彼の叫びは

第七話
2004/02/28公開



「ダンさん!!」

前を歩く男にロエは叫んだ。
立ち止まって渋々振り返るその男を、信じられないといった顔で見つめる。
「行かないんですか?!トミーさんを探しに!」
パリスからの連絡を聞いて、ロエはすぐジャグナー森林へ向かおうと言った。
ちゃんと状況も伝えた。なのに、ダンは慌てる様子もなく、ジャグナーに向おうともしないのだった。
「俺達が慌てて駆けつける頃には戻ってきてますよ。どうせすぐ見つかる」
「でも…!」
ロエは予想外のダンの行動にとても動揺していた。
連絡を聞いて真っ先に飛んでいきそうなものだが、彼は顔色一つ変えずにいる。
「トミーさん、今一人ぼっちなんですよ?初めてのジャグナー森林で。モンスターに絡まれたら…」
「あいつはいつも人騒がせな奴だから。大丈夫でしょう。心配し過ぎです」
肩をすくめて再び歩き出すダン。ロエは眉をしかめて彼の後を追う。
「どうしてですか?ダンさんは平気なんですか?トミーさん、今頃、怖い思いをしてるかもしれないのに。
 パールッシュドさんだって困ってます。ダンさんに来てほしいって…!」
「なんで俺がわざわざあいつ探しに行かなきゃならないんですか。
 ジュノにトミーを連れてこようとしたのはパリスでしょう。パリスが探せばいい」
「そんなこと言ってる場合じゃ…」
「俺は、もうあいつに振り回されたくないんです。
 今までだってこういう時に慌てて駆けつけても無駄足ばかりだった。
 疲れるんです、そういうの。たまにはあいつ自身にも苦労させた方がいい」
投げやりにそんなことを言うダン。
ほんの数秒だけの沈黙。


「………無駄足でもいいじゃないですか」
そう言うロエの声は震えている。
「トミーさんが無事だったなら……無駄足でもいいじゃありませんか。
 どうしてそんなこと言うんですか?トミーさんのこと、誰よりも思ってるはずなのに」
「そんな、俺は」
ダンが振り返ると、ロエは少し離れたところで立ち止まっていた。
「私、行ってきます」
そう言って転移魔法テレポの詠唱を開始する。
真剣な顔で詠唱するロエを眺めて、ダンはぼんやりと突っ立っているだけ。
やがて詠唱が完了し、ロエの体は光りとともに消えていった。
小さな連れがいなくなって、ダンは一人ため息をつく。

平気なわけ、ないじゃないか。

ダンは連絡が入る前と同じように、ジュノに向って歩き出した。
先程まで爽やかに歌っていた草木の声が、今はみんな非難の声に聞こえる。

もちろんトミーのことは気がかりだ。ムカつくほどに心配してる。
ジャグナー森林。何故あいつはそんなところで行方不明になっているのだろう。
あいつは、サンドリアでのん気にダラダラと過ごしているはず。
そこに自分が帰って、あいつを叩き起こしてジュノに引っ張っていくはずだった。

……くだらねー…。

まるで、両手剣でざっくり斬りつけられたような感覚だった。
息が詰まる。体が熱い。何だかとっても、とっても。

結局、また一人で勝手にトミーに振り回された。馬鹿な自分。
ダンはトミーに翻弄される自分が大嫌いだった。
相手のことを考えているのはいつも自分だけ。トミーの方は自分のことなんて気にもかけない。
トミーをジュノまで連れてくるために自分を磨いても、あちらは自分のことなど待っていなかった。
こっちの気も知らないで。いや、考えもしなかったに違いない。
自由奔放にやっているトミーに比べ、自分は空回りばかりだ。
もしも今、大慌てでジャグナーに駆けつけて再び空騒ぎに終わったとしたら。
それは今の自分にはあまりにも酷だ。
だから、ダンはとてもじゃないがジャグナーへ行く気にはなれないのだった。

何故こんなに振り回されているのだろうか。無能な戦士なんて自分の興味の対象ではないはずなのに。
それにどんなに見つめていても、あちらはこちらを見ちゃいないじゃないか。
じゃあ、こちらも見なければ良い。一方的に見つめているから辛くなる。

でも…駄目なのだ。
目を背けようとしても。別のことに熱中しようとしても。駄目なのだ。
トミーが脳裏にちらついて、どうしようもない。

ダンは足元を見つめたまま、一人でずっと歩き続けた。
彼はもうベテランの冒険者であるから、大体の土地も頭に記憶している。
なので今のように地図など見なくても、前すら見ていなくたって足は自然に彼をジュノまで導いた。

そうしてダンは、気がつくとロランベリー耕地を抜け、大きな長い長い橋を渡りジュノの街へ入っていた。
周りはとても賑やかだが、自分の時間だけ止まっているような感覚。


自分をこんなに苦しめるのなら、いっそ消えてしまえばいい?


「――そういうことじゃねぇんだよっ!!」
思わずダンは吐き捨てるように怒鳴った。
近くにいた冒険者達の注目を浴びるが、彼らはリンクシェルの会話を口に出しただけだと判断し、特に気にすることなく買い物やパーティ編成の作業を再開する。

そう、そんなことは考えたことがない。
むしろ一番考えたくないことだ。トミーがいなくなるなんて。
もしもトミーがいなくなったら、自分は一体どうなるだろう。
トミーがいることを前提にして、先のことを考えて日々を送っているのだから。

気が付くと、目の前に自分のレンタルハウスのドア。
ダンがドアを押し退けるようにして中に入ると、モーグリはいつものように居眠りをしていた。
獣のような気配をビリビリさせている主人が戻ったにも関わらず、モーグリはお決まりの鼻提灯を出して熟睡している。
ダンは鞄を放り投げると、ベッドの枕元に転がるブルーの真珠に歩み寄った。



   *   *   *



ラテーヌ高原にあるテレポのポイントである奇妙な建造物、ホラに転移したロエは、出張で運営しているレンタルチョコボを借り、大急ぎでジャグナー森林へ向っていた。
溢れてくる涙を堪えることができず、ロエはチョコボの上で声を殺して泣いていた。
今は泣いている場合じゃないと自分に言い聞かせ、涙を拭き必死に気を強く持とうと努める。
しばらくチョコボを疾走させていると、前方にうっそうと茂る森が見えてくる。
山と山の間に根を下ろしている野性味溢れる森林を遠目に、何とか落ち着いてきたのでそこで青い真珠に呼びかける。
“パールッシュドさん”
“あはは、カブトムシ同士が喧嘩してるよ。ちっちゃい方頑張れ頑張れ♪”
“しっかりしてくださいパールッシュドさん!”
朦朧としているパリスの声に、ロエは強い口調で言った。
“今ラテーヌ側からチョコボに乗ってジャグナーに入ります。
 探しながらそちらに向いますから待っていてください”

ラテーヌ高原の草の上を走らせていたスピードのまま、一直線にジャグナーの森林へ入っていく。
森に入ると、しばししてロエは走る速度を落としてあたりを見回す。
昼間だというのに薄暗い森林は、あらゆるところから生き物の気配を感じる。
“あぁぁ、こういう時ダンがリンクパール持ってなくて助かったって思うよ。
 ダンの様子はどう?やっぱりクフィムの巨人みたいな感じ?”
頬を引きつらせているような声。ダンの逆鱗に触れることを相当恐れているようだ。
ロエは騒ぎ立てる胸元を片手でぎゅっと握った。
“……ダンさんは、一緒じゃないんです”
“へ?一緒じゃない??…あぁ、ダンはラテーヌとは逆のパタリアの方から来るってこと”
“違うんですっ”
頭を振りながらロエ。
ロエの様子がおかしいことに気付いたのか、パリスは思考の沈黙を置いた。
“…ダンさんは来ません。トミーさんを探しには”
それを聞いて、パリスは魔法の真珠の向こう側で微かに気配を変えた。
“………う~んと、それって、どゆこと?ダンが来ない??まさか。
 だってトミーちゃんだよ?来ないはずないじゃない”
パリスも、ダンが真っ先に駆けつけると確信していたようだ。声が半信半疑である。
ロエは何とも言えず、口を結んだ。
ふと顔を上げると、前方に2匹のカブトムシの前で突っ立っているパリスの姿を見つける。
「パールッシュドさん!」
ロエがチョコボで駆け寄ると、2匹の大きなカブトムシは驚いて飛び去っていく。
チョコボから下りたロエは胸の前で手を握り、動揺した顔でのっぽのエルヴァーンを見上げる。
「私もよく分からないんですけど、ダンさんは行かないって。心配のし過ぎだと言って…」
「何言ってんのよ、一番心配してるのはダンでしょうが~」
パリスは呆れ口調でそう言って脱力する。
ロエが乗ってきたチョコボは自分の役目を終えたと判断して、単身ラテーヌの出張所目指して駆け戻っていった。

――と、そこで話題の男の声が聞こえた。
“なんだ、まだ出てきてねぇのかトミーの奴”
「おや」
“ダンさん!”
ロエがすがるような声でダンを呼ぶ。パリスはそんなロエを尻目に小さく笑った。
“そっか、リンクパールを取りに一旦ジュノへ戻ったのかぁ。君らしい冷静な行動だね。
 ……んで、もちろん来てくれるんでしょ?”
軽い調子で問うパリスに対し、ダンは当然のように言葉を返す。
“ロエさんから聞かなかったか?俺は行かない”
“うぃ、分かった早くね~…って、ぅおい♪
パリスは困ったような笑顔でロエを見下ろす。
“ちょっとちょっと君、そこの君。何、僕がトミーちゃんを連れ出したことに怒ってるのかい?”
祈るように自分を見上げているロエに対し、彼女の動揺と困惑に共感する頷きを見せる。
“ん~…とにかく、意地を張るなら明日張ってくれ。今はトミーちゃんが危な”
“そう言うなら、こんな無駄話してないで探したらどうだ。心配なんだろ?”
悲しいほど冷静なダンの声。パリスは何か言いたそうに口を開くが、そのままで何も言わない。
“…ダンさん……”
ロエの訴えるようなか細い声には反応せず、ダンも沈黙している。

―――と、パリスらから少し離れた木の陰から何かが姿を現した。
瞬時にそれに気がついた二人は同時にそちらへ視線をやるが、現れたのは一匹の虎。
パリスと目が合った虎は一瞬凍りつくと、何も見なかった風を装って足早に去っていった。

“…………本当に、来ないつもりかい?ダン”
静かに尋ねる。ダンは『何度も言わせるな』と素っ気無い答えを返して再び沈黙した。
“ん、分かった”
少し残念そうで、奥に何らかの感情が渦巻いているような声でパリス。
どうしたら良いのか分からない様子でおろおろしているロエに、パリスは優しく微笑んだ顔を向ける。
「んじゃロエさん、僕らのアイドル探そっか♪」
「パールッシュドさん…」
「心配な~いよ。ダンの言う通り、すぐに見つかりますって」
『ロエさんチョコボ降りなくても良かったのに~♪』と言うパリスの笑顔は、いつものヘラヘラ笑いと少し違うような気がする。
ロエは不安な気持ちでいっぱいだった。思い浮かぶのはトミーの姿。


トミーさん……早く私達のところに戻ってきてください。



<To be continued>

あとがき

こう、人が精神的に打ちのめされたりするの好きなんですよねぇ。(何)
というわけで、ダンはトミー捜索に駆けつけませんでしたとさ。