縁は異なもの
2004/03/02公開
「本当にいいの?」
野兎のグリルを手にしながら、リオはトミーに尋ねた。
「どうぞどうぞ!食べてくださいっ。私の、初めての成功品なんですよ♪」
「……もらえないわ」
「えっ」
「だって、初めてうまく作れたんでしょ?記念のものじゃない」
「でも」
「ダメ。もらえないわよ」
「……あのぅ、そう言うなら、グリルから目を離しましょうよ」
野兎のグリルを穴が空くほど見つめているリオに、トミーは突っ込んだ。
「ねぇ、食べるわよ?あたし食べるから」
グリルに目を釘付けにしたままリオ。
トミーは『食べる気300%じゃないですか』と笑うと、頷いて見せる。
OKが出た途端、リオは『いざ食さん』と言わんばかりにその場に座り直した。
早速グリルにかぶりつこうとしたその時、じっとこちらを見守っているトミーの視線に気付く。
食べているところを見られるのは嫌だから、余所を向いてくれとリオが苦々しく言う。
『はーい』と機嫌よく返事をして、トミーは背中を向けた。
すると、その視線の先に一匹のカブトムシが大きな羽音を立てて飛んできた。
がさっと地面に着地すると、そのままピタリと静止する。
「おっ」
トミーは何かを思いついたらしく、ぱっと立ち上がる。
「そうだ!あのカブトムシさんにちょっと聞いてみますねっ―――って、え?」
振り返った先で、リオを凝視して目を見開く。
「あれ?リオさん、グリルは?」
「え、もう食べた」
早っ。
「えええっ!ど、どうでした?美味しくできてましたか?」
「そんなこと聞かれても……ほとんど噛まずに飲んじゃったから、分からないわよ」
「えぇぇーーーーっ!!」
リオは気まずそうに尻尾をいじりながら肩をすくめる。
「わ、悪かったわよ。だってお腹空いてたから。あ、でも美味しかったわよ!ほら、お腹が空いてる時って何でも美味しいもんじゃない?」
「フォローになってませんよぉぉぉ!!」
トミーは絶叫して地団駄を踏んだ。
膨れっ面でくるりと背を向け、ふてくされながらカブトムシの前にしゃがみ込む。
平謝りするミスラに対し、背中を向けたままのトミーは「もういいですよー」と不満そうに返すだけ。
完璧に臍を曲げたトミーの背中を見つめて、リオはため息をついた。
とはいえ、空っぽだった胃袋が満たされ、リオの気分は上々。
後ろに手をついて足を投げ出し、地面にゆったりと腰を下ろす。
完全なるリラックス状態。
「もしもし、ちょっとすみません。あの……パリスさん見ませんでしたか?長い人です。エルヴァーンの」
トミーは不満そうな声のまま、目の前のカブトムシに問いかけた。
もちろん相手は虫なので、返事などあるわけもない。
……いや、人間相手でもこの聞き方では伝わらなかったかもしれない。
その妙な光景を見つめていたリオは、ふと気づく。
―――あぁ、そうか。
この子、戦士だと思ってたけど……獣使いなんだ。
先程からカブトムシがどうのこうのと、虫の動きにばかり注意を払っていたトミーを、リオは不思議に思っていた。
だが今、その理由が腑に落ちた。
彼女は戦士じゃない。獣使い――動物や魔物と心を通わせて戦う者。
だからカブトムシに話しかけるのも、不思議ではない。そう納得する。
そして、トミーをじーっと見つめる内に、もうひとつの疑問が湧いた。
獣使いなら……。
「……あんた、変わってるわね」
「ほひ!?な、なんですか?どこですか?私、変ですか!?」
唐突な言葉に、トミーはずばっと立ち上がり、必要以上に狼狽える。
リオはその反応に呆れつつ、彼女の腰にぶら下がった武器を指さした。
「武器」
「え、あ、これですか?えっと、知り合いからもらったんですけど……おかしいですか!?」
「ふ~ん、もらい物……ね。なるほど」
リオは小さく頷いた。
獣使いの主流武器は片手斧。にもかかわらず、彼女が使っているのはロングソード。
その理由が「もらい物」なら、まあ納得だ。
「え、ちょ、何ですか?これって持ってちゃおかしいものですか?私、ハメられてますか!!?」
「ちょっと落ち着きなさいよ。……それ、見せて」
リオが手を差し出すと、トミーはおずおずとロングソードを渡した。
彼女が剣を黙ってじっくり観察しているあいだ、トミーは不安げにじっと見つめる。
「……ふ~ん。これってきっと、アレね。そこらのロングソードよりも良いものっぽい。すごく切れ味良いんじゃない?良いものもらったのね」
「む?……え、それってそんなに良いやつだったんですか?」
「そんなに良いものってわけでもないけど……まぁ、良いんじゃないの?」
リオは適当な調子でそう言うと、剣をぽいっとトミーへ投げ返す。
トミーは慌てて剣を抱きしめるようにして受け取った。
「もらったなら、大切にしなさいよ」
投げ返しておいてそんなことを言うリオに、トミーはどう反応していいのか分からず、弱々しく笑った。
「じゃあ、そろそろ行きましょうか」
リオが立ち上がって大きく伸びをする。
トミーは『あ、はい』と返事をしながら、剣をそっと腰に戻した。
―――ダン、やっぱり良いものくれたんだ…。
剣を見下ろしながら、ふと思う。
いつも自分の面倒を見てくれるダンに、ちゃんと感謝を伝えたいと思っていた。
だからこそ、精一杯の気持ちを込めて作ったのが、あの野兎のグリル。
……でもそれは、さっきリオにあげてしまった。
けれど、もの自体はそんなに大切ではないと思っている。
本当に大切なのは気持ちだ。
また作ればいい。また、苦労するかもしれないけれど。
―――今頃、狩りに夢中になってるのかな~……。
トミーは空を仰ぎ、小さく溜め息をついた。
* * *
「……クポ?ご主人~、いつの間に帰ったクポ~?」
目を覚ましたモーグリが、部屋の中に佇むダンの姿に気付いて声をかける。
リンクパールを片手に、物言わず立ち尽くす主人。
その様子が何となく不思議で、モーグリは何度も小さく首を傾げた。
しばらくして、ダンがゆっくりと振り返る。
そして、力なくベッドに腰を下ろした。
「……あいつと出会ったのは、晴れた日のラテーヌだった」
不意に語り出すダン。
状況が掴めないまま、モーグリはとりあえず耳を傾ける。
「俺は初めてのバルクルム砂丘での狩りを終えて、サンドリアに戻る途中だった。あと少しでロンフォールに入るって時に、一人のタルタルが……オークに追われてるのを見たんだ。けど俺は狩りで疲れてたし、基本的に他人に構う性分じゃない。だから、慌てて助けに行こうなんて思わなかった」
モーグリは「ご主人らしいクポ」とでも言いたげな微妙な顔をして、こくりと頷いた。
それでも、こんなふうに自分から話を始めるご主人は珍しい。
その“違和感”が、モーグリの好奇心をかき立てる。
「でも、その時は何となく―――気まぐれで、助けてみようと思った。俺は剣を抜いて、オークに向かったんだ。挑発しようとしてた。そしたら、いきなりあいつが……どっからともなく走ってきて……」
そこまで語ったところで、ダンは急に口を閉じた。
俯き加減で黙り込む。
様子のおかしい主人に、モーグリは心配そうに顔を覗き込む。
「……先を越されたクポ?」
恐る恐る尋ねると、ダンは短く答えた。
「空振った」
「……クポ?」
「加勢に来たつもりだったんだろうが、あいつには……最初の一撃を外す習性があるみたいでな。物凄い勢いで駆け込んできたくせに、見事に空振りしたんだ。あいつ」
沈黙。
「……それは……恥ずかしいクポ……」
「あぁ、かなりな」
モーグリが苦笑いを浮かべると、ダンもそれに苦笑いを返す。
「まぁ、俺からすればあのオークなんて楽勝だったから、その後簡単に片付けたよ。……でも、あいつにとってはそこそこ手強い相手だったはずだ。もし俺がいなかったら……あいつは、あのオークにやられてたかもしれない。ほんと……無鉄砲な奴だ」
「危なかったクポ~。それで、その人はどうしたクポ?」
「顔を真っ赤にしてあれこれ言って、逃げてったよ。……それが、あいつとの出会いだった」
手のひらの上でリンクパールをころころと転がしながら、ダンは静かに溜め息をついた。
そう―――ただ、それだけの出会いだった。
それから数日後。
再びトミーと顔を合わせたのは、野良パーティでのことだった。
街で「パーティに加わってくれませんか」と声をかけられ、特に断る理由もなかったから承諾した。
その時のメンバーの中に、偶然トミーがいたのだ。
そして、その日の狩りで――ートミーの致命的ともいえる未熟さを目の当たりにした。
気が付けば、今のような関係になっていた。
装備の選び方から、競売所での買い物のコツまで。
あれこれと教えたのは、全部自分だった。
リンクシェルに迎え入れることを決めたのも、自分。
パリスとロエに紹介したのも、自分。
次々と脳裏に浮かぶ、トミーと過ごした日々。
あいつがいた場所、声、表情――それらが、鮮明に蘇ってくる。
「……あいつは、出会った時からずっと変わらない」
懐かしむような声で、銀の鎧を纏ったままのダンがぽつりと呟く。
「人一倍の努力家で……でも、いつも空回りしてて……。無知なお人好しで、笑ったり怒ったり忙しい奴だが―――泣き顔だけは、絶対に見せないような……頑固な奴で……」
その横顔には、苦笑とも哀しみともつかない色が滲んでいた。
「クポ~……その人は、強い人クポ!」
モーグリが感心したように言う。
その言葉に、ぴくりと反応してダンが顔を上げた。
「……いや、あいつは―――」
次の瞬間。
何かを思い出したかのように、ダンの目が見開かれ、身体がぴたりと止まる。
口元に手を当て、険しい表情で何かを考え込む。
その様子を見て、モーグリは小さく首を傾げた。
「……ご主人~?」
あとがき
チーム「おバカちゃん」と引きこもりダンテス。どんどんこじれるし、こじらせてる。