二人の戦士

第十二話
2004/05/01公開



“ねぇねぇ聞いてー!私今日初めてね!
 パーティのみんながいるとこまで敵を引っ張ってくる役目を任されたんだー!”
“あ、釣り役をですか?おめでとうございます~”
“えへへ。あ…でもあの……割とすぐに下ろされちゃったんですよねぇ…。
 ううー、心なしかみんな少し怒ってた…かも…”
“どうせアレだろ、お前他のパーティに獲物譲ったりしてたんじゃねーの?
 んなことしてたらメンバーは怒るだろ。俺なら確実にキレるが”
“でも、でもさっ、なんでみんなあんな風に奪い合いするの?
 平等に分け合おうとか考えないのかなぁ?順番~とか”
“ぷ”
“あ、今パリスさん笑ったでしょ!?”
“あっはっはっはっは!いやぁ~、トミーちゃんらしいなぁと思ってさ♪
 その優しさを何処ぞの乱暴戦士に分けてあげてよ。ねぇ~ダン~?”
“よしパリスそこを動くんじゃねぇ、今そっちに行ってやる”
“うはっ☆やだーん”

     ・
     ・
     ・

「ねぇダン。トミーちゃんは今日何してるの?」
「は?なんで俺に聞くんだよ」
「え、いや、君ならトミーちゃんのこと何でも知ってそうだから♪」
何でだ。俺はあいつの保護者じゃねぇんだぞ!?知るかっつーの」
「…ふ~ん………そう?」
“ダーーーーーーーーーン!!!”
「おや?」
「あーもーうるせぇなぁ…っ!」

     ・
     ・
     ・

「ってな感じで恐ろしく無知だ。だから二人も彼女に色々教えてやってくれ」
「は、はじめまして、トミーです!よろしくお願いしますー!!」
「……ま、まさかダンが女の子を連れてくるとは……。ねぇ、ロエさん」
「はは、ビ、ビックリですね」
「ロエ…さん…?」
「あ、はい。白魔道士のロロエ・ソリリエ・トントリエトです。ロエと呼んでください」
「はいっ。……で……そちらがえぇと……」
「パ~ルッシュド、パリスでOK♪僕ぁこの人の息子です☆」
「え!?ダンさんの!!!!?」
「「!!?」」
「そんな!え、嘘ですよね?あれ??そうなんですかっ?!ダンさん私と同じ位に見えますがそれじゃあ……」
「………………」
「あわっ、すみません違うんです!お若く見えるなぁって!!
 あ、パリスさんが大人っぽいんですかねぇ?とにかくビックリです、ホントにっ」
「………………」
「……あの、パリス…さん?へ?私の顔に何かついてますか?」
「いや……すごいなぁと思って……」
「え?えっ……え??………その面白いもの見つけたみたいな笑みは何でしょうか…?」

     ・
     ・
     ・

「戦士さんOKしてくれたよー」
「おぉー、これでやっとパーティ完成だな」
「…あっ!!」
「ん、あんたは……」
「あの時のっ」
「空振り戦士」
「言わないでくださいぃぃぃー!!!」
「あれ、戦士さん達はお知り合いなんですか?」
「「…いえ、知り合いってわけじゃ…」」

     ・
     ・
     ・

「あ、あの、スミマセン!あいえっ、助かりました!!お強いんですねっ。
 私一人だったらこのオークには勝てなかったと思いますし…えーと、
 ありがとうございました!お強いんですね!ってあれ今言ったばかりだ?
 はは、はは?あうぅごめんなさい違うんです!!だからっ、その、とにかく違くて!
 すみません!あれ?あ、私はもうこのへんで!!失礼しましたぁぁー!!!」
「…………なんだあれは?」

     ・
     ・
     ・

無知でそそっかしくて馬鹿でドジで能無しで。
お人好しで人懐っこくて優し過ぎるあいつ。
―――――泣いてないか?
――――――――傷付いてないか?

ぽつぽつと雨が降り始めた森林の中、俺はゴブリンを乱暴に斬り捨てた。
ばっさりと一太刀でゴブリンの体を二つに分かち、両手で扱う大剣を背中に収める。
「………面白いものを見つけて見惚れてた……」
呟いてゆっくりと歩き出す。
「ばったり知り合いと会って立ち話をしてた……」
熱くなった体に雨の冷たさは心地良い。
「どうせそんなようなこと言って……ひょっこり出てくるんだろ?」
装備品がぶつかり合う金属音が歩調に合わせて静かに囁く。
トミーがいなくなったという連絡を聞いてから、一体どれほどの時間が経っただろう。
もうずっと長いことこの森の中を捜し歩いている気がする。
そう、もう何時間も、何日も。

いなくなった理由がどんなにくだらないことでも構わない。
もう怒鳴ったりしない、もう怒ったりしないから…。

これは自分の気持ちを認めようとしなかった俺への罰だろうか?
こんな、こんな罰の与え方なんてありかよ。
俺の頭の中は色々な感情が入り混じってわけが分からなくなっている。
とにかくはっきりしているのは、『会いたい』ってことだけ。

もう一度、あいつのあの笑顔が見れたなら、その時俺は……。



   *   *   *



大きな黒虎が地面を蹴り、トミーを押し倒そうと飛び掛った。
これまで何度も虎の強力な攻撃を防いできた盾を装備した左腕は、もうさすがに、ほとんど力を失ってただ虎に向かう。
虎の爪を迎えただけの盾はもちろん衝撃に耐えることができず、一気に弾かれた。
その威力に突き飛ばされてトミーは地面へとなぎ倒される。
必死に受身を取ろうとするが体には傷が増えていくばかりだ。
―――――早くっ!早く立って!!!
内心自分にそう檄を飛ばし、トミーは打ち付けた腕をかばいながら慌てて身を起こす。
虎は牙を剥いてトミーを押さえつけようとしていた。
するとそこで横からリオが弾丸のように飛び掛り、虎の横っ面に拳を叩きつける。
虎はバランスを崩して横に飛び退くと唾液を撒き散らしながらリオに向かって唸った。
「あと少しでこいつはやれるわ……!」
荒い呼吸でそう言う彼女の腿には矢が刺さっている。
それに目を見張り、トミーは体勢を立て直しながら、少し離れたところにいるオークを睨み付けた。
ぐっと口を硬く結ぶと、おもむろに腰に携帯していたブーメランを取り出しオークへ投げつけた。
ほとんど練習などしていないし、命中するとは思っていない。
ただあのオークの気が引ければそれで良かった。
投げたブーメランはやはり命中はしなかったものの、弓矢を構えているオークの肩をかすめた。
驚いたオークが構えていた弓矢を下ろしてトミーを凝視する。
「私には一本も当ってないけど?!」
アルタナの民の言葉が理解できるのかは謎だったが、嫌味たっぷりに言ってやるとオークは挑発に乗ってきた。
怒声を上げて弓矢を構え直したオークはトミーに照準を合わせる。
よし……!
「余計なことしてないでとっととこいつやっちゃいなさいよ!!」
背後からヒステリックなリオの声がして、トミーは慌てて虎へと対峙した。
漆黒の虎が大きな爪でリオを切り裂こうとすると、リオは紙一重でそれをかわしてカウンターを入れた。
格闘武器を装備したリオの拳が虎の脇に突き刺さった直後、隙を見てトミーが反対側から鋭く斬り付ける。
やはりこの虎相手に二人は腕不足なのか、深い傷は負わせられない。
しかし、少しずつでも虎の体力を奪い、徐々にこちらが優勢になっているのは確かだ。
振り払うように体をぶつけられたリオがよろめいて後退する。
トミーはそれを追おうとした虎の足に剣を突き刺して注意を自分に向けた。
鎧を着ている自分の方が攻撃の的になった方が良い。
と言っても、トミーの装備に金属部分は少なく、主にトカゲの皮を加工してできた鎧である。
トミーを睨み付ける野獣は体中にいくつも傷を負い、苦しそうに呼吸していた。
もう少しだ!
トミーが虎に向かって踏み込むと同時に、彼女の足をかすめて矢が飛んでいった。
当らなかったのだからそれは無視して、力任せに虎の肩に剣を叩きつける。
すると虎の体が大きく傾いた―――!
「これで、終わりだっ!」
拳を振りかぶったリオが飛び込んでくる。
―――――と、その瞬間。

グゥォォォオオオオオオオオオオオ!!!!

ビリビリと体に痺れが走り、低くて重い衝撃が二人の鼓膜を叩いた。
弱ってきていた黒虎の威嚇するような、腹の底からの凄まじい咆哮だった。
「うあ!!?」
頭の中にやかましくこだまするその咆哮のせいか、トミーは体から痺れが消えず見動きが取れなくなった。
リオも同じように全身が痺れているようだが、彼女は歯を食いしばって強引に体を動かした。
「ううう……っ!」
麻痺のせいで思うように動かない体を気迫で動かし、へたり込んだ黒虎の顎に全体重をかけて拳を叩き込んだ。
虎は短くくぐもった悲鳴をあげ、雨で湿った地面にその大きな体を倒した。
そのまま虎は動かなくなった。
やった!――――とその時、トミーは横から軽く突き飛ばされたような衝撃を受けて片膝をつく。
見ると、左の二の腕に一本の矢が刺さっていた。
リオはよろめきながらもオークに向かい舌打ちをする。
「……あの虎、とんだ置き土産をしてくれたわね」
麻痺した体に厳しく命令を下し二人はオークへと近付いた。
二人が接近してきたので、オークは弓矢をしまって短剣を取り出す。
攻撃が届く距離まで近付いたものの、体が言う事を聞かずなかなか踏み出せない。
するとオークが先に動いた。
唸り声と共にトミーに向かって短剣を突き出す。
トミーは思うように体を動かす事が出来ず、オークの短剣が彼女の脇腹を浅く斬り付けた。
怯まずトミーが何とか剣を振り下ろすと、オークは腕でその剣を受け止めて怒声を上げた。
リオがそれに続いて拳を繰り出すがそれはかわされてしまう。
これで二人はすぐに理解した。……このオークは強い!!
緑色の皮膚に埋め込まれている小さな目が、殺気に満ちた光を帯びている。
二人は一旦オークから距離を取って身構え直した。
二人とも先の虎との戦闘で負傷しており、呼吸もひどく乱れている。
遠慮がちに降り始めた雨に濡れ、恐怖と戦いながら目の前にいる殺意に向かう。

こんな状態では、逃げた方が賢明なのでは……。

―――と、ちらりと考えたその時、突然周りに紫色の霧が発生した。
「なっ!?」
その毒々しい霧は振り払う暇も無く二人の体に染み込んでいく。
すると二人の体を黒いものが蝕み始め、ぐるぐるして最高に気分が悪くなった。
黒魔法のポイズンだ。
短剣を構えているオークの向こう側に、布でできた頭巾を被ったオークが見えた。
あの格好からしてあれは魔道士のオーク…虎と戦っている内にリンクしていたのだ!
「最っ低!!!」
魔道士のオークを見て思わずリオが力一杯毒づいた。
トミーは魔道士のオークから短剣を構えたオークへと視線を戻しながら口を開いた。
やっぱりここは逃げましょう!
そう言おうとした時、彼女の視界の中で素早く動くものが見えた。
短剣を構えたオークがリオに向かって飛び出したのだ!
「リオさん!!!」
悲鳴じみた警告の声をあげると、リオは驚いたように短剣を持ったオークに視線を戻した。
今なら避けられる。
しかしリオの体は言う事を聞かず、その場を動こうとはなかった。
――――――動け!!動いて!!!
トミーは内心そう叫んで飛び出した。体は言う事を聞いた!
オークがリオの元に到達した瞬間、トミーはほぼ体当たりをするような勢いでオークに剣を突き刺した。
悲鳴をあげて憎しみ溢れる表情の顔をトミーに向け、激痛に暴れたオークは振り払おうとして彼女の腕に刺さっている矢を力任せに引き抜いた。
ばっと血が吹き出す。
トミーはくらりと視界が傾いたが歯を食い縛って耐えた。
そしてあまりの痛みによろめいて二、三歩後退すると顔を上げる。
すると、目の前からオークの姿が消えていた。
視界の端に映っているリオが何かを叫んでいる。
無音の中トミーが視線を上げると、オークが上へ飛び上がり拳を振り上げていた。
次の瞬間オークは女戦士に向けて力一杯拳を振り下ろす。

そして、トミーの意識は暗闇の中で弾け飛んだ。



   *   *   *



「―――ん?」

何となく声が聞こえたような気がして、パリスは足を止めると振り返った。
しとしとと雨が振り出した森林は相変わらず静かで、見回しても人の姿はない。
雨に濡れて垂れ下がった髪から雫が肩に落ちる。


「……何処かで女の子がピンチだな……」


そう呟いて、エルヴァーンの剣士は雨のジャグナーを再び駆け出した。



<To be continued>

あとがき

今回は戦闘ばっかりなので情景描写ばっかです。
さぁて誰がトミー達を救うでしょう。ダンかパリスかロエさんか。
はたまた変――ゴホゴホッ!