若人達よ、前に進め!

第二話
2004/02/09公開


「…可愛いなぁ…」

北サンドリアの噴水近くに腰掛けたエルヴァーンは、いきなりそんなことをつぶやいた。
「何がですか」
「もちろん、トミーちゃんが♪」
彼の回答を聞いて、隣りに座っているヒュームの女戦士は、肩を落としてため息をつく。
トミーとパリスの二人は、競売前から北サンドリアの噴水まで移動していた。
人通りの多い競売前とは違って、こちらは割と静かだ。
噴水で水浴びをしていた小鳥達が、上機嫌に歌を歌いながらドラギーユ城の空へ飛んでいく。

「パリスさん…真面目に考えてくださいよー」
「えぇ~ちゃんと考えてるさ。ダンにいつも世話になってるお礼がしたいんでしょ?可愛いよねぇ~」
「だから、可愛いとかそういう…。私はただ、世話焼かれっぱなしにはなりたくないだけなんです!
 悔しいじゃないですかっ、お前は何もできないーみたいなこと言われて!」
「あっははは、そかそか♪じゃ~あ~どうしましょうかねぇ~~?」
「そこが問題なんですよ~…」
トミーは唸りながら、ダンからもらったばかりの剣の上に両手をつき、またその上に顎を乗せた。
真剣な表情をして考え込んでいる彼女を見て、パリスは優しく微笑む。

肩下くらいまでありそうなハニーブロンドの髪を一つに結わいているトミーは、折角まとめた髪がそよ風にイタズラされて、所々で跳ねていた。
そういう抜けたような部分もあるが、うなじが結構色っぽい。
そんなことを考えていたパリスは、ぱっとトミーが自分の方を向いたのでギクリとした。
「やっぱり、調理合成で何か作ってみようかな?」
「えっ、う?あぁ、いいんじゃないかな」
「む、何ですか……私には調理なんて無理だとか思ってるんですか?」
「イヤイヤイヤ、そんなことはないさ」
どうやら、トミーはじっと見つめられていたことに気付かなかったようだ。
急に早くなった心臓の鼓動を感じつつ、パリスはいつものようにヘラヘラと笑って誤魔化す。
「うーん……でも私、クリスタルで調理ってまだ一度もやったことないんです。パリスさん、できますか?」
「あぁできるよ。成功したことないけど☆」
「ダメじゃないですか」
「うん、ダメだね」
クリスタルには、炎や水、風、土、雷、氷、光、闇などの数種類がある。
この世界ではそれらのクリスタルを使って調理や鍛冶や、彫金など様々な合成術が行われている。
しかし、クリスタルを使いこなすのは難しく、それなりにスキルがないと成功しない。
呆れたような顔をして見つめてくるトミーに対し、パリスは軽く笑い飛ばして続けた。
「お手本は見せられなくても、やり方くらいは教えてあげられるよ?」
「んん~~…。でも、大した物は作れないでしょうね……ダンに鼻で笑われるかも」
苦笑いを浮かべて言うトミー。パリスはそんなトミーの肩をペシペシ叩いて笑った。
「あっはっは、大丈夫だよ。トミーちゃんが初めてクリスタルを使って作った料理。
 それって結構プレミア高いんじゃない?良いと思うなぁ~♪」
「私が作った初めての……」
そう呟いきつつトミーは考える素振りをして見せたが、決断は早かった。

「そうですね、じゃあ………作ってみようかな!」
『ダンを驚かせてやるぞー』と張り切った顔で拳を作るトミーを眺め、パリスはにこと笑って頷いた。
「ん、決まりだね♪」
二人は立ち上がって簡単に砂を払い落とすと、お互いの顔を見て悪戯っぽく笑う。
本日のサンドリアの空は清々しく晴れ渡り、暖かに二人を見下ろしていた。


   *   *   *


大陸と大陸の間に、まるで掛け橋のように存在するのがジュノだ。
何層かに分かれて縦に街ができており、街の角から下を見ると青い海が広がっている。
最先端の設計技術でできたこの国家は、他の三カ国から一目置かれる存在だった。
現在は世界中の冒険者達が集まる、流通と交流の中心的な場所である。

ダンとロエの二人は、飛行艇から降りて乗り場から出たところだった。
飛行艇乗り場のある港はジュノ最下層にある。
町の中でも割かし静かなところだが、それでも重々しい装備をした冒険者の姿がちらほらと見られる。
同じ飛行艇に乗っていた冒険者達は、到着するなり慌ただしく乗り場から出ていった。
強くなろうと意気込む彼らの後ろ姿を見送る。

しばらくジュノに来ていなかったダンは、この国の空気を歓迎するかのように目を細めた。
そんな彼を見上げてロエが小さく笑う。
「どうしたんですか?」
笑い声が漏れそうになる口元に手を添えてロエが尋ねると、何処か遠くを眺めていたダンがぴくりと眉を動かして彼女に視線を下ろした。
「あ、いや……やっと帰ってきたって感じがして。やっぱりここを拠点としてないと始まらないというか……
 ここに着いた途端にやりたいことが次から次へと浮かんでくる」
そう言って苦笑いを浮かべるダン。
やりたいことがたくさんあってうずうずしているのだろう。落ち着かない様子に見えた。
ロエは彼の前に立ってにこと笑う。
「それじゃあお買い物とか、用事を済ませて落ち着いたら早速狩りに行きますか?」
その提案を受け、ダンは頭の中でこれからこなす行程を凄まじい勢いで確認しているような顔になる。
そして、視線をジュノの町に馳せたまま『そうできれば有難いです』と言う。
「準備ができたらル・ルデの噴水のところに行きます。
 んじゃ俺はちょっと上の方に行ってきますから、また後で」
早口で一気にそう言うと、ダンはロエを置いて階段の方に走っていってしまった。

別れの挨拶をする間も与えずに行ってしまった彼を見つめて、ロエはふぅと息をつく。
「そんなに慌てなくたって…」
自然と笑みがこぼれた。

目が輝いていて、顔がとても活き活きとしていた。
まるで、テーマパークにやってきた子供のように。

いや、そんな風に見えているのは恐らくロエだけだと思われるが。

ロエは今のダンの姿を思い返してくすくすと嬉しそうに笑う。
やはり彼は冒険が好きなのだろう。自分を高めていくことに夢中になる人だと思う。
男性にはそういう傾向が多く見られると、昔誰かが言っていたのを覚えている。
向上することに夢中になる、ダンは明らかにそのタイプに思えた。
近頃はトミーに翻弄されて、自分のことに専念できなくなったと愚痴を言っているけれど。
「時々はこういうのも……必要ですよね?」
小さな歩幅でゆっくりとレンタルハウスへ向かい、ロエは独り言を言って小首を傾げた。
そこでロエは、自分が妙に浮かれていることに気が付いた。
果たして自分も冒険好きだったのだろうかと、今度は反対側に小首を傾げる。
しかし、今はそんなことはどうでも良かった。
ただ、今日から数日の間、ダンの狩りを全力でサポートしようと気合いを入れるのだった。



ダンはジュノ下層まで上がってくると、人の間を縫って競売前まで進んだ。
たくさんの冒険者が右へ左へ。声を張り上げてパーティメンバーを募っている者もいる。
まずは競売を覗いて相場を確認しようと考えていた。
それからバザーを見て回って、買い物を済ませてレンタルハウスを借りて。
不用になったものを競売に出品したい。狩りに行くメンバーも集めなければならない。
何から片付けたらいいか迷うくらいだ。
忙しくなりそうだが、ダンはこの感じがとても好きだった。

「……ダン?」

酷く驚いたような声が雑踏の中から聞こえ、ダンは疑問符を浮かべて振り返る。
すると、すぐ後ろに黒魔道士らしきヒュームの青年が立っていた。
「ローディ……!」
被っていたフードを取って長めの金髪をかき上げるその男、名はローディといった。
ダンがジュノ周辺で狩りをするようになった頃、よく一緒に狩りに出た間柄だった。
「えらい久しぶりだなぁ!!略して『えらひさ』だ!!!」
「無駄に言葉を略すなっつーの。…ってかなんだお前、黒魔道士に転職したのか?」
「うむ、白魔道士としてはもう学ぶこともなくなったっぽいしな。
 今は黒魔道の勉強してんだ。だから今じゃ黒ーディ!きっひっひ!」
「………。確かに、お前は癒しキャラじゃないからな…。黒魔道士がお似合いだ」
「きっひっひ、ダンは変わらず辛口だなぁ!きっひっひっひっひ!」
「その妙な笑い方をやめろ」
ひどく混雑した競売前で、お互いに声を張り上げながらの会話。
ローディは黙っていればいい男なのだが、中身にとても問題有りな男だった。
以前よく狩りに出た仲ではあるのだが、それほど親しいというわけではない。
とにかく奇怪で、不審で、危ない男だ。(←酷い)
共通のリンクシェルに所属しているわけではないのでお互いにプライベートのことは詳しくないが、
ダンはトミーとの出会い、ローディは何らかの事情で忙しくなったらしく、自然消滅という言い方もおかしいが、まぁそんな感じで疎遠になっていた。

「ダンはどうしたんだ、ナイトになったんじゃなかったのか?」
さらりとした金髪を指で撫でながら、スカイブルーの潤った目を細めるローディ。
相変わらず作り物のような端正な顔立ちだと思いつつ、ダンは明後日の方に視線を流した。
「んあぁ、まぁ…そうなんだけどな」
「今は戦士みたいだし…。ダンは何しにジュノに?」
眉間にシワを寄せたやたらと美しい黒魔道士は、そう尋ねてダンを凝視する。
ダンは『俺か?』と一旦眉を開いてから、自らの足元に視線を落とした。
数秒後、唇に意味深な笑みを乗せた顔を上げて、はっきりとした口調で答える。

「俺は…強くなりに来た」


     *   *   *


「はいぃぃぃぃぃぃ!!」

――――パリーンッ 

クリスタルが見事に砕け、辺りにウサギの肉片が飛び散る。
気合いの声をぴたりと止めて、調理態勢のまま硬直しているトミー。
彼女は顔や髪に肉片をいくつも引っ付けていた。

「ドンマーイもういっちょ!」

彼女から十分距離を取ったところで、パリスが声援を送っている。
それからまた数秒の間を置いて、トミーはゆっくりと立ち上がった。
「………」
無言のまま、顔に引っ付いている肉片を丁寧に一つ一つ摘み取る。
彼女が作ろうとしているのは野兎のグリル。調理合成の初歩的なメニューだ。
「…パリスさん…」
とても小さいかすれた声がトミーの口から漏れる。
「ん、なんだい?」
「……なんでそんなに楽しそうなんですか」
日が沈んで辺りは薄暗くなったが、パリスが頬を吊り上げて微笑んでいるのがはっきり分かる。
今にも鼻歌を歌い出しそうなくらい陽気な顔だ。
トミーのその素朴な疑問に、パリスは白い歯を見せて笑いながら答える。
「あっはっは。それはねトミーちゃん、炎のクリスタルの明かりで浮かび上がったトミーちゃんのお顔がとぉ~ても面白いからなのですよ♪」
「ムッキーーーー!!!」
「あっはっはっはっは、あっはっはっはっは、可愛いなぁ♪」



野兎のグリル完成には、まだまだ時間がかかりそうである。



<To be continued>

あとがき

はい、これが変態(ローディ氏)の記念すべき初登場回となります。
この頃はまだ普通でしたね。全然普通よ。笑
今後じわじわと頭角を現していく彼に乞うご期待。(´▽`)