縁は異なもの

第八話
2004/03/02公開



「本当にいいの?」
トミーから野兎のグリルを受け取りながら、リオは尋ねた。
「どうぞどうぞ!食べてください。私の初成功品です♪」
「もらえないわ」
「でも」
「ダメ、もらえないわよ」
「……あのぅ、そう言うならグリルから目を離しましょうよ」
手に持った野兎のグリルを穴が空くほど見つめているリオにトミーは突っ込んだ。
「ねぇ食べるわよ?食べるから」
グリルに目を釘付けにしたままリオ。
トミーは『食べる気300%じゃないですか』と笑うと、頷いて見せる。
OKが出た途端、リオは『いざ食さん』と言わんばかりにその場に座り直した。
早速グリルにかぶりつこうとしたところで、じっと見守っているトミーの視線に気付く。
食べているところを見られるのは嫌だから余所を向いてくれとリオが苦々しく言う。
トミーは『はーい』と機嫌の良い声で返事をして、彼女に背中を向けた。

すると、トミーの視線の先に一匹のカブトムシが大きな羽音を立てて飛んできた。
そのカブトムシはどしっと地面に着地すると、そのまま静止する。
トミーは何かを思いついた様子で立ち上がるとリオを振り返った。
「そうだ!ちょっとあのカブトムシさんに聞いてみますねっ……て」
リオの手元を凝視して目を丸くする。
「あれ?リオさん、グリルは?」
「え、もう食べた」
早っ。
「えーっ!ど……どうでした?美味しくできてましたか?」
「そんなこと聞かれても、ほとんど噛まずに飲んじゃったから分からないわよ」
「えぇぇーーーーっ!!」
リオは尻尾をいじりながら、居心地が悪そうに肩を窄める。
「わ、悪かったわよ。だってお腹空いてたから。あ、でも美味しかったわよ!
 ほら、お腹が空いてる時は何でも美味しいもんじゃない」
「フォローになってませんよぉぉぉ!!」
地団太を踏んでトミーは叫んだ。
膨れっ面でリオに背を向けてカブトムシの前にしゃがみ込む。
平謝りするミスラに対し、『もういいですよー』とまだまだ不満そうな声で言う。
完璧に臍を曲げたトミーの背中を見つめて、リオはため息をついた。
トミーとは違い、リオは空っぽだった胃袋にものを入れて御機嫌である。
後ろに手をついて足を投げ出し、完全なリラックス状態だった。


「もしもし、ちょっとすみません。あの……パリスさん見ませんでしたか?長い人です。エルヴァーンの」

トミーは不満そうな声のままカブトムシに問いかける。
恐らく相手が人だったとしても、この尋ね方では正確に伝わらないだろう。
妙なことをしている彼女を観察していたリオは、ふとひらめいた。

あぁ、そうか。この子戦士だと思ってたけど……獣使いなんだ。

先程からカブトムシがどうのこうのと虫のことばかり気にしてるトミーが、リオには不思議でたまらなかった。
でも今、その謎が解けた。自分が勝手に彼女を戦士だと思い込んでいただけだったのだ。
彼女は動物や魔物を操って戦う獣使いであるため、先ほどからカブトムシに話し掛けている。そう勝手に納得する。
さらにじーっとトミーを観察して、リオは新たな疑問を抱いた。

獣使いなら……。

「……あんた、変わってるわね」
「ほひ!?なんですか?どこですか?私変ですか!?」
ずばっと立ち上がって必要以上に狼狽するトミー。リオは彼女が腰に下げている剣を指した。
「武器」
「え、あ、武器、これですか?これは知り合いからもらったんですけど、おかしいですか!?」
「ふ~ん、もらいもの……だからね。なるほど」
リオは、獣使いの武器は片手斧が主流なのだが、と疑問に感じたのだった。
しかしもらいものなら多少役職に合っていなくても使うだろう。
「何ですか、これって持ってちゃおかしいものですか?私ハメられてますか!!?」
「ちょっと落ち着きなさいよ。……それ、見せて」
剣を見せろと手を差し出す。トミーは近寄って、おずおずとロングソードを彼女の手に渡した。
黙ったまま目を細めて剣を物色するリオを、緊張した面持ちで見守る。
「ふ~ん、これってきっとアレね。そこらのロングソードよりも良いものっぽい。
 すごく切れ味良いんじゃない?良いものもらったのね」
「む?……それってそんなに良いものなんですか?」
「そんなに良いものってわけじゃないけど、まぁ、良いんじゃないの?」
適当な返事を返して、『ん』と剣を投げて返す。
慌ててトミーは放られた剣を抱きしめるようにして受け取った。
「もらったんだから大切にしなさいよ」
投げ返しておいてそんなことを言うリオにトミーは苦笑いした。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
そう言って立ち上がって伸びをするリオに『あ、はい』と半端な返事し、トミーはロングソードを再び腰に下げた。

ダン、やっぱり結構なものくれたんだ…。

じっと剣を見下ろしてふと考えた。
いつも自分の世話を焼いてくれる彼に、感謝の気持ちを伝えたい。
そう思って一生懸命に作った野兎のグリルは、先程リオに振る舞ってしまった。
けれど、ものはそんなに大切ではないと思っている。
大事なのは気持ちだ。グリルはまた作ればいい。また、苦労するかもしれないが。

今頃、夢中で狩りでもしてるのかな~……。

トミーはそんなことをぼんやりと考えて、小さくため息をついた。



   *   *   *



「…クポ?ご主人~いつの間に帰ったクポ~」
目を覚ましたモーグリがいつの間にか帰っていた主人に気が付いて言った。
リンクパールを片手に立ち尽くすご主人を訝しんで、モーグリは何度も首を傾げる。
モーグリの主人であるダンは、ゆっくりとモーグリを振り返った。
それから力なくベッドに腰掛ける。




「……あいつと出会ったのは…晴れた日のラテーヌだった」

不意に語り出すダン。状況が分からないモーグリは、とりあえず主人の言葉に耳を傾けた。

「俺は初めてのバルクルム砂丘での狩りを終えて、サンドリアに帰る途中だった。
 あと少しでロンフォールに入るってところで、一人のタルタルがオークに追われてるのを見たんだ。
 俺は狩りで疲れてたし、他人に興味はないからな。慌てて助けに向うようなマネはしなかった」
モーグリは微妙な表情をして頷く。
ご主人が自分を相手にこんなに話をするのは珍しいこと。
いつもと違う様子の主人を前にして、モーグリは好奇心をかき立てられていた。
「でも、その時は助けてみようと思ったんだ。何となく、気まぐれで。
 俺は剣を抜いてオークに向かった。それでな、オークを挑発しようとしたんだよ。
 そしたらいきなりあいつが……どっからともなく走ってきて……」
そこまで言って、ダンは口を結ぶ。
俯き加減になって黙ってしまった主人を見て、モーグリは不安になった。
ダンの顔を覗き込みながらモーグリは考える。
「……先を越されたクポ?」
そう言ってみると、ダンは一言、言った。

「空振った」


「クポ?」
「加勢に来たみたいだったが、あいつは最初の一撃を外す習性があるみたいでな。
 物凄い勢いで駆け込んできて空振りしたんだ、あいつ」

沈黙。

「……それは……恥ずかしいクポ」
「あぁ、かなりな」
苦笑いするモーグリに、ダンもまた苦笑いして見せた。
「まぁ、俺から見ればあのオークは楽な相手だったし、その後簡単に片付けたよ。
 でもあいつからすれば、あのオークはそこそこ手強い相手だったはずなんだ。
 だから、もし俺がいなかったら、あいつはあのオークにやられてたかもしれない。あいつは無鉄砲過ぎる」
「危なかったクポ~。それでその人はどうしたクポ?」
「あいつは顔を真っ赤にして逃げるように去って行ったよ。……それが…あいつとの出会いだった」
手の上で転がしているリンクパールを見下ろしてため息をつく。

そう、ただそれだけの出会いだった。
それから数日後、トミーとは野良パーティで偶然一緒になったのだ。
野良パーティとは、知り合いでパーティを組むのではなく面識の無い冒険者を誘って組んだパーティのことである。
街でパーティに加わってくれないかと声をかけられ承諾すると、そのパーティの中にトミーがいた。
そして、その時の狩りでトミーの致命的な腕前を目の当たりにし、気が付いたら今のような関係になっていた。
装備品の選び方や、競売所での買い物のし方などを教えたのは自分。
自分達のリンクシェルに迎えることを決め、パリスとロエに紹介したのも自分。
次々と思い出されるトミーに関わる出来事。

「あいつは出会った時からずっと変わらない。
 人一倍努力家で、でもいつも空回りしてて……。無知なお人好しだった。
 笑ったり怒ったり忙しい奴だが、泣き顔だけは絶対に見せないような…頑固な奴で…」
銀の鎧を身に着けたままのダンは、懐かしむような声で言いながら目を細めた。
「クポ~……その人は強い人クポ!」
感心したように言うモーグリ。その言葉にぴくりと反応してダンは顔を上げた。
「いや、あいつは…」


次の瞬間、ダンは何かを思い出したように目を見開いて硬直した。
口元を手で覆い、険しい表情で何やら考え込む主人を見て、モーグリは疑問符を浮かべる。


「……ご主人~?」



<To be continued>

あとがき

チーム「おバカちゃん」と引きこもりダンテス。
どんどんこじれるし、こじらせてる(笑)