~大切なもの~

<2>



「来た! 来たぞマキューシオ!」

チョコボの前にしがみ付いているワジジが、興奮した声を上げた。

その言葉通り、陽光を受けて白く光っていた谷の終わりが、じわじわと黒く染まっていく。
南側から回り込んできた獣人達が、列を成して谷へ流れ込み始めていた。

横に広がった軍勢は地響きを伴いながら、谷の中程へと進軍してくる。

「よし、ここだ! 皆止まれ!!」

谷の入口から数百メートル地点で、マキューシオはチョコボの手綱を引いた。

ここまで走りながら作戦の説明は済んでいる。
戦士達は迷いなく指示に従い、谷の端へとチョコボを寄せた。

次々と降り立ち、マキューシオのもとへ集まる。
彼はやや前方――岩壁の上部を指し示した。

「少し窪んでいる、あの辺りなんだ。……届くか?」

全員がその先を見上げる。
ワジジは口を開けたまま見つめ、やがて眉を寄せた。

「届かないことはねぇな! でも真下に行かないと、多分届かね!」

「やはり真下じゃないと無理か……」

「まずいか?」

「いや、届けばいい。あそこ一点を崩せば、地盤は東に滑るはずだ」

そう言ってから、マキューシオはチョコボ達へ視線を向ける。

「……あとは、彼らの足が頼りだ」

そして手綱を引き、示した地点の真下へと歩き出した。

「チョコボはどうします?」

後ろから戦士の一人が問う。

「放しておく。彼らは私達が守るより、自由にしていた方が生き延びられる」

あまりに淡々とした返答に、戦士達は一瞬目を丸くした。
だが、その声音には迷いがない。

誰も反論しなかった。

目的の位置に辿り着くと、マキューシオは足を止める。
振り返った先で、チョコボがぱちりと目を瞬かせ、小首を傾げた。

「危険な目に遭わせてすまない……でも、君達が頼りだ」

そっと頬を撫で、手綱を放す。
それに倣い、他の戦士達も手綱を解いた。
声をかけられたチョコボ達は戸惑うように首を傾げる。
一羽は、なおも戦士の後を追って歩こうとしていた。

「あまり早くやり過ぎても駄目だ。充分に引き付けてからでなければ、殲滅できない」

短く言い切り、マキューシオは迫る獣人軍へと目を細める。

「もうじき矢が届くようになる。言った通り、君達は魔道士と弓使いを頼む」

「はい」

「分かりました」

戦士達は弓を構え、静かに呼吸を整える。

「ワジジ、合図を出したら詠唱に入ってくれ。一点集中だ。ストーンではなく、サンダーを」

「分かった! 一斉にぶち込めばいいんだろ!?」

「そうだ」

応じながら、マキューシオは腰の剣をしゅらっと抜いた。
雄叫びを上げて迫る獣人達へ向き直った瞬間――
数メートル手前の地面に、矢が突き刺さる。


「――来るぞ!」


その声と同時に、空気が張り詰めた。
魔道士達は息を飲み、戦士達は弓を引き絞る。

極限まで研ぎ澄まされた静寂の中、
戦いの引き金が、今まさに引かれようとしていた。



   *   *   *



ノルヴェルトが谷の先を見て硬直したのを見て、セトも同じように視線を向ける。
そして、苦笑混じりに呟いた。

「うっわ~、マジで流れ込んできたよ……」

マキューシオに考えがあるのだから、心配はいらない。
そう思っていた。

――だが。

実際にこの光景を目にすると、どうしても拭えない。
救いようのない窮地に立たされている、という実感が。
思わず浮かぶ苦笑い。

ちらりと横を見ると、女魔道士もまた絶句していた。
悲鳴を上げそうになる口元を、手で押さえている。

「こらニーザ、そんなリアクションしてる暇ないっちゅーの。看回りいくよ」

「あ、あ、ごめんっ」

背の高いヒュームの彼女は、半眼になったセトを見下ろして慌てて手を下ろした。
その横でセトが、小さくぼやく。

「ただでさえメンドイのが一人いるんだから……」

その言葉に呼ばれたかのように、ノルヴェルトが血相を変えて駆け寄ってきた。

「――セト!!」

「うるさいっ!!!」

動揺を顔に貼り付けたノルヴェルトの声をぴしゃりと叩き落とすような一喝。

「あんたは素直過ぎるんよ! 感情表面に出し過ぎ! みんなが怖がるじゃん、馬鹿!」

声を潜めて怒鳴ると、ゴン、と頭を叩く。
びしっとフィルナードを指差した。

「ほら、あんたはあのおっさん、寝てないか見てきて!」

肩越しに『行くよ!』と魔道士に呼び掛けると、大股で難民達の元に向かって行く。
呆然とその背を見送るノルヴェルト。
だが、横を通り過ぎた女魔道士に、はっとして声をかけた。

「――あ、あの!」

女魔道士は足を止め、振り返る。
ノルヴェルトは必死に言葉を絞り出そうとする。

「さっきの、女の子……」

もごもごと言葉を濁すが、それだけで伝わった。

――様子がおかしいから、看てほしいと。

彼女は一瞬だけ目を伏せ、そして静かに、悲しげに微笑んだ。
それだけで、十分だった。
ノルヴェルトの胸に、重たい何かが沈む。

――そうなの?

理解してしまった事実に、言葉が出ない。
だが――
もう一度あの少女の元へ行く勇気は、なかった。

行ったところで、自分に何ができる?

回復魔法を唱えることはおろか、病気に関する知識などまったく持ち合わせていないのに。


――この世界には……命を奪うものばかりだよ、マキューシオ!


心の中で師へ嘆く。
踵を返し、もう一人の師の元へ向かう。

悔しさで胸が張り裂けそうだった。

だが、それでも――
どうにもならない。

気持ちだけでは、救えない。

さっき、セトが言っていた通りに。


「フィルナードッ」

間近で見ても、まるで眠っているようだった。
先程は少年に呼びかけられても反応しなかった男。
本当に、何もしないのか。

大体、補佐と言っても彼は何もしないのだ。
補助のしようがないではないか。

「僕はどうすれば――」

言いかけて、先程の少年の姿が脳裏をよぎる。
口を結び直し、歯を食いしばる。
そして、言い直す。

「……俺は…どうすればいい…ん…ですか。指示をください!」

ぎこちない“俺”。

その言葉が落ちた、直後――
東から、爆音にも似た轟音が谷を震わせた。



   *   *   *



次から次へと矢が降り注ぐ中、チョコボ達はばたばたと駆け回っていた。
矢が羽を掠めても驚いて西側へと逃げていかないのは、日々戦士達に可愛がられてきたからだ。

戦士達は飛来する矢を避けながら弓を引き、詠唱に入ったクゥダフの魔道士を射抜く。
詠唱を中断させられた魔道士クゥダフは怒りを露にし、突き進む前衛クゥダフ達に加わって猛然と前進してくる。

「――よし、頼む!」

マキューシオはタルタル達を庇うように立ち、飛来する矢を斬り落としながら叫んだ。

「いくぞ!!」

ワジジの号令で、魔道士達が一斉に詠唱へ入る。
詠唱は、音を乱してはならない。
古より伝わる言葉を、定められた調子で正確に紡ぐ必要がある。

その間――彼らは、完全に無防備だ。
マキューシオは前に立ち続ける。
飛来する矢を剣で叩き落とし、盾で弾き、捌き切れぬものは外套で軌道を逸らす。

獣人達は、すでに数百メートルの距離まで迫っている。
飛来してくる矢の本数は増える一方であるが、あちらの遠隔攻撃を阻止する者がこちらにはたったの四名しかいない。

遠距離攻撃など不要。
このまま踏み潰せばいい。

獣人達はそう考える。

立ち止まれば、後続に踏み潰される。

当然だーー本当に数が違い過ぎる。
あちらにとってマキューシオ達は所詮、蟷螂の斧に過ぎない。

ただ押し寄せることだけに夢中な濁流。

マキューシオは上空を見上げた。
黒い点が、ゆらゆらと揺れている。
数秒後には、死を運ぶ矢となるそれら。
到達の順を見極める。

魔道士に向かう矢を盾で弾き、自らに迫る矢を剣で落とす。
同時に来るものは――外套で受ける。

マキューシオの外套には、すでに何本もの矢が突き刺さっていた。

魔道士達の詠唱は、完成へと近付いていた。
雷属性。
一点に、瞬間的な破壊を集中させるための魔法。

その構成が編み上がっていくのを、赤魔道士であるマキューシオは感じ取る。

距離は――もう、五百メートルもない。

「――騎乗しろ!!」

怒号の嵐の中、鋭く指示を飛ばす。
戦士達は弓を下ろし、矢を防ぎながらチョコボを呼び寄せる。

――あと一節。
そう思った、瞬間だった。

ぴったり重なり合っていた五人分の詠唱の中、一つの声が途切れた。

驚いて振り返る。
一人のタルタル魔道士が、血相を変えて喉を押さえていた。
彼女の周りに煙った歪んだ光が消えていく。

――サイレス。
静寂魔法。
この土壇場で、声を奪われた。

泣き出しそうな顔で、マキューシオを見上げる。
だが――
マキューシオは、振り向かない。
前を見据えたまま、矢を払う。

「大丈夫だ」

短く、それだけを告げる。

その瞬間、小さな影が前に出た。

声を奪われたタルタル魔道士。
涙を流しながら、杖を掲げる。

がつり、と。

仲間へ向かっていた矢を、杖で受け止めた。

次の瞬間――
マキューシオは、剣では間に合わぬ矢を、腕で受けた。

肉を貫く鈍い衝撃。

タルタルが、声にならない悲鳴を上げる。
――その時。

背後の四人の詠唱が、完全に揃った。
寸分の狂いなく、終節へ。
杖が、一斉に掲げられる。

練り上げられた彼らの魔力が煌きと化して上昇し、ぱっと空中で消える。

直後。

世界が、青白く染まった。
耳を劈くような雷鳴が皆の肌を叩く。

複雑に絡み合う無数の稲妻が、谷の左側の岩壁――その一点を撃ち抜く。
子どもがぐちゃぐちゃと落書きしたような光が、一瞬、触れただけのように見えた。

だが。
次の瞬間、ひびが走る。

東へ、斜めに。

そして――

一拍の静寂。

遅れて、大地が唸った。

「見届ける必要はない! 退け!!」

腕に刺さった矢を掴み、マキューシオが叫ぶ。
直後、山が噴火でも起こしたかような轟音が頭上で響き渡った。
一瞬で走ったひび割れを境に、絶壁が――
ゆっくりと、斜めに滑り始める。

獣人達へ向かって。

崩れながら。

降り注ぎながら。

先程ドルススと共に下見に来た際、マキューシオは谷を形成している絶壁の層理を観察し、地層の変わり目を見出していた。
元から入っていたひびも考慮し、こちら側ではなく東へ崩すために撃つべき一点を見極めていたのだ。

予定よりも一名分の威力は欠けたが、見たところ岩壁は思い描いた通りに崩れ始めている。

指示通り騎乗を済ませていた戦士達は、すぐさまタルタル魔道士の回収に動いた。
一人の戦士が騎乗したまま、もう一羽のチョコボの手綱を引いてマキューシオに差し出す。

その戦士は一瞬、腕に矢が刺さったままのリーダーを案じるように見た。
だが何も言わず、マキューシオにすがり付いていたタルタル魔道士を掴み上げ、そのままチョコボを走らせた。

「――マキューシオッ!!!」

不意に背後から悲鳴が響く。

振り返ると、跪くヒュームの戦士の隣で、タルタル魔道士が焦りの表情を浮かべていた。

戦士の腿には、二本の矢が深く突き刺さっている。

――あの状態では騎乗できない。

マキューシオは駆け寄ってきたワジジへ、手綱を投げつけた。

「乗っていろ!」

立てずにいる戦士と魔道士のもとへ駆ける。

崩れ始めた岩壁はすでに獣人達へと襲いかかっていた。
まるで数十人の魔道士が同時にストーンを放ったかのような、岩の猛攻。

マキューシオは二人に辿り着くと、『すまない』と呟く戦士を一気に担ぎ上げ、チョコボへ放り乗せた。
続いてタルタル魔道士も放り上げると、手綱を握らせる。

「走れ!」

命じられたチョコボは驚いたように駆け出した。
視線を巡らせれば、他の四羽もすでに西へと退避を始めている。

「マキューシオ行くぞおらぁ!!!」

小さな体から大迫力の声を放ってワジジがチョコボで駆けて来た。
その声に振り返ると、突き進むことをやめない獣人の軍勢がすぐ間近まで迫っている。

マキューシオは素早くチョコボに跨り、前に座っているワジジから手綱を引き継ぐ。

腕に突き刺さった矢が軋むように痛む。
だが、処置している時間はない。
構わずチョコボを蹴った。

次の瞬間――

ずどん、と。

チョコボの上にいても分かるほど、大地が激しく揺れた。

驚いたチョコボが甲高い声を上げる。
マキューシオは顔を上げ、崩れゆく岩壁を見た。

魔道士達が撃ち込んだ一点から、さらに大きな亀裂が走っている。

そして――

そこから、巨大な岩塊が、
ゆっくりと、しかし確実に、倒れ込んできていた。



   *   *   *



「――なっ」

負傷したミスラの戦士を庇い、クゥダフの斧を盾で受けた瞬間。
東から轟音が響いた。

スティユは一瞬だけ視線を東へ向ける。
だがすぐに身を翻し、クゥダフの懐へ踏み込んだ。
脇へ短剣を突き立てる。
悲鳴を上げ、傷口を押さえたその喉を――裂いた。
倒れ込むクゥダフに、別の一体が突っ込んでくる。
二体が横倒しになる。
その飛んできたクゥダフを殴り飛ばしたドルススが、息をつきながらスティユのもとへ歩み寄る。

「下がりなさい」

スティユは後ろのミスラに言うと、短剣を構えたままドルススに寄る。

「ドルスス、谷が……!」

動揺を滲ませた声。
だがドルススは、満足げに頷いた。

「どうやらやってくれたようだな、はっは」

笑って、戦闘を続けながらも東の異変にざわめく戦士達を見回す。
にんまりと口の端を持ち上げると――
大きく息を吸い込んだ。

「よぉし皆! マキューシオ達が東に回った連中を殲滅したぞぉ!」

その声が谷に響き渡る。
戦士達が一斉に顔を上げた。

「残るはこっちにいる連中だけだ! 見ての通り退路もなくなったことだし、安心して、思う存分押し返せぇ!!」

血と砂に塗れた顔に、驚きが走る。
そして彼らの目に――灯る。

希望の光。

「魔道士は一斉に回復魔法を唱え、他は全員、勝ち鬨をあげろぉ!!!!」

拳を突き上げ、ドルススが吼えた。
応えるように、戦士達が腹の底から叫ぶ。

勝ち鬨が谷を満たし、東の岩崩れの轟音さえ掻き消した。
魔道士達の詠唱が重なり、治癒の光が戦線に広がる。

クゥダフ達は狼狽し、辺りを見回した。

スティユは口の中で何かを呟いた。
ぐっと口を引き結ぶ。

その肩に手を置き、ドルススは笑った。

そして、一歩踏み出す。


「突っ込めぁ!!!」


ドルススを先頭に、守勢だった戦士達が一斉に雪崩れ込む。

波のように――獣人達へ。



   *   *   *



遠く東の岩壁が、まるで爆破されたかのように崩れていた。
ここからでは石の欠片にしか見えない岩が、次々と黒い蠢きに降り注ぐ。

地響きに足元の小石が跳ねる。
ノルヴェルトは足を開き、身構えた。

目を見開く。
口が、勝手に開いていた。

難民達が悲鳴を上げる。
セトが素っ頓狂な声を上げた。

「ひゃー!」

「マキューシオ……ッ!?」

チョコボの黄色は、すでに砂埃に呑まれて見えない。

あの落盤は――事故ではないのか?

何をした?
どうやって――

ノルヴェルトの心臓が、激しく脈打つ。


「あっはーマジ凄いんだけど! ノルヴェルトォー! マキューシオ達やったねぇーー!!」

振り返ると、セトが大きく手を振っていた。
難民達の中で、ひとりだけ明るい。
その姿に――ノルヴェルトは言葉を失う。

何を呑気なこと言ってるんだ!!!

叫びが喉まで込み上げる。

――が、声にはならなかった。

後になって思えば、それで良かった。
セトは難民達を心配させないようにしているのだ。
この叫びは、その配慮を見事にブチ壊すとても頭の悪く情けない悲鳴だからだ。

だがその時のノルヴェルトには、分からない。

ただ、信じられないものを見るような目で彼女を見つめた。

その時――
戦線の方から、ドルススの声が響く。

続いて、戦士達の喊声。

ここからでも、一気に戦線が押し返されるのが見て分かる。

「こっから一気に反撃なんじゃん! みんな、もう少しの辛抱だからじっとしててね!」

セトは両腕を広げ、満面の笑みで言う。
難民達はすがるように彼女を見る。
あちこちから不安げな声が上がる。
セトは東へ視線を向け――首を傾げた。

「あーっと……ちょっと待った。みんな、毛布被った方がいいかもねー……」

その先。

崩れ落ちた岩壁から、巨大な砂埃の壁が――迫ってきていた。
ここまで届くかもしれない。
そして、ここからはゆっくりに見えるが、実際は凄まじい勢いであるとも考えられる。

「ノルヴェルト! 毛布配布~急いでッ」

「うん! ――ぁ、はい!」

物資の集積場所へ向かいながら指示を飛ばすセトに、慌てて返事を返す。
ノルヴェルトは駆け出しながら、谷の先をじっと見つめた。

――あんなことになって……マキューシオ達は無事なのか?

巻き上がる砂埃のせいで、姿はまったく見えない。

先に物資置き場に辿り着いていたセトが毛布を掴んでいる。
そこへ駆け寄り、ノルヴェルトは声を上げた。

「セト、セト! マキューシオ達は――」

「あ~ん~た~は~ッッ」

積み上げられた毛布を引き抜きながら、セトはうんざりした顔を向ける。

「いちいち不安な顔すんなっちゅーねん! 絶対に! あんたが口にしていい言葉は『大丈夫』オンリーだから! 分かった!?」

牙を剥くような剣幕に、ノルヴェルトは言葉を詰まらせた。
そこへ、ヒュームの女魔道士も駆け寄ってくる。

「私も手伝うから」

「お、サンキュー!」

笑顔で礼を言いながら毛布を渡し、すぐにノルヴェルトにも数枚押し付ける。

「ほらノルヴェルトも、ぼーっとしてないで働けってのーッ」

まだ何か言いたげな顔をするノルヴェルトだったが、セトは気にも留めず『行くよ』と胸を小突き、難民達の元へ向かった。

その向こう――
谷の上まで立ち上る砂煙の壁。

轟音は、まだ鳴り止まない。

今もなお、岩盤は崩れ続けているのだろう。

――もしかして、あれは獣人達がこちらの退路を塞ぐために……?

砂煙でここからでは何も見えない。
獣人も、マキューシオ達も。

怪訝な顔で東を眺めながら、ノルヴェルトは難民達の輪へ駆け寄った。
動けない者、怯えて蹲る者に毛布を配る。
砂煙から身を守るため。
そして、呼吸を確保するため。
毛布を受け取った難民達は、寄り添いながら頭からそれを被った。

「足りない! もっと持ってきて!」

反対側でセトが叫ぶ。

ノルヴェルトは、比較的元気そうな女性に残りの毛布を託し、
再び物資置き場へ向かおうと立ち上がる――

――その時だった。

流れてくる砂煙の壁を見た瞬間、煙を割って数羽のチョコボが駆け出してきたのが見えた。

「――セト!!」

ノルヴェルトは指差して叫ぶ。

セトが振り向く。
三羽のチョコボがこちらに向かって駆けて来ていた。
その背の戦士達は、笑顔で大きく手を振っている。

「おっかえりー!」

セトも耳をぴんと立て、大きく手を振り返す。
戻ってきた彼らに駆け寄るセトの背中を見て、居ても立ってもいられなくなりノルヴェルトは駆け出した。

「アットス! エーウィ! お疲れお疲れー! ミーゼルも!」

両腕を広げて迎えるセト。

「早速だけどこっち手伝って~! うちら状況詳しく分かんないから説明よろしく!」

笑顔で迎えながら、即座に次の指示。
チョコボの上の戦士達は苦笑しながら顔を見合わせた。
魔道士達は降りるや否や、そのまま戦線へと戻っていく。

それぞれが迅速に散っていく中――
ノルヴェルトは、辺りを見回した。

いない――いないっ!

「セト~!」

遠くからの声に、ぴくりと大きな耳を動かす。
セトは東へ顔を向けた。

見ると疾走していない一羽のチョコボが、ひょこひょこと砂煙の壁を抜けてきた。
その背には、戦士と魔道士のペア一組が乗っている。

――戦士の様子がおかしい。

そう見て取った瞬間、セトは駆け出した。

「ちょっとちょっと~何してんのハロルド~」

戻ってきたチョコボを見上げ、小馬鹿にした声を投げる。

「ほら」

両手を差し出すセトに、ハロルドは苦笑した。
ヒュームの戦士はゆっくりと体を傾かせてセトの腕の中に転がり込む。

しっかり抱き止めてもらえると思いきや、セトは彼の体を受け流すように腕を下ろす。

「いでで!!」

ほぼ落下と変わらない衝撃に、戦士は悲鳴を上げる。
チョコボ上のタルタル魔道士は、顔をしかめた。

「おぉい!『無事で良かった』とか言って優しく抱き締めるだろフツー!」

「何それキモー」

当然のように抗議する彼をセトは冷たくあしらう。

セトは懐から丸めた包帯を取り出し、戦士の口に突っ込む。
彼も理解しているのか、大人しくそれを咥えた。

セトは彼の防具の隙間に食い込んだ矢を握った。
戦士が歯を食いしばったのを確認し、一気に引き抜く。
くぐもった呻き。
続けてもう一本。

魔道士が即座に回復魔法を唱え、傷を塞ぐ。
額に玉の汗を浮かべている戦士の口から包帯を取ってやると、彼は荒い息をつきながら掠れた声で礼を言った。
セトは軽く笑って、もう一度だけ言う。

「お疲れ」

――そして。

表情を変えた。

「……で、マキューシオとワジジは?」

「あぁ、俺の面倒見てたもんだからちょっと遅れた」

「何度も後ろ見たんだけど、一際大きな岩崩れがあって……!」

煙のせいで全然見えなかったと、相棒のタルタルの魔道士が東を見ながら言った。
三人が東の砂煙に厳しい視線を向けた時、ノルヴェルトが三人の元へ駆け寄ってくる。
少年が何を言いたいのか百も二百も承知のセトは、彼が叫ぶ前に口を開く。

「分かった。……まぁ、あの二人のことだから大丈夫っしょ!」

軽く言い放つ。

「戦線戻って、ドルススとスティユに“成功”って報告しといて」

戦士とタルタル魔道士の背中を同時に叩いてセトは立ち上がる。
タルタル魔道士は不安げに東を振り返りながらも、チョコボを引いて戦線へ。
座り込んでいた戦士は掛け声を呟いてゆっくりと立ち上がり、頭を下げた。
まだ若干気になる足に視線を落としたまま、戦線へと歩き出す。

その背中を見送りながら――

「セト! マキューシオとワジジがいない!」

ノルヴェルトが訴えた。
だが、セトは振り向かない。

視線の先では、先ほどの戦士に女魔道士が回復魔法をかけている。
その光を見つめながら、セトは思考を巡らせる。

――その時。

視界の端で、一羽のチョコボが止まった。

二人同時に振り向く。

そこにいたのは――フィルナード。

乗り捨てられていたチョコボに跨り、長い黒髪を垂らしたまま、東を見据えている。

「…………残党がいるようだ。退屈しのぎに始末してくる」

「はぇ? なんっ」

「いつまでも置物でいるのも退屈なんでな」

「げ」

「すぐ戻る。あいつもだ」

ぶつ切りにした言葉を零すと、セトの返事も待たずにチョコボを走らせた。
そして数十メートル先まで迫ってきている砂埃の中に消える。

ぽかん、と口を開けたまま見送るセト。
数秒の間を置くと、その表情がみるみる鬼の形相へと変わる。

――だが。

その隣で。

ノルヴェルトは、まったく空気を読んでいなかった。

「僕も行ってくるよセト! 俺も行く!」

ぎっと睨みつけるセト。
だが、ノルヴェルトはもう西を向いていた。

「マイロー!」

呼び声に応え、一羽のチョコボが振り返る。

マイロというのは、目を瞬いてこちらに駆け戻ってくるチョコボの名前。
一年前から不本意ながらもチョコボの世話一筋のノルヴェルトに、チョコボ達は大変懐いていた。

駆け寄ってきたチョコボの手綱を掴み、背に飛び乗る。

「おぉいコラッ!」

当然セトが抗議の声を放つ。

「ちょっと様子を見に行くだけ! すぐに引き返してくるから!!」

言いながらノルヴェルトはチョコボを東に駆け出させた。

追おうとしたセトだったが。
目前まで迫っていた砂埃に足を止め、腕で顔を庇う。

直後、ぶわりと砂埃に飲まれる。
セトは厳しい表情で腕の間から薄っすら目を開ける。
到達したのは大分薄くなった砂煙のようだが、後方から難民達の慄く声が聞こえる。

やはり、ここまで到達した。
毛布の配布は終わっているはず。
セトの判断は間違っていなかった。



<To be continued>

あとがき

『思い出よ、永久に美しく ~大切なもの~』<2>でした。

いいね、ノルのガキっぷりが。
でも、彼にとっては必死な時間でもあります。
セトは本当に苦労したことでしょう。大いに労いたい。

村長作品の中でノルヴェルトのみ、十代からずっと描かれています。
なので色々な時期のノルヴェルトを見るのも、村長作品の楽しみ方の一つかもしれません。