二人の戦士
2004/05/01公開
“ねぇねぇ聞いてー!私、今日初めてね、パーティのみんながいるとこまで敵を引っ張ってくる役目を任されたんだー!”
“……あ、釣り役をですか?おめでとうございます~”
“えへへ。あ……でも、その……割とすぐに下ろされちゃったんですよねぇ……。ううー、心なしか、みんな少し怒ってた……かも……”
“どうせアレだろ?お前、他のパーティに獲物譲ったりしてたんじゃねーの。んなことしてたらメンバーは怒るだろ。俺なら確実にキレるが”
“でも、でもさっ……。なんでみんな、あんな風に奪い合いするの?平等に分け合おうとか、順番に~とか、考えないのかなぁ?”
“ぷっ”
“あっ、今パリスさん笑ったでしょ!?”
“あっはっはっはっは!いやぁ~、トミーちゃんらしいなぁと思ってさ♪その優しさ、どっかの乱暴戦士に分けてあげてよ。ねぇ~、ダン~?”
“……よし、パリス。そこを動くんじゃねぇ。今そっちに行ってやる”
“うはっ☆やだーん♪”
・
・
・
「ねぇダン。トミーちゃんって、今日何してるの?」
「は?なんで俺に聞くんだよ」
「え、いや、君ならトミーちゃんのこと、何でも知ってそうだから♪」
「何でだ。俺はあいつの保護者じゃねぇんだぞ!?知るかっつーの」
「……ふ~ん………そう?」
“ダーーーーーーーーーン!!!”
「おや?」
「あーもー、うるせぇなぁ……っ!」
・
・
・
「……ってな感じで、恐ろしく無知だ。だから、二人も彼女に色々教えてやってくれ」
「は、はじめまして、トミーです!よろしくお願いしますー!!」
「……ま、まさかダンが女の子を連れてくるとは……。ねぇ、ロエさん」
「ははっ、ビ、ビックリですね」
「ロエ…さん…?」
「あ、はい。白魔道士のロロエ・ソリリエ・トントリエトです。ロエと呼んでください」
「はいっ。……で……そちらが、えぇと……」
「パ~ルッシュド、パリスでOK♪僕ぁこの人の息子です☆」
「え!?ダンさんの!!!!?」
「「!!?」」
「そんな!え、嘘ですよね?あれ??そうなんですかっ?!ダンさん、私と同じ位に見えますが、それじゃあ……」
「………………」
「あわっ、すみません、違うんです!お若く見えるなぁって!!あっ、パリスさんが大人っぽいんですかねぇ?とにかくビックリです、ホントにっ」
「………………」
「……あの、パリス…さん?へ?私の顔に何かついてますか?」
「いや……すごいなぁと思って……」
「え?えっ……え??………その、面白いもの見つけたみたいな笑みは何でしょうか…?」
・
・
・
「戦士さんOKしてくれたよー」
「おぉー、これでやっとパーティ完成だな」
「……あっ!!」
「ん?あんたは……」
「あの時のっ!」
「空振り戦士」
「言わないでくださいぃぃぃー!!!」
「あれ、戦士さん達はお知り合いなんですか?」
「「…いえ、知り合いってわけじゃ…」」
・
・
・
「あ、あの、スミマセン!あ、いえっ、助かりました!!お強いんですねっ。私一人だったら、このオークには勝てなかったと思いますし…えーと、ありがとうございました!お強いんですね!って、あれ、今言ったばかりだ?はは、はは?あうぅ、ごめんなさい違うんです!!だからっ、その、とにかく違くて!すみません!あれ?あ、私はもうこのへんで!!失礼しましたぁぁー!!!」
「…………なんだあれは?」
・
・
・
無知で、そそっかしくて、馬鹿で、ドジで、能無しで。
お人好しで、人懐っこくて、優し過ぎるあいつ。
――――泣いてないか?
――――――傷付いてないか?
ぽつぽつと雨が降り始めた森林の中、俺はゴブリンを乱暴に斬り捨てた。
ばっさりと一太刀でゴブリンの体を二つに分かち、両手で扱う大剣を背中に収める。
「………面白いものを見つけて、見惚れてた……」
小さく呟き、ゆっくりと歩き出す。
「ばったり知り合いと会って、立ち話をしてた……」
火照った体に、雨の冷たさが心地良い。
「……どうせ、そんなこと言って……ひょっこり出てくるんだろ?」
装備品がぶつかり合う金属音が歩調に合わせて静かに囁く。
トミーがいなくなったという連絡を聞いてから、どれくらいの時間が経っただろう。
もう、ずいぶん長いことこの森の中を歩き回っている気がする。
そう、何時間も……いや、何日も。
いなくなった理由なんて、どうでもいい。
どんなにくだらないことでも、構わない。
もう怒鳴ったりしない。
もう怒ったりしないから……。
これは、自分の気持ちを認めようとしなかった俺への罰だろうか?
こんな―――こんな罰の与え方って、あるかよ。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
感情が入り乱れて、もう何が何だか分からない。
それでも―――とにかく、これだけははっきりしている。
『会いたい』ってことだけが。
もう一度。
あいつの、あの笑顔が見られるなら。
その時、俺は―――。
* * *
大きな黒虎が地面を蹴り、トミーに飛び掛った。
これまで幾度も強烈な攻撃を防いできた盾を装備した左腕は、もう力を失いかけている。
ただ本能的に虎へと向けるしかなかった。
虎の爪を受け止めただけの盾は衝撃に耐え切れず、弾き飛ばされる。
その勢いでトミーも地面へと叩き倒された。
必死に受身を取ろうとするが、体には傷は増えていくばかりだ。
―――早くっ!早く立って!!!
心の中で自分を叱咤し、打ち付けた腕をかばいながら無理矢理身を起こす。
牙を剥いた虎が再び覆いかぶさろうとした、その瞬間――ー。
横合いからリオが弾丸のように飛び込み、虎の横っ面へ拳を叩きつけた。
虎はバランスを崩して横へ跳び退き、唾を飛ばしながらリオに唸り声を上げる。
「あと少しでこいつはやれるわ……!」
荒い息を吐くリオの腿には矢が深々と刺さっていた。
それに目を見張りつつ、トミーは体勢を整え、離れた場所にいるオークを睨みつける。
強く口を結び、腰から携えていたブーメランを抜いて投げ放った。
命中は期待していない。ただ、注意を引ければいい。
ブーメランは狙いを外したが、かすめたオークの肩をかちりと打った。
驚いたオークが弓を下ろし、トミーを凝視する。
「私には一本も当ってないけど?!」
オークにアルタナの民の言葉が通じるかは分からない。だが挑発は効いた。
怒声を上げたオークは再び弓を構え、トミーに狙いを定める。
よし……!
「余計なことしてないで、とっととこいつやっちゃいなさいよ!!」
背後からリオの叫びが飛び、トミーは慌てて虎へ向き直った。
漆黒の爪がリオを薙ごうと振り下ろされる。
彼女は紙一重でかわし、拳を脇腹へ叩き込む。
隙を突き、トミーが反対側から斬りつけた。
だが深手には至らず、二人の力では決定打を与えられない。
それでも虎は確実に消耗していた。
リオが体当たりに弾かれ、後退する。
トミーは追いすがる虎の足へ剣を突き立て、注意を自分に引きつけた。
鎧を纏う自分の方が標的になるべきだ。
もっともその鎧は、金属ではなくトカゲ革を加工した簡易なものに過ぎない。
虎はすでに体中に傷を負い、苦しげに荒い息を吐いている。
―――もう少し!
トミーが踏み込んだ刹那、彼女の足元を矢がかすめた。
気にせず、渾身の力で剣を虎の肩に叩きつける。
巨体がぐらりと傾ぐ。
「これで終わりだっ!」
拳を振りかぶり、リオが飛び込んだ―――。
その瞬間。
グゥォォォオオオオオオオ!!!!
地鳴りのような咆哮が大気を震わせ、二人の鼓膜を叩いた。
体がビリビリと痺れ、動きが奪われる。
黒虎の、最後の威嚇。腹の底から絞り出す絶叫だった。
「うあ!!?」
頭の中にこだまする轟音で、トミーは身動きできない。
リオも同じく痺れに襲われていたが、歯を食いしばり体を無理矢理動かす。
「ううう……っ!」
気迫で麻痺を押しのけ、彼女はへたり込んだ黒虎の顎へ全体重を乗せて拳を叩き込んだ。
虎は短く悲鳴を上げ、雨に濡れた地面へ崩れ落ちる。
その巨体は、もう二度と動かなかった。
やった―――!
そう思った瞬間、トミーは横から突き飛ばされたような衝撃を受け、片膝をついた。
左の二の腕に矢が突き刺さっていた。
リオはよろめきながらもオークを睨み、舌打ちする。
「……あの虎、とんだ置き土産をしてくれたわね」
麻痺した体に無理矢理命令を下し、二人はオークへと歩み寄った。
接近してくるのを見て、オークは弓をしまい短剣を抜き放つ。
距離はもう攻撃が届く間合い。
だが、思うように体が動かず踏み込めない。
その隙を突き、オークが先に飛びかかった。
唸り声とともに突き出された短剣が、トミーの脇腹を浅く斬り裂く。
体はまだ痺れていたが、怯まず剣を振り下ろした。
オークは腕でそれを受け止め、怒声を上げる。
続けざまにリオが拳を繰り出すが、あっさりとかわされた。
―――このオークは強い!!
二人は即座に悟る。
緑の皮膚に埋まった小さな目が、殺気を放ってぎらりと光っていた。
二人は一旦距離を取り、再び構え直す。
だが、先の虎との戦闘で体は傷だらけ。呼吸も乱れている。
降り始めた雨がじわりと体を濡らし、恐怖が冷たく肌を締めつける。
それでも、目の前の殺意と向き合わなければならない。
―――こんな状態では、逃げた方が賢明なのでは……。
―――と、一瞬考えたその時、突如、周囲に紫色の霧が広がった。
「なっ!?」
毒々しい霧は振り払う間もなく二人の体に染み込み、全身を黒く蝕む。
頭がぐるぐる回り、吐き気が込み上げた。
黒魔法―――ポイズン。
短剣を構えたオークの背後に、布の頭巾を被ったオークが見える。
魔道士だ。虎との戦いに気を取られている間に、いつの間にかリンクしていたのだ。
「最っ低!!!」
リオが毒づき、トミーは視線を短剣のオークへ戻しながら口を開いた。
―――やっぱりここは逃げましょう!
そう言いかけた時、視界の端で何かが素早く動いた。
短剣を握ったオークがリオに飛びかかったのだ。
「リオさん!!!」
悲鳴のような警告に、リオは驚いたように目を見開く。
今なら避けられる――だが体は動かない。
――――動け!!動いて!!!
トミーは心で叫び、無理矢理体を突き動かした。
オークがリオへ到達する刹那、トミーは体当たりの勢いで剣を突き立てる。
悲鳴を上げ、憎悪に満ちた顔で睨み返したオークは、暴れる勢いでトミーの腕に刺さっていた矢を乱暴に引き抜いた。
ばっと血が噴き出す。
視界が揺らぎ、トミーはよろめきながらも歯を食いしばって耐える。
二、三歩後退し、顔を上げた。
――オークの姿がない。
視界の端でリオが何かを叫んでいる。
無音の中、視線を上げると、オークが跳び上がり拳を振り上げていた。
次の瞬間、その拳が女戦士めがけて振り下ろされる。
そして、トミーの意識は、暗闇に弾け飛んだ。
* * *
「―――ん?」
何となく声が聞こえたような気がして、パリスは足を止めて振り返った。
しとしとと雨が降り出した森林は、相変わらず静まり返っている。
見渡しても人の気配はない。
濡れた髪から滴が肩へと落ちた。
「……何処かで女の子がピンチかも……」
小さく呟き、エルヴァーンの剣士は雨のジャグナーを再び駆け出した。
あとがき
今回は戦闘ばっかりなので情景描写ばっかです。さぁて、誰がトミー達を救うでしょう。
ダンか、パリスか、ロエさんか。
はたまた変――ゴホゴホッ!