マキューシオ

第二章 第六話
2004/10/31公開



セトに頼まれたノルヴェルトはマキューシオを呼んできた。
軽く事情を聞いたスティユとドルススも一緒である。
やって来たのが年若い青年だったので、戦士達は目を丸くすると同時に呆れたような顔をする。
マキューシオは詳しい事情を女性や戦士達から聞き、少し考えるとセトの提案を許可した。
『まったく暇な奴らだ』とエルヴァーンの騎士が嘲笑していたが、マキューシオはそのようなことを気にかける様子はなかった。

やがてエルヴァーンの騎士は、マキューシオらだけを行かせるのは信用ならない、と言って、ヒュームの戦士に同行するよう命令して去っていった。
ずっと黙っていたその戦士は短く返事をして、何故だか嬉しそうにしている同僚のエルヴァーン戦士をじろりと恨めしそうに横目で見た。


「……どうします?」
皆を見回してからスティユがマキューシオに尋ねた。恐らく、誰が行くかの指示を仰いでいるのだろう。
「俺は行くぞ!」
ワジジがそう言って短い腕を組むと仁王立ちした。
当然のごとくセトも同じことを言って、これだけは譲らないと言いた気にふんぞり返る。ドルススとスティユも、黙っているものの目は『自分も行く』と言っていた。
正直、その時誰もが『マキューシオが行くまでもない』と思っていたが、そんなことを言っても意味が無いと彼らは皆よく理解しているので、誰も口にはしなかった。
そして、ノルヴェルトは皆の様子を上目遣いに窺いながら、自身も少し期待を抱いていた。

皆の視線の的になっているマキューシオは、しばし考えてから何となくスティユを見た。
「………誰かが残っていないと他の仲間が」
「行きます」
言葉の途中ではっきりとスティユに打ち切られてしまう。
マキューシオはきょとんと目をしばたかせてから、困ったような笑みを浮かべた。
そして仲間達の顔を順に見つめる。
皆もまた、『分かってるくせに』と言いたげな笑みを浮かべてマキューシオを見ていた。
観念したような、それでいて感謝の気持ちがこもった声で、マキューシオが言う。
「よし、全員で地下通路に入る」
セトは嬉しそうに耳をピンと立てると、『みんなで行ってとっとと見つけてこよう』と張り切った。
すぐさまワジジは防御魔法を唱えるために『集まれ』と喚き出す。


「俺も行こう」


その一言が聞こえ、はたと動きを止めて皆は背後の暗がりを振り返った。
「フィルナード…」
相変わらず微動だにしない漆黒のエルヴァーンを、マキューシオはじっと見つめる。
彼が自分から行動を申し出るなんてことが今までにあっただろうかと、仲間達は目を丸くしている。
特に、実質フィルナードを抱えている護衛部隊のセトはぽかんと口を開けていた。
「しばらくガキの相手ばかりだったからな、久々にこいつを使いたい」
そう言って背中の大鎌を指すフィルナード。
どんどん進む話に焦燥の表情を浮かべて固まっていたノルヴェルトは、彼の言った『ガキ』が自分のことであると気付いてムッとした。
そんな少年をちらりと見て、セトは忍び笑いを浮かべる。
「…分かった」
しばしじっとフィルナードを見つめていたマキューシオが言った。
彼の決断に、仲間達は期待を帯びてぞくりと肌が泡立つのを感じる。
なんと、このメンバー全員が行くことになったのだ。

いや、ノルヴェルトとしてはこれで“全員”ではない。
意気込む皆を眺めて、ノルヴェルトは何も言えず恨めしそうにして立っていた。
ただちょっと様子を見てくるだけなのに、そんな大勢行かなくたって…。と、内心少しひがんでいたりする。
すると、それを心得ているかのように、マキューシオが少年を振り返った。
何とも言えない顔をして突っ立っている少年に目を細めて、ヒュームの剣士が問う。
「ノルヴェルト、君も来るか?」
驚いて思わず口が開いてしまった。
少し期待はしていたものの、まさか実現するとはまったく思っていなかった。
ノルヴェルトは慌てて何度も頷く。
マキューシオは少年の肩に触れ、何か思っているような表情で、頷いて見せる。
それがどういう意味のある表情なのかと、ノルヴェルトは必死に観察したが、少年には汲み取ることができなかった。
「よし。スティユ、あれをノルヴェルトに」
『はい』と張りのある返事をして、スティユはノルヴェルトに微笑んだ。
疑問符を浮かべるノルヴェルトだが、マキューシオが両肩に手を置いて少年と目を合わせた。
「ノルヴェルト、外に出てフィルナードからより多くのことを学ぶといい」
マキューシオはそう言ってにこと笑う。
するとフィルナードが『そういうことか』というような顔をして舌打ちをする。
「…ちっ……結局子守りか」
思わず天を仰ぐと、すぐさま俯いて険しい表情を長い黒髪の中に隠す。
それにはドルススも大笑いし、セトとワジジも容赦なく笑った。
再びムッとしたノルヴェルトだったが、結局何も言えずにただ黙って膨れるしかなかった。


その後ヒュームの女性から子どもの特徴を聞き、一行は地下道へと入った。
ずんずん先に行きたがるワジジを抑えてドルススが先頭を歩き、セト、マキューシオ、スティユ、ノルヴェルトと続いている。
その後ろを同行を命じられた軍のヒュームの戦士が歩き、一番後ろにはフィルナードがいた。
ゆらりと音も無く歩くフィルナードが気味悪いのか、ヒュームの戦士は落ち着かない様子である。
スティユと並んで歩いているノルヴェルトは、初めて防具を装備していた。
トカゲの皮を加工して作った、スティユお手製のものだという。
いつも稽古で借りている小振りの剣を腰に下げ、気分はすっかり一人前の戦士だ。
「似合ってるわよ」
鎧をまとったことに酔いしれているノルヴェルトを見て、スティユが小さく笑いながら言った。
ノルヴェルトは途端に恥ずかしくなって顔を上気させる。
それに反応したワジジとセトが振り返る。
「いつの間にそんなにでかくなったんだ?最初は俺ぐらいだっただろう」
「あーっはは!そんなわけないじゃん!!ワジジのがずっとチビだよ」
膝を叩いて笑うセト。ワジジは至って真剣に首を傾げていた。
「しかし…確かに、出会った当時に比べたら立派になったもんだ」
笑いながらそう言うドルススの背中を見つめて、ノルヴェルトは彼らとの出会いを振り返った。
大分背は伸びたし、体力もついてきた。それなりに剣も扱える。
鎧を着て彼らと共に歩いている今、自分はもう彼らの仲間と言ってもいいのではないだろうか。
そんな期待が胸に膨らみ、ノルヴェルトはちらりとマキューシオを盗み見た。

「フィルナード、後ろなんか歩いてたら大鎌振り回すチャンスなんてないんじゃん?
 全部ドルススとワジジがやっちゃうよ」
セトが振り返ってからかうように言う。
「……もう諦めた」
最後尾を歩いているエルヴァーンは長い髪を垂らしたまま、『それに』と低い声で付け加える。
「お前達が後ろにいると煩くてかなわん」
『緊張感のない奴らだ』とため息交じりにぼそぼそと毒づいている。
彼の言葉を聞いて、スティユははっとしてマキューシオに視線を向けた。
スティユの視線による問い掛けに対し、ヒュームの剣士は頷いて見せる。
「この先に獣人の群れがいることはない、心配はいらないよ。
 ただあまり奥には進むな……ということですよね?」
言いながら、彼は後ろから二番目を歩くヒュームの戦士を振り返った。
戦士は小さく頷いてそれを認めるだけで、言葉は発さなかった。
「フィルナード、子どもの声は聞こえないか?」
前方へ視線を戻したマキューシオは唐突に尋ねた。
ノルヴェルトはわけが分からず、思わず彼と後ろのフィルナードを見比べる。
「いいや。………………ただ、この先に一匹モンスターがいる」
「何故お前はそう耳が良いんだ。伊達にでかくないな」
「すごい…っ、どうして分かるの?」
感心しているんだか馬鹿にしているんだか分からないワジジに続いて、ノルヴェルトは驚きの表情で漆黒のエルヴァーンを振り返った。
「………ふん……神が俺に与えた特別のプレゼントだ」
「何それ超ウケんだけど!!全然嬉しそうじゃないし!」
苦々しげに答えたフィルナードにセトは大ウケしている。
ノルヴェルトは自分がからかわれていることに気がついて、再び顔を上気させた。
悔しくて堪らずフィルナードに背を向けると乱暴に歩を進めた。
「ノルヴェルトはまだまだお子様だに~」
「うるさいなっ」
意地悪を言うセトを睨み付ける。
皆の仲間になれたかもしれないなんて思っていた自分が馬鹿馬鹿しく思えて腹が立つ。
やはり皆は今でもノルヴェルトを子ども扱いしているようだ。


しばらく歩くと、ワジジと並んで歩いていたセトが前を歩くドルススの背中を叩いた。
それを合図に全体が止まった。セトが指し示す先を見ると、ずっと先の岩の向こうにちらちらと何かが動いているのが分かる。
「敵?」
ノルヴェルトが小声で尋ねると、セトは首を横に振った。
「そのまた向こうの岩陰に子どもが二人いる」
どこか野性的な狩猟の目付きで前方を凝視したまま、セトが言う。
彼女を真似て、ノルヴェルトも身を屈めて目に全神経を集中させた。
が、子どもの姿などまったく見えない。
どうやらセトは相当目が良いようだ。
「よし、スティユとセトは真っ直ぐ子ども達に向かってくれ。手前のモンスターは私達が」
マキューシオの指示に各自小さく返事を返し、それぞれ戦闘準備を始めた。
ノルヴェルトはドキドキしながら左腕に装備している盾を確認する。

「―――行くぞっ」

言うが早いか、マキューシオは一瞬で先頭のドルススをも抜いて飛び出した。
途端に隣りからスティユの『またそうやって!』という怒りの呟きが聞こえる。
ノルヴェルトが駆け出す彼女から前方に視線を戻すと、前にいた三人はいつの間にかマキューシオに続いて大分先を走っていた。

その時になって、ノルヴェルトは自分に対して指示が出ていないことに気がついた。
マキューシオの言った『私達』には自分も含まれている?
ということは自分もあのモンスターと戦う?
ノルヴェルトは一瞬でひどい混乱状態に陥り、途端に頭は使い物にならなくなった。
頭の中が真っ白になったノルヴェルトは何も考えぬまま駆け出す。
波のように緩く上下した形状の地下道を、前の人々を追って必死に走った。
歩いていた時はあまり感じなかったが、装備が重い。
ノルヴェルトが息を弾ませて皆に追いついた頃には、すでにほぼ決着はついていた。
ひょろひょろの細い腕の、大きな口を持った一見蛙に似たモンスター。
小さな身体の上で杖のようなものが浮いている。
その奇妙な姿に鳥肌が立ち、ノルヴェルトはあと数メートルのところで足を止めてしまう。
マキューシオの細身の剣に斬り付けられ、鮮血にまみれたモンスターの気味の悪い悲鳴が地下道に響く。
「お前が仕留めろ」
後ろから、フィルナードの低い声が聞こえた。
ごくりと唾を飲むノルヴェルトは相変わらず動けない。
――――と、凶暴なモンスターがマキューシオらから逃亡を試みた。
立ち尽くしているノルヴェルトに向かって猛然と駆け出す。
「待て!」
これは、フィルナードがマキューシオ達に放った言葉。
ノルヴェルトを護るためにそれぞれの動作に入った彼らを制したのだ。
モンスターが大きな口に並ぶ牙を剥き出しにして、奇声をあげながらノルヴェルトに飛び掛かる。
ノルヴェルトは後退りながら慌てて剣を抜く。
………間に合わない!!


―――――――ッジャ!!!

勢いよく液体が飛び散る音がした。
つまずいてバランスを崩したノルヴェルトは派手に後ろへと転倒する。
横からざっくりと斬り付けられたモンスターは壁に叩き付けられ、地面に落ちると血の滴る口をだらしなく開けたまま動かなくなった。
ノルヴェルトの横には、モンスターの血のついた剣を握ったヒュームの戦士が立っていた。
「!!…っ!?………っ…」
まだパニック状態のノルヴェルトは、両手をついて肩で呼吸しながらモンスターを見つめる。

「………お前はその程度だ」
フィルナードの冷たい言葉が聞こえて、やっと今起きたことが理解できた。
愕然とではなく、今度は呆然とモンスターの遺体を見つめる。
少年が到底太刀打ちできないことを見兼ねて、同行していたヒュームの戦士が助太刀したのだった。
「ふむ、フィルナードが助けるわけがないな」
あっけらかんとしてワジジが独り言ちる。
「大丈夫かノルヴェルト?」
ワジジの言葉に苦笑いしながら、ドルススがノルヴェルトに手を差し出した。
助太刀した戦士に対して『感謝します』と会釈するマキューシオ。
そして彼は、じっとフィルナードを見つめた。
ドルススにも礼を言われた戦士は小さく会釈し、黙ったまま剣を収める。
ふらふらと立ち上がったノルヴェルトは何も言えずに唇を噛んだ。
そんな少年を見上げて、『今のお前にはどう頑張ったってまだ無理な相手だった、気にするな』と、 本人は慰めのつもりだろうが、何とも攻撃力のある言葉をワジジが放った。

「マキューシオ」
少し先の岩陰から、二人の子どもを連れてスティユとセトがやって来た。
彼女達に手を引かれて歩くのは、10歳前後と7つくらいのヒュームの少女二人だ。
名前も外見の特徴も、母親から聞いたものと一致している。
話を聞いてみると、もう少し先に進んだところまで行ったが怖くなり、戻ろうとしたが今のモンスターが現れて戻ることができずにいたということだった。
なぜこんなところに入ってきたのかと尋ねると、少女達はうつむいて口を結んでしまう。
言いたくない何らかの事情があるようだ。
「とにかく無事で良かったな、さぁ戻ろう」
ドルススが安堵の溜め息をついて、少女達の背中を軽く押して歩くように促した。
そうして一行は向きを変え、ジュノに戻るべく歩き出す。

―――と、妹の方の少女があっと声をあげて立ち止まった。
服のポケットを押さえて姉に困惑の表情を向ける。
「お姉ちゃん、お金が」
途端に目を見開いた姉が、すぐさま妹の頭をばしっと乱暴に叩いた。
泣きそうな目をして何度も何度も叩く。
「ちょっと、どうしたの?お金落としちゃったの?」
スティユが二人の間に入りながら尋ねると、姉妹は何も答えずに泣き出した。
うつむいたまま黙っていたノルヴェルトも何事かと顔を上げる。
迂闊な妹に怒りを露わにして泣く姉と、絶望した様子で声を上げて泣く妹。
彼女達の様子を見て、皆は大体の事情を察してしまった。
恐らく、その金は彼女達のものでは……。
やせ細った幼い姉妹を見下ろして、一同は立ち止まったまましばし沈黙した。


「泣いても、罪は消えない」

その驚くべき言葉は、マキューシオの口から出たものだった。
真剣な表情をした彼は幼い姉妹の前に片膝をつく。
少女達はとてもじゃないがマキューシオのことを直視できず、顔を手で覆って泣いている。
「ただ悔いても何も解決しないよ。君達は……責任を果たさなくてはいけない」
「けどマキューシオ」
セトが思わず口を挟むが、スティユが彼女の腕を掴んでそれを制する。
ノルヴェルトは信じられないと言いた気な顔でマキューシオを見つめていた。
「私達が探してくる。君達はそれを持ち主に返しなさい。分かったね?」
優しい笑みを浮かべるわけでもなく、ただはっきりとした口調でそう告げる。
姉妹はただただ泣くばかりだ。
マキューシオはそんな二人の頭を撫でると立ち上がり、ヒュームの戦士に向く。
「すみませんが、先にこの子達を連れてジュノに戻って頂けませんか」
居心地の悪そうにしていたヒュームの戦士は、突然のことに目を丸くした。
ノルヴェルトは、今の自分も彼と同じ表情をしていることに気付かなかった。



<To be continued>

あとがき

何だかんだ、いいように使われているフィルナード。
生徒会長に弱みを握られた不良のようだね!←黙れ