永遠の楽園

第二章 第七話
2004/11/29公開



ノルヴェルトはわけが分からず目をしばたかせた。
マキューシオが何を言い出したのか理解できない。
状況の説明を乞うような視線をスティユに向ける。
彼女は黙ってマキューシオを見つめていた。
皆を見回してみると、状況を理解できていないのはどうやらノルヴェルトだけのようだった。


押し黙っていたヒュームの戦士。
やがて、頷いてみせると剣を腰に収めた。
彼が承諾の意を示したのを見てマキューシオは微笑を浮かべ、頭を下げる。

「ありがとうございます」

ヒュームの戦士は会釈を返して幼い姉妹に視線を落とした。
マキューシオが『さぁ』と促すと、姉妹は涙を拭きながら戦士の元に歩く。

フィルナード以外の皆がマキューシオの後ろへ下がり、戦士に向かってばらばらと一礼する。
壁に背を預けて俯いているフィルナードは、その時なぜが笑いを噛み殺していた。
何も言わない戦士に対し『最後まで無口な奴だ』とあれこれワジジが言い始める。
ドルススはそれを慣れた様子で黙らせた。

「ふん……行くか」

長い黒髪を目元に垂らしたまま、フィルナードがゆらりと歩き出す。
そしてヒュームの戦士を追い越す際、彼の肩に手を置いて『じゃあな』と低い声で言う。

するとその時。
皆の耳に、初めて聞く声が届いた。

「……自分は、国に身重の家内を残してきました」

歩き出そうとしていた一同が動きを止める。
フィルナードはマキューシオと並んだところで振り返った。

ぶっきらぼうな口調で言葉を紡ぎ出したのは、ヒュームの戦士だった。
彼は幼い姉妹を見下ろし、ふと目を細める。
国の家族のことを思い出しているのだろうか。
今までの彼の態度からは意外でしかない。
その人間味のある表情に、少女達も戸惑っているようだった。

彼は自分達に何かを言いたいのだと感じられた。
だが、何を伝えようとしているのかまではノルヴェルトには分からない。
一方で、マキューシオは戦士の言わんとしていることを読み取ったのか、にこと微笑む。

「共に護りましょう」

そう言うマキューシオに顔を上げる戦士。
その表情は、先程までの仏頂面に戻っていた。
二人は握手を交わし、戦士は姿勢を正して敬礼してみせる。

そうして戦士は皆の顔を順番に見る。

「ご武運を」

ぼそりと一言呟き、来た道をひき返して行った。
少女二人は何度も振り返りながら、おずおずと戦士についていく。

少しずつカーブしている地下道を戻っていく彼ら。
その姿が見えなくなるまで、一行は黙ってじっと見送った。


「行こう」

マキューシオのその声をきっかけに再び歩き始める。

ノルヴェルトは大人達のやり取りに首を傾げるばかりだ。
ちらりと後ろの二人を振り返る。

マキューシオとフィルナード。

並んで歩く二人を見て、ノルヴェルトは何度も首をひねる。


フィルナードのことは、大体分かってきたような気がしている。
彼は本当に謎めいた男だ。
だが、いつも思ったままのことを言っているように感じる。
案外、嘘のない人なのではと思った。

しかし、マキューシオはーー
フィルナードよりも共に過ごす時間が長いにも関わらず、未だに分からない。


ゆっくり歩く二人と、徐々に距離が開いてきた。
ノルヴェルトは隣りにいるスティユに声を潜めて尋ねる。

「マキューシオって、本当は怖い人……?」

「あ、ねっ!思うよね。うちも時々それ、感じんよ」

問い掛けに答えたのは、前を歩くセトだった。
ピンと立てた三角の耳を動かし、マキューシオを盗み見ながら続ける。

「前にさ、子どもに少し食事を分けてあげようとしたらさ、マキューシオに怒られたんよ」

セトの言葉を聞いて、知っていると言うようにワジジがすかさず挙手する。

「『それは君が食べなさい』……だろ?」

「そうそう! っつーか、全然似てないし!!」

マキューシオの口調を真似て言ったワジジにセトは大ウケして言った。
ワジジはその評価に納得がいかないようだ。
もう一度真似て言っている。
その似ていない真似に苦笑いしながら、前を歩いているドルススが振り返る。

「……子どもに厳しいのかな」

セトの言う状況を想像して、エルヴァーンの少年は呟いた。
セトとワジジの二人は、うーんと唸って首を傾げる。

「子どもに厳しいというより、マキューシオはとことん公平なんだ」

ドルススの大きな背中からそういう声が聞こえた。
少年は目をしばたかせて『コウヘイ?』と繰り返す。
すると、隣りのスティユが頷く。

「彼はきっと、命の価値に差などないと考えているの。子どもも大人も同じ命……と……」

後半、声のトーンを下げながら、比例して視線も下げていくスティユ。
そして、『でも』と小さく言葉を続ける。


ーー彼には、自分の命が見えていないのよ。


とても小さな声で呟かれた言葉。
それは、恐らくノルヴェルトにしか聞こえなかっただろう。
そしてその時の彼女の悲しげな表情も、おそらくノルヴェルトにしか見えていなかった。

少年は彼女の横顔にどきりと身を硬くする。

「マキューシオは……何て言うか、命にシビアなんだ。だから、あいつは獣人を斬ることにも、本当は抵抗があるのかもしれんな」

先頭を歩くドルススが小さく笑いながら言った。
やっとの思いでスティユから視線を外す。
ノルヴェルトは口を結んで足元を見つめた。


それはつまり、フィルナードとは正反対だということだろうか?

しかし、そう簡単に結論付けるには、どうも違和感がある。


もう一度、後ろの二人をそっと振り返った。
いつの間にかさらに距離が開いており、彼らは何かを話しているようだった。
だが、仲良く談笑しているわけではない。
足元を見つめるだけで、お互い顔すら見ていない。

ノルヴェルトは以前から、彼らの間には何か特別なものがあるような気がしていた。
それが何なのか、どんなに考えてみても納得いく言葉が思いつかない。

今まで浮かんだ言葉の中で一番近いような気がするのは……
やはり、よく分からない。

『理解』……だろうか?


やがて、坂になっていた道を上り切る。
すると視界が一気に明るくなった。

日の光――出口だ。

時刻的にもうすぐ日が沈む頃だ。
日の光は弱く薄ぼんやりとしている。

そのまま地下道を進み、皆は長い地下道から数十分振りに空の下に出た。
そこにあった光景に、ノルヴェルト少年は大きく目を見開く。
生まれて初めて見る雪が、地面はもちろん、そこら中に積もっていた。

道を挟むようにそびえている岩場。
その向こうから光が入り込み、雪をキラキラと輝かせる。

空はもう、だいぶ暗くなっていた。
だが、白い雪は微かな光でも充分その存在を主張した。
地面に積もったその白いものは、さくりと踏むと足跡が残る。

白い地面、白い岩、自分の吐く息さえ白く見える。

ここは何処なのか尋ねる。
クフィム島だと、スティユが教えてくれた。


「――あ、ねぇあれって!」

ノルヴェルトが新しい世界に感動していると、セトがそう言って駆け出した。
何かを見つけたようだ。
道の隅に落ちていたものをセトが拾い上げる。
確認すると、こちらを振り返った。

「あった!これじゃん!?」

そう言って彼女が見せたのは、小さな布袋だった。
幼い姉妹の落し物。
セトの笑顔を見て、ノルヴェルトは眉を開くと後ろの二人を振り返る。
遅れて追いついてきたマキューシオは安心したような微笑を浮かべていた。

が、隣りにいるフィルナードはーー
なぜか最高に嫌そうな顔をしている。

「なんだ、随分あっさりと済んでしまったな」

残念そうに言うワジジの言葉を聞いて、フィルナードの表情の意味が何となく分かった気がする。

ノルヴェルトには、彼の背中にある大きな鎌がセトを睨んでいるように見えた。


「みんな」

任務は完了した。
それぞれの表情を浮かべている仲間達に、マキューシオが呼び掛ける。
皆は顔を上げてマキューシオに向き直る。

「もう少し先まで進まないか」

そう言う黒髪のヒュームを見つめて、皆は一斉に驚きの表情になる。
マキューシオの口から出るとは予想だにしなかった言葉だ。
すぐさまスティユが難色を示す。

「ですが……あまり奥までは」

「すぐそこまで行くだけで良い。……付き合ってくれるか?」

真剣な顔で皆を順番に見つめるマキューシオ。

そもそも、このメンバーの中でこれに反対しそうな人間はスティユくらいなものだ。
ワジジは即座に張り切って承諾する。
ドルススとセトも、マキューシオを信じる目をしていた。

マキューシオの後ろにいるフィルナードはーー
地下道の方を振り返って沈黙している。

「ありがとう。では、行こう」

真剣な表情のままマキューシオは言って歩き出した。
前にいる三人も歩き出し、ノルヴェルトも躊躇いがちに足を踏み出す。


――と、その時。

どごごご…っ。

妙な音が聞こえたと思うと、道の端の地面から大きなミミズが姿を現した!

「ーーっな!?」

驚いたノルヴェルトは直ちにミミズと距離を取る。
周りの仲間達が武器を構える反応の早さにも目を見張る。

「いいから。みんなは私と来て、この先の安全確認をしてくれ」

肩越しに振り返ったマキューシオが落ち着いた口調で言った。

「……フィルナード、任せる」

そう付け足して、マキューシオは歩いていく。
皆は彼の意思を察し、武器を持つ手を下ろした。
そして、自然とノルヴェルトに視線を集める。

「…………え?」

「さっさと殺さないと、先手取られるぞ」

フィルナードがぼそりと呟く。
ミミズに視線を戻すーーミミズは淡い光を放って魔法を詠唱していた。

絶句してノルヴェルトは剣を抜く。

しかし構えるよりも先に、ミミズの詠唱が完了して魔法が発動した。
地面の石が浮き上がり、エルヴァーンの少年に向かって襲いかかった!

ノルヴェルトは声にならない悲鳴を上げて腕で体をかばう。
真っ向からストーンをくらった少年はいくつもの傷を作って数歩後退した。

「おい……その腕に装備してるのは何だ」

呆れたように言うフィルナード。
彼は岩肌に背を預けて呑気に眺めている。

他の皆は少し躊躇しながらも励ましの言葉を残し、マキューシオを追っていった。

行ってしまう彼らに、思わず動揺の視線を投げかける。
だが、ミミズが次の魔法を詠唱し始めるのが視界の端に映った。
ノルヴェルトは慌てて飛び出す。

詠唱を中断させるべく斬りつけるが、予想以上にミミズの体は硬かった。
期待した手応えを得られず眉を寄せる。
即座にミミズが反撃してくる。

長い体をしならせての体当たりを剣で受け止める。
ーーしかし受け切れず、足が浮いて転びそうになった。
必死にバランスを取り、何とか踏み止まる。
剣を持つ手に痺れが走り、顔をしかめた。

「俺の声が聞こえてないのか? お前の左腕にあるものは何なんだ」

フィルナードの溜め息混じりな低い声。
ノルヴェルトは荒い呼吸の中、ちらりと自分の左腕を見下ろす。
左腕には盾が装備されていた。

――キチチチチッ!

奇妙な鳴き声を発するミミズに向かって、ノルヴェルトは一気に踏み込んだ。
ミミズは、触覚がわさわさと動いている先端を向けて威嚇している。
身を低くして息を止めると、ノルヴェルトは横一文字に剣でなぎ払った。
ミミズは素早く胴体を倒して少年の剣を容易く避ける。
ノルヴェルトが歯噛みすると、ミミズの体が鞭のようにうねる。
太い胴体が少年の腕に打ち下ろされた。

予想以上に重い攻撃に剣を取り落としそうになる。
ーーが、ノルヴェルトは怯まなかった。

剣を握り直しーー上から斜めに振り下ろす。
ミミズの体に剣が食い込む。
キチチチッとミミズが鳴いて剣を振り払った――まだ浅い!

ーーと、今の打ち込みでストーンによって負った傷が更に開く。
途端に痛みの電流が体を駆け巡った。

苦痛に眉を寄せたその一瞬の隙をついて、ミミズが大きく胴体を振りかぶる!
横っ面目掛けて渾身の一撃を繰り出すミミズにノルヴェルトは目を見開いた。


ーーしまっ……!!!

次の瞬間、ノルヴェルトの周りの空間が急にスローになった。
ただの錯覚だが、時の流れよりも早くグルグルと回転する思考。
ゆっくりとした重い空間の中、少年は空気を押し退けるように横へと飛ぶ。
剣を握る手に力を込める。
先程自分が与えた切り傷に目を見張りーー全力で剣を振るった。

ミミズの胴体が己の腕をかすめ、すれ違い、握った剣がミミズの傷口に噛みつく。

剣は傷口で止まらず突き進み、やがてミミズの体を上下に両断した!!


剣がミミズの体を突破すると同時に、スローな空間から抜け出す。
ノルヴェルトは勢い余って地面に滑り込んだ。
ドシャーッと雪の上を滑り、慌てて振り返ろうとしてバランスを崩した。
雪の上に肘をついてミミズを振り返る。
切り離されたミミズの体が雪の上に落ちた。

そして残りの体は地面の中へと力なく沈んでいく。

――た、倒した!!!

喉を枯らして肩で呼吸するノルヴェルトは、ミミズの残骸を凝視しながらふらりと起き上がった。


「……どうだ? 初めて殺した気分は」

今まで微動だにしなかったフィルナードが、そう言ってゆっくりとこちらにやって来る。

そして、何の躊躇いなくミミズの残骸を踏み潰した。
生々しい音がしてミミズの切れ端が雪に埋もれる。

少年は驚愕の眼差しを師に向ける。
フィルナードは相変わらず冷たい目をしていた。

「こんなものだろうとは思っていたが……。何はともあれお前の勝ちだ。……まぁ……一つ言えば、ミミズには手も足もないがな」

『獣人はあるから、精々気をつけろ』と、フィルナードは言って唇を吊り上げる。

初勝利の喜びを感じる間もなく、気分は最悪になった。

この人はどこまでいけば誉めてくれるのだろう。
やっとの思いでモンスターを倒したのに……。
そんなことを言われては、ちっとも嬉しくない。

ノルヴェルトはがっくりと肩を落として呼吸を繰り返す。
流れる汗を乱暴に拭った。

日は沈み、あたりは夜になろうとしていた。
空に星はない。
嫌な雲がゆっくりと同じ方向を目指して進んでいる。

「おーい、まだかー?」

そこへ、ワジジが小さな体でぴょこぴょこと走ってきた。
まるで雪に足が沈む前に次の足を出しているように。

「いい加減遅いぞ!たかがミミズ一匹で」

彼がノルヴェルトに駆け寄りながらそこまで言ったところでーー
突如、近くの地面から雪が吹き上がる。

――いや、雪が吹き上がったのではない。
また別のミミズが現れたのだ!

それを見たノルヴェルトが口を開けた瞬間。
ミミズはドコッという重たい音と共に頭を砕かれた。
ワジジが背中に背負っていた杖を抜き、一撃で始末したのだ。

「……!!?」

「何を馬鹿みたいな顔をしている。悪いところでも打ったのか?」

ミミズなど視界に入っていなかったかのように、ワジジはノルヴェルトの足元まで来て首を傾げた。
ノルヴェルトは一瞬で撃破されたミミズを見て絶句している。
それに気がつくと、ワジジは短い腕を組んで仁王立ちした。

「戦いは力じゃない。経験だ!」

胸を張って高らかに言い放ち、付け加える。

「お前は俺よりもでかいが、俺の方が強いぞ」

大えばりのタルタル魔道士を見下ろして、ノルヴェルトは何とも言えぬ悔しさに襲われる。

ワジジの方がこんなに小さいのに……しかも魔道士なのに…!!

悔しさで気が狂いそうだ。
腹が立つのでワジジから顔を背け、歯を食い縛りながら乱暴に剣を腰に収めた。

「行くぞ……」
フィルナードは二人に見向きもせずに、ぼそりと言って先に道を進み始める。
しかめっ面をして無言で彼の後を追う。
すると、フィルナードが言葉を繋いだ。

「お前があれを倒せたのも、力ではなく経験だ」

ノルヴェルトはぽかんと口を開けて師の横顔に見入る。
伸ばしっぱなしの長い黒髪で、彼の表情は見えなかった。


少し進むと広い場所に出た。
辺りは大分暗くなり、白かった雪はもう灰色になり沈黙している。

「獣人の姿はないし、襲ってくるモンスターもいないから安心しろ」

そうワジジに言われたが、ノルヴェルトはどうも落ち着かなかった。
そこらへんを歩いている大きなカニが動いただけでビクリと見てしまう。

先に進んだ仲間達は、崖の傍で集まっていた。
セトがこちらに手を振っていた。

「ノルヴェルトォー! 高いところ苦手―? 来てみなよー!」

彼女らがいるところまで近付くと、びゅうと強い風が吹きつけた。
島の端ーーつまり断崖絶壁の崖の上に、彼女達は立っているのだ。

下では波が島に打ち寄せ、細かい霧のように水しぶきが散っている。
遠く海の向こうの空はぼんやり紫色に染まり、こちらに近付くにつれて暗く灰色になっていた。

そーっと上半身を伸ばして崖の下を覗き込むノルヴェルト。

「俺はギリギリまで行かないと下が見えん」

言いながらワジジがずんずん前に出る。
ノルヴェルトは怖くて見ていられず、慌てて引き止めた。


「……この風は……ここに来るまでに、いくつの戦場を見ただろう……」


目を細めて遠い海を眺めていたマキューシオがぽつりと言った。
思い思いに景色を眺めていた皆が、ふと、彼に視線を集める。

「私達がこうしている間にも、何処かで戦いが繰り広げられ、人が傷付き、泣いている」

海から吹き付ける風の中に思いを馳せる、剣士の横顔。

「……そう……ですね……」

風に遊ばれる美しいブロンドの髪に手を添えて、スティユが呟いた。
皆、自然とマキューシオの見つめる先を眺め、海からやってくる強い風に吹かれる。
上空には見る見る内に雲が増え、なんだか雨が降りそうな空気だ。

「軍の連中は、いつ終わるとも知れない戦いを毎日繰り返してる。連中もいい加減、平和が欲しいんだろうがな」

ドルススが腕組みしながら言う。
そしてワジジとセトの二人に顔を向けた。

「詳しい事情は知らんが……お前達、あれこれ喚いたんだったら、後で謝りに行け?」

二人の性格を把握しているドルスス。
自分達が呼ばれるまでのことを容易く想像していた。

「う、うん。ちょっちまずいこと言っちゃったかもーって、思ってます」

そう言ってばつが悪そうに頭を掻くセト。
その隣りで、ワジジも『うむ、言い過ぎた』と冷静に反省している。

彼らが言っているのは、先程の地下道に入る前の抗論のことだろうか。
ノルヴェルトは首を傾げる。

「だから言っただろう……」
フィルナードの低い呟きが後ろで聞こえた。

「お前達はどうもノルヴェルトの教育に悪いな」

ドルススが意地悪く言って笑うと、マキューシオとスティユも小さく笑った。
話が分からないノルヴェルトは、ただ彼らを眺めて突っ立っている。

やがて、ドルススの低い笑い声が収まってきた頃。
マキューシオが静かに、ノルヴェルトと視線を合わせた。


「さて、ノルヴェルト。……君はどうする?」


ノルヴェルトはびくりと身を硬くすると息を呑む。
一気に体温が下がったような気がした。

そんな少年を真っ直ぐ見つめたまま、師は言葉を続けた。

「今日まで、フィルナードから戦場の厳しさを教わってきただろう。それでも、私達と来る意志はあるか?」

――何だって?
フィルナードは自分に戦場の厳しさを教えていた?

黙ってうつむいているフィルナードを見る。

――だからあんなに厳しかったのか!!

「あ、言っとくが、フィルナードはもとからこういう奴だぞ。だから特別厳しくしていたとか、そういうのではないからな」

少年の単純な思考を察してか、感動をワジジがあっさりと打ち消す。
思わず顔を歪ませ、足元にいるタルタルをじろりと見下ろした。
しかし、ノルヴェルトはすぐに顔を上げ、マキューシオのブラウンの瞳を見つめる。


「一緒に、行きたい」


緊張で少し声が震えてしまったが、ノルヴェルトははっきりとこう答えた。

しばしの沈黙を置いて、マキューシオがゆっくりと目を閉じる。

「……そうか…」

彼は喜んでいるのか、悲しんでいるのか。
表情からはまったく読み取れなかった。
途端に少年の中で凄まじい不安が渦巻く。

だがーー不意にばしりと背中が叩かれる。
仰天して振り返ると、ドルススが笑顔で立っていた。

「ノルヴェルト!これからどんどん強くなって、うちらと一緒に旅しよう!!」

言いながら、どーんとセトが体当たりしてきた。
その勢いで何歩かよろめく。
スティユの目の前でギリギリ踏み止まり、顔を上げる。
スティユは少年を見つめて優しく微笑んでいた。

ぐるりと皆の顔を見回す。
すると、子どもを見るような眼差しではないーー今までとは違う眼差しが向けられていることに気がついた。



びゅうと風が吹く。

「戦いの終わりが見えず、今やこの世すべてが戦場だ」

ゆっくりとした口調で言うマキューシオは、『しかし』と続け、腰に下げていた細身の剣を抜く。
そして、皆の中心の地面に剣を突き立てた。

「私はこの先も、己の信じることを成す」

吹き付ける風の中に、ぽつぽつと雨が混じり始めている。
真っ直ぐな眼差しを仲間達に向けるマキューシオを見つめ返し、ドルススはぐっと拳を突き出した。

「俺は喜んで、お前さんの力になろう」

にやりと笑った。

「俺も!あんたについて行くぞ」

「みんなとなら何処へだって!」

すぐにワジジとセトが続く。
彼らはそれぞれ杖と剣をマキューシオ同様に地面に突き刺す。

すると、皆の輪から少し離れていたフィルナードが鼻で笑った。
ノルヴェルトが彼を振り返ると、漆黒のエルヴァーンは気だるげに溜め息をつく。

「……俺はお前らが好きなわけじゃないが…」

ゆっくりと背中の大鎌に手を伸ばす。
次の瞬間、その鎌を放った。
皆の剣が集まるところに漆黒の鎌が突き刺さる。

「お前のやり方は気に入ってる」

マキューシオに告げ、フィルナードはにやりと唇を吊り上げた。


次に、じっと動かなかったスティユが、腰の短剣を抜いてマキューシオを見つめる。

「……あなたが信じることを……私も信じます」

さくっと雪の積もった地面に短剣を突き立てた。


そして……。

ノルヴェルトは集った皆の剣を見つめ、ぎゅっと拳を握る。
思い切って剣を抜いた。
ぽつりぽつりと降る雨が少年の剣を濡らす。

「僕も、強くなってみんなと戦う」

ざくっと地面に剣を突き立てた。

それを見届けた皆は無言のまま、視線で互いに励まし、勇気付け、笑い合った。
仲間達を愛しそうに眺めるマキューシオは、希望を映すブラウンの瞳で宣言した。

「他ここにいない多くの仲間達と共に、この時代を越える!」

一同は喚声を上げた。

何もないが、満たされた声。


黒い雲から降り始めた雨に、星の見えない空。


「――さ、そろそろ戻らないと。ここにいない多くの仲間達が、うちら探してテンパッてるかも」

とても良い雰囲気だったのだが、切り替えたセトの一言でお開きになる。
はっとしたスティユがいつもの調子でマキューシオを急かした。
マキューシオがやれやれと言うようにドルススを見る。
ドルススは太い声で笑った。

「んもー、リンクパールあれば超便利なのにさー。軍ってば何も全部独り占めしなくたって」

「一つくらい、くすねてくるか?」

「セト、ワジジ」

スティユが睨むと、『冗談だってば』と二人は武器を回収しそそくさと地下道に戻っていく。
鎌を背に戻しながらフィルナードが何かぶつぶつと言っていたが、ノルヴェルトには聞き取れなかった。

――少年の肩に手が置かれる。

顔を上げるとマキューシオがいた。

「共に護ろう」

マキューシオの瞳に決意と希望を見たノルヴェルトは、きゅっと口を結んで深く頷く。
腰に収めた剣の柄を握る。
胸は高鳴り、熱く鼓動していた。



   *   *   *


野良犬は、昔の夢を見た。

彼らと共に生きたあの日々の夢を。
久々に感じたぬくもり……懐かしい声。

思い出を大事に胸に抱き、彼らを探して闇をさ迷う。
あの思い出自体が夢だったのではないか……という恐怖に震えながら。


彼らに会いたい。

声が聞きたい。


あの日々は夢ではないと、言ってほしい。




一人ぼっちの野良犬は、仲間達と生きた証を探し、今宵もさ迷い歩く。


遠吠えする力さえなくした、孤独で臆病な黒い野良犬。



<To be continued>

あとがき

平和ではない時代に生まれてしまったと思っていたよね。
でもこの頃が、一番幸せだったんだよ、ノルヴェルト。

「公平」と「冷たさ」の境界なんて、難しいよね。
まだ子どもなのに、大人達の複雑な世界に放り込まれて。

そして大人になった今でも、ノルは渇望している。

第二章、この先もどうかお付き合いください。