知恵と勇気

第三章 第十一話
2006/05/27公開



「……………あぁ~…………えーと……」

部屋に入ってすぐの位置に突っ立って、パリスは困惑の声を漏らしながら頬を掻いた。
最初、この何やら緊張した空気に包まれている中で敢えて笑おうかと思ったが、目の前にいる男の雰囲気に圧倒されてパリスは真剣に尋ねる。


「……どうしたのそんな………好きな言葉は『暴力』!みたいな顔して……」

「お前本気で殴られたいか」

パリスがまじまじと見つめている相手、ダンが地を這うような声で言葉を返した。
ダンは鎧を身に着けていない部屋着姿で、濡れた髪を乱暴にタオルで拭いていたところのようだ。
タオルを肩にかけた彼の髪はいつもとは違う感じにつんつんしている。
そんな雨に降られてきた様子のダンの向こう側には三人の女性が静かにじっとしていた。
鎧を外して軽装になったトミーがベッドに腰掛けて俯いており、その横にロエがちょんと座って隣りの彼女を心配そうに見つめている。
いつもは場の空気などものともしないリオも、さすがにこの只事ではない雰囲気に満ちた空間で口を結んでいた。
彼女はベッド脇に引っ張ってきた椅子に行儀悪く腰掛けている。
完璧に出遅れたパリスは全く状況が掴めない様子で皆を眺めて苦笑した。
「ぇ………え?何?ホントにどうしたの??」
「遅刻野郎も来たことだし、これから今回の件を全部ここで整理する」
「え、コンカイの件?」
「いいからとりあえず適当に座れ」
疑問符を浮かべて馬鹿みたいにキョロキョロしているパリスに、ダンは苛立ちの籠った静かな声で言った。
ひそめた声で『ハ~イ』と返事をすると、パリスはそぉっとテーブルに着いて姿勢を正す。
彼に座るように言ったダン自身は何処かに腰掛ける様子はなく、静まり返った部屋の中をぐるっと見渡して溜め息をついた。
そして、ベッドに座って俯いているトミーの前にゆっくりとした歩調で進むと、身を屈めてトミーと目線を同じ高さにする。
トミーは目の前にダンが来たことに気がついているだろうが、じっと頑なに視線を落としたままだった。
「トミー……………見ろ、俺を」
そう言うと、泣き腫らしたトミーの目が躊躇いがちにダンのことを上目遣いで見上げた。
じっと見つめてくる若干震えた眼差しに、ダンは内心苦笑する。
怒っている、トミーは。
結局、ダンが大急ぎで戻った結果トミーの目が覚める前に帰ることはできたのだが、戻った彼を迎える二人の声で目が覚めたためほぼ同時のようなものだった。
あんなに止めたのに自分が眠っている間に行ったのだと察したトミーは、ダンに対して何度『バカ』と叫びながら彼を叩いたことだろう。
「これから聞く話はお前にとって色々とショックだろうが、ちゃんと聞けよ」
トミーの目を見つめて『いいな』と念を押すが、彼女は返事をしなかった。
大人を恨む子どものような目で見上げてくるトミーにお構いなしで、ダンは確認したと言わんばかりに一度頷いて屈めた身体を起こす。
それから全員の視線を集めたまま今度はドアへ向かって歩くと、ドアのすぐ横の壁に背中を預け、肩にかけていたタオルをばさりと手に取った。

「昨日パリスがあんなことになったのは獣人のせいじゃない。こいつは人間にやられたんだ」

唐突にダンが顎でパリスのことを示して言うと、テーブルに頬杖をついていたパリスが驚いた様子で身を起こした。
何を言い出すのだとでも言いた気な顔でダンに目を見張るとすぐに他の女性達へ視線を向ける。
ピンと耳を立てて口をパクパクしながらダンとパリスを見比べているリオの向こう側で、不安と恐怖に息を詰まらせたトミーがロエの小さな手をぎゅっと握っているのが見えた。
「ちょっ……ダン」
「やっぱり変だと思ってたのよ!」
いきなり昨日の出来事の真相を直球で暴露したダンにパリスが慌てて意見しようとすると、それに被さってリオが口を開いた。
「じゃあ何、通り魔!?どう見ても昨日のはヤバかったわよだって」
「リリリリリオさん」
「だってあんた死にそうだったじゃない!何かやったわけ?どうして」
「とりあえず聞けよ」
慌てるパリスを指差して一気に捲くし立てるリオに対し、落ち着いてはいるが若干強い口調でダンが彼女の言葉を制した。
真剣に言葉を打ち消されたリオはきょとんとするが、すぐに表情を険しいものにして唸り声を漏らす。
ほとんど状況説明されないまま放置されているのだ、そろそろ彼女が癇癪を起こしてもおかしくはない。
―――が、怒涛の如くリオの口から罵声が溢れ出す前にダンが続けて言った。
「お前が巨人の攻撃で吹っ飛んで目ぇ回した後、何者だか分からねぇエルヴァーンの男がパリスに刃ぁ向けたんだ」
そう言うダンの視線は表情を凍り付かせて硬直しているトミーに向けられていた。
トミーは苦しげに呼吸をしながら、今にも泣きそうな目でダンを見つめ返している。
その彼女の様子にちくちくと胸が痛んだが、ダンは彼女から視線を引き剥がしてパリスを見る。
パリスは心底困った顔でトミーを横目に見つつ、『ひぇ~』などと小声で呟いて両の頬を押さえていた。
「……パリス、おいパリス」
「い、はい!」
「あの時の話、皆にも聞かせてやってくれ」
「うぃ!?ええぇぇぇちょっと女性には刺激的過ぎるんじゃないかなぁと僕ぁ思うよ?」
女性陣とダンを見比べながら難色を示すパリスだったが、ダンは何も返さず、ただ黙って腕組みをすると催促するような眼差しでパリスのことをじっと見つめた。
女性陣は緊張した面持ちでパリスが話し始めるのを待っている。
ダンと女性陣の眼差しに挟まれて居た堪れなくなったのっぽのエルヴァーンは、非常に言い難そうに変な声を漏らして悶えると、やがて弱々しく笑いながらダンに手を伸ばした。
「………ねぇダン、僕の隣りに座って?」
「うるせ」
「っさいわねとっとと喋りなさいよ勿体つけてんじゃねぇわよ!!」

言った瞬間に怒声を浴びせられ、『わわわ分ぁかりました!』とパリスは頭を押さえた。

それから少しヤケになった様子で、デルクフの塔であった出来事についてしどろもどろに話し始めた。
男が突然現れていきなり好戦的だったこと。
生々しいことははしょったが、自分が一方的にやられたことも話した。
そして、彼がトミーに興味を持っていたことも……。
魔法の効果がなかったら自分は死んでいたということは伏せたが、それ以外はダンに話したこととほぼ同じ内容をパリスは話した。



「………とぉ…言う感じでしたとさ、チャンチャン」

言い回しは普段通りくだらないが、トーンがやや低くなった声でパリスは話を結んだ。
話している間じっと見つめていたテーブルの上で組んだ自分の手をパッと解く。
それから深くて長い溜め息をついて、もう後戻りはできないというような顔で女性陣を見る。
彼女達の反応をある程度想定していたパリスは、話し終えても何も言葉が飛んでこないことに目を瞬かせた。
トミーは相変わらず思い詰めたような顔で視線を落としていたが、ロエとリオの二人は顔を見合わせた後に二人してダンに視線を向けていた。
あの視線は本来自分に向けられるものでは?とパリスは首を傾げる。
パリスは知らないが、彼女達の推測はパリスよりも先に進んでいた。
「…………それで、じゃあ……本当に?」
ロエが緊張した声でダンに問い掛ける。
その問いの意味が分からないパリスは首を伸ばしてダンに疑問の表情を向けた。
「そう、そいつが、さっき俺達の目の前で殺しをやったんだ」
ロエの問いに対してダンははっきりとそう言葉を返す。
パリスは文字表記できないようなすっとんきょうな声を出して身を乗り出した。
驚愕の顔を向けるパリスに加え一層緊張を強める女性陣の視線を浴びながら、今度はダンが状況説明を始めた。
男の殺し現場を目撃した時の話と、その後自分が引き返して男と再度相見えた時の話。
そして男に対する自分なりの見解をざっと説明した後、男との会話により行き着いた結果で話を結んだ。
いや、結んだというよりは、そこまで何とか黙って聞いていた仲間がさすがに黙っていられなくなり、ダンが結果を口にした直後に口を挟んだため打ち切りとなったのだ。
真っ先に椅子を蹴って立ち上がり、彼に声を投げたのはパリスだった。
「ちょっと待って、待ってよダン!!」
そのパリスの気迫は、彼と同じくダンに物申そうとしたリオが思わず身を窄めて言葉を失う程だった。
ロエもびっくりして思わずトミーに身を寄せる。
「はは………君、正気…?いや異常だよ、おかしいでしょそんなの。君にはちゃんと話したはずだよ、あの人がどんなに危険か!それで、しかも君は見たんでしょ?その人がまた別の人殺したのをさ!?」
「見た」
「あっはっは『見た』じゃないよ一体何考えてんの!!!!」
パリスは苦笑を浮かべて怒鳴るとどんとテーブルを叩いた。
彼のその様子に完全にビビっているリオとロエが怖々と身を縮めていると、不意に傍らで苦しげな息遣いが聞こえる。
一度に知らされた幾つもの衝撃的事実に頭の中が滅茶苦茶になったのか、トミーが再び泣き出していた。
パリスはぐっと唇を噛んで一旦言葉を塞き止めてから、慎重に言葉を紡いだ。
「……僕ぁ反対だ。とてもじゃないけど賛成なんか出来ない」
噛み殺した声で言うと、パリスはダンに背を向けて女性陣の元に歩く。
そして『怖い顔しちゃってゴメンナサイね~』と二人に対して苦笑するとトミーの前に片膝を着いた。
「怖い話たくさんしちゃってごめんね?トミーちゃん。………ん~~~泣かないで~心配しないで~」
子どもをあやすような声で言いながら弱々しく笑うパリスはトミーの頭を撫でた。
するとトミーは嗚咽の中から必死に言葉を搾り出そうとする。
その様子を見てパリスが『ん?』と首を傾げて耳を寄せると、彼女が何と言葉を繰り返しているのか辛うじて聞き取れた。
彼女は『ごめんなさい』と繰り返していた。
懸命に涙を拭った手で、自分の頭に置かれているパリスの手を取るトミー。
「…それじゃ、ぁパリ……ごぇんなさ…私…っ」
ぎゅっとパリスの手を握ったままトミーは泣いた。
困った笑みを浮かべていたパリスは、つっかえつっかえの彼女の言葉を聞き、何とも言えない顔をして俯く。
「…………謝らないでよ……」
誰にも聞こえないくらいの声でぼそりと言うと、言葉になっていない呻きを漏らしながら立ち上がる。
トミーを泣かせている恐怖心が、自分の身の危険に関する恐怖ではなく、パリスを失うところだったという恐怖によるものだということに気付いてしまった。
パリスはまたそこで、ダンと話をした時と同じような自虐的な苦笑を浮かべてテーブルへと戻っていった。
「どうかしてるよ、ダン」
パリスには珍しく、本心から人を否定しているような声が唇から漏れた。


―――と、パリスが口を閉じたことによりふっと部屋の中が静寂に包まれたところで、ダンが静かな声でトミーを呼んだ。
たった今パリスから思い切り反発を受けたばかりのダンだが、不思議と彼は至極冷静な様子。
髪を拭いたタオルを握った手をだらりと下ろした状態で、彼は普段通りの口調で言った。
「人の事情を勝手に喋るのは俺の主義に反するんだが………」


「お前、生みの親の記憶とかは少しも残ってないのか?」


その発言により、部屋の中の空気が緊張とはまた別のものへがらりと変わった。
「―――えっ、あんた!戦争孤児?」
今度真っ先に言葉を発したのはリオだった。
トミーに向き直って遠慮なく尋ねるリオに対し、答えを返したのはダン。
「いや、こいつが親と別れたのは戦後だから戦争孤児とは少し違うな」
「そう………なんですか……」
「何よ初耳よそれ!!」
口々に驚きを示す二人とは対照的に、パリスはテーブル脇に立って言葉を失っているようだった。
三人の様子を見て、やはりトミーは自分だけにしかそのことを話していなかったのだとダンは知る。
トミーの自分への信頼に対する今現在の裏切り行為に良い気分はしないが、仲間達に状況を完全に把握させることが今は最優先だと考えていた。
「話を聞いた時、お前は生みの親に対する気持ちはほとんど言わなかったな。『知りたい』とも、『会いたい』とも。……もし、お前が口には出さずとも『会いたい』と強く望んでいて、今回現れたあの男がお前の過去の関係者だったとしたら……俺が独断で門前払いするわけにもいかねぇだろ」
「関係者で堪るかってのよ!!」
「俺もそっち希望の口だっつーの」
何故か喧嘩腰のリオの声に対しダンはさすがに苛付いた声を返す。
「……ノルヴェルト」
「のり弁当!?」
「お前は黙れ。
ノルヴェルトっつー名前に聞き覚えはないか、トミー」
リオを淡白にあしらってトミーに対し神妙な面持ちでダンは問い掛けた。
リオやロエは何となくその名前をぽつりと口の中で復唱して、ゆっくりとトミーに視線を集める。
トミーは泣くことを忘れ必死に自分の記憶の中を探っている顔をしていた。
「……とりあえず……あっちはお前のことを知ってるみたいだったぞ。まぁ人違いの可能性は充分にあるけどな」
「顔とか見覚えないの?」
「あー……こいつはあの時相手の顔なんてほとんど見てねぇんだ」
「何で見なかったのよ肝心でしょ!?」
「し、仕方ないですよその状況では………」



「………分かんない…よ…」


皆がトミーの答えを待つ静寂の中で、少し時間を要してからトミーが掠れた声で答えを出した。
頭を抱えて思い詰めたような顔をしている。
「まぁ………親と別れたのが3、4つ、の頃じゃ覚えてなくて当然だな」
只でさえ今は頭の中が混乱気味なのだからやめておけと、考え込んでいるトミーに対してダンは溜め息混じりに言った。
そしてすぐに言葉を続ける。


「まぁ何だ、そう言っといてアレなんだが……」


「どうする、会ってみるか?」



   *   *   *



幾つか案を上げて考えた結果、場所はダンのレンタルハウスに決まった。
思い切りプライベートな場所でとんでもないことのように思えるが、レンタルハウスなど一度解約してしまえば自分の痕跡はなくなるので逆に良い。
冒険者を支援する方針により冒険者用のレンタルハウスはそれこそ何千、何万と存在するのだ。
割り当てはその都度ランダムなので同じ部屋に入る可能性は限りなく低い。
というわけで、ダンのレンタルハウスにて対面を行い、終了後場合によってはすぐに解約してジュノを出るという計画でまとまった。
約束の時刻までまだ時間はあるが、トミーは出歩くことは控えてそのままダンの部屋で待機することになった。
すっかり気落ちしてしまった彼女はずっと視線を落としたままである。
話がまとまった後もパリスに対して執拗に『ごめんなさい』と頭を下げたが、その度にパリスは居心地の悪そうな微妙な顔をして首を横に振った。

「いやぁ………大変なことになっちゃったねぇ…」
レンタルハウスから出ながら苦笑した声で言ってパリスは頭を掻いた。
パリスの後に続いて外に出たダンは『あぁ』と簡単に返しながらドアを閉める。
ドアを閉めるために軽く振り返った際、中の女性三人の視線がじっと自分に向けられていた。
緊張を隠せない彼女達に対して何か言ってやっても良いようなものだが、ダンは何も言わなかった。
好きな狩りの時ですら、こんな長時間全力で頭を回転させ続けることはそうない。
ここまできてさすがにダンも疲れを隠せなくなっていた。

そして何となく、閉めたドアの前でダンとパリスは佇み、沈黙した。


「………君ってさ~……ズルイよね~…」

唐突にそんな言葉を吐いたパリスをダンが横目に見上げると、パリスは遠くを見つめて複雑な顔をしていた。
何故そんなことを言い出すのか尋ねると、パリスは苦笑して『ううん』と首を振る。
そしてぐぐっと腕を上に伸ばしながら若干声の調子を変えて言う。
「ん~~~……ねぇ大丈夫なの?言っておきますけどあの人、ド強いよ?」
そう言うパリスはトミーとノルヴェルトを会わせること自体を懸念しているのもあるが、その面会の場に男手がダン一人で大丈夫だろうかという心配もあった。
そう、パリスは面会の場に居合わせないことになったのである。
「あー……さぁな、何とかなるんじゃねぇの?とにかく相手はエルヴァーンにあんまり良い思い出がなさそうだからな、お前は外した方が良い」
「そう言ってもらえると正直僕も助かる、って言ったら怒る?」
引きつった苦笑いを浮かべて『だって怖いんだもん本気で』と付け足した。
パリスはまだノルヴェルトに襲撃されて間もない、恐怖するのは当然である。
しかし、ノルヴェルトの腕を体感したパリスだからこそ、その場に自分も居合わせなくて大丈夫なのか不安なのだが。
「あの人が暴力モードになったらリンクパールなんて使ってらんないよ?」
「だろうな、その時は察しろ。そのためにお前を外野に置く意味もあるんだからな」
「あっは♪やっぱり大勢集めて囲んじゃわない?」
「そうしたいのは山々だが………さっきも言ったろ、とりあえずは俺達だけで何とかする」
多少引きつってはいるが笑みを浮かべているパリスに対し、ダンは意志の強い声ではっきりと答えた。
ノルヴェルトというあの男を罪人として扱って良いのならばとても簡単である。
軍でも国にでも報告して誘い込んだところを捕獲してもらえばいいのだから。
何ならそこらへんにいる冒険者で囲んでしまっても良い、パリスが言っているのはこの方法だ。
しかし、この件は些か厄介でそう簡単に対処して良いものでもない。
もしも本当にトミーの関係者だったとしたら。
匿うのはあまり理想的ではないが、償いを促すにしてもとにかく大事にするのはなるべく避けたい。
となると動員の幅を広げると当然安定する部分はあるが、問題も少なくは無いわけだ。
それにパリスほど詳しくは分からないが、相手は相当腕が立つ。
こちらがそういった態勢を固めていることに勘付いた場合、事態は簡単に悪い方向へと転がり落ちるだろう。
「…………フー……分ぁかりました」
大きな溜め息をつくと、どこか非常に不本意そうな声で言ってパリスは肩を下ろした。
「僕ぁ考え過ぎだと思うんだけどなぁ~、トミーちゃんの関係者だとかそういうの。…ダンってホントにさぁ………………それはナニ?やっぱりトミーちゃんだから??」
「あぁ?」
「ん~まぁいいや」
ぶつくさと言うパリスに疲労感のある声で乱暴に聞き返すダンの声を聞き、パリスはすぐさま手をパタパタと振って話を切り替えた。
「あんまり無茶しないでねぇダン。少し寝ておいた方がいいんじゃない?あとは僕に任せてさ」
疲れの蓄積が見え隠れするダンの顔を覗き込んで小さく笑うと肩を叩く。
労わりの心を表す目を細めて『ね?』と小首を傾げるが、ダンは自分の肩に乗ったままになっているパリスの手をどかして低い声で『考えておく』と返した。
パリスが言っている『あと』というのは情報収集のことである。
ダンとパリスはこれから男の名前を頼りに情報集めに出ることにした。
ジュノのサンドリア領事館にはダンが、そしてサンドリア本国にはパリスが飛空挺で飛び調べる運びとなった。
もしも指名手配されているのであれば、余罪等多少の情報が期待できる。
「それじゃあ僕行くね、暗くなる前には帰って来ますから」
大きく息を吸って、意を決したようにパリスが胸を張って言った。
ぴしりとサンドリア形式の敬礼をして見せるものの顔はいつものヘラヘラ笑い。
緊張に強いのか、ただヤケになっているだけなのか微妙なところだが、普段とそう変わらない様子のパリスに内心ダンは安心した。
ほっとしたのは事実、だがそれと同時に別の何かがゆっくりと心の中で身を起こした。
それを感じながらもダンは『あぁ、頼んだ』とパリスの胸を軽く一度ノックして、『じゃ』と飛空挺乗り場へと向かって歩き出す彼の背中を見送る。


―――が、予想していたよりも大分早いタイミングでダンの口はパリスを呼び止めた。
ダンは意識よりも先に彼の名を呼んだ口をしばしぽかんと開けたまま、振り返って首を傾げているパリスを見つめる。
「な~に?」
微笑を浮かべているものの真面目な目をしたパリスを凝視し、ダンは少しの間を置いてから言った。


「………………お前……何か隠してることとか……無いよな?」


そう尋ねると一瞬きょとんとしたが、すぐにパリスは顔の微笑を完全な笑みにした。
「ナニナニナニどうしたの、僕のこと何でも知っておきたくなっちゃった?」
そう言いながら数歩戻ってくると、パリスはダンをびしっと指差す。
「それってだよ♪」
「黙れ、行け、とっとと失せろ」

ばちりとウインクなんぞしているパリスに対して刺のある言葉で即座に追い払った。
酷いだ何だと言いながらもパリスは声を出して笑うと、『じゃあね』と高く片手を上げ再び飛空挺乗り場へと歩き去っていった。
ダンはうんざりしたような深い溜め息をつきながら腕を組むと、その友人の背中を最後まで見送る。

「………は……らしくないぜまったく」
そう独り言を零すと、さっさと領事館での調べものを済ませて少し仮眠をとるべきか考えた。




あの雨の中、ノルヴェルトは真っ直ぐな目ではっきりと言い切った。


『あの男………笑っていたぞ』


―――考えてみりゃあいつはいつもヘラヘラしてやがるんだ。
あのノルヴェルトという男は『奴は彼女を救おうとしなかった』と言っていたが、パリスのそのにやけた顔のお陰で、ノルヴェルトが混乱して退散したようなものである。
結果を考えれば、疑うどころかパリスには知恵と勇気すら感じられる。

何となく自分の後頭部を擦ってみると、いつの間にか髪は完全に乾いていた。
普段とは違って少し落ち着かないその頭をがしがしと引っ掻きながら、ダンは一度自分のレンタルハウスのドアを振り返ると徐に歩き出す。
女性陣だけにしておくのはやはり心配だ、自分は早く帰ってこようと思っている。
サンドリア領事館のあるル・ルデの庭に向かう階段を上りながらこれからのことを考えた。
せっかく同じ場所に設けてあるのだ、他国の領事館も覗いてみようと思っている。
エルヴァーンだからサンドリア関係の罪人とは限らないからだ。
時間はあるようで大してありはしない、迅速に行動しなければ……。


軽く拭いただけのまだ微妙に濡れている鎧と、淡々と階段を上る自分の足をじっと見下ろして、ダンはあの後ノルヴェルトという男に言った自分の言葉も思い出していた。



『あー……そうそう最後に、これは承知しといてくれ』


『こうして会話をしてはいるが……俺はあんたが俺の仲間を殺そうとしたことは許してねぇ』




『もしまた似たようなことをしようとしたら、そん時は剣を抜くぜ』



<To be continued>

あとがき

えーということで今回は一軍会議だけで終わっちゃいました、展開マジ遅い……。
で、そう、ノルがパリスをあんなに疑ってるのは、奴が笑いやがったからでした。(爆笑)←ぇ
さぁさぁ、これからどんどんヤバくなります。(?)
頑張れダンテス。