近況報告
2004/02/12公開
ジュノ行きを決めたあの日から、今日で何日目だったかな。
あれから僕は、トミーちゃんの狩りに同行していた。
気分転換程度に手を出していた、シーフとしての役柄で。
トミーちゃんは少しだけ白魔法の勉強をして、経験もそこそこ積んだ。
装備もきちんと整えて―――ついに二日前、サンドリアを出発したのだった。
休まず急げば五日もかからずジュノには着く。
けれど、そんな熱血な旅はちょっと御免だ。
疲れるし、何より楽しくない。
だから僕らは、二人でのんびりお喋りを楽しみながら、徒歩でジュノを目指している。
「それで、ビックリして目を開けたら……」
「んん」
「―――エルヴァーンの体型したガルカさんが『にゃん』って言ったのぉぉぉ!!!」
「!!!」
ここはラテーヌ高原の北東―――ゲートクリスタルの近くだ。
ラテーヌは広大な草原地帯。山あり谷あり池もあり、とにかく広い。
その一角に、まるで巨大な動物の骨のような不思議な建造物がある。
ゲートクリスタル。
古代の遺産ともいわれるそのクリスタルは、身の丈以上の高さで、宙に浮かぶように佇んでいる。
白魔法のテレポでは、そのクリスタルの力を使って瞬間転移ができるのだ。
昨夜も、あの場所にテレポで現れた一行が、慌ただしく何処かへ去っていった。
昼夜を問わず行動する冒険者達を眺めながら、僕は『何をあんなに急ぐんだろう…』と思わず呟いてしまった。
昨晩この場所で野宿をした僕らは、丁度朝食を食べ終えたところだった。
今は食後の休憩タイム。トミーちゃんの夢の話を聞きながらのんびりしていたわけ。
でも、彼女の話のあまりのインパクトに、僕は―――
「うへっ!えほえほえほ!!くはっ!」
口に含んでいたアップルジュースを吹き出しそうになり、思わず咽てしまった。
「わ、わ、パリスさん、大丈夫ですか?!」
涙目で咳き込む僕を見て、トミーちゃんは慌てて駆け寄ってくる。
しばらくの間呼吸ができなくて死ぬかと思ったけど、何とか、息ができるまで回復した。
危ない危ない。
アップルジュースで溺れ死ぬなんて、笑い話にもならないよ。
「……大丈夫。油断した僕が……いけなかったよ」
掠れた声でそう言って、へらりと笑ってみせる。
すると、トミーちゃんはほっとしたように表情を緩めた。
ハの字を通り越して、ルの字になっていた眉が、ようやく元に戻っていく。
それを見届けてから、僕は声を掛けた。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「はいっ」
元気よく返事をして、彼女は勢いよく立ち上がった。
食後の談笑タイムはここまで。
ジュノを目指して、今日も僕らは歩き出す。
晴れた空。白い雲。
そよ風が髪をくすぐりながら通り抜けていく。
僕はその爽やかな景色をのんびり眺めながら、草の上をさくさくと北東へ歩いていた。
自然と鼻歌が零れるほど上機嫌です。
「パリスさん」
おっと、斜め下から呼ぶ声が。
「ん?なんだい?」
振り返ると、心配そうな表情をしたトミーちゃんが僕を見上げていた。
「あの……いいんですか?こんな風に何日も付き合ってもらっちゃって。パリスさん、何か予定あったんじゃ……」
「あ、いーのいーの。これは僕にとっちゃ願ったり叶ったりだからさ♪」
「……願ったり叶ったり??」
「そそ。僕がサンドリアに来たのは、トミーちゃんに遊んでもらおうと思ったからなんだ。いっつもダンばっかりが世話焼いちゃってさ~。僕だって、たまにはトミーちゃんの面倒みたいもんね」
もうご機嫌過ぎてにっこにこ。
言いながら手をヒラヒラさせた。
トミーちゃんは、何とも言えない微妙な表情を浮かべた。
「む……なんですか、人を子どもみたいに」
「あっはっはっは♪なんか、分かっちゃったなぁ~。ダンがトミーちゃんを構いたくなる気持ち」
「え?」
「トミーちゃん、面白いもん。見てて飽きないよ」
「……それって、褒めてるんですか?」
「うん、メチャクチャ褒め称えてるよ♪」
僕の返答に、どうにも納得がいかない様子で、トミーちゃんは真剣な顔で考え込んだ。
眉間に小さなシワを寄せて唸るように俯いている。
その様子が何だか微笑ましくて、僕はつい小さく笑ってしまった。
「でもね、僕ぁ嬉しいよ~。トミーちゃんと一緒に行動できて。色々と発見もあったしさ~」
「発見って……またそのことですかぁ」
「だってさ、本当に意外だったんだもん」
その「意外だったこと」については、僕はもう何度もトミーちゃんに語っていた。
何が意外だったかというと―――それは、パーティ行動中の彼女の姿だ。
うーん、何て言うか……予想と全然違ったんだよねぇ。
「僕ぁてっきり、いつもみたいに賑やかなのかなと思ってたんだよ。ウワーとかギャーとか、ごめんなさいを連発してそうなイメージっていうか。トミーちゃん一人でドタバタしてて、そこで僕がさり気なくフォローとかしちゃって、『きゃーパリスさんカッコE→☆』……みたいな?」
沈黙。
「あ、引いてる」
トミーちゃんはあんぐりと口を開けて僕を見上げていた。
ぽかんとしていた顔が、徐々に厳しい表情へと変わっていく。
「し…失礼な!私はそんなにドジじゃありませんー!!」
頬を膨らませて、グーを握って小さく威嚇してくる彼女に、僕は慌てて両手を上げた。
「あっはっは、ごめんごめん!僕ぁダンからそういう話を聞いてたから…」
「ダン!?やっぱり!まったく、何なのあの人はぁぁぁ」
肩を怒らせてプンプン怒るトミーちゃん。
う~ん……まずいこと言っちゃったかも♪
ダンは、以前トミーちゃんのことをこう評していた。
『あいつは全っ然駄目だ』―――って。
でも、僕の見たトミーちゃんは、決してそんな風には見えなかったんだよね。
普段はちょっぴりおとぼけが盛んな彼女だけど、狩りに出ると、まるで別人みたいに切り替わった。
パーティ行動では真剣な表情で「はい」とか「分かりました」と応答するし、戦闘中も、仲間達の動きにも目を配っているようだった。
勿論、まだ未熟な部分もあるかもしれない。
でもそれは、これから経験を積めばいくらでも成長できる範囲の話でしょ。
少なくとも、ダンが言うほど「全然駄目」なんてことはないんじゃないかなぁ~って、思う。
「トミーちゃん、最後にダンと一緒にパーティ組んだのっていつ?」
「えぇ?ダンとは最初に一回組んだだけで、それ以外は狩りらしい狩り、したことないですよ」
「あら、そうなんだ」
「そうですよ!だーれがあんな人と狩りなんてしてたまるもんですか。ダン、まるで教官だもん!」
「あ~、それは言えてるかも」
そう、狩りの最中のダンはまるで教官。
細かな指示――いや、もはや“檄”と言っていいレベルの言葉を遠慮なく飛ばしてくる。
『違う!』、『何やってんだ!』、『そうじゃないだろ!』……などなど。
以前、野良パーティでシーフの女の子を泣かせたところを目撃したことがある。
……まぁ、責任感が強いとも言うんだけどね……。
僕は苦笑いしながら、そんなことを思い出していた。
「んー、つまりダンは、それっきりトミーちゃんが狩りする姿を見てないわけだ」
「そうなりますね。まったく…ダンめ、私だってちゃんと成長してるんだからな!」
「あは、そうだよねぇ~♪」
「そうですよっ」
ぷりぷりと不満げにぼやくトミーちゃん。
その様子を見て僕は小さく笑うと、再び澄んだ空を見上げた。
話しながら歩いている内に、前方に深い森が見えてきた。
山に挟まれたその森林は、奥まで日の光が届いていなさそうな、ひどく鬱蒼とした場所だった。
さっきまでのラテーヌの広々とした風景とは、まるで世界が変わったように思える。
僕は何度もここを通っているから、もう慣れっこだけど―――
初めて訪れるトミーちゃんは、挙動不審にもほどがある程そわそわしていた。
「じゃじゃーん、ここがジャグナー森林でっす」
「こ、この森を……抜けるんですか?」
「うん、そうだよん♪……怖い~?」
にやにやしながら問い掛けると、トミーちゃんはぐっと拳を握ってみせた。
「む……大丈夫です!」
「あっはは、じゃあ行こうか」
彼女の肩に軽く手を置いて、『僕から離れないでね』と忠告してから歩き出す。
トミーちゃんは『はい!』と張りのある声で短く返事をした。
僕らはゆっくりと、暗く沈んだ森林の中へと足を踏み入れていく。
ジャグナー森林は、樹木が密集していて、正直眺めがいいとは言えない。
野性味溢れる木々が重なり合い、枝をだらりと垂れ下げている。
空はほとんど見えず、薄暗い光が地面にぽつぽつと落ちているだけ。
「おぉ~……。ここ、空があんまり見えませんねぇ。暗い~」
好奇心の輝きを帯びた瞳で、トミーちゃんは辺りを見回している。
さっきまでの不安はどこへやら。目に入るものすべてが新鮮らしい。
「ほら、ちゃんと足元も見ないと、躓きますよ~」
「はーーい」
「……あ、それと」
「はい?」
「この森に3日間いるとカブトムシになっちゃうから、はぐれないようにね♪」
「っそうなんですか!!!!!!!?」
嘘に決まってるでしょ。
―――とは口にせずに、僕はただにこっと笑顔を向けておいた。
トミーちゃんは早速、近くを歩いていた大きなカブトムシに向かって本気の顔で問い掛ける。
「あなた元は人だったんですか?」
面白いなぁ……トミーちゃんは。
そんな感じで、僕らは森林の奥へと愉快に進んでいった。
途中、チョコボに乗ったナイトに驚かされたり、休憩しているモンクを見かけたりした。
でも、まだ時間が早いせいか、道に沿って歩いていても他の冒険者の姿はほとんどなかった。
オークやゴブリン、虎など、そこらをうろついている敵に注意しながら、慎重に歩を進める。
「……あ、トミーちゃん。さっきの話の続きなんだけどさ」
キョロキョロ辺りを見回している彼女に軽く声を掛けながら、僕は振り返った。
「ダンのこと、やっぱり苦手?……嫌い?」
自分で聞いたくせに、なぜかとても心臓がドキドキした。
彼女の日頃の態度を見る限り、あまり期待してはいけないような気もするし…。
僕からの問いかけに、トミーちゃんはきょとんとした顔を見せた。
「ダンはほら……口悪いしさ、厳しいでしょ?だから、どうなのかな~って」
ちょっとの間も怖くて、ついそんな風に言葉を継いでしまう。
近くに獣人が潜んでいないか確認しながら、彼女の返事を待った。
トミーちゃんは、近くのカブトムシをじっと見つめながら、あっさりと答えた。
「嫌いじゃないですよー。ダンの良いところ、いっぱい知ってるもの」
その声は明るいけれど、少しだけ不本意そうでもあった。
「ダンっていっつも偉そうで、ホントに口悪いし、目付きも悪いし……厳しい時もありますけど。だけど……本当は、すっごく優しいって知ってるから」
その言葉を聞いて、僕は内心、ほっと胸を撫で下ろした。
嬉しくなって満面に笑みを浮かべる。
「そっか、良かった♪ん~……あの人、とにかく不器用だからねぇ~」
「そうそう、不器用ですよね~」
彼女も笑って頷いてくれた。
その時―――ふと後ろを振り返ると、トミーちゃんの後方をゴブリンがのそのそ歩いていた。
「あ、トミーちゃん、後ろ注意ね」
背後といってもそこそこ距離があるし、ゴブリンはこちらに気がついていない様子だった。
トミーちゃんはびくっと身を縮め、そぉっと振り返る。
でもその頃には、ゴブリンはすでに僕らが来た道を引き返して、姿を消していった。
「行ったね……。夜になる前には、ここを抜けたいねぇ」
トミーちゃんは黙ったまま頷く。
僕は一度周囲をじっくり見回してから、再び森の奥へと足を踏み出した。
この森は、やっぱり何度来ても視界が悪い。
木の陰に獣人が潜んでいないか、慎重に確認しないとならない。
まぁ、もし絡まれたとしても、僕にとって大した敵じゃないからいいんですけど。
でも何と言うか―――彼女には、キズ一つ付けちゃいけないような気がするので。
「お嬢さんはこの僕が、命に代えても守ってみせましょう♪」
沈黙。
「あ、また引いてる」
後ろにいるトミーちゃんのしんとしたリアクションに、『あいたたた~』と苦笑いしながら、僕は足を止めて地図を取り出した。
もう少し歩けば、川が見えてくる頃だろう。
地図と地形を見比べながら、慎重に、注意深く前へ進む。
きっとトミーちゃんは地図を持っていても、全然見てないんだろうなぁ……。
ふと、そんなことを思った。
だって彼女、森林に入ってからカブトムシばっかりを見てるんだもの。
―――いや、まあ、僕があんなこと言ったからかもしれないんですがね。
まぁそれは置いといて。
初めての場所ということもあってか、彼女はずいぶん大人しい。
そんな静かな空気の中―――
前方に、虎の姿を見つけた。
僕はすっと足を緩め、後ろ手にトミーちゃんへ止まるよう合図する。
僕達の足音が消えると、森は静寂を増し、辺りの空気がぴんと張り詰めた。
あの虎……どうしよっか……。
丁寧に倒して進む方が安全だけど、いちいち戦ってたら時間がかかり過ぎるかなと。
予定では、明日の夕方にはジュノに着きたい。
心配なのは、ダンがいつジュノを離れるか分からないってことだ。
もしダンと行き違いになっちゃったりしたら―――。
それは嫌だなぁ……でも、あの虎はホントに邪魔だなぁ…。
虎を観察していると、そのさらに向こう、木の影にちらりとオークの姿が見えた。
オークも近くにいるようだ。
よく確認しといて良かった。この調子で慎重にいこう。
僕は腰の剣にそっと手を添えながら、息を殺しているトミーちゃんに声を掛けた。
「……同時に絡まれたら面倒だから、虎、やっちゃおう」
そう言ってから、ふと思い出す。
―――あ……っていうか、トミーちゃんは虎を見るのが初めてなんじゃ?
虎って結構大きいし、見た目も迫力あるし、ビックリしてるかも。
僕だって初めて虎を見た時は、正直、ぎょっとしたしねぇ。
……なんてことを考えながら、僕はトミーちゃんを振り返って、ぎょっとした。
だって、振り返った先には誰もいなかったんだもの。
はっとして虎のいた方へ視線を移す。
けれどそこに見えるのは、虎と、木陰に潜むオークだけ。
ヒュームのお嬢さんの姿はない。
僕は辺りを見回しつつ、来た道を少し戻ってみる。
できるだけ落ち着いた声で、静かな森林に向かって呼びかけた。
「……トミーちゃ~~ん……?」
返事を待つけど返ってこない。
しん……と静まり返る木々の間。
僕は背中に嫌な汗がじわりと滲むのを感じながら、さ迷う足を止めて、その場に立ち尽くした。
姉さん、事件です。
あとがき
浮かれ過ぎて妄想ばかりしていたら連れが消えていた罠。(笑)のっぽのお兄さん、後方不注意により思わぬ窮地に突入です。
ガンバレ。(´▽`)ノ