~大切なもの~

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「…………分からんな……」

長身のエルヴァーンがそう呟くと、近くの焚き火の薪がパチリと鳴った。
座って焚き火を見つめていたヒュームの青年が、肩越しに彼を振り返る。

漆黒の鎧を纏った黒髪のエルヴァーンは、青年に背を向け、少し離れた岩の上に腰掛けていた。
特に何も言わずヒュームの青年がじっと見つめていると、彼がその背に携えている大きな鎌を手に取る。

「自分達の素性は、明かさないのが決まりじゃなかったのか?」

黒い大鎌を眺め、それにゆっくりと手を滑らせる彼は笑っていた。
皮肉めいたその言葉に、ヒュームの青年は小さく苦笑して焚き火に視線を戻す。
外套についた砂を払い、『その通りだ』と微かな笑い声の中から言う。

エルヴァーンの男が言っているのは、本日保護した少年に対する青年の言動について。

【自分達】は、軍には所属していない。
町を焼き出されて難民と化し、荒野をさ迷っている民を保護し、戦闘の激しい地帯から離れた町へ送り届ける活動をしている。
共に救済活動を行っている戦士達は、それぞれの思いを胸に、個人の意志によって集った者達だ。その数、現在約四百。
軍の力が及ばぬよう、【自分達】を形作る名称は設けていない。

この名も無い一団のリーダーであるのが、焚き火の傍に腰掛けているヒュームの青年だ。

『安易に自分達の情報を人に与えてはならない』
青年は、自ら戦士達にそう言い聞かせていた。

しかし彼は今日、保護した一人の少年に、至極あっさりと自分達のことを明かしたのだった。


今宵は風がなかった。
緑の少ない乾燥した荒野は今、満天の星空に包まれている。
小さな穴がたくさん空いて光が漏れている夜空の中に、ぽっかりと大きな穴が一つ。
ぼんやりと白い光が漏れてくるその穴は今宵真ん丸で、ただ静かにそこにあった。

ぽつりと、呟きが零れる。

「なぜだろう……躊躇いもしなかった」

そう言う青年の様子は、広大な自分の意志を手探りでさ迷っているかのよう。
エルヴァーンの男は微かに鎧を鳴らし、その場に立ち上がった。
そして大鎌を背に収めると、ゆっくりと、歩き出す。

「くく……きっと死ぬまでお前から離れんぞ……そのガキ……」

そう言い残して去っていく男の気配を感じつつ、ヒュームの青年は目を閉じた。

やがて、ゆっくりと目を開け、青年はふと隣へ視線を落とす。
青年の隣には、薄い毛布に包まって寝息を立てている、銀髪のエルヴァーンの少年がいた。



   *   *   *



人がその上に立つことを一切許さぬような険しい山。
鋭く高いそれらは気の遠くなるような時間を経て風化し、その姿になったのだろう。
大地の変動により取り残された、崩れそびれた壁か。
それとも、ここから数キロ離れている海が、大昔はこの辺りまで支配していたのか。
地か、水か。
いずれにせよ、人の力ではこのような山を形作ることはできない。
このように険しく荒い山肌では、大抵の生き物はこの山の上からの景色を拝むことは叶わぬだろう。
山はずっと北から南へと伸びている山脈で、南端が上から包丁ですとんと切り離されたように谷を作って孤立していた。

自然の中でとても不自然な姿をしているその谷間で、命の声を上げて足掻く、地を生きる者達がいる。
谷間の西側入り口に群がる者達は男神プロマシアの子ら。
谷間の中にあってこれを迎える者達は、女神アルタナの子らであった。


晴天の下、真っ白に光って揺れる荒野には、男神プロマシアを崇拝しアルタナの民から【獣人】と言われているクゥダフの軍勢。
立ち上がった亀のような姿の彼らは、強固な丸い背中の体をひしめかせ、一方向に視線を集めている。
アルタナの子らが、谷への進行を許さんとして応戦している方向だ。

谷間に逃げ込んだような形で応戦しているアルタナの子らの数はおよそ四百余り。
一方、獣人の軍勢は、移動途中の一部隊に過ぎないが、恐らく千近くはいるだろう。
谷間に入ったことにより包囲されることは免れている。
だが、状況は勢力の面でも圧倒的に獣人軍の方が優勢であった。

双方が激突している前線で大規模な魔法が炸裂し、剣がぶつかり合い、矢が飛び交う。
光に満ちた外に群がる獣人達の怒号が、陰った谷間に押し寄せる。
まるで、もう中程まで攻め込まれているかのような感覚に襲われる。

総力を集中させて戦士達が応戦している前線。
そこから離れた場所に身を寄せ合っているのは、先日この一団に保護された家無き難民達。
戦闘に巻き込まれて家族とはぐれたり、一命は取り留めたものの動くことができずにいた民。
それに負傷と疲労で衰弱し切った軍所属の戦士数名を含めた計三十名程がいる。
戦場跡から彼らを保護したが、その直後、今まさに攻め寄せて来ている獣人軍に目をつけられ、充分な処置をできぬまま此処まで引いて今のこの状況に至る。
あらゆる破壊の音と獣人軍の雄叫び、そしてこちらの戦士達の喊声が響く中、難民達は死に直面しているような顔を揃えて震えていた。


「大丈夫、ここまでは矢も魔法も届かない!」

何度も悲鳴を上げ、祈りを叫ぶ難民達に、ノルヴェルトは苛立ちの混じった声で叫んだ。

ノルヴェルトは一年程前に、この難民達と同様に一団に保護された。
齢十五のエルヴァーンの少年である。
数ヶ月前に、念願かなって一団の一員として迎えられた。
今は一団のリーダーであるマキューシオと、護衛部隊所属のフィルナードに剣の稽古をつけてもらいながら、難民の少年から戦う戦士になるべく目下奮闘中の身である。

それにしてもーー
ここは本来、落ち着くように難民達を諭すのが護衛の勤めであろう。
生憎、エルヴァーンの少年は今まで戦線近くに身を置いた経験を持ち合わせていない。
いきなり難民の護衛を任されたノルヴェルトは、動揺と緊張でそれどころではなかった。

ノルヴェルトは、ミスラ族の戦士セトが代表を務める護衛部隊に所属している。
だが今は総力戦。
全体のリーダーであるマキューシオの指揮により、護衛部隊は全員前線へと出ているのだ。

谷の幅は百メートルあるかないかでそう広くは無い。
総力を前面に寄せれば獣人の進行を阻むことはできる。
負傷した者や魔力を使い果たした魔道士は一旦下がり、別の者が入れ替わりに前に出て開いた穴を埋めるという余裕も多少はあるわけだ。

しかしーー中がこれほどまでにがら空きというのは如何なものか。
これまでチョコボの世話や本陣での留守番しか勤めたことがないのに、こんな状況でがら空きの空間に難民と残されたノルヴェルトは気が気ではなかった。

先程まではマキューシオを中心としたいつものメンバーもこの場にいたが、今はいない。
護衛部隊も戦線に立つよう指示を出した後、マキューシオは思案顔で東側、谷の先を眺めていた。

そして退避か応戦か、判断を仰ぐ皆に対して彼が出した指示は『維持』。

こちらから攻めに出ることはせず、ただ全総力を賭して食い止めていろという。
スティユ、セト、ワジジに、各部隊へ報告して即防衛態勢に入るよう指揮。
フィルナードとノルヴェルトへ順に視線を投げると『ここに』と端的に言った。
そして何の説明も無く、事実上副リーダーであるドルススに同行を願うと、チョコボに跨り二人で谷の先へと駆けていってしまったのである。

この谷は北から南へとそびえている山脈の端が若干切り離されたような形にできている。
西にある戦場跡を目指して東方向から進行してきたマキューシオらは、往路でこの崖を目にしていた。
いくら難民を連れていないので早く進行できるといっても、わざわざ行動が限られる谷を通って西へ向かうのはいささか警戒に欠ける。
よって戦場跡に向かう時は谷を通らず、切り離されたようになっている南側を回って西に向かった。
谷を通れば二キロと距離はなかったかもしれないが、南を回ってもそんなに時間は掛からなかったので杞憂によって損をしたとも感じなかった。

むしろ今のこの状況の方が、ノルヴェルトには不満でいっぱいだった。

ノルヴェルトは、先日町で新調した鎖帷子製の鎧を身に着けている。
腰に下げた剣に手を掛けたまま、歯噛みして前線とマキューシオ達が向かった谷の先とを見比べる。
谷の先は一直線で障害物もなく、谷の終わりもはっきりと見て分かる。
マキューシオとドルススの姿は小さく点のように見えてはいるのだが、何処を向いているのかはもちろん、チョコボを走らせているのかすら分からなかった。

「――マキューシオ…ッ」

谷の先に目を細め、唸るように師の名を呼ぶ。

そしてノルヴェルトは、はっと思い出したように背後を振り返った。
見ると、難民達が身を寄せ合っているのと反対側の隅に、一人の男が腰を下ろしていた。
伸ばしっぱなしの黒髪を俯いて顔の前に垂らし、足を組んでじっと座り込んでいる。
漆黒の鎧を纏ったエルヴァーンの騎士。

ノルヴェルトと同様に難民の護衛を任されたもう一人の男、フィルナードである。

護衛の役目は、保護した者達が戦士達と距離を置くことにより完全に孤立してしまわぬよう、又、パニックを起こして勝手な行動に走らないように傍で見守ること。
セトのような護衛慣れしている者であれば、難民に話しかけたり、余裕の素振りを見せて多少なりとも精神的な安全も提供してみせるところ。
とにかく護衛というのは、そうそう戦況に大きく影響を与えはしないが重要な役目である。

ところがフィルナードは、大きな黒い鎌を背中に携えたまま座り込み、先程から俯いたままで寝ているのではないかと思えるほど身動きをしなかった。
信じられない話だが、あのフィルナードも所属は護衛部隊である。
ああいった彼の姿勢をこういう状況で目の当たりにすると、日頃セトがフィルナードに対して肩を怒らせている理由がよく分かる。


「――ちょ、っとマキューシオは!?」

ノルヴェルトが物申したい顔でフィルナードを見つめていると、戦線の方からヒュームの女魔道士に肩を貸したセトがやって来た。
その様子を見てノルヴェルトは目を見張って駆け寄る。
難民達が集まっている場所の少し手前で魔道士がゆっくりと膝を着いた。

「このあたりで、大丈夫だから……」

セトにそう断って座り込む魔道士。
脇腹に攻撃を受けたのか、ローブに血が滲んでいた。

「そう? んじゃ悪いけど自分で癒して。ゆっくりでいいからさー」

負傷した女魔道士に軽い口調でそんなことを言っているミスラの戦士。
その後ろに立ち、ノルヴェルトは額に油汗を浮かべている魔道士を見て眉をしかめた。
他の魔道士を呼んで来なくて大丈夫なのか?

「セト……」

「んぁー、ニーザのことはいいから!マキューシオはどうしたの、いないじゃんよ!」

早口で言いながら少年に詰め寄ったセトは、何処を見ているんだと言わんばかりの顔。
ノルヴェルトは負傷した女魔道士のことを極普通に気にかけているだけなのだが……。
「まさか、前線突っ込んじゃった系!?」
セトはお構いなしで戦線の方を引きつった顔で見ている。

セトは顔に模様のある白髪の若いミスラ。
護衛部隊の代表を任されている一人前の女戦士だ。
独特な口調のお喋りな姉御肌で、一回りも年は離れていないがノルヴェルトの上官ということになる。

「いや……」

マキューシオはセト達が去った後、すぐにドルススを連れて谷の先へ行った。

そう説明しようとするが、セトは少年の説明を待たずに、彼の肩を押しのけて難民達の元に歩を進めた。
あっけらかんとした顔で声を張る。

「戦況は安定してるから心配ないよ! 楽勝楽勝!」

すがる視線を集めている難民達を眺めながら、セトは背後のノルヴェルトに問いを重ねる。

「は? 待って、ノルヴェルトだけなのもしかして、ここに就いてんの? だってさっきスティユも前の方にいたじゃんよ。ドルススは? だからマキューシオ何処行っちゃったんよ、マジであんた一人なの?」

質問をしておいて回答を待たずに捲くし立てるセトの後ろを、何か言いかけの顔のまま付いて歩くノルヴェルト。
やがて『ねぇ』と言って足を止めてセトが振り返った。
恨めしそうな顔になってじっと彼女を見つめるノルヴェルト。
無言でフィルナードのことを指差した。

ノルヴェルトが指で示した先を見て、目に何かが入った時のような声をセトが漏らす。
眉をしかめた彼女は怪訝な顔になり、地を這うような声を出した。

「……そうか……。マキューシオ、またオブジェ置いてどっか行ったんね」

「オブジェ?」

「あんなんオブジェじゃんか!だって何にもしないんよ?んでもあの人、何もしないくせに見掛けは超強そうじゃん? だから難民達はあれが近くに置いてあると結構、気休めになるみたいなんよねー」

『だから通称「安心オブジェ」』と、半眼になってフィルナードを見ながらセトは言った。
その説明にどこか非常に納得してしまうノルヴェルトだったが、同じ護衛をする立場から見るとかなり文句を言いたくなる光景なのは間違いない。

「ちょっとぉ~もぉ~、マキューシオ……どうする気なんよぉ~」

砂埃と返り血で汚れた顔を腕でごしごしと擦りながらセトが呻く。

マキューシオは『維持』と言った。
攻めには出ずに、ただ食い止めろと。

確かに、数では負けているが維持できないことは無い。
衝突面積がそう広くはないので、あちらには順番待ちがたくさんいるというだけのこと。

ただこの状態をあまり長時間続けていても意味はない。
むしろ、それでは駄目だ。
消耗の影は数の少ないこちら側に先に現れるに決まっているのだから。

どうせなら、戦士達が食い止めている間に難民を東へ逃がせば良いのではないか?
そもそも難民が早く進行できなかったから、こうして振り切れずに獣人軍に追い付かれてしまったわけであるし。

ノルヴェルトは思って、マキューシオのいる谷の先を眺めた。

もしかするとマキューシオは、退避する前の安全確認に向かったのかもしれない。

色々と推理してみるが、正直なところノルヴェルトは何でも良いからマキューシオに早く戻ってほしかった。

「ってかホントあのおっさんの態度、マジでムカつくんだけど」

隣でセトが噛み殺したような声で言っているのが聞こえる。
視線を見下ろすと、彼女はフィルナードを睨んでいた。
確かにその不満に関してはノルヴェルトも同感である。
何か行動するように仰いでみようかとフィルナードに視線を向ける。

不意に、じっと動かなかったエルヴァーンの騎士がゆっくりと腰を上げた。
「あ、動いた!」
ミスラ特有の獣的な耳をぴんと立ててセトが実況する。
立ち上がったフィルナードはわずかに谷の先へ顔を向け、そのまま再び動かなくなった。
眉間にしわを寄せて訝しむセトを置いて、ノルヴェルトはフィルナードの元へ歩を進める。

どうしたのかと尋ねようと口を開くと、先に言われた。

「……おいガキ、お待ちかねのリーダーからのご指示だ」

垂れ下がった黒髪のせいでフィルナードの表情は見えなかった。
だが、口元は若干笑っているのが見える。
セトが遅れてノルヴェルトの横に追い付いた頃になって、フィルナードは顎で谷の先を示して言葉を続けた。

「代表格を集めろと言っている」

「マキューシオが?」

ノルヴェルトとセトは二人して谷の先へと目を見張った。
極小さな点だったマキューシオとドルススは、確かにこちらに向かって戻ってきているようだ。
あんなに大きいガルカ族のドルススが、あんなに小さくなって腕を振っているのが見える。
しかし当然、彼が何を言っているのかなんて分からなかった。
彼らはあんなにも遠いし、西側では戦士達が今も獣人軍に応戦していて大変賑やかだ。

……もしかしてマキューシオとフィルナードは、密かにリンクシェルを持っている?

そうでもなければあそこから指示が伝わるものか。

ノルヴェルトはフィルナードを見上げる。
しかし、その疑問を解消する時間は与えられなかった。

「何でもいいや、分かった!ノルヴェルトはスティユ呼んで来て!」

早合点したセトが、ばしっと少年の肩を叩く。

「ワジジはかなり前の方に突っ込んでたから、うちが連れてくんよ!」

そう言うが早いか、セトは腰に収めていた剣をしゃっと引き抜いて戦線へと駆けていく。
彼女の迅速な行動に目を白黒して、ノルヴェルトも慌てて意味も無く腰の剣を抜いた。

「わ、分かりました。僕行ってきますから……っ」

浮き足たってセトの後を追うように戦線へと向かって駆けて行く少年。
フィルナードは視線で追うこともせずに、ただ突っ立って虚空を見ていた。

そしてまたゆっくりと腰を下ろす。
壁に背を預けると俯いて、身動きしなくなった。

ふと――何かに気が付いたように、肩を揺らして喉の奥で笑う。

「……くく……そうか、そういうことか」

気だるそうに谷の先、チョコボを走らせてこちらに戻ってくる男を眺めた。

「面白い」



案の定、ワジジは魔道士であるにも関わらず最前線まで突出していた。
タルタル族の魔道士という己の条件を完全無視したその熱狂振りを見れば、彼が仲間達から『前衛魔道士』と言われているのも分かる気がする。
ワジジと、彼を連れ戻してきたセトが戻った丁度その頃。
マキューシオとドルススの二人も、フィルナードがいる場所まで戻ってきた。
再びいつものメンバーが顔を揃える。

「よし、皆揃っているな」

チョコボから降りながら言って、マキューシオは皆の顔を順番に見た。

マキューシオはブラウンの瞳をした黒髪のヒューム族。
年はまだ二十代と思われる青年である。

彼とほぼ同時にチョコボから降りたドルススは、集まった仲間達の輪に入る様子は無く、自分が乗っていたチョコボの手綱を引いてあと三羽いるチョコボの元に向かった。
なぜドルススは行ってしまうのかと、ノルヴェルトは視線で追う。
だが、彼はマキューシオと一緒にいたのだ。
これからの指示を聞く必要はないのである。


「醜い足音が、南を走っているぞ」

いきなり、皮肉れた笑いの混じった声でフィルナードが言った。
四人は疑問符を浮かべて彼を振り返る。

「あぁ、だから時間がない」

マキューシオは頷いた。
続けて、フィルナードに問い掛ける。

「向かう先は?」

「東だ」

「よし」

淡々と確認し、マキューシオはもう一度頷いてみせる。
眉を寄せている四人に向き直って声を張った。

「これから二手に分かれる!スティユ、セト、フィルナードはこのまま西側だ」

そこまで言って、四羽のチョコボの手綱を引いて戻ってきたドルススを振り返る。

「頼んだぞ、ドルスス」

ガルカ族のドルススは、モンクであるので動きやすい布製の防具を身につけている。
頷きを返し、マキューシオの言葉を無言で受け取るドルススの姿を見て、スティユがはっと目を見張った。
彼女はマキューシオの動向に鋭い。

「俺もお前さんと行っても構わんがなぁ」

やはり一言言いたくなったのか、大きな手で太い首を掻きながら苦笑するドルスス。
マキューシオは首を横に振る。

「君になら、皆安心してついていける」

指示を出す時よりも少しばかり声を抑えたマキューシオが言い切る。
即座にスティユが声を投げ込んだ。

「危険なんですね」

マキューシオはここぞという時、必ずドルススを自分と別の配置に置く。
それは単なる戦力の分配ではない。
もし、万が一の事態に見舞われたときに、共倒れにならぬため。

それをいち早く察知したスティユは神妙な顔でマキューシオを見つめた。
彼女の眼差しにマキューシオはにこと笑みを浮かべて『大丈夫だ』などと言う。
そして手早く仲間達に指示を出していく。

「セトは難民達の傍にいてくれ。少々手荒なことをするから、彼らがパニックにならないよう頼む」

「了解~えぇぇぇ何する気なんよっ!?」

「それから護衛部隊から弓手がメインの一小隊を貸してくれ。他は現状通り前線へ。フィルナードはここにいてくれ。ワジジ、君は私と一緒に来てほしい。それと後衛部隊の魔道士から四人魔道士を選んでくれ。選抜条件は魔力や経験じゃない、君と息が合うかどうかが重要だ。それともう一つ、タルタルであること」

「おう、分かったぞ!獣人共をふっ飛ばしてやる!!」

戦闘に入ると気が高ぶって言葉遣いが酷いことになるワジジは、腕を振り回して答えた。
そうしてセトとワジジはすぐさま戦線の方へと駆けて行く。
口早に指示を出したマキューシオは彼らの背中を数秒間見送った後、次はスティユへと視線を移した。

「スティユはドルススの補佐を。前線の指揮はドルススに託す」

「……敵を拡散したんですね」

上目遣いになって、まるで睨むような視線をマキューシオに向け、スティユがそう口を開いた。

スティユは華奢な体にアースダブレットを装備した、長い金髪を一本に結わいているヒュームの女戦士だ。
所属は前衛部隊であり、聡明な彼女は普段マキューシオの補佐を勤めている。

「クゥダフ達が攻め切れずに業を煮やして二手に分かれるよう仕向けた……。こちらの総戦力が前面に集中しているのを見た連中は、恐らく半分以上を東に回すわ。クゥダフ達はこの辺りの土地を良く知っているから、東から回り込めるとすぐに気付く」

彼女は真っ直ぐにマキューシオの目を見つめたまま、すらすらと説く。

「作戦通り、戦線まで出られずにいた多くの控え連中は今、東に移動してるようですね」

それらを聞き、ノルヴェルトはようやく今の状況を知る。

理解できたことは喜ばしい。
しかし、同時にそれは、激しく動揺する事態であった。

――今、獣人達にこの谷間で挟み撃ちにされようとしている?

「それで、一小隊と魔道士五人を連れて、どうするつもりなんです?」

鋭い眼差しを向けたまま、落ち着いてはいるがどこか威圧的な声でスティユは問うた。
問い質されたマキューシオは目を瞬かせ、ちらっと彼女から視線を逸らした。
そして仕舞いには、困ったように片目を閉じて唸る。

マキューシオの後ろでチョコボの手綱を持って立っていたドルススが大声で笑った。

「はっは!スティユに言ったら絶対に怒るからなぁ!言えないよなぁマキューシオ!」

大変愉快そうに笑い続ける彼をカッと見上げるスティユ。
そして『マキューシオ!』と肩を怒らせる。
ばんばんと大きな手でマキューシオの肩を叩くと、ドルススは白い歯を剥いて笑った。

「はっはっは!まぁこれはマキューシオ、これが片付いた後にこってり絞られろ!」

彼につられる様に苦笑を浮かべるマキューシオ。
その様子を見てスティユは、今度は至極心配そうな顔をする。
何か言いたげな顔で彼女が手を伸ばすと、マキューシオはその手に軽く触れて呟く。
「すまない……」 そしてすぐに踵を返し、彼は再びチョコボに跨った。
セトとワジジが指示された者達を連れて戻ってくる。

「ぼ、僕も連れてってください!」

――と、やって来た戦士達への指示に入ろうとしているマキューシオの前に飛び出して、ノルヴェルトが叫んだ。
少年のその行動に、その場にいた皆が目を丸くする。

ノルヴェルトは自分でもよく分からなかったが、なぜかとても、とっても面白くない気分だった。
少年の申し出に、マキューシオはわずかに目を見開くと、ふと考える目をする。

「無理に決まってんじゃん、何言ってんの!」

「お前は弱いから邪魔になるだけだチビ!!」

戻ってきたセトワジコンビの真っ直ぐな言葉が少年の背中に突き刺さる。
意見などではなく、ただの罵声のようなその声にぐっと唇を噛むノルヴェルト。
特にワジジに何か言いたげな眼差しを向けているエルヴァーンの少年を、マキューシオはチョコボの上から穏やかな顔で見下ろした。

「……ノルヴェルト、君は難民の護衛兼フィルナードの補佐を頼む」

諭すように言うが、少年は銀髪を振って意地になったように叫ぶ。

「行きたいんだ!僕も連れて行ってよマキューシオ!」

ノルヴェルトはすがるような目でマキューシオを見上げて胸を叩く。

「僕も戦える!何匹かやってみせるよ!いつもチョコボの世話とかそんなのばっかりだ。戦わないと強くならないよマキューシオお願い!」

マキューシオのすぐ横まで駆け寄ると必死に懇願する。
しかし、師の穏やかな顔は、徐々に感情が沈んでいくようだった。
やがて表情が消え、横目でフィルナードを見る。

「フィルナード」

「早く行け。もうじき東に出る」

呼び掛けると応えるように、俯いたままのフィルナードがくぐもった声で言った。
ノルヴェルトは伸びをして再度マキューシオを呼ぶが、視線を戻した師はとても真剣な顔だった。

「君の役目は今伝えた通りだ。分かったね」

「――マキューシオ!」

「ワジジッ、乗れ!」

マキューシオはノルヴェルトの切実な願いを聞き入れなかった。
手綱を引いてチョコボを東に向けると、後ろ手にワジジへと手を差し出す。
ワジジは威勢良く返事をして小さな杖を背中に携え、マキューシオの手に飛びついた。
集められた他の戦士達はドルススが指示を伝達し、すでに戦士一人と魔道士一人のペアになってチョコボに跨っていた。

なぜマキューシオが魔道士をタルタルにしろと言ったのか。
それは一羽のチョコボに二人騎乗するからであった。

武装したガルガを乗せて走ることもできるチョコボであるが、武装した者二人はさすがに負担が大きい。

今やチョコボは、ほとんどをアルタナの軍が管理している、貴重な軍の足の一つだ。
そんなご時世で、軍所属でないマキューシオ達が辛うじて保持できているのは五羽。
その貴重なチョコボを安易に痛めるわけにはいかない。

ワジジを前に座らせると、マキューシオは肩越しにドルススを振り返って声を張った。

「頼む!」

ドルススが太い腕を上げた。

「無茶はするなぁ!」

その声に背中を押されるように、マキューシオとワジジの乗ったチョコボは駆け出した。
後の四羽も続いて谷の先、東に向かって駆け出す。
二人ずつ騎乗しているとは言え一人はタルタルだ。
スピードは一人騎乗時とほぼ変わりない。
この後彼らにとってチョコボのスピードが重要になることを知っているドルススは、風のように走っていく五羽のチョコボをじっと見送った。


「ドルススッ、僕も戦えるから……っ!」

マキューシオに置き去りにされたノルヴェルトは諦めず、ドルススに駆け寄った。

眉を開いて少年に向き直ったドルススは、にっと笑みを浮かべていた。
その顔を見たノルヴェルトは、うっと言葉を詰まらせて悲しげな顔をする。
そのドルススの表情は、不満を言うノルヴェルトを笑って宥める時に決まってするものだった。

「マキューシオの指揮に従いなさい、ノルヴェルト」

抑揚の無い事務的な声で言ったのはスティユであった。

「あなたはもう私達の一員なのよ、その自覚を持って。マキューシオの力になるには、何より彼から指示された任を確実にこなすこと」

腰のベルトに携えている短剣に視線を落とし、それを引き抜く彼女。
静かに、だがとても、何かに怒っているように見えた。
彼女を怒らせたのかと思い、ノルヴェルトは言葉を失って硬直する。
だが、そんな焦りを思い切り顔に出している少年の背中をドルススが叩いた。

「はっはっは!まぁこういう風に、自分にそう言い聞かせて我慢してるメンバーもいるんでな。大人しく指示に従えノルヴェルト。我慢すればするほど、早く大人になれるぞ」

豪快に笑いながらいい加減なことを言っているドルススを見上げて、ノルヴェルトはあからさまにムッとした。

つまり、まだ子どもだと言われているのだ。
当然、面白くない。


ドルススは手をバンッと叩くと、大きく息を吸い込んだ。

「よぉしお前さん方、指示はマキューシオから聞いての通りだ。各自しっかり頼むぞ!」

仲間達を鼓舞するドルススの脇で、どうにも信じがたいという顔でセトが頬を掻く。

「ねぇ、マジであの人数だけで東に対応すんの?」

「はっは、質問は全部終わってからいくらでも受け付けるとするかな!それじゃあ、ここを頼んだぞ。行こう、スティユ」

そう言って丸太のように太い腕をぐるぐると回しながら、まるで日曜大工に取り掛かるかのような足取りで戦線へと向かって歩き出すドルスス。
その呑気な背中に『ちょっとー!』とセトが叫ぶが、ドルススは一向にお構いなし。
ほったらかしのセトに対して、ドルススの代わりにスティユが『大丈夫』と言葉を投げる。
彼女は華奢な体に緊張感を纏わせ、副リーダーであるガルカの後を追った。


「……むぁーーーーしょうがないっ」

戦線へと戻っていく二人を見送ると、髪の毛をかき混ぜながらセトは呻いた。
そして眉をしかめた厳しい目つきでノルヴェルトを睨む。

「っつ~かぁ~ノルヴェルト!言っとくけど、あんたはうちの下だかんね?あんまり聞き分け悪いからマキューシオが直に指示出してるだけだから」

上目遣いになって噛み締めるようにノルヴェルトを戒めた。
『勘違いすんな?』と、ノルヴェルトの胸に指を突き付ける。

「ノルヴェルトの腕じゃまだ戦線は無・理・だ・よ。……まったく……」

ぶちぶちと文句を垂れると、ふと遠くに目を止めて目を見開いた。
ノルヴェルトの向こう側、難民達の方へちらりと視線を逸らすといきなり声を張る。

「ん、あっ、ねぇーーーもう大丈夫なん?」

疑問符を浮かべたノルヴェルトが彼女の視線の先を見る。
先程の女魔道士の姿があった。
彼女はセトが言った通り、自分の力で少しずつ自らを癒し、戦線に戻れるまでに回復して立ち上がったところだった。
片手を上げて笑顔を見せる彼女をセトは手招きして呼び寄せる。
足早にセトの傍へやってきた彼女は、油汗をかいていた先程とは見違える顔色をしており、ノルヴェルトは内心ほっとした。

「ごめん、悪いんだけどさぁ。戻る前に一通りみんなのこと看てってくんない?」

『みんな』と言ってセトが示したのは、一箇所に集まってじっとしている難民達。
戦場跡から保護されてからもしっかりした治療を受けられずにいる者達が多い。
セトは先程戦線から女魔道士を運び込んだ後にざっと難民達を見て回り、簡易的なものでも構わないので処置を施すべきだと判断したようだ。

もう一人くらい魔道士を連れてきた方がスムーズだと思ったが、そこまですることはない。
今はとにかく『維持』だ。
少しでも戦況が押されるようなことがあってはならない。
戦況が乱れれば、難民達全員を危険に晒すことになりかねないのだから。

「うちも回るからさ」

「OK、任せて」

――二人が頷き合って難民達へと足を向けた、その時。

地べたに座り込んでいる難民達の中で、一人の少年がすっくと立ち上がった。
横になっている者を跨いで集合体から出てくる。
痩せ細った体の、まだ幼いヒュームの少年だった。

「ランディ……ランディ戻って!」

少年が出てきた辺りに、何度も呼びながら立ち上がろうとしている少女がいる。
少年と同じくヒューム族のその少女は、足を負傷しているようだ。
苦痛の表情を浮かべつつも、必死に少年の後を追おうと膝を立てて這っていた。

少女の呼び声を無視して出てきた少年は、目を丸くしているセトらの横を駆け抜ける。
行く手を阻むべきなのか分かりかねておろおろしているノルヴェルトの脇も通り過ぎた。

そうして真っ直ぐに少年が向かったのは、漆黒の鎧を身につけたエルヴァーンの騎士、フィルナードのもとだった。
岩壁に背を預けて座り込んでいるフィルナードの前まで駆け寄ると少年は口を開く。

「戦う……」

手前にいた三人をスルーしてフィルナードの元に向かったのは、単純に今、この場にいる者の中で一番強そうなのが彼だろうか。
子どもは正直だ。
そして『安心オブジェ』の効力もやはり侮りがたい。

「お~い、ちょっと~」

少年の声に全く反応を示さないフィルナードの代わりに、セトが声をかける。
少年のところへ軽い駆け足で向かうセトとは反対に、女魔道士は少年を呼び続けている少女の元へ行く。
両者を見比べたノルヴェルトは困惑した様子でとりあえずセトの後に続いた。

「その熱い正義感は褒めてあげるけどさ、とりあえず今回は補欠だぞ~」

少年の横で屈んで笑いながらそう言うセトの口調は明るい。
フィルナードの前から動こうとしない少年は十歳前後と見え、細身であまり恵まれた家柄ではないと思われる身なりをしていた。
ぎゅっと口を引き結んでフィルナードを見つめている少年の横顔を見、ノルヴェルトはなぜだか急激に羞恥心を抱く。

自分よりも五、六歳年下と思われるそのヒュームの少年が、まるで以前の自分のように思えた。
そんな細い体で、そんな小さな手で、何をどうしてどう戦うというのか。
その様子が滑稽に思え、以前の自分が皆にはこう見えていたのかと思うと恥ずかしくなった。
居た堪れなくなり、なぜか胸の内で一生懸命弁解する。

自分がそれを口にしたのは一年ちょっと前のことであって、この少年ほど子どもじゃなかった。
鎧を装備した状態で歩けたし、剣も握れた。
剣を振るうことは難しかったが……でも、この少年よりは身長もあったし、力もあった!

「大丈夫だから落ち着いてっ」

後ろで語気を強めた女魔道士の声が聞こえる。
考え込んでいたノルヴェルトははっと振り返った。
見ると、少年を呼び止めようとしていた少女がこちら近くまで這ってきていた。
少女は必死に膝を着いて進み、あの様子だと膝の皮膚は相当傷付いているに違いない。
「戻って!ダメよ!!」
少女はそう言って少年に向かって手を伸ばした。
それを言いたいのは私だとでも言いたげな顔で、女魔道士が少女の体を支える。

少女がなぜそんな状態になっているのか疑問に感じたノルヴェルト。
見下ろすと、這いずって来た少女のブーツは妙に変形しており、真っ黒に汚れていた。
少女は両足を負傷しているのだ。
それも、今後永久に自らの足で立つことができぬほどに。

「姉ちゃんはそこにいればいいよ!」

ノルヴェルトが少女の足に目を見張っていると、少年が彼女を振り返って叫んだ。
少女が即座に叫び返す。

「絶対ダメ!お姉ちゃんと一緒にいるの!!」

「ダメだよ!みんな死んじゃうよ!戦わなきゃっ!お姉ちゃんは待っててよ!」

どうやらこの二人は姉弟のようだ。 極自然に足元で姉弟喧嘩が始まる。

「あーあーあーそう喚かないのーーーー」

弟の腕を掴んで引っ張る姉と、掴まれた腕を振り払おうとしている弟の間に屈んでセトが声を上げる。
力いっぱい弟の腕を掴んでいる姉の手を引き離すと、セトは弟少年の肩を掴んで自分に向き直らせる。
姉の方は女魔道士が抱き押さえ、落ち着くように何度も言い聞かせた。
ノルヴェルトは呆然と見下ろしているしかできない。
ふぅと息をひとつついて、セトは弟少年の目を見つめて口を開く。

「あんねぇ弟っ、お姉ちゃん怪我してるじゃんよ。どうして傍にいてあげないの?」

弟少年は汚れた顔で真っ直ぐにセトを見つめ返して答える。

「ぼくも何かしなきゃ、ぼくも姉ちゃんも殺されちゃうから」

「うん~、でしょ?お姉ちゃん守りたいんでしょ?」

セトの問いに対して少年はこくりと深く頷いて見せる。
それを見届け、ミスラの戦士は誤魔化さずに言葉を紡いだ。

「でもはっきり言っちゃうとさ、守りたいって気持ちだけじゃ守れないんよ。うん、今のあんたにはちょっと無理。人にはそれぞれできるレベルってのがあってねー……えーと……そうだなぁ…」

斜め上の虚空を睨み、口を曲げる。
言葉を選び、すぐに続ける。

「そう、戦うのは、お姉ちゃんを抱っこできるくらいにならないと無理だと思うよ」

セトなりに分かりやすく説き伏せようとしているようだが、こういう役回りはいつもマキューシオがこなしているのでイマイチ滑らかさに欠ける。
目を瞬かせている少年に苦笑して見せると、セトは立ち上がって傍にいたノルヴェルトの背中を叩いた。

「このお兄ちゃんくらいになったら大丈夫なんだけどね!」

突然ばしりと叩かれたノルヴェルトは恨めしそうな顔を向ける。
セトはにひひと笑った。
そして、ぽかんと口を開けている弟少年に肩をすくめて見せる。
「今あんたにできるのは、お姉ちゃんの手を握っててあげることかな。ちょっと、ほら見てよ。あんたのお姉ちゃん、うちらの手に負えないからさぁ」

姉である少女は半ば取り押さえられるような形で女魔道士に抱き締められている。

「それと……守りたいからってね?守りたいものに背を向けて戦いに行っちゃ駄目なんよ。あんたはお姉ちゃんから離れちゃ駄目、傍にいなきゃ」

何か流れを掴んだかのように、セトはぴっと人差し指を伸ばして弟少年に説いた。

「じゃないと、いざって時にお姉ちゃんに手が届かないじゃん?お姉ちゃん転びそうになった時、ぱっと支えてあげられないっしょ?だからあんたは戦いに行ったりしないで、お姉ちゃんと一緒にいてあげるの」

少年のくしゃくしゃの頭に手を置くと『分かった?』とセトは首を傾げる。
すると弟少年は、しばしの沈黙を置く。
やがて、少年は涙の滲んだ大きな瞳を揺らし、また深く頷いた。
ぐりぐりと少年の頭を撫でて明るい声で笑うセト。

「あんた将来騎士になるよね、きっと。そんな感じする~」

勝手にそんなことを言って笑うと、その顔のまま、今度はノルヴェルトを見上げた。
ノルヴェルトは、セトが少年に対して言った言葉を聞いて神妙な顔をしている。
セトが眉を開く。

「ふっふーん、やっぱりそういう顔するんね~ノルヴェルト」
わずかに苦しさを抱えたノルヴェルトの瞳を見て、すぐに種明かし。
「……ぶっちゃけ、今の大体がマキューシオからの受け売りだから」

やっぱり、道理で胸に響くわけだ。

ノルヴェルトは内心セトに対してやや失敬な納得をしつつも、情けない顔になった。
そんな彼を見て満足したように、セトは八重歯を見せて笑った。

「ほら、じゃあお兄ちゃん!この子あっちに運んであげて!」

再びばんばんとノルヴェルトの背中を叩いてセトは少女のことを示した。

このタイミングはあれだろう。
‟お姉ちゃんを抱っこできる”ところを少年に見せろということだ。

戦いに行こうとした弟を何としても止めようと必死だった少女は、まだ興奮冷めやらぬ様子。
弟を睨むような強い視線でじっと見つめている。

少年の姉である少女は、見たところノルヴェルトと同じくらいの年だ。
ノルヴェルトはどこか気恥ずかしかったが、上役の命令には従えと叱られたばかりの身であるし、この場合拒否は有り得ない。
一瞬たじろいだものの、ノルヴェルトは無言のまま少女の体を抱き上げた。
昔、幼い弟を背中に負ぶったことはあったが、こうして異性を抱き上げたことなど一度も無い。
視界の下の方に酷く擦り剥けた少女の膝がちらつく。
ノルヴェルトはとてもじゃないが直視出来ず、前だけを見つめてずんずん歩いた。
難民達の中に入ると、元々この姉弟がいたと思われる場所まで進む。
腕の中で身を縮めている少女をゆっくりと地面に降ろす。

――だが、地面に降ろし切る前に突然少女が動き、ノルヴェルトは不恰好に片膝を着いた。
ノルヴェルトの後についてきていた弟に向かって少女が身を乗り出したのである。
弟を力いっぱい抱き寄せる少女に思わず何か言いたげな顔を向けるノルヴェルト。
だが、姉に抱き締められた弟がじっと横目でこちらを見上げているのに気付く。

「ありがと」

そう言う少年の掠れた声が聞こえる。
若干最後に無様なところを見られたのが玉に瑕だが、ノルヴェルトは勝ち誇ったような気分だった。
幼い少年相手に大人気ないことこの上ないが、ノルヴェルトもまだ少年の部類に入るので仕方ない。
いっちょ前に『こんなもんさ』と言いたくなる口を噤んで、ノルヴェルトはふと少女に目を留める。
弟を抱き締めてじっと何処かを見つめている少女の呼吸にはまだ落ち着きが無い。
危うく可愛い弟が自ら死地に行ってしまうところだったのだ。さぞ怖かったのだろう。

そう考えたが、よく見る内にそれだけではない気がしてきた。

少女の顔色が悪い……とても。

傷や痣が散らばっている少女の顔はやつれており、乾いた唇は生色を失っている。

「――…ト……セト…ッ!」

上擦った声で呼びながら振り返ると、先程の位置に残っているセトと女魔道士が並んでこちらを見ていた。
女魔道士の話を真顔で聞いていたセトは、狼狽したノルヴェルトの様子を見て頷く。

まるで、ノルヴェルトが言わんとしていることを承知しているかのように。

彼女が何を承知して頷いているのか分からず、ノルヴェルトは慌しくセト達の元に引き返した。

そして難民達の集まりの中から抜け出して駆け足になったところで――
ふと、戦線とは逆方向の谷の先へと視線を向けたノルヴェルトは、思わずその足を止める。

先程マキューシオとドルススの二人が行っていた頃には、谷の終わりが見えていた。
しかし、今は膨大な黒い蠢きが谷の終わりを埋め、点のようになったチョコボが右往左往しているのが辛うじて見える。
その光景は絶望を絵に描いたような眺めであった。

ついに、二手に分かれた獣人軍の一方が谷の先から攻め込んできている。

信じたくない光景にノルヴェルトは声を失い、その場に呆然と立ち尽くした。



<To be continued>

あとがき

『思い出よ、永久に美しく ~大切なもの~』です。
2007年にイベント参加させていただいた際に書き下ろしたストーリーです。
文量が馬鹿なので、分割して掲載させていただきます。
本で出版した際は、ノルヴェルトカラーのしおりを付けましたね。笑
読んでくださる方に土下座の意味を込めて(;´Д`)

この話の時間軸は、第二章の第八話「指導者」の数ヶ月前くらいです。

二軍のみんなが生きる姿、ご覧ください!