問われた剣の選択を
2005/01/15公開
どっちが上でどっちが下なのかまったく分からない。
そのような深い深い闇の中に沈んでいると、突然、身体のどこかに激痛が走った。
自分の短い悲鳴が聞こえ目を覚ますと、ノルヴェルトの身体は地面をのたうっていた。
脇腹を庇うように身を丸めている。恐らく、痛みを感じたのはそこだ。
歯を食い縛ると、口の中が血の味に満たされていることに気付く。
思い出したように忙しく呼吸をすると、脳に激痛を伝えているのは脇腹だけではないという現実が広がった。
身を硬くしたまま苦痛に耐えていると、黒い影が自分を見下ろしていることに気がつく。
昔から変わらない、冷たい眼差しが、今宵も静かに、鋭く自分を見つめていた。
「……お前は攻めることばかりで、すぐに盾の存在を忘れる」
薄く動いた唇が、低く冷静にそう告げる。
―――フィルナード。
激痛で目覚めた時、必ず見下ろしている男。
ノルヴェルトは、今回もまた、自分が何を食らって失神したのかさえ思い出せない。
いつもと同じ、今宵もフィルナードに惨敗したノルヴェルトは、朦朧とする頭を振って上半身を起こすと、口の中の不味いものを地面に吐き捨てた。
意識が飛ぶまで、身体が動かなくなるまで戦い続ける。
根気強くフィルナードの稽古を受けてきた結果、そういった精神力は身についたようだ。
―――その甲斐あって、毎晩のように気絶を経験できているわけだが。
「必要のない盾など外せ。代わりに、強力な武器を持つといいだろう」
動かす度に悲鳴をあげる身体に歯噛みしながらフィルナードを見上げる。
自分を蹴り起こした男の切れ長の目が、長い黒髪の間からじっとこちらを見下ろしていた。
彼の背にある大鎌が目に入り、なるほどとその助言に納得した。
どうせ使わないのなら、盾など持つ意味はない。
ノルヴェルトは、すぐさま大鎌を構える自分の姿を思い浮かべていた。
「……まぁ、当分は片手剣で、戦い方を学ぶ必要があるだろうがな」
そう言うとフィルナードは無表情のまま、大鎌を手に取り、ヒュッと音を立てて闇を切る。
そして、地面に落ちたノルヴェルトの剣を弾き上げ、それを空中で掴むと、ノルヴェルトの目の前に突き立てた。
ノルヴェルトは歯を食い縛って俯くと、ぐっと唇と噛んで痛みに耐えながら剣に手を伸ばす。
一体、身体の何箇所を痛めているのか、自分でももう分からない。
とにかく何をするにも激痛が走る。
それでも、剣の柄を握り締め、荒い息を吐きながらフィルナードを睨み上げた。
「……もう一度」
「これ以上やっても、ただの弱い者苛めにしかならん」
願いは即座に却下された。
フィルナードはくるりとノルヴェルトに背を向ける。
毎度毎度、唐突に打ち切られる稽古。
――――逃がす…かっ!!
ノルヴェルトは思い切って身を乗り出し、フィルナードの足目掛けて剣をなぎ払った。
だが―――。
刹那、鎌の柄が剣をあっさりと弾き、次の瞬間にはフィルナードの姿が視界から消えた。
その直後、髪を乱暴に掴まれた。
「うあ…っ!」
見ることはできなかったが、気配で分かる。
フィルナードがすぐ隣に屈み、自分の顔を覗き込んでいる。
「………俺は…お前の感情的な剣は嫌いじゃない」
微かに、噛み殺したような笑い声が聞こえた。
髪はそのまま毟られるんじゃないかと思うほど乱暴に掴まれていたが、やがて、その手がふっと離れる。
あまりの痛さに思わず目に涙が滲んだが、それでもノルヴェルトは必死に耐えた。
「だがな、今日の稽古はこれで終いだ」
低い声でそう告げると、フィルナードはゆっくりと立ち上がる。
ノルヴェルトは荒い呼吸の合間に『……くそっ』と毒付いて、地面に座り込んだ。
雲ひとつない漆黒の夜空に、丸い月がぽっかりと浮かんでいる。
その月が闇に沈んだこの場所を静かに照らし、フィルナードの漆黒の鎧に怪しい光を反射させた。
立ち上がったまま、動く気配のないフィルナードの足を横目に見て、ノルヴェルトは眉をひそめる。
すると、何かを嘲笑うかのような声が降ってきた。
「今日は随分と荒れていたが……何か面白いことでもあったか」
その一言で、ノルヴェルトの頭に一気に血が上る。
忘れようとしていた感情が一気に膨れ上がり、身体を内側から熱くする。
何かあったのかだなんて、本当は予想がついているんじゃないのか?
ノルヴェルトのピリピリした気配を感じ取ったのか、フィルナードは皮肉混じりに言葉を続ける。
「…ふ。何か悩みがあるなら、憧れの軍師様のところに行ってみたらどうだ?」
「―――!!俺はっ!」
最高に癇に障って、力一杯フィルナードを睨みつけた。
だが、あまりにも感情が溢れ過ぎて次の言葉が出てこず、『くそっ…!』と吐き捨てて顔を背けた。
数日前のあの夜。
ノルヴェルトは、あの騎士達のことが心の底から嫌いになっていた。
尊敬や憧れなんて、そんな感情は、もう微塵も残っていない。
「………マキューシオを呼びつけておいて、連中が何て言ったと思います?」
足元の地面を睨みつけたまま、ノルヴェルトは口走った。
ほんの少し吐き出したら、もう止まらなかった。
「『サンドリアに向かう』と言ったんだ。それがどういう意味か、分かりますか?俺、すぐには気付かなかった。でも……連中、完璧に勘違いしてるんですよ。あの軍師なんて、ここの最高指導者は自分だと思い込んでる。それが当然だと思ってる!マキューシオに何を相談するのかと思ったら、いきなり命令ですよ」
こめかみにじんじんとした痺れが広がるのを感じながら、さらに言葉を重ねる。
「それに、連中……スティユのこと召使いみたいにこき使うんです。スティユはマキューシオが何も言わないから黙って従ってるけど、俺は納得できない!……マキューシオも、我が物顔でいる連中になぜ何も言わないんだ。連中、難民の家族達には、“自分達が護ってやってる”みたいな顔するんですよ?」
ノルヴェルトが身を乗り出して訴えるように言うと、フィルナードは静かに、近くの岩場に腰を下ろした。
「ふん……マキューシオはサンドリアに向かうことを拒否したんだろう?別に言い成りになっているわけじゃない。喚くな」
「それは、そうかもしれませんけど!」
ノルヴェルトは食い下がる。
「それが面白くないのか、あいつら日に日に好き勝手言うようになって…」
そこまで言って、震えるような大きな溜め息が漏れる。
「っ……俺は、悔しいです!」
噛み殺すような声で唸ると、拳を振り下ろして力任せに地面をぶっ叩いた。
騎士達のあの当然のような振る舞いは、どうにも我慢がならない。
そして、それに何一つ意見しないマキューシオ達も、理解に苦しむ。
フィルナードは黙って見ているようなガラではないだろうし、残されたのは彼への期待のみだ。
ノルヴェルトにとって、フィルナードが意識的に騎士達との接触を避けていることも、ストレスの種だった。
―――もしフィルナードがいてくれたら。
そんな思いが日増しに膨らむばかりだった。
「……おい、ガキが喚いてるぞ。何とかしろ」
不意に、フィルナードがぼそりと呟いた。
ノルヴェルトが訝しげに彼を見上げると、フィルナードは戦士達の集まる方向をじっと見つめている。
視線の先にいたのは―――マキューシオとドルスス。
ノルヴェルトは思わずぎょっとして身体を強張らせた。
果たして、どこから聞いていたのだろうか。
ノルヴェルトはあまりにも決まりが悪くて、顔を伏せてしまった。
そんな少年に向かって、マキューシオはどこか申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。
「ノルヴェルト……君にも苦労をかけてすまないと思ってる」
気落ちした声だった。
マキューシオの背中をばんと叩いて、ドルススはノルヴェルトにも労いの眼差しを向ける。
「勿論、騎士達に不満があるのはお前さんだけじゃない。皆そうさ」
苦笑しながら太い腕を組み、『ワジジなんか、危なっかしくて騎士達に近付けられんよ』と冗談めかして言う。
確かに、ワジジは発言に無神経なところがある。
ノルヴェルトは思わず苦笑し、同時にドルススの気苦労を察した。
だが―――。
ふと、この二人と一緒にいることの多いスティユの姿が見えないことに気付く。
その瞬間、ノルヴェルトの胸に再び不快な感情が沸き上がった。
「………偉そうな音が、聞こえるな」
突然、フィルナードが唇の端をわずかに吊り上げ、ぼそりと呟いた。
『俺はもう失礼するとしよう』とだけ言い残し、鎧をカチャリと鳴らして背を向ける。
―――偉そうな、音?
ノルヴェルトは耳を澄ますが、特別な物音は何も聞こえない。
不思議に思って視線を送ると、フィルナードは一度だけ足を止めた。
「……今宵は、月が明る過ぎる」
その言葉を残し、彼は再び静かに歩き出す。
やがて近くの岩陰に姿を消すその背中を、ノルヴェルトは黙って見送った。
その時。
後方からマキューシオを呼ぶ声が上がり、ノルヴェルトは反射的に振り返った。
マキューシオとドルススの二人が、こちらに近付いてくる三羽のチョコボを見つめていた。
騎士達だ。
それを確認した瞬間―――今、『マキューシオ』と、呼んだのか?―――と、ノルヴェルトは眉をしかめた。
「マキューシオ。夕餉の時間に、私のもとへ来るよう言ったはずだが?」
例の美青年の騎士と、気の荒そうな銀髪の騎士を伴った軍師が言った。
勝手にチョコボを乗り回している彼らを見て、ノルヴェルトは怒りを覚える。
だが、その怒りを何とか押し殺し、立ち上がると足元を見つめた。
「申し訳ありません。なかなか手が空かないものですから」
マキューシオは変わらぬ穏やかな口調で応じた。
だが、それが逆に気に障ったのか、騎士の一人がチョコボに乗ったまま詰め寄る。
「どうも貴公は、事の重大さを理解していないと見える」
軍師が不在であることが、軍にどれほどの混乱と損失をもたらしているか。
軍師の重大な立場を、過去数回と同じようにまた繰り返す。
それでもマキューシオがまったく表情を変えないので、騎士は舌打ちすると、わざとらしくチョコボの身体をマキューシオの肩にぶつけた。
その様子を見たノルヴェルトは、思わず前に出ようとする。
だがその瞬間、マキューシオが一瞬だけ視線を向けた。
動くな―――という、静かな警告の眼差しを。
「一時はすぐに軍に戻れると安堵したのだが……まさか、遭遇したのが野良犬の群れだったとはな」
ここ数日、悔いるような言葉ばかり口にする軍師の顔には余裕がなく、苛立ちを募らせているのが明らかだった。
初めここにやってきた時は、あれほど感謝の言葉を並べていたというのに、今ではこの有様だ。
ここには最低限の物資しかなく、満足な食事も摂る事ができない。
そうした不便な環境に慣れていないのだろう。軍師はぶつぶつと文句を零しながら、苛立たしげに顎の髭を擦っていた。
マキューシオは、彼らに特別な待遇を与えたりはしない。
それだけが唯一、ノルヴェルトが辛うじて納得しているところだった。
だが、スティユを彼らの世話係りに当てているところは、どうしても釈然としなかった。
連中のことなんて、放っておけばいいのに。
それが、ノルヴェルトの本音だった。
「……それにつきましては、ご安心ください」
不意に、静かな声でマキューシオが言う。
「明日より、我々もサンドリアへ向かいます」
その言葉を聞いた瞬間、ノルヴェルトは弾かれたように顔を上げた。
驚愕の、信じられないという顔で、マキューシオを凝視する。
―――サンドリア方面は今激戦地帯だからって……断ってたじゃないですか!!
騎士達も驚きに眉をひそめ、互いに顔を見合わせている。
「……ほぅ。一体、どういう風の吹き回しだ?」
軍師がそう尋ねるのも無理はない。
あまりにも突然の発表に、ノルヴェルトですらマキューシオの意図を測りかねていた。
その場の視線を全て受けながらも、マキューシオは落ち着いた口調のまま説明を続ける。
「ご覧の通り、私どもだけではあなた方のお力にはなれません。このような至らぬお持て成しを続けるのも、誠に心苦しいことです。であるならば、やはり一刻も早くサンドリアへ向かう方が、賢明であろうと判断いたしました」
騎士達はその言葉を呆気に取られたように聞いていたが、やがて表情の中に明らかな満足の色を広げていった。
その様子を見て、ノルヴェルトの胸には敗北感と悔しさが溢れる。
「最初から、そう理解してもらえれば良かったのだがな……」
嬉しそうな目をした軍師が言葉を濁しながら言うと、部下の騎士は即座に『まったくです』と同意の声を上げる。
「分かった、それでは、明朝よりサンドリアへ向かって進軍するが良い」
そう言う軍師に対して、マキューシオは何も言わず、静かに頭を下げる。
騎士達がチョコボの手綱を引き、引き返そうとしたその時だった。
マキューシオが顔を上げて声を掛ける。
「つきましては、ひとつお願いがございます。宜しければ、サンドリア方面の詳しい近況を聞かせていただけないでしょうか」
『何分、私どもの情報は限られておりますので』と丁寧に申し出る。
軍師は一瞬明後日の方向に視線を逸らし、しばらく考え込むような仕草を見せる。
やがて、じっとマキューシオを見据えてから口を開いた。
「……良かろう、では参られよ」
そう言って、手綱を引くとその場を後にする。
戦士達の群れの中に戻っていく軍師の背を、マキューシオは静かに見送った。
部下二人はチョコボの上からマキューシオ達を見下ろし、しばし無言のまま見つめてから、ゆっくりと軍師の後に続いていった。
―――マキューシオ、一体なぜ…?
―――なぜ頭を下げるのですか?
ーーーなぜ彼らに寄り頼むのですか?
どうしてーーー。
ノルヴェルトは固く拳を握り締め、マキューシオの背中をじっと見つめた。
なかなか歩き出そうとしないマキューシオ。
苛立たしげに美青年の騎士が肩越しに振り返り、『聞こえませんでしたか?』と、冷ややかな声とともに、早く来いと催促する。
マキューシオは短く返事をすると、ゆっくりと彼らに続いて歩き出した。
その背中には、こちらを一度も振り返る素振りさえない。
黙ってその姿を見つめ続けるノルヴェルト。
――――マキューシオッ!!!
心の中で叫ぶが、彼は最後までノルヴェルトの方を振り返ることなく、そのまま行ってしまった。
「……あの軍師は、温室育ちなんだなぁ、きっと」
マキューシオが去っていった方向を睨みつけたまま立ち尽くしていると、その場に残っていたドルススがぽつりと呟いた。
「あのくらいの階級だと、ずっと城の中から指示を出してたんだろうな。いきなり城の外に放り出されたら、そりゃあ怖いだろうさ」
溜め息混じりに語る彼の口調に嫌味っぽさはなく、彼らの振る舞いを何も気にしていないというような、大らかな空気があった。
マキューシオ達には、マキューシオ達の考えがある。
そんなことはノルヴェルトにも分かっていたけれど、それでも釈然としない。
「だからって、なんであの連中だけ特別扱いするんですか」
体に付いた砂埃を乱暴に叩き落としながらぶつくさと文句を垂れる。
すると、ドルススは少しの沈黙を置いたかと思うと、不意に声を上げて笑い出した。
疑問に思ったノルヴェルトが訝しげな視線を送ると、ドルススは大変愉快そうだった。
「はっは、特別扱いか!そう言うなら、マキューシオは誰だって特別扱いしてるぞ」
歯を見せて笑うドルススは、『勿論お前のこともな』と付け加えて歩き出す。
ノルヴェルトはその一言を聞き逃さず、すかさず彼を追いかけて問い質した。
しかしガルカのモンクはただ意地悪く笑うばかりで、はっきりと答えようとしない。
「まぁそうカッカするな!信じろ!」
笑いながらそう言って、ばんばんとノルヴェルトの背中を叩く。
その大きな手に叩かれて、ノルヴェルトの体は前につんのめる。
一人で愉快に笑っているドルススを恨めしそうに見上げるノルヴェルト。
けれど彼の豪快な笑い声を聞いている内に、自分がピリピリしていたのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。
「あ、おいノルヴェルトー!」
肩に強引にドルススの腕を回され、歩き辛そうに斜めになって歩いていると、そばで焚き木を囲んでいた戦士達の一人が声をかけてきた。
彼らを眺めてドルススが『男ばかりで花が無いな』と冗談を飛ばすと、戦士達は賑やかに笑う。
座れと促され、ノルヴェルトはドルススと共にその輪に加わった。
「なんだなんだ、今夜も派手にやられたもんだなぁ」
打撲だらけの身体を軽く小突かれ、ノルヴェルトは不名誉そうに表情を固くした。
「……フィルナードは、手加減する剣を知らないんだそうです」
ノルヴェルトが苦々しく乱暴に言う。
すると、戦士達は一瞬驚いた表情をしてから、次の瞬間には一斉に笑い出した。
げらげら笑う男達を『何ですか』と睨み付けると、向かいに座っているガルカが笑い声の中から言う。
「フィルナードが、手加減してねぇわけねぇだろうが!」
「はーっはっはっはっ、違いない!」
彼の隣にいる魔道士のヒュームも膝を叩いて笑っている。
ノルヴェルトは顔を真っ赤にして唇を噛んだ。
「ははっ、おいおいお前さん方、あんまりからかうと殴られるぞ」
大笑いしているご機嫌な野郎どもに対して、ドルススが笑いながらストップをかける。
しかし笑いながらではノルヴェルト的には全然味方されている気がしない。
「お前、近頃ずいぶんとカリカリしてるみたいじゃねぇか。頭に血ぃ上らせて騎士に喧嘩売ったりすんなよ?」
「はっはっは、若ぇのは威勢が良くていいやなぁ」
剣の手入れをしながら言うエルヴァーンの戦士に続いて、彼の隣りに座ってコップに口をつけていた髭面のヒュームがそう言って笑った。
「そんなことしませんよっ」
ノルヴェルトが抗議しても、周りは『いやぁ~分からねぇぞ』と笑い続ける。
焚火の反対側で、両手で持ったコップの中をじっと見つめながらタルタル魔導士が言う。
「あの連中はさ、俺達より大きなもんを背負ってるつもりでいる。だからあんまり余裕がないんだよ。相手にすることないって」
その言葉にドルススは頷き、『背負っているものは同じなんだがなぁ』と頭をかいた。
大きな声で賑やかに話す戦士達を眺めながら、ノルヴェルトは口を結んだ。
分かってる………皆だって辛いこと。
自分にはこんなことを言っているが、思うことは彼らも同じだということ。
過酷な中でも愉快に笑う、暖かい人達。
ノルヴェルトは腰に下げた剣へと視線を落とし、そっと拳を握り締めた。
焚火を囲んで笑い合う戦士達の中の一人が言う。
「ま、お前は大人の事情に首を突っ込まなくていいんだよ。俺達も、何だかんだ言わないでマキューシオを信じようって決めたんだ」
その言葉に男達は頷き合った。
そしてその余韻を味わうことなく、男達はすぐ『腹が減った』だの何だのと好き勝手なことを言い始める。
真剣なんだか呑気なんだか。
今垣間見えた彼ら団結は、目の錯覚だったのだろうか。
「…………でも俺は……」
―――ノルヴェルトが、俯いたまま呟いた。
それを聞いたドルススをはじめ、周囲の戦士達がノルヴェルトに視線を向ける。
だがノルヴェルトは、それ以上何も言わなかった。
ただ押し黙って、握った拳をじっと見つめていた。
ドルススらは首を傾げてしばらく少年を見つめるが、彼は一向に顔を上げる気配がない。
するとそこで、痺れを切らしたのか、一人のヒュームの戦士が突然立ち上がった。
「おし、ノルヴェルト!いっちょ手合わせしようや!」
景気付けになのか、ただ退屈なだけなのか。
その声に応じるように、周りの男達から『いいぞやれやれ!』と声が沸き立つ。
ぽかんと見上げるノルヴェルトだったが、やがてゆっくりと立ち上がる。
「言っておきますけど……俺、結構強くなりましたよ?」
自分よりも背の高いノルヴェルトを見上げながら、『おっ、自信ありって感じだなぁ』と男はにやりと笑う。
「じゃあ、何か賭けてやるよ」
ヒュームの戦士は余裕の様子でそんなことを言い出した。
周りは大盛り上がりになるが、ノルヴェルトはムッとする。
「お前が俺に一撃でも入れられたら~……そうだなぁ…」
「ニーザにプロポーズしろ!」
座っていたガルカの戦士が思いついたように叫んだ。
するとすかさず周りから『プロポーズ』コールが始まる。
ニーザとは、確かワジジの隊に所属する魔道士の女性だ。
ヒュームの男は虚を突かれたように固まり、『プロポーズかよ』と苦笑いしながら頬を掻く。
思い切り拒絶するわけではないので、満更ではないようだ。
「……分かりました。じゃあ、してもらいますよ。プロポーズ」
ノルヴェルトが至って真剣にそう宣言すると、戦士は『おー怖い怖い』と笑って見せた。
周りが囃し立てる中で、奇妙な手合わせが行われることになった。
素手でやるとのことで、ノルヴェルトは剣に伸ばしかけた手を下ろし、ゆっくりと腰を落とす。
先程までとは少し表情が違うヒュームの戦士と対峙する。
相手を見つめながら、ノルヴェルトは先程自分が言いかけた言葉を思い出す。
―――でも俺は。
これ以上、皆が蔑まれるようなことがあるなら。
その時は、もう黙っていない。
そう、場合によっては剣だって……。
そんな思いを胸の奥に仕舞い込んで、ノルヴェルトは自分の成長を証明すべくヒュームの戦士に向かう。
騎士達へのあらゆる感情を拳に込めて―――彼は意を決して飛び出した。
その後、手元が狂ったヒュームの戦士が誤ってノルヴェルトに会心の一撃をお見舞いし、ドルススが慌てて魔道士達のもとに彼を担ぎ込んだ。
あとがき
不満まみれなノルヴェルト、八つ当たりしようとして返り討ちに。この回、ドルススのおっさん振りを主張したくて書いたんだと思います。
いえ、その他にも色々と含んであるんですけど…。
未熟だからこそ、見過ごせないものって、ありますよね。