Tarutaru>Elvaan?

第九話
2004/03/07公開



正午が近付き、太陽が段々と真上に上ってきていた。
真上からやってきた光は、生い茂る植物の隙間を見つけ、薄暗いジャグナーの森に何本も白い柱を立てる。
静寂の中に生き物が動く音。野生が潜む気配。
「トミーさ~~~~ん!」
日頃大きな声を出さないロエが先程から必死に呼びかけているのだが、その声に関心を示すものは誰もいなかった。
「ね、いないでしょう?……参ったなぁ~」
眉をハの字にしたパリスの困り果てたような発言をきっかけに、ロエは彼を振り返った。
「どうしましょう、早く見つけないと…!」
トミーがいないことに気が付いたこの場所の周囲をもう一度二人で捜し歩いているが、 トミーどころか人の姿すら見かけない。
この森林は何度もチョコボで駆け抜けたことがあるが、これほどまで人気がないのも珍しい。
「この辺にはもういないのかもしれない。それにアレですね…
 トミーちゃんがもう一度ここまで戻って来れるかどうか…。多分彼女はこの場所を覚えてない」
顎に手を当て、真剣な表情で推測するパリス。
「パールッシュドさんは、冷静なんですね。私は動揺してしまって……どうしたら良いのか……」
パリスと並んで歩きながら、頬を両手で包んだロエが言った。
見るからにおろおろしているロエを見下ろしてエルヴァーンの剣士は微笑む。
「いやぁそんなことないですよ。僕だって平静装ってますけどね、頭の中はもう何が何やら。
 動揺して同じ方の手と足が出ちゃいますよ」
確かに先程から妙な歩き方をしているパリス。彼は苦笑いをして強引に歩き方を正常に戻した。

「あぁ~やっぱり僕がジュノに行こうなんて言い出さなければこんなことには…」
嘆きと共に、天を仰いで両手で顔を覆うパリス。
「パールッシュドさんが悪いんじゃありませんよ。だからそんなに自分を責めないでください」
『全然連絡を入れなかったこちらも悪かったんです』と悔いるようにロエ。
悔しそうに口を結んだ彼女の目尻にじわりと僅かに涙が滲む。
それに気付いたパリスは心の中で『あぁあぁぁ』と情けない声を発して髪をぐちゃぐちゃにかき回した。
「いや、そっちは忙しかったんでしょう?仕方ないじゃないですか」
「でも……。パールッシュドさん達はサンドリアで何をやってらしたんですか?
 トミーさんとずっと一緒にいたんですか?」
ロエからのその問いを受け、『あー…』と視線を斜め上に逸らしてパリスは答える。
「僕ぁトミーちゃんのお手伝いをしてましたよ。買い物したり、狩りに出たり。
 そうそう、そっちは一体何をしてたんですか?ダンのことだからずっと狩りしてたんでしょ?」
微妙な笑顔を浮かべながら頭を掻くパリスを見上げ、ロエはハッとした様子だった。
いけないことを思い出してしまったというように口を押さえる。
疑問に思ってパリスが尋ねると、ロエはとても言い難そうに声を絞り出した。
「……はい…ずっと狩りをしていました」
「うん?」
それを言うのに何故そんなに言い難そうなのだろう。
パリスはまた疑問に思ったが、すぐにその謎は解けた。

「ダンさんは…その……」
「はい?」
「トミーさんをジュノに……」
「はいはい」
「連れてくる為だと言って」
「ほうほう」
「連日朝から狩りに……」
「なるほど」

真実を知るにつれて段々とパリスの顔から血の気が引いていったことに、ロエはまだ気付いていない。
パリス自身、意識が遠退いていくのがはっきりと分かった。



「マジデスカ」
「パ、パールッシュドさん、また同じ方の手と足が出てます!」
真っ白になったパリスはもはや真っ直ぐ歩けなくなり、失神しそうな勢いで木にすがり付く。
情けない声で彼は嘆いた。
「嘘ぉぉ~それ本当ですか?!ダンが?トミーちゃんをジュノに連れてくために?」
ロエが遠慮がちに小さく頷くと、『嘘ぉぉ~~!!』と木の幹に顔をうずめた。
「……男の子はそう簡単に泣いちゃいけないんですけど、もう泣いちゃっていいですかね?」
そう言ってずるずるとしゃがみ込むと膝を抱えて小さくなるパリス。
「パールッシュドさんはそれを知らなかったんですから!仕方ないじゃありませんかっ。
 私もそのことを知ったのはジュノに入って何日かしてからでしたし…」
長身のエルヴァーンがここまで小さくなっている姿を初めて見たロエは、気の毒に思って必死にパリスをフォローする。

トミーの手伝いをしたつもりが、ただ余計なことをして事態を悪くしただけ?

パリスは自分の「余計なお世話」具合をあざ笑う。
「とにかく今はトミーさんを探さないとっ。ですよね?探しましょうパールッシュドさん」
これ以上小さくなれないくらい縮こまったパリスに、元から小さなロエが言った。
なかなか立ち直らないパリスに困って必死に立ち直りを促す。
やがて、木にすがり付きつつフラフラと立ち上がってパリスは深いため息をついた。
そうだ、今はこんなことしてる暇はない、と頭を振る。
今じゃなくても、後々嫌でも天誅を食らうことになるのは分かっていた。
今のところあの男は来ていないが、このままただで済むワケが無いと確信している。
「それじゃあ、二手に分かれましょうか」
自分はジュノ側を探すので、ロエはラテーヌ側の捜索を頼むと言う。
ロエは表情を引き締めて返事をし、西側を向くと、野性味溢れる木々の向こうをじっと見つめた。
「何かあったらリンクシェルですぐに連絡してください。
 シーフの逃げ足よりも速く、光の如く駆け付けますから」
「パールッシュドさん」
東に向って駆け出そうとしていたパリスは、ロエに呼び止められて振り返った。
「……トミーさんはきっと無事ですよね?」
不安で押し潰されそうになっているロエの声。
心細い顔をしているタルタル魔道士に、パリスはにこと笑って快活に答えた。
「もちろん!無事な内に見つけ出しましょうよ。
 感動の再会シーンでトミーちゃんを抱き締めるの、順番一番はロエさんに譲ったげますからね♪」
その普段通りの軽い口調はロエの不安を和らげるのに効果的であった。
小さく微笑んで互いに頷くと、二人は東と西に別れた。



数分後、二人が分かれたその場所に道着を着たミスラが現れた。
木の陰に身を潜めて、注意深く辺りを覗う。
体は木に張りついて動かないが、彼女の尻尾は別の生き物のように動いていた。
周りの安全を確認して『大丈夫よ』と小声で言う。
すると彼女の背後からヒュームの娘が、こちらもまた姿勢を低くして姿を現した。
やはりキョロキョロと辺りを見回す。
「人っ子一人いないわね」
疲労がにじみ出た声で言うミスラのモンク、リオ。 ヒュームの戦士トミーは低く構えていた背筋を伸ばして前に出た。
「確かこの辺だったと思うんだけどなぁ~…」
パリスと共に来たと思われる地点まで戻ってきたものの、そこにエルヴァーン剣士の姿はなかった。
まだ近くにいるのではないかと、トミー達はその周辺を探し歩いているのだった。
「先に行っちゃったんじゃない?そのパセリって奴」
「パリスさんです」
「そうそう、パリスさん」
もう一通り歩いてみた。
冒険者の姿は見当たらなかったし、辺りを警戒しながら人を捜し歩くというのは神経を使うのでとても疲れた。
くたびれたのか、リオは腕を真上に上げてぐぐぐっと伸びをすると、大きなあくびをする。
近くに敵がいないことを十分に確認してから、トミーは道の真ん中まで歩み出た。
適当な方向を向いて口に手を添える。
「パリスさーーーーーーぁぁぁぁあああああ!!?」
森林への呼びかけを後半悲鳴に変えて、前のめりになったトミーは正面の木に勢い良く突っ込んだ。
後ろからトミーに飛び蹴りをお見舞いしたリオは華麗に着地すると、木にへばり付いているヒュームに大股で歩み寄る。
「あ・ん・た、何血迷ったことしてんのよ!獣人が聞きつけてやってきたらどうすんの!?」
『あたしらは弱いのよ!!!』と腰に手を当ててリオ。
そんなこと胸張って言わなくたって…と思うトミーだったが、確かに大声を上げてパリスを探すのは危険だったと納得した。
「す、すみません」
ぶつけたおでこを擦りながら苦笑いを浮かべる娘を見、リオはため息をついてその場に腰を下ろした。
木に背中を預けた状態で少し休もうと提案する。

リオの言葉を聞いているのかいないのか、トミーは近くにカブトムシを見つけて話しかけていた。
「あの~…もしもし?……この人達私の言葉が分からないのかなぁ」
どうしてなのかさっぱり分からないとでも言いたげに、トミーは首をひねった。
「んー?そりゃあ、あんたがまだ未熟だからよ」
当然のようにさらりと言うリオを、驚きの表情で振り返る。
「えっ。……リオさん……知ってたんですか!?」
「知ってるとかそういうことじゃないんじゃないの?あんたじゃこのへんの奴は無理でしょ。
 あんまり無闇に手ぇ出さないでよ、襲われたら堪んないわ」
『えぇぇ、襲ってくるんですか!!?』とトミーは驚愕の様子。
完璧に話が食い違ってることに、彼女達は気付いていない。
トミーは、この森の不思議についてリオが知っていたのだと思っている。
一方リオは、トミーが獣使いであると思い込んでいる。そう、二人の会話は全然意味が違うものだった。
未熟な獣使いが強い相手を操ろうとすると高い確率で失敗し、逆に襲われる事がある。
だから手当たり次第にカブトムシを勧誘するな、とリオは言っているのだが…。
「そうだ!さっき話しかけたカブトムシは少し反応してくれたみたいでしたよね!?
 ちょっと確認してみます!!」
そう言ってすぐに『私未熟ですかぁぁ』と問いを口に出しながら来た道を戻っていくトミー。
当然、リオは慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっと!離れるのは危険よ!?」
「すぐ、すぐに戻って来ますから!」
肩越しにそう返して、トミーは行ってしまった。ぽつんとリオだけがその場に残される。

あの子、ちゃんと戻って来れるだろうね?



いーや、戻って来れないね。
リオはそう確信すると立ち上がった。――――――早く追いかけよう!



その時だ。
リオは気配を感じた。何者かが近付いてきている。
人だろうか。冒険者だったら有り難い。しかし、敵かもしれない。
何であれ何かが来る。リオは身を低くして息を殺し、腰に下げいたブラスバグナウに手を伸ばした。
静かにそれを装着してじっと辺りの様子を窺っていると、気配の主は何本も先にある木の向こうから姿を現した。

銀色の鎧。背には立派な両手剣。息を切らせたヒュームの青年だった。
長距離を走った後であるかのように短い栗色の髪は汗に濡れ、彼の頭を一層刺々しくしている。
すでにリオの存在に気が付いていた様子のその青年は、荒い息を付いたままで、武器を構えた状態で硬直しているミスラをじっと見つめるのだった。



<To be continued>

あとがき

勘違いも甚だしいですね、トミーとリオの素人コンビは。
学習能力のないトミーが離席中、お待ちかねの某戦士が登場となりました。
さぁて、パリスの運命やいかに!!(←パリスかよ)