私はトミー!

第一話
2004/02/04公開

 私はトミー!元気いっぱいの戦士です。
最近、やっと冒険者としての生活に慣れてきた気がします。
立派な戦士になるために、日々努力している私。
少しずつだけど、確実に!強くなってます!!

今日はラテーヌ高原で、オークに追われていた人を助けました。
うーん、さすが私。強いぞ、トミー!

あの時の私の勇姿、ダンにも見せてやりたかったなぁ。
人助けをしようとしないダンより、私の方がよっぽどナイトだよ!!

……とはいえ、世の中、なかなか厳しいものです。
オークを倒したと思ったら、いきなり雄羊だもんなぁ。
助けた人が私を見て真っ青になってたから、どうしてかなーって思ってたんだけど。
まさか後ろに雄羊がいたとは。オークに夢中で気付かなかったよ~。

結局、人助けをしたつもりが、私も助けられる羽目に。
雄羊は通りすがりの狩人さんが、あっという間に倒してくれました。
狩人さんカッコイイ!!

むぅーん、雄羊め…いつか覚えてろよ!
私は心に誓いました。
いつの日か、自分の剣であの雄羊を倒すことを!



「…よし!」
私は手に持ったペンをクルクルッと回して、猫背になっていた背筋を伸ばした。
膝の上には、数日の間忙しくて書けずにいた日記帳。

やっぱり、日記は書いておくべきだよね。
あとから読み返すと、いい思い出になるし。

私は冒険者になったその日から、毎日日記をつけている。
書き出しはいつも決まってこうだ。

―――「私はトミー、元気いっぱいの戦士です。」

これは、挫けたりせず、元気に冒険者をやっていこうという私の決意だ。
そういう想いを込めているからこそ、私はこの日記帳がとてもお気に入りだった。



「……お前、絶対悩みとかないだろ」

不意に頭上から声が降ってきて、私はびくっと肩を跳ねさせた。
顔を上げると、すぐ隣に男が立っていた。

短く刈られた栗色の髪。相変わらずのしかめっ面。
銀色の鎧をまとい、背中には鈍く光る大剣を背負っている。

―――私はこの人を知っている。
冷血、やる気なし男。ダン!

彼の声が聞こえた途端、今まで気にならなかった周囲のざわめきが不意に戻ってきた。
私は今、南サンドリア競売前の階段に座っている。
サンドリアで一番賑やかなところだ。

けれど、声をかけられるまでは日記に集中していて、周りの賑わいなんて耳に入ってこなかった。

「何つーか、基本的に不注意なんだよ、お前は」
「ダ、な、おっ……女の子の日記帳を覗くとは、どこまでやらしいの!?」
「やらしいとか言うな!近付けば気付いてすぐに閉じると思ったんだよっ」
「私が閉じなかったとしても読むんじゃなーーーい!!」

――ガツッ。
「あうっ」

座ったまま体をひねってダンに抗議しようとした拍子に、肘が何かにぶつかった。
驚いてそちらを見ると、小柄なタルタルさんがおでこを押さえてしゃがみ込んでいた。

タルタル族は、大人になっても子供のような可愛らしい外見の種族。
私の膝上くらいまでしか身長はない。
体は小さいけれど、その分魔力に優れている。

「……はは……こんにちは、トミーさん」

おでこを擦りながらにこりと笑ったのは、リンクシェルメンバーの一人、ロエさんだった。
青い髪を後ろで一つに束ね、前髪は真中で分け。今日も相変わらずラブリー。
背中にはタルタル族サイズの小さな杖。
今日は黒っぽいローブを着ていた。

「わ、ロエさん!?ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃ」
「だ、大丈夫です!平気ですからっ、気にしないでください」
「あっはっはっは、トミーちゃんは相変わらず忙しないなぁ♪」
「いやぁぁぁ!!?」

ロエさんよりもずっと上の方から、聞き覚えのある声が飛んできた。
ぎょぎょっとして顔を上げると、長身のエルヴァーンの青年が困ったように頭をかいてこちらを見下ろしていた。

エルヴァーン族は、私達ヒュームよりも背が高くて、首が少し長い。
ここサンドリア王国を祖国に持つ、誇り高い一族。
だが、一方で、エルヴァーンには頭の硬い人が多い―――と、ダンがいつも言っている。

そのエルヴァーンの青年は、今日もさらっとしたアイボリーの髪をなぜか少し乱していた。

「いやぁぁぁって……酷いなぁ、トミーちゃん……」

「パリスさんまで、どうしてサンドリアに!?」

情けない顔でしょんぼりしているこの人は、リンクシェルメンバーのパリスさん。
本名はパール何とかっていうちょっと長い名前なんだけど、みんなからは「パリス」の愛称で呼ばれている。
オレンジと黒のポップな装備が今日もよく似合っていた。

それにしても、このパリスさんは、ダンが言っていた堅物エルヴァーン像とはちょっと違う気がする。

私はみんなの顔を順番に見回してから、慌てて立ち上がった。

「うわーうわー!こうして四人揃うのって久し振りですねぇ!」
「そうだねぇ。リンクシェルではよく話すけど、こうやってみんなで顔を合わせるのはなかなかないからね♪」

―――そうは言っても、この三人は結構頻繁に会ってるはず。
私だけが極端にレベルが低いから、誰かがわざわざ会いに来てくれることが多い。

三人とも、今は冒険者として絶好調の時期だし、忙しいだろうなと思う。
だからこそ、こうして私に構ってくれると、ちょっと気が引けちゃったりもする。

「お元気そうで何よりです」

ロエさんがそう言ってにっこり微笑んでくれる。
私も『ですね♪』と笑い返した。

「……まぁ、約一名、雄羊に殺されかけた奴がいるけどな」

半眼になって横目に私を見ながら、ダンがぼそりと呟いた。
「う、うるさいなー!」
私はダンをキッと睨み付ける。
せっかくロエさんに癒されてるっていうのに、何その『ふーやれやれ』みたいな態度は!?
パリスさんは堂々と、ロエさんは控えめに、それぞれくすっと笑っていた。

リンクシェルーーーそれは、同じ色の魔法の真珠《リンクパール》を持つ者同士で会話ができる、魔法の通信グループのことだ。
どれだけ遠く離れていても、パールに意識を集中して語りかけるだけで、仲間達と頭の中で会話ができる。
まるで心が直接繋がってるみたいに、会話がすっと流れ込んでくるのだ。

私が今持っているこの青いリンクパールが、人生で初めてのリンクシェル。
最初は全然慣れなくて苦労したけど、今ではすっかりメンバーとも打ち解けて楽しくやれている。

――とそこまで考えたところで。
ダンが、頭のてっぺんから足の先までじーっと私を観察していることに気が付いた。
『げっ!』と私は慌ててパリスさんの後ろに逃げ込む。
けど、どうやら遅かったみたい。
ダンは信じられないというような顔で、いつものように口を開いた。

「お前なぁ、そろそろちゃんと装備新調しろよな。ジャーキンくらい、もう着れるだろうが」

―――始まった。
ダンのファッションチェック。

ダンは会う度に私の装備品をチェックしてくる。
それでちょっとでもズレたものを身に着けていると、あれこれ説教が始まるんだよね。

私としてはそれがすごく嫌なんだ。
だってダン、必ず怒るんだもん。

「それにな、いつまでブラスサイフォスなんか使ってんだよ。ちょくちょく競売覗けって言ってんのに…」
「う、うるさいな~!またそうやってガミガミと~!」
私は慌てて、腰に下げた片手剣をダンの視界からさっと隠した。

「お前の場合、せめて装備だけでもちゃんとしとけ。パーティで狩りに行くと仲間が迷惑する」
「わ、この人なんか酷いこと言ってますよパリスさーん!」
私はパリスさんの背中に隠れたまま、ヘラヘラ笑っているその人に言いつけた。
「あっはっはっは。ダン、こ・わ・い☆」
「お前はキモイわ」
「ぁ、酷い」
パリスさんはピンと立てていた人差し指をしおらせて、ガックリと肩を落とした。

いつもノリが軽いパリスさんは、しょっちゅうダンの言葉のナイフに刺されてる。
でも、そういうダンとのやり取りに慣れてるみたい。
何だかんだで、いつも楽しそうだから。

「……まったくよぉ……ほら」
そう言って、ダンは手に持っていた荷物袋をごそごそと探り始めた。
そして、中から一本の剣―――鞘に納まったロングソードを引っ張り出した。
ガックリしたままのパリスさんを押し退けて私の前に立つと、その剣をぐいと押し付けてくる。
「これは、俺が前に使ってたロングソードだ。もう使わねぇから、お前にやる」
「え、え?え……??」
「上手く使いこなせないようだったら売っちまっていいぞ。とにかく、邪魔だからやる」
そう言い捨てると、ダンはそっぽを向いた。

私は思わず、手にした剣と、ダンの横顔を交互に見比べる。
突然過ぎてよく分からないけど……なんだか、すごく嬉しくなってきた。
「あ……うん。いいの?……ありがと」
ぎこちなく笑いながらお礼を言うと、ダンは何も言わず、ただ肩をすくめただけだった。

「ダンンンンンンンンンンンン!!!!!!」

突然、パリスさんが叫んだ。
私とロエさんはびくりと肩を窄め、ダンは面倒臭そうに振り返る。
パリスさんは、青年にしては子供っぽい仕草で、唇に人差し指を当てながら甘えるように言った。

「僕にも、何かちょ~だい♪」
「女に貢いで貢がせてな生活してるような奴には虫の羽一枚たりともやらん」
ダンの即答は、いつもながらの容赦なさだった。
「うは、この人なんか酷いこと言ってるよトミーちゃーん!」
パリスさんは今度は私の真似をして、オーバーに嘆いてみせた。
「貢がせてるんですか……」
私はちょっと意地悪く、わざとらしい声で言ってみる。
「パリスさんサイテーですね」
すると彼は、ショックを受けたような顔で『ぁ、酷い……』と呟いた。
しょんぼりした素振りを見せるけど、でもすぐにちらりと私を見て、ニッとおどけた笑顔を浮かべる。

その表情を見てふと視線を下げると、ロエさんが口元に手を添えてくすくすと笑っていた。
横目でダンの表情も盗み見てみたけど………あ、ダンはやっぱり笑ってなかった。
口の中で何かをブツブツと毒付きながら、呆れたような表情をしていた。

―――これが、私の所属するリンクシェルだ。
リンクシェルといっても色々とあって、ひたすらランク上げやミッション攻略に特化したガチなシェルもあれば、合成スキルの研究に特化した職人系のシェルもある。
私も一応、他のリンクパールを持っているんだけれど……知識が全然ないから、そっちでは話についていけないことが多い。

だから私は、このリンクシェルがとても好き。

博識のダンには、頻繁に怒られてばかりだけど、パリスさんも、ロエさんも、みんな優しい。
ダンだって、何だかんだでちゃんと私のことを気にかけてくれてる。
口うるさいけど、本当に困ってる時にはいつだって助けてくれる。

このリンクシェルに加えてもらえたこと―――
私はそれを、とても幸運なことだと思ってる。
今も、胸の奥がじーんと温かくなって、嬉しい気持ちでいっぱいだった。


―――そうだ。

「あの、折角久しぶりにみんなで集まれたし、四人でどこか行きませんか?」

ダンにもらったばかりの剣をぎゅっと胸に抱えながら、私はそう提案した。
楽しい時間をもっと続けたくて、思わず口に出してしまったことだけど。

けれど、その言葉を聞いたダンが、はっとしたように顔を上げると、どこか気まずそうに視線を逸らした。

「あ、いや、実はな……」

頬を掻きながら、ダンは言いにくそうに続ける。

「俺、これからジュノに行くんだ。しばらく向こうにこもるつもりでいる」
「ジュノに?今から??……ジュノって、遠いんだっけ?」
「ん?ああ、まぁ、そこそこな距離だな。だから当分は、今までみたいにお前の相手してやれないからな。いつもの調子で気ぃ抜いてんじゃねぇぞ」

ジュノーーーそれは、サンドリア王国、バストゥーク共和国、ウィンダス連邦。三国の中央に位置する都市国家、だっけ。
たしか、大陸と大陸の境界にあって、上級冒険者達が集まる場所……だったかな?
とにかく、私みたいな駆け出しの冒険者には、まだまだ縁のない国だ。

「ふーん、そっか~……。―――って、何だって?別に私は相手してなんて頼んでないでしょ!?いつもダンが勝手にお節介焼いてくるだけじゃないか!」
「うるせぇなぁ。お前が適当だからいけないんだろ」


……折角、みんな揃って何処かに出掛けられるかもって、思ったのにな。

やっぱり盛り上がっていたのは私だけか~。
そうだよね、みんなは忙しいもんね。

胸の奥に、ちょっとだけ寂しさが滲んだ。

「…ロエさんも、何か予定あるんですか?」

ちらりと横目でロエさんを見て尋ねると、彼女は少し困ったような笑みを浮かべ、小首を傾げた。
「はい……。私もジュノに行くんです。ごめんなさい、トミーさん」
「そっか。ロエさんも、ダンと一緒に行っちゃうんですね……。折角久しぶりに会えたのに残念だなぁ~」
そんなつもりじゃなかったのに、つい口を尖らせてしまう。
困らせちゃいけないって思ってるのに、気持ちが零れてしまった。

ロエさんはチラッとダンの方を見てから、慌てて言葉をつなぐ。
「えと……今度、一緒にお買い物行きましょう?ね?」

だから、困らせちゃダメだってば。

そんな風に気を遣わせちゃうなんて、私らしくない。
私はぎゅっと自分に喝を入れて、気持ちを切り替えた。

残念だけど、しょうがないしょうがない!

「はいっ。それじゃあ今度、楽しみにしてます!」
私がぐっと拳を作ってそう言うと、ロエさんはほっとしたように微笑んでくれた。

うーん、やっぱりロエさんは優しいなぁ……可愛いし。

なんて思いながらロエさんを見下ろして、ぽわ~んとした気持ちに浸っていたら―――
視界の端っこで、存在アピールをしている人に気付いた。

何度も自分を指差したり挙手して見せている、ノッポの方が一人。

でもなんだろう、不思議だね。
そういうことをされると、逆に放って置きたくなっちゃって。
反応しなかったらどうするのかなとか……ね?
誰だって、そう考えると思うんです。

だから私は、あえて―――その人を無視してみました。

「あー……んじゃあ、俺達もう行くわ」
ふと時計塔を見上げながら、ダンがそう言った。
「ん、分かった。……剣、ありがとうね」
「おう。……あ、そうそう。俺、向こうじゃリンクパールは持ち歩かないからな。狩りの最中にお前が騒ぐとうるさくて集中できねぇし」

まったくこの人は、最後の最後まで嫌味っぽいというか、一言多いというか。

私はあからさまにムッとしてみせると、半眼になって言い返してやる。

「へぇ~ずいぶん気合い入ってるね~。やっとナイトらしくなって、人助けでもする気になったの?」
ちょっとだけからかうような口調で言ってみた。
けれどダンは真顔のまま、さらっと言い返した。

「いや。向こうでは戦士として狩りに出る」

………戦士?

その言葉に、私は思わず眉をひそめた。

だって、ダンはもう戦士としては十分経験を積んでるんだよ?
戦士である程度の実力を認められて、だからナイトになったのに。
なのに―――どうして今更、ナイトじゃなくて戦士で狩りに行くんだろう…?

グルグルとそんな疑問が頭の中を巡って、私はじっとダンの顔を見つめていた。

でも、その思いを言葉にするよりも早く、ダンはあっさりと背を向けて言った。

「じゃあな」

それだけ。

ロエさんも慌てて別れを告げて頭を下げてから、ダンの後を追いかけるように歩き出す。
二人は並んで、飛行艇乗り場の方へと向かっていった。

その背中を、私は黙ったまま見送る。
見えなくなるまで、ずっと。


……そうですよね-。
私はいつもいつも、ダンの足ばっかり引っ張ってますもんねー。


内心ちょっぴり拗ねながら、ダンが去っていった方向をじとーっと睨んだ。
そして歯を食いしばって、小さく『いーっ』としてみせる。

でも、でも。
別にダンが何でもやってくれなくたっていいんだぞ。
リンクシェルにはパリスさんもロエさんもいるもん。
狩りの途中で忙しいのに、私の質問にきっちり答えてくれなくたって……別に、全然……いいのに。

……いいのに、さ。



しばらくの間、ダンはジュノに缶詰かぁ……。


そのことを改めて頭の中で確認すると、ふと、ある考えが浮かんできた。

「…そうだ、この隙に…っ!パリスさん!」

「ん~~~?なぁ~にぃ~~?」

振り返ると、少し離れた場所でパリスさんがしゃがみ込んで草をむしっていた。
鼻の頭がほんのり赤くなってるけど……気のせいかな?


「パリスさん、今って何か予定ありますか?もし時間があれば、手伝ってもらいたいことがあるんですけど…」
私が少し遠慮がちにそう言うと、パリスさんはすぐさま反応してきた。
「おっ、何?どんなこと?ナニナニナニ」
興味津々モードに切り替わったパリスさんは、むしって掌に溜めていた草をぱっと投げ捨てて、手についた土をババッと激しく払い落とす。

………よーぅし、やってみるかぁ!

好奇心に満ちた目でこちらに身を乗り出してくるパリスさんを見上げながら、私はにこと笑って見せた。



<To be continued>

あとがき

ここから、長い長い物語が始まっていきます。
何度も言いますが、超ーーー初期の頃のヴァナが舞台です。
お付き合いよろしくお願いします。(´▽`)