俯き、雨で冷えていく自分の体を抱き締めた。
何も返答しないノルヴェルトに、ダンは溜め息をついて皆を見回す。
皆かなり消耗している。しかし、こんなところでいつまでももたもたしてはいられない。
「………で、これから何処へ向かうかだが……」
「案内するよ」
皆が思案に眉を寄せ、視線を足元に落としたところでこの一声。
「王国に察知される心配のない隠れ場所があるから……。行こう、みんなで」
もう一度『案内する』と言って、おもむろに歩き出したのはパリスだった。
外付けの階段に向かう彼の後ろ姿に目をしばたかせると、リオは慌ててトミーを引っ張って立ち上がる。
しかしそこで、パリスに対する一抹の不安を思い出す。
問うような眼差しをダンに向けた。
ダンはその視線を受けながら、パリスではなくノルヴェルトを横目で見る。
ノルヴェルトは何も信用していないという顔でパリスを見つめていた。
それを確認すると、ダンは少し考えてから大きな溜め息をつき、エルヴァーンの剣士の名を呼ぶ。
「パリス」
外付け階段の手すりに手を置いたところで、ふとパリスが振り返る。
その彼の顔に自嘲の笑みはなかった。
雨に濡れて髪が下りたパリスの瞳には何かがさ迷っている。
ダンはふと、出会ったばかりの頃の彼を思い出す。
何故それが脳裏に蘇ったのか分からないが、ダンは何となく口からこんな言葉を零した。
「………いいのか?」
誰もが疑問符を浮かべた、ダンが何を確認しているのか分からないからだ。
言った本人のダンにも、それははっきりと説明できなかった。
パリスは驚いたような顔をして、様々なものが入り混じっているブラウンの瞳でダンを見つめる。
そして一旦手すりを掴んだ手に視線を落とし、すぐに顔を上げた。
「早く」
皆に行動を促すその声は、まるで緊張しているかのような硬い声だった。
雨は、日頃から厳格な雰囲気を持つサンドリアの町並みを、更に厳かなものに染め上げていた。
冒険者で賑わう通りでは人の往来に気を取られ、あまり意識しない。
しかし人気の無い通りとなると、その威厳は一層強く感じられる。
石造りの家々も、塀も、地面も。雨を受け入れることなく、じっと立ち尽くしている。
目に映るもの全てが、上空に広がる雲と同じ色に染められていくようだった。
町に拒まれて、流れていく雨水。
今の自分達もそれに似ている。行き場のない雨水を踏みしめながら、トミーはぼんやりとそんなことを考えた。
先頭を迷い無き足取りで突き進んでいくパリスは、活気のある通りからどんどん離れていく。
何処に向かっているのか見当もつかない。だが少なくとも、冒険者が行動するエリアではないことくらいは分かる。
店も何もない。サンドリア王国の国民達が暮らす生活地区。
自分の領土を主張するように敷地を塀で囲った貴族達の屋敷が並んでいる。
そんな区域を足早に進むパリスは、小まめに後ろを振り返った。
入り組んだ道なので、はぐれないよう気を配っているのだろう。
トミーは単純にそう考えていた。しかし、このルートに記憶のあるダンは、そんな簡単には片付けられなかった。
やがてダンが知っている最後の角まで来た――――――そこもさっさと通過し、先へ進む。
右へ左へと曲がるパリスがまた振り返った。
後に続いている誰もがその顔に注目するが、彼は誰とも視線を合わせようとしなかった。
そうして何度か抜け道のようなものを通り抜けると、屋敷の塀に囲まれた空間に出た。
周りのどの屋敷も背を向けているようなその場所に一軒の家がある。
風貌は周囲にあるような屋敷達とは異なる。しかし、忘れじの廃屋という風にも見えない。
一般的な石造りの簡素な造りで、屋敷のような高さは無く、どうやら平屋のようだ。
その家を訪問するための道は正面に用意させているが、一行が出てきたのは家の横手からだった。
「あそこ」
一言そう言ってパリスが例の家を指し示した頃には、雨は大分弱まっていた。
ただひたすら後をついて歩いてきた一行は、真っ向から訪問できないような所なのかと疑問の眼差しを向ける。
貴族達の住まいの間を進んでいる最中は、見つかりでもしたら大変なので皆黙々と歩いていた。
だが目的地についた今、いい加減我慢できなくなったリオが抑え気味の声で問う。
「『あそこ』じゃないわよ。あそこは何なのよ」
少々警戒の音色が混じっているリオの声。パリスは振り返らなかった。
答えないままじっと周囲に視線を巡らせ、歩みを再開するとぼそぼそと言う。
「言い方としては幾つかありますけど……」
「はぁ?」
「簡単に言えば僕んちです」
一拍置いてから、女性三人が同時に『えっ』という驚きの声を漏らした。
あとがき
第19話、『盲目なる高潔』でした。騎士道大好きリェーエンルー君のおかげで、城から脱出を果たしましたダンテスご一行。
リェンは騎士道ラブ過ぎて、騎士が悪だという発想ありません。(;´∀`)
しかし…この頃ホンットにトミー元気ないですよね、ものっそ書きにくいです。
そしてここ数話で村長内のリオの株価が大幅に上昇しております。
遠慮無くズケズケと思ったこと口にする彼女の傍若無人っぷりが非常に救いになっています、作者にも、メンバー達にも、作者にも。
さぁてと、次回はついに『ドキ☆パリスのお宅拝見』です。(←ナニソレ)