危うい同行
2007/06/25公開
パリスは、隣りに立つ青年騎士に言葉を放つ。
「それじゃリェン、武器を」
青年騎士は頷いて格子から出る。
その間にパリスは再び魔法の詠唱を始めた。
物理防御や魔法防御を高める魔法を手際良く皆にかける。
すべての魔法をかけ終えた頃、青年騎士が格子の中に戻ってきた。
彼の両腕にはいくつも武器が抱きかかえられている。
「紹介が遅れましたが、彼は僕の友人のリェンです」
抱えた武器をまじまじと観察している青年騎士は、その言葉を聞いて顔を上げた。
姿勢を正したのでサンドリア式の敬礼をするのかと思ったが、彼は背筋を伸ばして小さく会釈しただけだった。
武器を抱えていたせいなのかもしれないが、この状況でサンドリア式敬礼をしようものなら、さすがに気まずい空気になっていたに違いない。
「この場所が分かったのも、みんなの武器を取り返せたのも、彼のおかげなんだ。押収された武器の回収までできるとは思ってなかったけど……どうやら彼、武器愛好家らしいんですよ。今までそんな話、聞いたことなかったんだけどな……」
硬い表情の中で苦笑いを浮かべるパリス。
さすがにいきなりは普段の調子には戻れないようで、口元は強張っていた。
一方、紹介されたリェンは、普段通り手際よく執務をこなしながらの調子で言葉を返す。
「友とは言え、お前とは疎遠だったからな。話す機会がなかっただけだ。非番の時はよく、押収武器を見に行くんだ」
リェンは慎重に両腕に抱えた武器を足元に下ろした。
まず、ナックルを拾い上げてリオに差し出す。
「さ、早く武器を。城の者がいつ戻ってくるか分からない」
リオが受け取ると、次にダンの両手剣を手に取った。
「これは良いものだ、よく手入れしてある」
満足げに頷いてからパリスを見上げる。
「これは?」
「あ……じゃあそれは僕が預かるよ」
両手剣を受け取り、苦笑しながら重たそうにそれを背負うパリス。
足元の武器へと視線を戻すリェン。
だが、何か考える顔をすると、上目遣いになって一行を眺めた。
「……パールッシュド。聞いていた人数よりも大分少ないが、この三人だけで良いのか?」
じっと問いかけてくる友人に対し、パリスは言葉を濁した。
「いや、あと二人いるはずだったんだけど……」
ちらりとリオに説明を求める眼差しを向ける。
「ゲンとウメとデンチューは、なんかの魔法で消えちゃったのよ。あたしら置き去りにしてね!」
「えーと、ダンとロエさんと? ごめんなさい、どちら様?」
「ローディさんです。助けに来てくれて」
補足するトミーに思わず驚きの目を向けるパリス。
「えっ、あの人来たんだ?」
しかし、トミーと視線がぶつかると、ひらりと視線を逸らす。
「ぁ……へぇ、そうなんだ」
明後日の方向に視線を泳がせ口ごもった。
その反応に、トミーはわずかに眉を寄せる。
パリスは何も言わず、床に置かれたロエの小さな杖をひょいと拾い上げ、腰に差す。
「君達はテレポのゲートクリスタルを持っていなかったんだな。今頃、大層慌てているだろう、その三人は」
言いながらパリスの様子を眺め、リェンは手元に残った最後の武器を見下ろす。
再びじっと考える顔で固まった。
「……あ、リェンそれは……」
リェンが興味深そうに観察しているのは、漆黒の大鎌だ。
その大きな刃の付け根付近にも槍の如く刃が備わっており、柄が一般の鎌とは逆に反った異形の武器。
パリスが手を差し出すが、リェンはもっと見たいという様子でなかなか渡さない。
困り果てた顔でパリスは苦笑する。
「ほらお兄さん、早く」
リェンの手からひょいと鎌を取り上げた。
じっと鎌から視線を外さないリェンに背を向け、パリスはノルヴェルトに歩み寄ると鎌を差し出した。
「リェンの槍と引き換えに。どうぞ」
ノルヴェルトはじっとパリスの目を見つめた。
ゆっくりと、手に持った槍を渡し、すぐに大鎌を取る。
「その鎌が、僕らに向けられないことを祈ってます」
鎌を背に収めるノルヴェルトに、パリスが真面目な声ではっきりと告げる。
踵を返して槍をリェンに手渡した。
槍をしっかりと握るリェンだったが、目は相変わらずノルヴェルトの鎌に釘付けだった。
――なんか、嫌だな……。
リオの後ろからその光景を見つめているトミーは、内心そう思って足元に視線を落とした。
絶体絶命の危機からは脱した。
仲間が助けにきてくれた。
それなのに――なぜだろう。
多少なりとも安堵がもたらされるはずなのに、それが無い。
何かが違うと感じる。
もやもやした不可解な不安が胸で燻っている。
その燻りの原因の内一つは、心当たりがあった。
救出しに来てくれたパリスは、いつものように、『大丈夫だよ』と笑いかけてくれると思っていた。
「あぁ、そうだ」
不意に、ノルヴェルトをじっと見つめていたリェンが思い出したような声を出す。
皆が視線を集めると、彼は腰に下げていた剣をベルトから外し、トミーへと差し出した。
剣を見て目を瞬かせたトミーは、ふと疑問の視線をパリスに向ける。
しかし、疑問に答えたのはリェンだった。
「丸腰では、もしもの時に危険だ。これを。押収武器の中から君にも扱えそうなものを拝借してきた」
「あ、え……はい」
おずおずとトミーが剣を受け取る。
「無論、もしもの時がないように努める所存だ」
そう言ってリェンは姿勢を正した。
トミーは彼に対してぺこりと頭を下げて礼を言うと、ちらりと横目にパリスを見る。
「ということは、ローディさんの武器もあそこにあったんだ……しまったなぁ……」
室内を何となく見回しながら、そんなことを独りごちてパリスは頭を掻いている。
「…………」
リェンがパリスのことをじっと見つめる。
少し待ったが、パリスは特段動かなかった。
「……よし、これで準備は整ったか?パールッシュド」
痺れを切らしリェンが促す。
「ん、あぁ」
不思議と、パリスもその声を待っていたかのように、安堵を滲ませて眉を開く。
微かに眉をしかめるが、リェンは前進することにした。
「では行こう」
この一声で、現在のリーダーはリェンということになる。
どことなく、パリスは自分がリーダーシップを取ることを避けている。
そんな彼に女性二人は視線を注いだ。
パリスはきびきびと行動を始めるリェンだけを見つめていた。
「最近は冒険者が城内に入ってくることは珍しくない。だからもし、何者かに遭遇しても慌てなくて良い」
はきはきとした声でリェンは仲間達に説明をはじめる。
「それと、君達は正式な逮捕手続きをまだ受けていない。だから恐らく、担当した者以外は君達の顔を知らないはずだ。どこが君達のことを扱ったのか分からないが……どうかこの無礼を許してほしい。代わって俺が誠意を示そう」
規律で整った言葉を並べながら、リェンは格子入り口の脇に立った。
そして先に出るよう、女性二人に手で催促する。
トミーはじっとパリスの顔を見上げた。
パリスはその視線に気付いているだろうに、彼女へは視線を返さなかった。
彼はもう……自分には関わりたくないのかもしれない。
そう解釈したトミーは、しゅんと視線を足元に落とした。
「ほら、ぐずぐずしてないで行くわ――」
リオが振り返ってトミーの腕を引こうとして――ぎょっと目を見開いた。
「――バツイチ!!!」
パリスのことを指差していきなり大絶叫するリオ。
皆驚くが、パリスははっとして背後を振り返る。
後ろに立っていたノルヴェルトが背の大鎌を引っ掴んだ瞬間だった。
仰天して皆が一斉にノルヴェルトを振り返る――
だがそのノルヴェルトも瞬時に踵を返す。
彼の視線の先には暗殺者の忍び。
手錠で拘束しておいたはずだが、捨て身の忍術《微塵がくれ》をお見舞いしようとノルヴェルトに飛び掛かった。
怪我の癒えたノルヴェルトが、尋常ではない速さで振り向き様に一閃ーー。
刹那、暗殺者の体が胴体で真っ二つに切断された。
「うわああああああダメダメダメダメ!!!」
宙で上下に離れる体から鮮血が散る。
パリスは大騒ぎしてトミーとリオを抱き込んで格子側に追いやる。
すべてが一瞬の出来事。
パリスのこの反応は充分早い。
勢いで広がったノルヴェルトの外套がばさりと静まる。
同時に、二つになった暗殺者の体が床に横たわった。
「見ちゃダメ女の子は見ちゃダメェ!!」
パリスは言葉を失っている女性二人を懸命に振り向かせまいとして叫びまくった。
「……おー…」
両腕を広げて仰向けに転がった上半身。
口から他人事のような感嘆の声が漏れる。
そしてそれが、暗殺者が放った最後の声となった。
「じょ……冗談じゃ…」
「早く、早く出て二人ともっ」
愕然と呟くリオと絶句したままのトミーの背中を押して、格子の外に追いやるパリス。
そんなパリスの横に立ち、リェンはノルヴェルトを見つめたままじりっと身構え息を呑んだ。
「パールッシュド、この男は……っ」
「ああああやっちゃったよリェン。ああ……あは……どう、あの人心強いでしょ?」
「何者か知らんが、殺しは問題だぞ!この男……行動を共にして大丈夫なのか?!」
「大丈夫じゃないけど到底敵にはできないでしょ!?」
潜めた声で言い合うエルヴァーンの二人。
ノルヴェルトが鎌を背に収め、格子の出入り口へと真っ直ぐ歩いてくる。
彼から逃げるように青年二人は格子から出た。
格子から出てきたノルヴェルトを凝視してぐっと身構える二人。
彼らを銀髪のエルヴァーンは横目に見返した。
「……ああなりたくなければ、妙な真似はしないことだ」
ほぼ本調子を取り戻したノルヴェルトは、まるで怖いものが無いかのよう。
そう言って、再び緊張を高めている一行を余所に部屋の扉に向かった。
左手首にぶら下がっていた手錠も、ガンッとナイフで一突きし、彼は慣れた手つきで外してしまう。
大きな鎌を背負ったその後姿をじっと見つめ、口を引き結ぶパリスとリェン。
ショックで震えた呼吸をしている女性二人。
青年二人はお互いに顔を見合わせると、リェンが意を決したように頷いた。
「……とにかく、早く此処を離れよう」
そう言ってからもリェンは、しばしノルヴェルトの背中をじっと見つめるのだった。
* * *
一行が部屋を出てしばらく経った頃に騎士達は戻ってきた。
無論、部屋の鍵が掛かっていないのを見て騎士達が大きく目を見開いたのは言うまでもない。
「ジェラルディン様!」
一足先に入室したウォーカーが乾いた声で叫んだ。
彼に続いて入室すると咽るような血の匂い。
ジェラルディンは顔をしかめ、ウォーカーが愕然と見つめている先へと視線を下ろす。
格子内には大きな血溜りが広がり、動かない肉体が二つ。
かつては一つだったであろうその遺体を見つめるジェラルディン。
ウォーカーは室内を見回す。
所々に見える争いの跡、血痕、床に落ちたいくつかの手錠。
「他には誰も……っ」
ウォーカーは口元に拳を当て、血の匂いに耐えながら声を絞り出す。
しばし遺体を観察するジェラルディン。
室内をぐるりと見回し、口を開いた。
「……良くやったぞ……カーヒルッ」
ジェラルディンは唇の端を吊り上げて笑うと、リンクシェルにて報告の声を張った。
* * *
「城に詳しい者は、自然と効率の良い道を選んで通る。だから、こういうルートは意外と人が通らんのだ」
先頭を足早に進みながら、エルヴァーンの青年騎士リェンが説明する。
彼がふと後ろを振り返ると、結われた彼の赤い髪が肩の上に乗った。
すぐ後ろには、トミーとリオがくっついて歩いており、その後ろにパリス、ノルヴェルトと続いている。
あの部屋を出てからもう何度目かになるが、リェンが後ろを振り返る度に、最後尾にいる男の鋭い視線がばちりとぶつかるのだった。
ノルヴェルトは、エルヴァーンの青年二人に対する警戒心を隠そうともしない。
そんな彼の前を歩いているパリスは、当然気が気ではないはず。
パリスの性格からして、緊張と恐怖を紛らわすため軽口を叩きそうなものだが…。
「ぐるぐる回ってて、凄く効率の悪いルートだってことは感じるけど……。とりあえず何処に向かってる?」
らしくもなく、パリスは先程から必要最低限のことしか口にしない。
「丁度これからガードの交代時間でな。騎士達が動いている時間帯だ。だから、城からの脱出は半刻程待った方がいいかもしれん。何処から脱出するかも考えないとならないが……案はある。まずは、身を隠すのに持って来いの穴場を知っている。まずはそこに向かっている」
そこまで口早に説明して、リェンは肩越しにパリスを振り返った。
凛々しい表情の中に、ほんの少し《馴染み》の色を混ぜる。
「……らしくないな、パールッシュド。静かじゃないか」
パリスはリェンと視線を合わせることはしなかった。
「今の状況が状況だし……そうでなくとも、お城の中はあまり歩きたくないんですよ」
ぶつぶつと小さな声で言うパリス。
「後ろめたいことばかりしているからだ」
リェンは容赦ない。
通路沿いにある扉には『保管室』という札が付いていたり、ドアノブに無骨な錠前がぶら下がっている。
この辺りは普段あまり人が立ち入らない場所のようだった。
先程の暗殺者の死に様を目の当たりにした衝撃で、トミーとリオはずっと黙りこくっていた。
しかし、細かいことを気にしない性格で切り替えの早いリオは、一足先に言葉を取り戻す。
「どうして、あたし達があそこにいるって分かったのよ?」
トミーの腕をがっちり掴んだまま、リオがパリスを振り返る。
顔を上げてリオと目が合ったパリスは苦笑を浮かべ、口を開きかけたまま少し考えた。
「王立騎士団にいる俺の友人から、冒険者が連行されてきたという話を聞いてね」
パリスが言葉を搾り出すよりも先に、先頭のリェンが振り返らずに言う。
「そんなことは珍しいことじゃない。だから皆は特に関心がないようだったが、俺は昨今の冒険者の間ではどんな武器が流通しているのか興味があった」
わずかに埃の溜まった階段を上る。
「それで探してみたら……それらしき護送一行を遠目に見掛けてな。その中に、名の知れた冒険者の姿が見えた気がしたんだ」
リェンの話に眉を寄せている仲間達。
「……ダンのことだよ」
パリスがポツリと補足した。
「俺は冒険者に興味はないが、その冒険者とパールッシュドが仲間だというのは耳にしていた。だからもしかして、パールッシュドも一緒にしょっ引かれてるんじゃないかと思ったんだ。詳しく聞いてみようと城を出たところで、偶然パールッシュドと会ったというわけだ」
リェンは周囲に目配せしながら一気に解説し終える。
運が良いのか悪いのか分からない自分達に苦笑いを浮かべるリオ。
「すごい偶然だったのね……」
喉が渇いたような声で呟く。
それに対して頷きを返すリェンの背中を、ノルヴェルトはじっと見つめている。
「先に脱出した三人とは、連絡付かないのか?」
今度は階段を下り、やや暗い通路を進みながらリェンがパリスに問う。
それに応えるパリスの声は、相変わらず調子の上がらない低さ。
「いや、それが……パールサックを取りに戻ろうとしたところで君と会ったんで……」
「なるほど。ふむ、その三人と行き違いにならなければいいが……」
「……パリスさん……リンクパール持ってないんですか?」
ようやく口を開いたトミーの弱い声が届く。
パリスは苦笑を浮かべて黙ってしまった。
状況がさっぱり分からない様子のトミーに、リオはあからさまに溜め息をつく。
パリスのことを半眼で眺めた。
「もうこの男、あんたの仲間じゃないわよ。自分からやめたのよ、こいつ」
「……え」
当然、困惑したトミーの顔がリオを振り返った。
だが、リェンが会話を遮って立ち止まる。
「これから割と使われる通路に入って角まで数メートルだけ歩く。もし誰かがいても動じないでくれ」
彼は真剣な顔で振り返ると一行を眺めた。
ふとリェンは最後尾にいるノルヴェルトに目を留めた後、パリスをじっと見据える。
その眼差しに気付き、『え?』という顔で硬直するパリス。
しかしリェンは彼に対して何も言わず、歩みを再開した。
薄暗くて狭い通路から、明るいやや広めの通路に出る。
遠くの方でちらほらと城の人間が行き来していた。
リェンが向かう方向には人がおらず、後ろに続いている一行は胸を撫で下ろす。
――しかしその直後、目的の角の手前にある扉が開き、中から人が出てきた。
現れたのは若いエルヴァーン。
短いブロンド髪の女騎士であった。
彼女がこちらを向いた瞬間、リェンの背中が強張ったのが後ろから見ていて分かった。
「ん?リェンじゃないか。今日は非番だって聞いていたけど」
胸中動揺する一行を余所に、リェンは若干歩調を早め即座に答える。
「いや、ちょっと事情が変わったんだ」
「事情?だってリェン、今日は……」
「すまん。先に行っててくれ」
女騎士の前まで来たところで、リェンは肩越しに振り返って一行にそう告げた。
心臓の音がやかましく鳴る中、リオはトミーの腕を引いてそそくさと脇を通り過ぎる。
四人共が追い越して先に進むと、『曲がったら待っていろ』とリェンの声。
突き当たりの曲がり角に向かいながらノルヴェルトが後ろを振り返る。
こちらを指差している女騎士に対し、やや押し殺したような声でリェンが『違う』と首を振っていた。
――その時、ノルヴェルトは何かを感じ取って立ち止まる。
周りに視線を馳せる。
何者かの視線を感じたような気がした。
女騎士といくつか言葉を交わした後、リェンはすぐに追いかけてきた。
彼は角を曲がる頃に追いついてくると深い溜め息をつく。
「大丈夫だった?」
苦笑を浮かべてパリスが尋ねると、リェンは頷いた。
冒険者へのミッションの説明を急遽任されたのだと言ってきたという。
「やはり、交代時間は避けるべきだな。目的の場所までもうすぐだから先を急ごう」
彼も緊張したのか、くたびれたような声で言って再び先頭に立つ。
少々気分を害したようにも見えるリェンの背中。
パリスは歩調を早め、リェンの背中に声をかけた。
「……悪いね、急に協力お願いしちゃって……」
その言葉に、リェンは意外そうな顔をして振り返った。
戸惑い気味に笑みを浮かべる。
「いいや、気にするな」
「でもさ……こんなことして、もしこれがバレたら君もきっとタダじゃ済まないよ?君の好きな出世が遠退いちゃうどころじゃないでしょ、コレ」
ばつが悪そうな苦々しい声で言うパリス。
一瞬言葉を失って目を瞬くと、リェンは声を出して笑った。
「ははっ、見くびるなよパールッシュド!俺は自分の正義に従って動いているだけだ。確かに最初は、脱走の手助けなどとんでもないことだと思ったが……」
そこまで言うと、肩越しにトミーとリオのことを振り返る。
「俺は自分の目で見て、正しいと思ったことをする。誇りに誓ってな」
パリスは立派な騎士道を掲げてみせる友人に目を細めた。
ぐっと口の中で何かを噛み締める。
そして一旦喉元で息を詰まらせ、声を絞り出した。
「君とはもっと親しくしてればよかったな」
そんな呟きが皆の足音に搔き消された。
後ろの女性二人を振り返っていたリェンがやや視線を上げると、今回も例外ではなくノルヴェルトの視線がぶつかった。
ひたすら無言で、警戒を露にしたまま行動を共にしている大鎌を背負った男。
リェンは彼の眼差しに怯むことなくじっと見つめ返し、やがて前方に視線を戻した。
「そこの者共、止まれ!!!」
――突然、通路に厳粛な声が響いた。
ノルヴェルトが即座に鎌の柄に手を伸ばして後方を睨む。
他のメンバー達も驚いて一斉に振り返った。
先程通った広い通路から一人の男がこちらに向かって歩いてきていた。
例の騎士連中に発見されたのかと思ったが――現れたその男はエルヴァーンではなかった。
軽くウェーブのかかったブロンドの髪を一つに結わえ、真っ赤な王国制式礼服をまとったヒューム族。
木目細かい肌に通った鼻筋、まるで作り物のような端整な顔にブルーの瞳が二つ。
「……ロ…ッ」
「出た!キモ男!!!」
「ローディさん!」
歓声かどうか微妙な声を上げるトミーとリオ。
あれが仲間かと、表情で説明を求めるリェンに対し、パリスが頷いてみせる。
ノルヴェルトは見覚えのあるその顔に一気に緊張感を高め、リェン達とローディを鋭く見比べた。
「絶美のオシャ魔が迎えに来たぷいハニー」
一行に歩み寄りながらそんなことを言って投げキッスをするローディ。
そして、来たのはローディ一人だけなのかという疑問の顔を揃えている一行を眺めて笑った。
「きひっ……にゃ~んか知らない内に面白いことになってるぞぇ、ダン」
聞こえた名前を思わずトミーが繰り返す。
「ダン?」
「ここだ」
まるで独り言を言っている風のローディの傍からダンの声が聞こえた。
ぎょっと目を見張ると、次の瞬間ローディの隣りにふっとダンの姿が現れる。
続いてまたその隣りにロエの姿も現れた。
二人はインビジで姿を隠していたようだ。
「意味無く大声出すんじゃねぇよ変態。目立つだろうが」
ダンはしかめっ面でローディに悪態をつく。
そして、心底くたびれたと言いたげな顔で一行を見渡した。
「お前ら無事か」
「信じらんないけどおかげ様でめちゃくちゃ無事よ!何なのあんたら勝手に消えて!!」
すぐさまリオが肩を怒らせて凄い勢いで罵る。
だが、そんな彼女もどこか心底ほっとしたような顔だった。
ヒュームの戦士は遠慮なく苛立ちの舌打ちを鳴らす。
「あのなぁ、お前らがちゃんとしてりゃあアレで万事解決だったんだよ!!何のために死に物狂いで体張ったと思ってやがる!全部無駄にしてくれやがって!」
呼応するように、リオの顔に微かに混じった安堵が一瞬で消し飛ぶ。
「知らないわよあんたの都合なんぅえ!?」
リオがトミーの腕を掴んだままずんずんとダンに歩み寄ろうとしたところで、トミーが突然膝を折った。
皆が驚いて一斉に一歩足を踏み出す。
だが、ダンが彼女のもとへ歩み寄ったので皆はその一歩だけに留まった。
立ち尽くすリオを余所に、ダンは特に動じる様子もなくトミーの前で片膝を着いた。
床に座り込んだトミーは呆然とダンの顔を見上げている。
ふいに、そっと、手を伸ばした。
先程暗殺者によって深く切り裂かれたダンの頬に触れる。
傷は魔法で癒され、おびただしい血の跡を簡単に拭ったような痕跡が薄っすらと残っていた。
ダンの頬に触れて不思議そうに小首を傾げるトミー。
「……大丈夫?」
「お前が言うなよ」
半眼になって言うダン。
すると、彼の顔を見つめるトミーの眉が徐々に寄っていく。
きゅっと唇を噛むトミーを見て、ダンは自分の頬に当てられている彼女の手を取った。
「今は泣くな。 ほら行くぞ、立て」
溜め息まじりにそう言って、トミーの腕を引き上げる。
トミーは声を押し込め、必死に堪えながら目元を擦って俯いた。
ダンは彼女がしっかりと自分で立っていることを確認してから手を放す。
そして、ぐるりとその場にいる仲間達を見渡した。
その際、ダンは平静を保つためにも、意識的にノルヴェルトからは目を逸らす。
ローディが苦汁を飲まされたような酷い顔をしているのが目に付いたが無視した。
引っ込んだ位置で黙って立っているパリスに向かって歩きながら、口を開く。
「状況が分からんが、全部後で聞く。今何処に向かってるのかだけ教えろ」
手を差し出して両手剣を渡すように催促する。
パリスは思い出したように、慌てて背負った剣を手に取りダンに渡した。
帰ってきた自分の両手剣を背負うダンの腰には、一振りの片手剣が下がっていた。
その代役を邪魔そうにベルトの後ろの方へ押しやると、今度はパリスのベルトに差してあるロエの杖を抜き取る。
それをロエに手渡しに向かうダンだが、自分の質問に早く答えろという眼差しをパリスに向ける。
パリスははっとして口を開くが言葉が出てこない。
困った顔をして隣りにいる友人を見る。
当然だ。
パリスも、今何処に向かっているのか知らないのだから。
リェンは現れた三人のことをじっと観察していた様子で、パリスの眼差しに数秒遅れて気が付いてから言った。
「あぁ……式典準備室だ」
* * *
再び細い廊下に入り、迷路のような奥まった城内を進むと目的の場所へと辿り着いた。
リェンが手にしていた鍵は、手錠の鍵などのスペアを管理室から頂戴してくる際に一緒に持ってきたという。
解錠し扉を開けると、そこは扉の大きさが物語っていたように倉庫として使われているものだった。
サンドリア王国の旗をはじめ、王立のあらゆる団体、そして王国内の名家の紋章の旗が格納されていた。
それらの旗を掲げる為の器具等もたくさん並べられており、その名の通り式典関係の備品を保管している倉庫のようだった。
しかも、リェンの話では、ここにあるのは王族がメインとなる特別な式典の備品らしい。
近々貴族階級の式典が催されるが、そこで用いる器具は東側の別の保管室に収められており、最近人が出入りするのはそちらの方だけ。
王族メインの式典はすでに済んでおり、少なくとも半年は此処に用を持つ者はいないらしい。
外の様子を窺いつつ慎重に扉を閉めるリェンの背中を皆が見守る。
特に問題無さそうだと確認できたようだ。
リェンが扉から離れると、堪らずリオが大きな溜め息をついた。
それから、当然のようにダンが状況説明を要求した。
その説明を誰に求めるかがやや問題であったが……
一人は見知らぬ騎士、一人は正体不明の殺人犯。
トミーやリオに説明を求める気にはなれない。
そうなるとやはり、パリスしかいなかった。
彼がどんなに視線を逸らしていようとも関係なく、ダンは圧をかけてパリスに説明を求めた。
今朝といい今といい、ダンに対して複雑な表情をしてばかりのパリス。
だが、ここは観念したように口を開いた。
友人のリェンに偶然会い、協力を願ったこと。
あの暗殺者はノルヴェルトの手によって絶命したこと。
そして、そのノルヴェルトと現在、合意のもと休戦状態であるということ。
説明をしている間、いつ指摘の言葉に刺されるかとパリスはヒヤヒヤしている様子だった。
が、ダンはじっと黙って最後まで話を聞いていた。
とはいえ、ダンの胸中は『冗談じゃないぜ』の一言に満たされていた。
「……分かった」
ひとつ、理解の言葉を落とす。
「こっちの内輪問題に巻き込んで悪いな。でも助かった」
軽く頭を下げるダンに、リェンは思案顔をしてどこか無機質な声で答える。
「いいや、俺も一騎士として無視はできん」
すると、我慢できなくなった様子でリオが疑問を口にする。
「あんた達は?どうやって入ってきたのよ?」
これからの行動を考え始めていたダンは一拍遅れて応えた。
「んあぁ、正面の門から入ってきた」
「……はぁ?」
最高に怪訝な顔をしてリオが耳をパタつかせる。
彼女の反応を気にする様子もなく、ダンはしれっと続けた。
「裏から連れ込まれたんだから、裏からまた忍び込むなんてリスクが高いだろうが。こういう時ゃ正面から堂々と入った方がいいんだよ」
当然のように言い切る彼。
おずおずと、横からロエが細くの声を絞る。
「で……でも一応警戒して、私とダンさんは姿を隠しておいたんです。番の方に扉を開けてもらわないといけませんし、ローディさんにはそのままで行っていただいて……」
しんとした部屋の中にローディの笑い声が弾む。
「俺様、ダンのそういう発想激ラブだぞぇ、マジカルで☆」
皆が各自適当なところに腰を落ち着かせている中で、ローディはウロウロとそこら中のものを引っ掻き回していた。
手に取った旗を広げてみては、その紋章の名前を口にしてぽいと放り投げている。
「あんまりいじるんじゃねぇ」
ダンがしかめっ面をして毒づくが、ローディはカルタでも楽しむかのようにその行為を止めはしなかった。
そんな彼の様子を、リェンがじっと見つめていた。
ロエが小さな声で謝る。
リェンはローディのその行為を問題視していたわけではなかったのか、一瞬疑問符を浮かべてから首を横に振った。
そして今度は、隅の方でじっと佇んでいるノルヴェルトに視線をやる。
「っていうか、ホントにあの首長達一体何者なのよ!?訴えてやるわ!!」
依然としてトミーを掴んだまま放さないリオが、親指の爪を噛みながら悪態をついた。
皆がその声に揃って視線を上げる。
「ま、まぁま……そういうのは此処を出てからにしませんか?」
苦笑を浮かべたパリスが誰の顔も見れないままそんなことを言った。
彼の顔には、あまり注目されたくないと書いてあった。
しかし当然、皆の視線がパリスに集中する。
ダンはパリスの意見に反対ではなかった。
そういう話は後でもできる。
それに……と考えて、扉の近くにいるリェンを見る。
それからーー横目にノルヴェルトを見た。
ノルヴェルトは敵意剥き出しで、パリスのことを睨みつけていた。
「そう、これからどうするかが先だ。さすがにこの人数じゃ、さっきの要領で正面から出てくわけにはいかねぇからな…」
言ってダンは立ち上がると、再びリェンへと視線を戻した。
「案っていうのを聞かせてもらえるか」
しかしその時。
視線の先のリェンが、なぜか驚いたような顔をしていた。
それに眉を寄せて彼の視線の先を見てみると――相変わらずローディが物色してうろついている。
「――……案……そう、案だ」
心此処にあらずと見える顔をしたまま口だけがそう呟いて、リェンはようやく話に入る。
「裏から出るのが危険ならば……二つばかり案はある。そのうち一つは未確認事項が多いから、もう一方がいいかもしれない」
真っすぐにダンの瞳を見つめ、続ける。
「ここから少し歩いた場所に、一部の使用人達が使っている出入り口がある。そこから出ると城壁のすぐ傍に出るんだが、正門の方へ城壁沿いに行くと団員専用の門があるんだ」
リェンの話によれば、彼はかつてその門のガードを担当したことがあるらしい。
「あそこはかなり孤立した配置でな。外の様子も、城内の動きもまるで見えん。だからあまり警戒心がなく業務が大雑把になりがちだ」
そして、『全く、情けない話だが……』と苦々しい顔をして嘆く。
「何か上手い口実を作って行けば、難なく通過できるかもしれない。もし怪しまれても……何人もガードは…居ない。突破できるだろう」
後半少々ぎこちない口調になりながらも、そこまで言い切る。
そして立ち上がった。
「交代の際は上役が顔を出すこともあるんだが、恐らくもう済んでいる。様子を見てこよう」
槍が背に納まっていることを手で確認し、リェンはパリスに目を向けた。
「パールッシュド、一緒に来てくれ」
その願い出に、顔を上げたパリスの目はまん丸になっていた。
* * *
式典準備室から出ると、相変わらず廊下に人の気配はなく、静まり返っていた。
パリスはそれにほっとして、壁に掛けられた絵画などの装飾品を横目に眺める。
リェンとパリスの二人は、脱走した身ではない。
種族もエルヴァーンだ。
何もこそこそする必要はない。
重量のあるダンの両手剣から解放されたパリスは、歩きながら伸びをする。
そしてちらりと横目に友人の赤髪を見下ろした。
「んん~……リェン、悪いね。真面目一徹な君には辛いんじゃない?」
二人になって少し緊張がほぐれた様子。
「結婚の条件が出世とかじゃなぁい?大丈夫?」
いつもの軽口が出始めた。
リェンは何も答えない。
自分達の脱出のため誠意をもって協力してくれている彼は真剣な横顔だった。
それを見つめて、パリスは言いにくそうに頬を掻く。
「でも本当に……ごめんね。正直、君がここまで協力してくれるとは思わなかった」
一呼吸置き、伝える。
「ありがとう」
しかし、リェンは話を聞いているのかいないのか。
相変わらずじっと前を見つめて口を引き結んでいた。
そんなに脱出が困難なのか。
それとも協力していることが本当に苦痛で堪らないのか。
パリスはだんまりの友人に眉を寄せる。
脇にある薄暗い階段を下り、広めの廊下に差し掛かる。
廊下の先に先程リェンが言っていたものと思われる扉が見えた。
そこでさすがに、無言のままのリェンが不安になる。
「……リェン?」
パリスは横目に友人を見ながらぽつりと彼の名を呼んでみた。
すると、リェンが意を決したようにパリスを振り返った。
ずっと言いたくて仕方が無かったことを解禁するかの様に口を開く。
「聞きたいことがある」
その強くて真っ直ぐな眼差しに面食らうパリス。
胸の鼓動が急に強くなり、ごくりと喉が鳴った。
「な、何だい改まって……」
緊張を誤魔化そうとするパリスだが、リェンは至って真剣だった。
張り詰めた空気をまとったまま、言葉を紡ぐ。
「あの男……大鎌を持ったあの男の名は、何と言った?」
その問いにパリスが『えっ』という顔をすると、リェンが歩みを止めた。
じっと凝視してくるリェンを振り返りパリスも立ち止まる。
目を泳がせたい衝動に駆られつつ、恐々と彼を見つめ返す。
友人からの質問を頭の中で反芻し、答えを絞り出す。
「…ぇ…………ノル…ヴェルトさん?」
なぜか、パリスの口の中はからからに干上がっていた。
それを聞いたリェンの表情は読めない。
パリスが眉を寄せて見つめると、エルヴァーンの友人は何も言わないまま思案顔で俯く。
ーーしかしすぐに顔を上げ、彼は素早く背に携えた槍の柄を握った。
「すまん」
「え?」
「我が国の騎士として誉れ高い」
突然聞こえた友人以外の声。
ぎょっとしてパリスが振り返る。
目的の扉の手前にある廊下から、外套を羽織った二人組の男が歩み出てきた。
「実に関心する」
第一声と同じ声でそう言ったのは、眼鏡をかけた黒髪のエルヴァーン騎士であった。
あとがき
令和に生み出された新・第19話『危うい同行』でした。最初はこれが第十八話と合体していたと思うと、ぞっとしますね。(;´Д`)
みんなが揃ったのに、なぜか前のような空気が戻ってこない。
この、言葉にできない不安の正体は何なのか。
それぞれの緊張が向いている先と、その先にある答えとは。
読んでいただき、ありがとうございました。
彼らの向かう先を、良ければ見届けてください。