Tarutaru>Elvaan?
2004/03/07公開
正午が近付き、太陽が真上に昇っていた。
木々の隙間から降り注ぐ光は、薄暗いジャグナーの森にいくつもの白い光柱を落とし込んでいる。
静寂の中、生き物のかすかな動き―――野生の気配が森の奥に漂っていた。
「トミーさ~~~~ん!」
ふだんは大きな声を出さないロエが、何度も必死に呼びかけている。
しかし、その声に応える者は誰もいなかった。
「ね、いないでしょう?……参ったなぁ~」
眉をハの字にして、困り果てたようなパリスのつぶやきに、ロエが振り返る。
「どうしましょう……早く見つけないと……!」
トミーがいなくなった場所の周辺を、二人はもう一度捜し歩いていた。
だがトミーどころか、人の気配すらない。
何度もチョコボで駆け抜けたことのあるこの森林が、これほど静まり返っているのも珍しい。
「この辺には、もういないのかもしれない。……それに、アレですね……。トミーちゃんがもう一度ここまで戻って来れるかどうか……。多分、彼女はこの場所を覚えてない」
顎に手を当て、真剣な表情で推測するパリス。
「パールッシュドさんは……冷静なんですね。私は動揺してしまって……どうしたら良いのか……」
ロエは頬を両手で包みながら、パリスと並んで歩いていた。
あからさまにおろおろしているロエを見下ろしながら、エルヴァーンの剣士は優しく笑った。
「いやぁ、そんなことないですよ。僕だって平静装ってますけどね、頭の中はもう何が何やら……。動揺して同じ方の手と足が出ちゃいますよ」
確かに、先程から妙な歩き方をしているパリス。
そう言って苦笑いしながら、パリスは強引に姿勢を整えた。
「あぁ~……やっぱり僕がジュノに行こうなんて言い出さなければ、こんなことには……」
嘆きながら、天を仰いで両手で顔を覆うパリス。
「パールッシュドさんが悪いんじゃありませんよ。だから、そんなに自分を責めないでください」
ロエは『連絡も全然入れなかったこちらの方が悪かったんです』と悔しげに呟く。
ぎゅっと唇を結ぶ彼女の目尻に、じわりと涙がにじんだ。
それに気づいたパリスは、心の中で『あぁぁぁあ』と情けない声をあげ、髪をぐしゃぐしゃにかき回す。
「いや、そっちは忙しかったんでしょう?仕方ないじゃないですか」
「でも……。パールッシュドさん達はサンドリアで何をしてたんですか?トミーさんと、ずっと一緒に……?」
ロエの問いに、パリスは『あー……』と視線を斜め上に逸らしながら答える。
「僕ぁ、トミーちゃんのお手伝いをしてましたよ。買い物したり、狩りに出たり。そうそう、そっちは一体何をしてたんです?ダンのことだから、ずっと狩りしてたんでしょ?」
微妙な笑みを浮かべて頭を掻くパリス。
それを見上げたロエは、ハッとした表情で口元を押さえた。
何か“いけないこと”を思い出してしまったかのようなその仕草に、パリスは首を傾げる。
「……はい……ずっと、狩りをしていました」
「うん?」
その答えが、なぜそんなに言い難そうなのだろう。
パリスは一瞬不思議に思ったが、その謎はすぐに解けた。
「ダンさんは…その……」
「はい?」
「トミーさんをジュノに……」
「はいはい」
「連れてくる為だと言って……」
「ほうほう?」
「連日、朝から狩りに……」
「なるほど」
言葉を重ねるごとに、パリスの顔からサーッと血の気が引いていく。
だが、ロエはまだそれに気づいていなかった。
パリス自身、意識が遠のいていくのをはっきりと感じていた。
「マジデスカ」
「パ、パールッシュドさん、また同じ方の手と足が出てます!」
パリスは真っ白になった顔でふらふらと歩き、ついには近くの木にしがみついた。
そのままズルズルと崩れ落ちそうな勢いで、情けない声を上げる。
「嘘ぉぉ~それ本当ですか?!ダンが?トミーちゃんをジュノに連れてくために?」
ロエが遠慮がちに小さく頷くと、『嘘ぉぉ~~!!』とパリスは木の幹に顔をうずめ、絶叫した。
そして小声で呟く。
「……男の子はそう簡単に泣いちゃいけないんですけど……もう泣いちゃっていいですかね?」
そう言って、膝を抱えて小さく丸くなる。
長身のエルヴァーンがここまで縮こまる姿は、ロエにとっても初めてだった。
「パールッシュドさんは、それを知らなかったんですから!仕方ないじゃありませんかっ。私だって、そのことを知ったのはジュノに着いて何日かしてからでしたし…」
気の毒そうにパリスを見つめながら、必死にフォローを入れるロエ。
トミーの手伝いをしたつもりが、ただ余計なことをして事態を悪くしただけ?
パリスは自分の「余計なお世話」具合をあざ笑う。
「と、とにかく!今はトミーさんを探さないとっ。……ですよね?探しましょう、パールッシュドさん!」
これ以上小さくなれないくらい縮こまったパリスに、元から小柄なロエが身を乗り出して言う。
「……はい」
ようやく木にもたれたまま、パリスがふらりと立ち上がった。
深いため息を吐きながら、彼は頭をブンブンと振る。
「……そうだ、今は落ち込んでる場合じゃない」
今じゃなくても、後々嫌でも天誅を食らうことになるのは分かっていた。
あの男はまだ来ていないが、このままただで済むワケが無いと確信している。
「それじゃあ、二手に分かれましょうか」
「僕はジュノ側を探します。ロエさんはラテーヌ側をお願いします」
ロエは表情を引き締め、真剣に頷いた。
そして西側へ向き直り、野生の息づく森の向こうをじっと見つめる。
「何かあったら、リンクシェルで連絡してください。シーフの逃げ足よりも速く、光の如く駆け付けますから!」
「パールッシュドさん!」
東に駆け出そうとしていたパリスが、ロエの声に振り返る。
「……トミーさんは、きっと無事ですよね……?」
不安に押しつぶされそうな声。
心細そうなロエの顔を見て、パリスはにっこりと笑い返す。
「もちろん!無事な内に見つけ出しましょうよ。感動の再会シーンでトミーちゃんを抱き締めるの、順番一番はロエさんに譲ったげますからね♪」
その軽口は、いつものパリスそのものだった。
ロエの不安を、ほんの少しだけ和らげる。
小さな微笑みと共に、二人は頷き合った。
そして――
東と西へ、それぞれの方向へ駆け出していった。
数分後。
パリスとロエが別れたその場所に、一人のミスラが現れた。
道着を着たそのミスラ――リオは、木陰に身を潜めて慎重に辺りをうかがう。
体はぴたりと木に張りついて動かないが、尻尾だけは別の生き物のようにピクリピクリと動いていた。
「……大丈夫よ」
そう小声で呟くと、彼女の背後から、もう一人―――ヒュームの娘が姿を現した。
こちらも姿勢を低くして、キョロキョロと辺りを見回す。
「人っ子一人いないわね」
疲労がにじみ出た声で言うミスラのモンク、リオ。
一方の娘はヒュームの戦士、トミー。
彼女は背筋を伸ばして一歩前に出た。
「確か、この辺だったと思うんだけどなぁ~…」
パリスと一緒にいた場所へ戻ってきたはずだったが、エルヴァーン剣士の姿はどこにも見当たらない。
「先に行っちゃったんじゃない?そのパセリって奴」
「パリスさんです」
「そうそう、パリスさん」
どこを探しても人影はない。
警戒しながら捜索を続けたせいで、二人ともかなりくたびれていた。
リオは両腕を真上に伸ばして大きく伸びをすると、そのまま大あくび。
近くに敵がいないことを再確認し、トミーは道の真ん中へと出る。
そして、適当な方向へ向かって手を口に添え、大声で叫んだ。
「パリスさーーーーーーぁぁぁぁあああああ!!?」
森林への呼びかけを後半悲鳴に変えて、トミーは前のめりに木へ激突した。
後ろからトミーに飛び蹴りをお見舞いしたリオが華麗に着地する。
「あ・ん・た、何血迷ったことしてんのよ!獣人が聞きつけて来たらどうすんの!?」
腰に手を当てて怒鳴る。
「あたしらは弱いのよ!!!」
―――別に堂々と言わなくても……と、トミーは思ったが、確かに自分の行動は軽率だったと反省し、おでこをさすりながら苦笑いした。
「す、すみません……」
リオはため息をつき、その場に腰を下ろした。
木に背を預けて一息つく。
「ちょっと、ここで少し休憩ね」
しかし、リオの言葉などどこ吹く風。
トミーは近くのカブトムシに目を留め、何やら話しかけている。
「あの~…もしもし?……この人達、私の言葉が分からないのかなぁ」
「んー?そりゃあ、あんたがまだ未熟だからよ」
「えっ。……リオさん……知ってたんですか!?」
「知ってるも何も、そりゃ当然じゃない?あんたじゃ、このへんの奴は無理でしょ。あんまり無闇に手ぇ出さないでよ、襲われたら堪んないわ」
「えぇぇ、襲ってくるんですか!!?」
完全に会話が噛み合っていない。
トミーは、リオがこの森の「不思議」について知っているのだと思い込んでいる。
一方リオは、トミーが獣使いだと勘違いしているのだ。
未熟な獣使いが強いモンスターを無理に操ろうとすると、高確率で失敗し、逆に襲われる。
だからリオは、『やたらカブトムシに声かけるんじゃない』と言いたかったのだが……。
「そうだ!さっき話しかけたカブトムシ、ちょっと反応してくれたみたいでしたよね!?ちょっと確認してみます!!」
そう言って、トミーは元来た道を引き返す。
「私、未熟ですかぁぁ~~~!?」
ーーーなんてことを独りごちながら。
「ちょ、ちょっと!離れるのは危険よ!?」
「すぐ、すぐに戻って来ますから!」
肩越しに笑顔でそう言い残し、トミーは行ってしまった。
その場に取り残されるリオ。
あの子……ちゃんと戻って来れるだろうね?
いーや、戻って来れないね。
そう確信したリオは、立ち上がった。
―――早く追いかけよう。
その時だった。
リオは気配を感じた。
誰かが、こちらに向かって近付いてきている。
人だろうか。冒険者だったら有り難い。
―――しかし、敵かもしれない。
慎重に身を低くし、息を殺す。
腰に下げたブラスバグナウに手を伸ばし、静かに装着。
緊張感が高まる中、何本か先の木の向こう―――
気配の主が、ついに姿を現した。
銀色の鎧。背負った両手剣。
息を切らせたヒュームの青年だった。
長距離を走ってきたのか、息を切らし、汗に濡れた短い栗色の髪。
その鋭い視線が、すでにこちらに気付いていたことを示していた。
リオは構えを解かぬまま、じっとその青年を見つめ返すのだった。
あとがき
勘違いも甚だしいですね、トミーとリオの素人コンビは。学習能力のないトミーが離席中、お待ちかねの某戦士が登場となりました。
さぁて、パリスの運命やいかに!!←パリスかよ