若人達よ、前に進め!
2004/02/09公開
「……可愛いなぁ」
北サンドリアの噴水近くに腰掛けたエルヴァーンの青年が、ふとそんな言葉を呟いた。
「何がですか?」
隣に座るヒュームの女戦士が、きょとんと視線を送る。
「もちろん、トミーちゃんが♪」
その即答に、トミーは肩を落として深い溜め息をついた。
競売前から少し歩いたここ、北サンドリアの噴水周辺は、落ち着いた雰囲気が漂っている。
人通りも少なく、噴水では小鳥たちが水浴びをしながら、楽しげにさえずっていた。
歌うような鳴き声がドラギーユ城の方へと飛んでいく。
「……パリスさん、真面目に考えてくださいよ~」
「えぇ~?ちゃんと考えてるさ。ダンにいつも世話になってるお礼がしたいんでしょ?可愛いよねぇ~」
「だから、そういう話じゃなくてっ!私はただ―――世話焼かれっぱなしにはなりたくないだけなんです!悔しいじゃないですかっ!お前は何もできない~みたいなこと言われて!」
トミーは身を乗り出すようにして言い放った。
怒ったような、不満を含んだその声に、パリスは笑いながら肩をすくめた。
「あっははは、そかそか♪じゃ~あ~どうしましょうかねぇ~~?」
「そこが問題なんですよ~…」
唸るように言って、トミーは手にした剣を膝の上に置き、両手を剣に重ねて、その上に顎を乗せた。
真剣な表情をして考え込むその姿を、パリスは優しく微笑んで見つめる。
ハニーブロンドの髪を一つに結わいているトミー。
折角まとめた髪が、そよ風にイタズラされて、所々で跳ねていた。
風に揺れる髪、うなじ、無防備なその横顔。
どこか抜けているようで……けれど女性らしく、愛らしい。
そんなことを考えていたパリスだったが、不意にトミーがぱっとこちらを向いたのでギクリとした。
「やっぱり、調理合成で何か作ってみようかな?」
「えっ、う?あぁ……いいんじゃないかな」
完全に動揺しているパリスに、トミーは不満げに眉を寄せる。
「む、何ですか……。もしかして、私には調理なんて無理だとか思ってるんですか?」
「イヤイヤイヤ、そんなことはないさ!」
どうやら、トミーはじっと見つめられていたことに気付かなかったようだ。
慌てて否定しながらも、パリスは内心の動揺をごまかすようにいつもの調子で笑う。
「うーん……でも私、クリスタルを使った調理って、まだやったことないんです。パリスさん、できますか?」
「あぁ、できるよ。成功したことないけど☆」
「ダメじゃないですか」
「うん、ダメだね~」
トミーはジト目で睨み、パリスはそれをひらりとかわすように笑っていた。
この世界には、炎・水・風・土・雷・氷・光・闇―――八つの属性を持つクリスタルが存在する。
それらのクリスタルを用いて、人々は調理や鍛冶、彫金など、様々な合成術を行っている。
けれど、クリスタルを扱うのは簡単なことではない。
相応のスキルがなければ、合成は失敗に終わることも珍しくない。
「お手本は見せられなくても、やり方くらいは教えてあげられるよ?」
少し呆れたような顔をしているトミーに、パリスはいつもの調子で軽く笑いながら言った。
「んん~~…。でも、大した物は作れないでしょうね……。ダンに鼻で笑われるかも」
トミーは苦笑いを浮かべ、ちょっとだけ気落ちしたように言う。
そんな彼女の肩を、パリスはペシペシと軽く叩いて励ますように笑った。
「あっはっは、大丈夫だよ♪トミーちゃんが初めてクリスタルを使って作った料理……それって結構プレミア高いんじゃない?良いと思うなぁ~♪」
「私が作った初めての……」
そう小さく呟いて、トミーは一瞬だけ考えるような素振りを見せた。
けれど、彼女の決断は早かった。
「……そうですね。じゃあ―――作ってみようかな!」
『ダンを驚かせてやるぞー!』と意気込み、トミーは小さく拳を作る。
その様子を見て、パリスは満足そうに微笑んで頷いた。
「ん、決まりだね♪」
二人は噴水の縁から立ち上がり、手で簡単に砂埃を払い落とす。
目を合わせて悪戯っぽく笑い合うと、静かな決意を胸に歩き出した。
サンドリアの空は今日も青く澄み渡り、何処までも清々しく、暖かに、そんな二人を見守っていた。
* * *
大陸と大陸の狭間に、まるで掛け橋のように存在する都市国家―――それがジュノだ。
何層にも重なるように縦構造で築かれたこの町は、最下層から空を仰ぐように高く伸びており、街角から覗けば青く広がる海が視界に飛び込んでくる。
最先端の設計技術によって作られたこの国家は、サンドリア、バストゥーク、ウィンダスといった三国からも一目置かれる存在であり、今では世界中の冒険者たちが集う、流通と交流の中心地でもあった。
―――そんなジュノの最下層、飛行艇乗り場からダンとロエが降り立ったところだった。
この港は、街の中では比較的静かな場所だが、それでも重装備の冒険者たちが行き交い、独特の緊張感が漂っている。
同じ便で到着した冒険者たちは、意気揚々と足早に乗り場を後にしていった。
その背中を見送りながら、ダンはジュノの空気を胸いっぱいに吸い込んで、ゆっくりと目を細めた。
そんな彼の横顔を見上げて、ロエが小さく笑う。
「どうしたんですか?」
くすっと笑いが漏れそうになる口元に手を添えてロエが尋ねた。
すると、ダンは何処か遠くを眺めていた視線をふと戻し、眉を少し動かしてロエを見た。
「あ、いや……。やっと戻ってきたって感じがして。やっぱり、ここを拠点としてないと何も始まらないというか……。着いた途端に、やりたいことが次から次へと浮かんでくる」
そう言って苦笑いを浮かべるダン。
やりたいことがたくさんあってうずうずしているのだろう。落ち着かない様子に見えた。
ロエはそんな彼の前に回り込み、にこりと笑う。
「それじゃあ、お買い物とか用事を済ませて落ち着いたら、早速狩りに行きましょうか?」
その提案を聞いたダンは、途端に顔つきを変え、まるで頭の中で高速処理を始めたかのような表情になる。
たぶん今、何からやるかの優先順位を、物凄いスピードで考えているのだろう。
「……そうできれば、ありがたいです」
そう言って視線を町の上層へと向けたまま、さらに早口で続けた。
「準備ができたら、ル・ルデの噴水の前に行きます。んじゃ俺はちょっと上の方に行ってきますから、また後で」
言うが早いか、ロエに別れの挨拶をする間も与えず、ダンは踵を返して階段を駆け上がっていった。
残されたロエは、その背中を見つめながらふぅと息をつく。
「そんなに慌てなくても……」
自然と笑みがこぼれた。
目が輝いていて、生き生きとした顔をしていた。
まるで、テーマパークにやってきた子供のように。
……いや、そんな風に見えているのは、きっとロエだけだったと思われるが。
今のダンの様子を思い返し、ロエはくすくすと笑う。
彼はやっぱり、冒険が好きなのだ。
そして、自分を高めていくことに夢中になれる人だと思う。
男性にはそういう傾向が多く見られると、昔、誰かがそんなことを言っていたのを思い出した。
向上心に駆られて突き進むタイプ。
ダンは、まさにその典型に思えた。
近頃は、トミーに振り回されてばかりで、自分のことに集中できないと愚痴を言っていたけれど……。
「時々は、こういうのも……必要ですよね?」
小さな歩幅でゆっくりとレンタルハウスへ向かいながら、ロエは独り言のようにそう呟いて、小首を傾げた。
その時ふと、ロエは、自分が妙に浮かれていることに気が付いた。
もしかして、自分も冒険好きだったのだろうか?
今度は反対側に小首を傾げてみる。
けれど、今はそんなことどうでも良かった。
ただただ、今日から数日の間は、ダンの狩りを全力でサポートしようと気合いを入れるのだった。
ダンは、ジュノ下層まで上がってくると、人混みを縫って競売所の前まで進んだ。
周囲には、右へ左へと忙しく動く冒険者達。
声を張り上げてパーティメンバーを募っている者の姿もある。
まずは競売所を覗いて、相場を確認しよう。
それからバザーを見て回って、買い物を済ませ、レンタルハウスを借りる。
不要になったアイテムも競売に出品しておきたいし、狩りに向けてメンバーも集めなければならない。
何から片付けたらいいか迷うくらいだ。
やることが山積みで、どれから手を付けたものかと迷うほどだ。
―――だが、この雑多な忙しさがとても好きだった。
ダンはそんな思いを胸に、にやけそうになる口元に手を添えた。
「……ダン?」
雑踏の中から、驚きに満ちた声が聞こえた。
ダンは足を止め、眉をひそめて振り返る。
すぐ背後に、黒魔道士らしきヒュームの青年が立っていた。
長めの金髪に黒いフードーーーそのフードを外し、さらりとした髪をかき上げたその男は、ローディといった。
「ローディ……」
ダンがジュノ周辺で狩りを始めた頃、よく一緒にパーティを組んだ間柄だ。
「えらい久しぶりだなぁ!!略して『えらひさ』だ!!!」
「無駄に言葉を略すなっつーの。……ってか、なんだお前。黒魔道士に転職したのか?」
「うむ。白魔道士としてはもう学ぶこともなくなったっぽいしな。今は黒魔道の修行中。だから今じゃ黒ーディ!きっひっひ!」
「………。確かに、お前は癒しキャラじゃないからな。黒魔道士がお似合いだ」
「きっひっひ、ダンは変わらず辛口だなぁ!きっひっひっひっひ!」
「その妙な笑い方をやめろ」
混雑した競売前で、二人は声を張り上げて会話を続ける。
ローディは黙っていればいい男なのだが、中身にとても問題有りな男だった。
以前よく狩りに出た仲ではあるのだが、特別親しいわけではない。
とにかく、奇怪で、不審で、危ない男だ。(※ダン評)
共通のリンクシェルに所属しているわけでもなく、お互いにプライベートは詳しく知らない。
ダンはトミーとの出会いをきっかけに生活が変わり、ローディは何らかの事情で忙しくなったらしく、自然消滅という言い方もおかしいが、まぁ、そんな感じで疎遠になっていた。
「ダンはどうしたんだ?ナイトになったんじゃなかったのか?」
ローディはさらりとした金髪を指先でなぞりながら、スカイブルーの潤んだ瞳を細める。
相変わらず作り物のような端正な顔立ちに、ダンは思わず視線を逸らして明後日の方を見る。
「んあぁ、まぁ……そうなんだけどな」
「今は戦士みたいだし…。ダンは何しにジュノに?」
眉間にシワを寄せたやたらと美しい黒魔道士が、じっとダンを見つめてくる。
ダンは『俺か?』と一旦眉を開いてから、少しの間、黙って足元に視線を落とした。
そして数秒後。
唇に意味ありげな笑みを浮かべて、顔を上げる。
はっきりとした口調で、こう答えた。
「俺は……強くなりに来た」
* * *
「はいぃぃぃぃぃぃ!!」
――――パリーンッ
クリスタルが見事に砕け散り、辺りにウサギの肉片が飛び散る。
気合いの声をぴたりと止めて、調理態勢のまま硬直しているトミー。
彼女は顔や髪に肉片をいくつも引っ付けていた。
「ドンマーイもういっちょ!」
彼女から十分距離を取った位置で、パリスがのんきに声援を送っていた。
そして、数秒の沈黙。
トミーは、ゆっくりと立ち上がる。
「………」
無言のまま、顔に張り付いた肉片を、一つひとつ丁寧に摘み取っていく。
彼女が作ろうとしているのは、《野兎のグリル》。
調理合成の中でも、初歩の初歩にあたるメニューだ。
「…パリスさん…」
かすれたような、小さな声がトミーの口から漏れる。
「ん?なんだい?」
「……なんでそんなに楽しそうなんですか」
日が沈み、あたりはすっかり薄暗くなっていた。
それでも、炎のクリスタルの明かりに照らされて、パリスが頬を吊り上げて笑っているのがはっきりと見える。
今にも鼻歌を歌い出しそうなほど陽気な顔だ。
そんなトミーの素朴な疑問に、パリスは白い歯を見せて笑いながら答えた。
「あっはっは。それはね、トミーちゃん。炎のクリスタルの明かりで浮かび上がったトミーちゃんのお顔が、とぉ~ても面白いからなのですよ♪」
「ムッキーーーー!!!」
「あっはっはっはっは!あっはっはっはっは!可愛いなぁ♪」
どうやら、野兎のグリル完成には、まだまだ時間がかかりそうである。
あとがき
はい、これが変態(ローディ氏)の記念すべき初登場回となります。この頃はまだ普通でしたね。全然普通よ。笑
今後じわじわと頭角を現していく彼に乞うご期待。(´▽`)