指導者
2004/12/06公開
マキューシオらの仲間に迎えられた日から、いくつもの月日が流れた。
ノルヴェルトはもうすぐ十六になろうとしているが、相変わらず戦争は続いている。
獣人とアルタナの民は双方さすがに戦いの疲弊が見え、今や一戦一戦、全力でぶつかり合うような戦いをしていた。
出し惜しみのない全面戦争である。
先日、民を町へと送り届け、戦士団は再び荒野に出た。
昨日の強い雨で湿った地面は、風が吹いても砂埃は立たない。
空を覆っていた分厚い雲は、正午過ぎにはずいぶん薄くなり、時々雲間から太陽が顔を覗かせた。
雲の影が大地をゆっくりと這って行く中、ノルヴェルトはチョコボに水を与えていた。
緊急連絡用に残された、五羽いるチョコボの内の一羽。
世界中で戦争をしている今、チョコボはほとんど軍が管理している。
そんな状況下でマキューシオ達が所持できたチョコボは五羽だった。
仲間に迎えられた後も意欲的に剣を学んだノルヴェルトは、少年から青年への成長期に入ろうとしていた。
ここ―――戦士団での生活も要領を得てきたし、剣もそれなりに使えるようになってきた。
しっかりとした銀の鎧を身に纏い、今では縦から見ても横から見ても、一人前の戦士だ。
しかし、ノルヴェルトは未だ戦闘には出ることを許されていなかった。
彼に与えられた主な役割は、チョコボの世話。
所属は無論、セト率いる護衛部隊。簡単に言えば留守番である。
もう一戦士として充分戦力になる自信のあるノルヴェルトだったが、マキューシオの指示にはどうにも逆らえなかった。
ふぅと一つ溜め息をついて、マキューシオらが向かっていった方角を眺める。
後ろから吹く風に流される銀髪をかき上げて、もう一度悩ましげな溜め息をついた。
首を傾げたチョコボが彼の肩を突付くと、ノルヴェルトは苦笑いをしてチョコボの体を撫でる。
再び目をやると、遠くからこちらに向かってくる一団が見えた。
見てすぐに、マキューシオ達が帰ったのだと分かる。
ノルヴェルトは離れたところにいる戦士に彼らの帰還を伝え、セトへの報告を頼んだ。
そして、風の中こちらに戻ってくる戦士達をもう一度眺め目を細めると、ノルヴェルトは三度目の溜め息をついた。
昨日保護したばかりの一家と共に待機していた陣に、マキューシオ達は新たにニ親子を連れて帰還した。
衰弱した難民の親子を迎え入れ、手際良く介抱する護衛部隊。
難民を乗せて戻ったチョコボを引き受け、残りのチョコボを探しながらノルヴェルトはマキューシオのもとに向かった。
ノルヴェルトが戦士達に労いの言葉を掛けながら歩くと、後衛部隊を解散させているワジジがいた。
こちらに歩き出してノルヴェルトに気がつき、『おっ』と片手を上げる彼は砂まみれだった。
ノルヴェルトは察したように肩を落として声を掛ける。
「また前線に突入したんですか」
「うむ。またしても仲間達からどやされた」
しれっと言う彼に『当たり前です』と言葉を返し、ノルヴェルトはワジジを見下ろした。
ノルヴェルトの傍まで来てじっと見上げるワジジは、何だか不思議そうな表情をしている。
「………?」
ノルヴェルトが彼の視線に首を傾げると、ワジジはしかめっ面でノルヴェルトを指差した。
「近頃、お前口調がおかしいぞ」
目を見開くノルヴェルトに対し、ワジジはなぜか得意げに胸を張る。
「マキューシオを意識しているだろ」
ノルヴェルトはぐっと言葉を詰まらせた。
「……別にそんなんじゃ……。俺は、もう子供じゃないですから」
いつまでも甘えたような子供口調ではいたくない。
そう思ったノルヴェルトは意識的に言葉使いを改めていた。
最初はワジジの言うように、マキューシオのような語り口を目指そうとした。
だが、『私』というのは自分でも合わないと感じたので『俺』で妥協した。
まるでそのことをお見通しかのように、ワジジは口を開く。
「お前には無理だぞ。あれはマキューシオのオリジナルだからな」
そんなことを言う生意気なチビを見下ろして、ノルヴェルトはムッとした。
「……マキューシオは何処に?」
さっさとマキューシオのところへ行こうと話を変える。
ワジジは砂まみれの顔をゴシゴシと擦りながら、『あっちだ』と斜め後方を示した。
ノルヴェルトは礼を言って、すぐに彼の示した方向に向かった。
戦士達の間を抜けていくと、前方にスティユの姿が見えた。
彼女は大概マキューシオの傍にいるので、彼女がいることによってマキューシオが近くにいると推理できる。
次に大きな体のドルススがいるのも見えたので、マキューシオはほぼ間違いなくあそこにいると確信した。
ノルヴェルトは軽く駆け足になって彼らのもとに向かう。
そして―――ついにマキューシオの姿を見つけた。
マキューシオはチョコボから下りた見知らぬエルヴァーンの男と話をしていた。
よく見るとそのエルヴァーンの後ろには、もう二人のエルヴァーンがいる。
負傷した騎士だろうか。
ノルヴェルトは彼らの様子を覗いながら近付いた。
「良ければ貴殿らの所属を伺いたい。国に報告したいと思う」
どうやら、エルヴァーンの騎士はマキューシオ達に対して礼を言っているようだ。
その申し出を、マキューシオは慣れた様子でやんわりと回避していた。
「マキューシオ、チョコボを連れて行っても?」
彼らとの生活にも慣れたノルヴェルトは、気を回せるほどになっていた。
話を逸らすべく、横から声を掛ける。
振り返った黒髪のヒュームはにこと微笑むと『あぁ、頼む』と答えた。
「ご苦労様」
彼の隣りで微笑むスティユに照れを隠すように会釈すると、ノルヴェルトはチョコボの手綱を掴んだ。
そこでふと気がついた―――そこにはチョコボが三羽もいた。
「若いな、貴殿もここの戦士か?」
不意に、中年のエルヴァーン騎士の後ろに控えていた騎士がノルヴェルトに声を掛けた。
どきりとして視線を向けると、相手は自分と一回りと違わないような年若い青年だった。
鎧を身に着け、高貴な気品を感じさせる赤髪の美青年。
ノルヴェルトが『はい』と答えると、中年の騎士が感心したように何度も頷いた。
ノルヴェルトは一礼してチョコボを引いて歩き出す。
すると後ろからこんな言葉が聞こえた。
「頼もしい若者達だ。ヴァナ・ディールの未来はまだ明るさを失っていない」
ノルヴェルトは胸が熱くなるのを感じ、歩調を速めると元気よく駆け出した。
* * *
夜、ノルヴェルトはセトに声を掛けられ、共に難民の様子を見に行った。
現在戦士団が保護しているのは合計三家族。
一人の幼児を連れたエルヴァーンの女性と二人の赤子を抱いたミスラ、それから孫と思われる娘といる年配のヒュームの家族だ。
幼い子供を寝つかせようとしているエルヴァーンに小声で声を掛けると、衰弱していた子供の容態はどうにか安定したと答える。
ヒュームの老婆が寒そうにしていることに気がついたノルヴェルトは、もう一つ毛布を持ってくるとセトに告げ、物資置き場に向かった。
夜の焚き木の間を足早に歩いていると、不意に冷たい気配を感じた。
彼が近くにいる――――と直感したノルヴェルトは、足を止めて闇に目を凝らす。
すると、離れた岩の影に漆黒のエルヴァーンが座っているのを見つけた。
彼は見張りに付けられているのではと思うが、特に周りを警戒しているわけでもなく、ただ暗闇に腰を下ろしている。
そういえば、こういう彼の態度が気に食わないと以前セトが愚痴っていた。
「……見張り…ですよね?」
近寄って声を掛けても、漆黒のエルヴァーンは微動だにしない。
どこか遠くを鋭く睨みつけているだけだ。
こういう彼の態度にも慣れたノルヴェルトは、しばらく黙ったまま彼を見つめ、やがて小さく溜め息をついて踵を返した。
彼がこちらに言葉を返すのは、大概こちらが去ろうとしてからだから。
「おい」
―――やっぱり。
ノルヴェルトは歩き出そうとしていた足を止めて振り返った。
「あの騎士達の前で俺の名は出すな」
いきなりそんなことを言い出すフィルナードに、ノルヴェルトは眉を寄せて問い掛ける。
「あの騎士達を知ってるんですか?」
「偉そうなのがいただろう。あいつはサンドリアで有名な軍師だ」
相変わらず鋭く闇を睨んだまま答えるフィルナード。
前々から感じているが、彼には何か、他の者には見えないものが見えているような気がした。
「面倒は嫌いでな」
ぼそぼそと紡がれるフィルナードの言葉を聞いて、ノルヴェルトは彼が言いたいことを理解する。
軍の高位に、『狂犬』の存在を知らせるなということだ。
「分かりました」
ノルヴェルトは一言答えてしばらく押し黙ると、再び踵を返す。
歩き出すが―――もう、闇の中から言葉がノルヴェルトを引き止めることはなかった。
物資管理を任されている戦士に一言声を掛け、毛布を一つ手に取った。
ただ、何となくあの騎士達のことが気になり、少し遠回りして騎士達の姿を探しながら戻ってみることにした。
保護している難民が少ない今、多くの戦士達は今の貴重な時間を有効に使って体を休めていた。
今まで幾度か危ない場面もあったものの、共に護り通してきた戦士達。
残念なことに、あれからわずかに仲間を失った―――しかしその一方で、何人もの仲間が新しく加わった。
ここにいるほとんどの戦士と顔馴染になったノルヴェルトは、もうすっかり戦士団の一員となっていた。
ふと、見慣れない顔を見つけてノルヴェルトは立ち止まる。
昼間に難民と共に保護した騎士達だ。
彼ら三人はひとつの焚火を囲み、何やら深刻な顔で議論しているようだった。
貫禄のある中年の騎士がノルヴェルトの存在に気が付いて背筋を伸ばす。
彼が、フィルナードの言うサンドリアの軍師だろう。
くいくいっと指で呼ばれ、ノルヴェルトは心に微かな好奇心を抱きながら歩み寄った。
姿勢を正し、改まった態度を心掛けて問い掛ける。
「何でしょう?」
「聞くが、これが貴殿らの全軍なのか?」
周りにいる戦士達を示して、軍師が尋ねた。
その瞬間、ノルヴェルトは内心『しまった』と思うが、すぐさまもう遅いと悟った。
『はい』とだけ答えると、質問した軍師以外の二人が小声で何か言葉を交わす。
軍の人間に私達の情報を与えてはいけない。
以前に聞いたマキューシオの言葉が脳裏に蘇る。
警鐘が鳴り響きまともに思考の回らない頭で、ノルヴェルトはここを逃れる方法を必死に考えた。
―――だがやはり、ノルヴェルトよりも軍師の方が何枚も上手だった。
動揺しているノルヴェルトの胸中をすぐさま察し、軍師が目を細める。
「……ふむ、なるほど。どうやら我々には口を慎むよう指示されているようだな」
一気に背中が冷たくなり、ノルヴェルトは硬直した。
「まぁ良い。貴殿らがそうしたいのであれば、私も国には報告すまい」
軍師はふぅと小さく息を吐く。
「そのように警戒せずとも良い」
二人の騎士の鋭い眼差しにさらされ、ノルヴェルトは苦しさを覚えると同時に自分が情けなかった。
座るように促されたが、とてもじゃないがそんなことは出来なかった。
ただその場に立ち尽くすノルヴェルトに対し、やがて彼らの質問は戦士団に関することから、ノルヴェルト個人のことへと移っていった。
生まれや家族のこと、ここに所属するまでの経緯、さらには今の戦争についてなど、内容は様々だ。
ノルヴェルトはそれらの質問にぎこちなく答えていったが、話す内、次第に彼らに対する憧れのような感情が芽生え始める。
軍の人間に興味を持たれている―――その事実が、彼の心をわずかに高揚させた。
そしていつしかノルヴェルトは、もっと彼らに認められたいと願うようになっていた。
「私は、あと一年程でこの戦争は終わると見ている。……今が大事な時なのだ」
そう言って、赤髪の軍師は焚き火の炎に揺れる瞳を伏せ、嘆くように溜め息をついた。
「貴方様がご不在では、軍もさぞ混乱していることでしょう」
部下らしき騎士がそう言うと、若い騎士も深く頷き、親指の爪を噛む。
「うまく軍と合流できたと思ったのだが……これでは何の意味もない」
「ふむ、やはり生で布陣を見たいなどと言って戦場に出るべきではなかったな」
軍師はもう一度、深い溜め息をつきながら頭を抱えた。
そのやり取りを聞きながらも、ノルヴェルトには彼らの言葉の意味が理解できなかった。
もっとも、後になって嫌というほど思い知ることになるのだが。
軍師はカチャリと、位を主張するような装備を鳴らして座り直すと、ぼんやり突っ立っているノルヴェルトを見上げた。
「貴殿らの中で一番偉いのは、先程のヒュームの男か?」
疑問符を浮かべて固まっていたノルヴェルトはぴくりと反応し、慌てて答える。
「は、はい…」
「ここへ呼んでもらえるか」
「いち早く、サンドリアへ帰還しましょう」
「うむ」
意気込む彼らを見て、ノルヴェルトは思わず感心した。
さすが、軍の騎士だ。
自分達とはまた違う、何か強い使命感のようなものを感じる。
だがその一方で、胸の奥には妙な違和感が引っ掛かっていた。
何かが、違うような気がする。
ノルヴェルトは返事も忘れ、ぼんやりと立ち尽くした。
するとそこで―――遠くからミスラの戦士がやってくる。
「ノルヴェルトー!何やってんの遅いっつのー!」
駆け寄ってきたセトは、ノルヴェルトが騎士達を相手にしていたことに気がつくと『あ』と短く声を漏らす。
適当に会釈し、ノルヴェルトの腕を掴んでぐいと引っ張った。
何事かと動揺してセトと騎士達を見比べるノルヴェルト。
騎士達は『頼んだぞ』と、ノルヴェルトに念を押すように言った。
騎士達の姿が見えなくなったところで、ようやくノルヴェルトはセトに抵抗することを思いつく。
腕を掴むセトの手を振り解いて問う。
「ちょっ……何ですか!」
しかし、セトはちらりとノルヴェルトを振り返っただけで足を止めなかった。
そのまま足早に歩いていく彼女を追いかけ、ノルヴェルトは眉をしかめる。
「あの…俺、マキューシオを呼んでくるように頼まれたんだけど…」
セトの態度の理由が分からないノルヴェルトはムッとして言う。
すると、セトはぴたりと足を止め、ノルヴェルトの手から毛布を引っ手繰った。
「あー、じゃあそっち頼むわ。これはうちが届けとくよ」
その口調に怒気がこもっているわけではない。
だが、今の彼女にはどうも苛立ちが見え隠れしている。
呆然と立ち尽くすノルヴェルトを見て、セトはハッとしたように目を見開いた。
「げ、ごめ。うち、なんか知んないけどあの人達苦手でさぁ。なんちゅーか……生理的にムリっつーのかねぇ?」
『別に怒ってるわけじゃないんよ?』と、バツが悪そうに笑って釈明するセト。
ノルヴェルトは訝しげな表情で彼女を見つめた。
明らかに苛ついていると見えるセトの後ろでは、尻尾が落ち着きなく左右に揺れている。
「……俺は、別に。騎士らしくて、ちゃんとしてる人達だと思いましたけど……」
「うんうん、そうだと思うよ。多分、うちがおかしいだけなんじゃん」
セトは早口で言うと、ケラケラと笑いながらノルヴェルトの肩を叩いた。
そして『じゃ、任せた!』と片手を上げ、難民の老婆が待つ方向へと駆けていった。
セトの鎧が鳴る音が離れていくのを聞きながら、ノルヴェルトは考えた。
セトが言っていたことは、自分と同じことなのだろうか。
騎士達に対して何かが引っかかっている自分と、彼女が感じているものは、もしかしたら同じなのかもしれない。
……この感覚は、一体何なのだろう。
ノルヴェルトは足元を見つめてしばらく考え込んだ。
けれど、この違和感について深く追求するのは後にしようと思い直す。
まずはマキューシオを彼らのもとに連れて行こう。
そうすれば、何かが分かるかもしれない。
近くに腰を下ろしていた戦士にマキューシオの居場所を尋ねると、話を聞いていた別の戦士が代わりに教えてくれた。
マキューシオは難民のところに行ったようだ。
それならば、あのままセトと共に戻れば良かった…と、ノルヴェルトは少しだけ後悔した。
恐らく、マキューシオと一緒にスティユもいるはずだ。
そう思いながら、ノルヴェルトはくつろぐ戦士達の間をすり抜けるように、ゆっくりと駆け出した。
あとがき
若者が使命感を持った大人にちょっと憧れてる話。自分も早く大人になりたい。子供のままじゃいけない。
そんな焦りを抱きながら、前に進もうとしているノル坊。
マキューシオ達とは別の、『外の大人』との関りで、彼の成長痛は増すのでした。