夢見る乙女達

2005/03/17公開



レンタルハウスの家具は、大きく二種類に分かれている。
エルヴァーンやガルカの冒険者には、大型の家具が揃った部屋が貸し出され、ヒューム、タルタル、ミスラには共通の標準サイズの家具が用意されていた。
もっとも、タルタルに対しては多少の配慮があり、踏み台などが用意されている。
ささやかな配慮ではあるが、現在の冒険者人口を考えれば贅沢は言っていられない。
本当に快適な空間を望むなら、己の所属国にあるモグハウスに戻るしかないのだ。


「あーあぁ、もっともっとお話したいんですけどねぇ~」
トミーは大きく伸びをして、足元のロエを見下ろしながら残念そうに言った。
何だかよく分からないおかしな柄のパジャマを着たトミーを見上げ、ロエは困ったように眉を寄せる。
「でも……これ以上夜更かししちゃいけませんよ」
「そうですよねぇ~…。……うん、もうたくさんお話しましたもんね!」
にこっと機嫌良く笑うトミーに、ロエも頷いて微笑んだ。
ロエもトミー同様に寝巻き姿だが、トミーのそれとは違い、いかにも女性らしい可愛いデザインのものだった。
トミーはロエの背後で重そうに飛んでいるモーグリを覗き込み、『遅くまでお付き合いありがとうございましたっ』と笑顔で頭を下げる。
ロエ付きのモーグリは、ゆっくりとした動きでくるりと回って見せた。

“トミーちゃん達、まだ起きてる~?”

―――――と、不意にリンクシェル会話が耳に届いた。
自分のリンクパールを持ってきていたトミーは、その声に気付いて応じる。
“起きてますけど、もう寝ま~す。ね、ロエさん”
リンクシェルに答えながら小首を傾げて笑いかけると、ロエもつられて同じ仕草を返した。
“おや、ロエさん、今トミーちゃんと一緒にいるの?”
“あ、はい”
“えっへっへ、今日はロエさんのお部屋にお泊りなんでーす♪”
退屈そうに尋ねたパリスに、トミーが自慢気に答えた。

言葉の通り、二人がいるのはロエのレンタルハウスである。
リンクシェルメンバーでも同じ場所に集まることは案外まれなので、せっかくだからと子供っぽくもお泊まりを約束をしたのだった。

“へぇ~~いいなぁ~~。僕も混ぜて☆”
“黙れ。永遠に眠らすぞ”
突然、低い声が割り込んだ。
しかめっ面がデフォルトなヒュームの戦士、ダンの声。
“アラ、君もまだ起きてたのか。そんな敵意剥き出しにしなくてもいいじゃない……。じゃあダン、僕らも夜通し語り合おう!愛について♪”
“トミー、お前またロエさんに無理言ったんじゃねぇだろうな”
“はい、無視☆”
“えっ?そそそ、そうかな”
“いえ、大丈夫ですよ。私も嬉しいですし”
動揺するトミーに、ロエは慌ててフォローを入れた。

しかし、そうは言ったものの、正直なところロエは『泊まり』に少し戸惑いを覚えていた。
どうしても避けなければならないことがあるからだ。

“はぁ~ぁ、じゃあ女の子だけの秘密会議を満喫してるんだね。……あ、もう寝るって言ってたっけ?ごめんごめん”
“いえいえ、気にしないでください。パリスさんこそ眠たそうな声してますよ~”
“う~ん……思ったより身支度に時間掛かっちゃってねぇ。これから飛空艇なのよ。中でちょっと寝ちゃおうかなぁ~”
“降りそびれないように気をつけてくださいね”
“は~い、気をつけます。んじゃロエさん、トミーちゃん、おやすみね~♪”
“はい、おやすみなさい”
“おやすみなさーい!ダンも夜更かししちゃ駄目だよー?おやすみ~”
“あー”

リンクシェルの会話が一区切りすると、トミーはロエを見下ろしてにっこりと笑った。
だが、彼女を見上げるロエの顔にはわずかな緊張が浮かび、おずおずと口を開く。

「あ、あの……トミーさん」
「はい?」

トミーに呼びかけた後、ロエはちらりとモーグリを見やり、意を決して続けた。

「やっぱり、私はソファーで寝ますから。トミーさんはベッドで寝てください」

困ったような笑みを浮かべつつ、先程も提案したことをもう一度繰り返す。
だがトミーは、ロエの切実な願いを察知できず、頬を膨らませて首を横に振った。

「そんなのダメですよ~!一緒に寝なくちゃっ!大丈夫です、私ロエさんを押し潰したりしませんから!」

胸を張り、ぐっと拳を握って宣言するトミーを、ロエは呆然と見上げる。
心なしか絶望したように見えるロエの表情に気が付き、トミーは不安げに眉を寄せた。
「……本当に、ダメなんですか?」
心配そうにトミーが動揺し始めたのを見て慌てて制するように、ロエは仕方なく共にベッドで寝ることを承諾してしまった。
承諾の言葉を聞いた瞬間、トミーの顔はぱっと輝く。
その無邪気な喜びに苦笑を返しながら、ロエはもう一度モーグリへと視線を送った。

モーグリは、非常に分かりにくいがほんのわずかに表情を歪め、お手上げのジェスチャーをする。

やがて、自分の手を引いてベッドに向かうトミーを見上げながら、ロエは胸の内でそっとアルタナの女神に祈りを捧げた。



   *   *   *



もぞもぞと寝返りを打ったところで、ロエはぼんやりと目を覚ました。
まだ半分眠っている頭のまましばらくぼーっとしてから、ガバッと一気に起き上がる。
慌てて枕元の時計を掴むと、針はもう朝と呼べる時間を過ぎようとしていた。

―――急いで準備をしなくては!!!

そう思い立ちベッドから飛び降りると、寝起きでふらつく足取りで洗面所へ向かった。
目を擦りながら壁伝いに進むと、いつもの踏み台がなくなっていることに気付く。
おかしいなと疑問符を浮かべつつ洗面台に向き直ると、洗面台の高さが妙に低い。
踏み台に乗っていないのに、自分に丁度いい位置にあるのだ。

色々な違和感を覚えつつ顔を上げ、鏡に映る寝起きの自分を確認しようとしたその瞬間―――

「………………え?」

ロエの表情が、一気に驚愕に変わる。

鏡に映っていたのは、見事なブロンドの髪を持つ、見たこともないヒュームの女性。
慌てて自分の顔を触り、タルタルの体格ではなくなっている体を見下ろす。
青い髪の小さなタルタルは、八頭身の美しいヒュームの女性になっていた。


―――突っ込みを入れる者は誰もいない。
なぜなら、これはロエの見ている夢なのだから。



   *   *   *



一方、トミーも彼女なりに夢を見ていた。


―――薄暗く狭い長い通路を、足音を響かせながら進む。
前方の出口からは眩い光が差し込み、トミーはきゅっと表情を引き締めた。

この時が……ついに、この時が来たんだ!

胸の内でそう呟き、姿勢を正して胸を張ると、トミーは暗い通路を抜け出した。

『愛と勇気の女戦士、トミーーーーーです!!!』

アナウンスのような声が響き渡り、次の瞬間、雷鳴のごとき大歓声がトミーを包み込む。
眩しさに目を細めながら周囲を見渡せば、そこは巨大な闘技場。
観客席を埋め尽くした人々が、トミーに盛大な声援を送っていた。

その熱気に少々圧倒されつつも、近くの席にリオの姿を見つける。
彼女は大きく手を振り、トミーが気がついたのを確認すると、口に手を添えて叫んだ。

「いい!?Bボタン連打だからね!!最後は↓↓↑Bでキメよーーー!!!」

大歓声の中、懸命に声を張り上げるリオに、トミーはぐっと親指を立てて応えた。

そしてキッと視線を正面へと上げる。
観客席の最上段、特別席らしき場所。
飛び出た造りのそこは薄暗く、誰がいるかははっきりと見えない。

「……ダン………絶対に助けてあげるからね…!!」
力強くそう呟き、深呼吸をひとつ。
トミーは堂々と、会場の中央まで歩み出た。


突っ込みを入れる者は誰もいない。
なぜなら、これはトミーが見ている夢なのだから。



   *   *   *



身だしなみを整え、朝食も済ませて慌ただしく準備を終える。

早くしなければ―――彼が来てしまう。

必要なものを鞄に詰め込んで口を閉じたその瞬間、ドアがノックされた。
慌てて上ずった声で返事をし、駆け寄ってドアを開く。

「ロエ、準備できたか?」

そこに立っていたのは予想通り、鎧を身にまとったヒュームの戦士ダンだった。

「あ、はい!」

挨拶も忘れて返すと、ダンは頷き『行くぞ』と短く告げて歩き出す。
ロエは鞄を抱え、レンタルハウスの戸締りを済ませると、駆け足で彼に追い付いた。

歪んだ人混みを迷いなく進む彼の背中。
今までと違う距離感。
ずっと見上げてきた人との身長差は、今や三分の一ほど。
もしも彼が振り返ったなら、その顔はこれまでよりも遥かに近くにあるだろう。

ふとそんなことを思い、ロエは好奇心に駆られてダンの背中にそっと念じてみた。

………振り返って……くれませんか…?

「あぁ、そういえばロエ」

次の瞬間、ダンが足を止め、まるで応えるかのようにこちらを振り返った!
まさか本当に振り向くとは思っていなかったロエは、仰天して声を上げる。

「きゃっ、あ、危ない!!!」

渾身の力を込めて素っ頓狂な声で叫んだ途端、周囲の景色が一瞬で弾け飛んだ。

―――気がつくと、ロエは深い森林の中にいた。
丁度モンスターの虎を蹴り飛ばした瞬間である。

何が起きたのかさっぱり分からなかったが、近くから関心したようなダンの声が聞こえた。

「驚いたな……モンクの素質もあるんじゃないか?」

戦闘態勢のダンを見て、もう一度虎を見やると、虎は酷い有様だった。
まるで乱撃でも食らったような無残な姿で横たわっている。

「おい、まだ気ぃ抜くんじゃねぇぞ」

呆然としていたロエに、ダンが鋭く忠告する。
改めて周囲を見回すと、無数の虎やオークが二人を取り囲んでいた。

―――あぁ、そうか。私達、修行を兼ねた狩りに来ていたんだ。

ようやく納得し、ロエは気を引き締める。

「はい!」

張りのある声で返事をし、身構えた。


突っ込みを入れる者は誰もいない。
なぜなら、これはロエが見ている夢なのだから。



   *   *   *



「キャーーーーーーーー!!」

砂まみれの地面を盛大に転がり、勢いのまま闘技場の囲いにぶち当たった。
何を食らったのかも分からず、回る視界にトミーは瞬きを繰り返す。

重たい身体を懸命に持ち上げて立ち上がると、観客の歓声が全身に響いた。
「何やってんの!R1押せっつってんでしょーー!?」
視界の端で、観客席のリオが相変わらず喚いている。

トミーは砂だらけの顔を腕で乱暴に拭い、自分を吹っ飛ばした相手に視線を向けた。
闘技場の中央には、数十匹の巨大はカブトムシが一斉にトミーを睨みつけている。

「……くっ……これに勝てば、マンゴラドラの花粉症を治す薬が手に入るのに……!」
切羽詰った言葉を漏らし、トミーは焦燥を滲ませて歯を食いしばった。


――――その時。


「諦めちゃ駄目だ!」

高らかな声と共に、一人の男がトミーの斜め前方に降り立った。
金髪を揺らめかせ、まるで風を身にまとったようにふわりと降り立った男は、にこりと爽やかな笑みを浮かべる。

「ローディさん!」
「やぁ、待たせたね!」
「もしかして……みんなも?」

驚きと戸惑いを入り混ぜた表情で問うトミーに、ローディは頷き、歩み寄る。
そっと肩に手を置き、優しく言った。

「一人で何とかしようなんて……水臭いな。さぁ、行こう!」
「ま、待ってください!」

煌めきながらカブトムシに向き直ろうとするローディを、トミーが慌てて呼び止める。
疑問符を浮かべて振り返るローディ。
トミーは苦悩を滲ませながら観客席にいるリオを見やった。

―――どうしよう、リオさんに正体がバレてしまう……。

楽しい思い出と、背負った使命。
二つの思いがトミーの中で激しく交錯していた。



「………ごめんね……リオさん…」

俯きながら呟いたトミーは、意を決して顔を上げる。
その瞳に決意を宿した彼女を、ローディはとても優しい笑みで迎えた。

「行きましょう」
「よし。――――みんな、変身だ!!」

ちゃららちゃちゃちゃっちゃららちゃっちゃっちゃー♪

どこからともなく、軽快で勇ましい音楽が流れ出す!
ローディの号令を合図に、トミーは力強く地面を蹴った。

その瞬間、彼女と同時に数名の影が有り得ないほど高く舞い上がる!
太陽を背にした人影は眩い光に重なり、空中で凄まじいアクロバットを披露。
そして―――カブトムシに対峙するように、一列に並んで着地した!!



「黄昏レッド!」

「清純ブルー!」

「哀愁イエロー!」

「ときめきピンク!」



トミー、ロエ、パリス、ローディの順番で。



もう一度言う。



トミー、ロエ、パリス、ローディの順番で高らかに名乗りをあげた。


「よし、行くぞ!」
「「「ラジャ!!」」」

掛け声と共に、彼らは一丸となって地面を蹴り、カブトムシの群れへと突き進んだ。



突っ込みを入れる者は誰もいない。
なぜなら、これはトミーが見ている夢なのだから!



     *   *   *



「はぁっ!」

掛け声と共に、ロエは何匹目かも分からない虎を斬り伏せた。
続けざまにダンへ襲い掛かろうとしたオークの前へ回り込み、一薙ぎで倒す。

不思議な程、ロエには虎やオークの動きが手に取るように分かった。

「さすがだな、ロエ。お前がいると本当に助かる」
背後で別のモンスターを相手にしながら、ダンが快活に声をかけてくる。

「いいえ!私だって、いつも護ってもらうばかりじゃ申し訳ありませんからっ」
「はっ、そうか。いつも感謝してるぞ」
「い、いえ、そんな……」

驚くほど体が軽い。
今なら何でもできる―――そんな気がさえする。

ロエはダンと背中を預け合いながら、夢にも思わなかったこの戦いを、なおも続けていくのだった。


突っ込みを入れる者は誰もいない。
なぜなら、これは(以下略)



   *   *   *



「ッパァァァァァァァァァァァァ!!!」
トミーは高速回転しながら宙を舞い、頭から地面に墜落した。

頭を抱えて激痛に耐えていると、各自負傷していた仲間達が駆け寄ってくる。

「大丈夫かい、レッド!?」
「くそ……こいつは強敵だな」

埃一つついていない顔でローディが睨む先には、巨大な木―――の着ぐるみを着たヒュームがいた。
スキンヘッドの男の顔だけ出ているその木の怪物の枝には、無数のタルタルが実っており、地面に落ちた彼らが列をなしてこちらへと行進してくる。

『マジっすか?マジっすか?マジっすか?』

機械的に連呼しながら向かってくるタルタル達。
その両手にはオレンジが握られており、奴らは目掛けてオレンジの汁を飛ばしてくるのだった。

「……このままじゃ、ヴァナ・ディールが…」

トミーを支え起こしているロエが、怪物を見上げながら震える声で呟く。
「彼がいなきゃ、必殺技は完成しないのにねぇ」
充血した目で忙しなく瞬きをしながら、パリスが言った。



―――その時。



じゃんじゃらららじゃららん……


どこからとも無く、ギターの音色が聞こえてきた。
大暴れしていた怪物が音に気が付いて動きを止めると、ギターに混じって口笛も聞こえてくる。

「―――あ、あそこ!!」

ほぼ大破した観客席から、リオが身を乗り出して特別席の上を指差した。
そこには、日の光を背に受けた一人の男のシルエット。



「……おいおい……俺のことを忘れてもらっちゃ困るぜ……」



「「「「薄情ブラック!!!」」」」




突っ込みを入れる者は(以下略)



こうして、乙女達の夢見る夜は更けていくのだった。



   *   *   *



朝。
ダンは夜通し行っていた合成作業をようやく終え、産物を片付けてから、ぼんやりとした頭をカリカリと掻いた。
ぐぐっと伸びをして、片手で首の後ろを擦りながら片付いた部屋を眺める。


……少し寝とくか……。


そう思い、のそのそとベッドに向かって歩き出したその時―――
不意に、ドアが激しく連打された。

ドンドンドンドンドンッ!

「ダーーーーーーーーン!!!」


限りなく泣き声に近いその悲鳴を聞いて、ダンは動きを止めた。
寝ようと決めた途端に訪れた睡魔のせいで、頭はかなりぼんやりしていた。
しかし、その声の切迫具合からして、ただ事ではない。

ダンは面倒臭そうに頭を掻きながら、ドアの方へ向かう。
やたらしつこく叩いてくる訪問者に少し苛立ちつつ、ドアを開けた。



「………お前な、少しは人の目を気にしろよ」


そこに立っていたのは、パジャマ姿のまま、今にも泣きそうな顔をしたヒュームの娘だった。
頭には芸術的とも言える寝癖が付いており、足元は素足。

「ダダダダンーーー!あじゃおきちゅらえさんないへやめちゃぁぁ~!!!」
「悪いが、何を言ってるのかまったく分からん」

パニック状態に陥っている半泣きのトミーを前に、ダンはうんざりしたように肩を落とす。
「……まぁ、とりあえず入れ」
そう言って部屋に戻ろうとしたが、トミーが腕にすがり付いてきた。

「あのね!大変なの!来て!!」

言うが早いか、返事も待たずに彼女はダンの腕を引っ張り、部屋の外へと連れ出していく。
何が何だか分からないまま、ダンは素足でぺったらぺったら歩くトミーに引きずられ、割と近所にあるロエのレンタルハウスへと到着した。

「入って!」

背中を押されて部屋に入ったダンは、思わず顔をしかめた。

部屋の中は―――もはや、惨状だった。
一体何をすればこうなるのかと思うほど滅茶苦茶になっている。
立っている家具が一つもないのでは、と思えるほどの散らかりようだった。

「…………なんだこれは?」

「ね!?あのね!朝起きたらこんなになっててね!私はなぜかキッチンでお鍋かぶっててね!どこにもロエさんいなくてね!だからダン、ねぇどうしよう!!」
ダンは、訴え続けるトミーの声を聞き流しながら、倒れた花瓶やゴミ箱、家具の山を呆然と見渡す。


「ご主人様なら~大丈夫ク~ポ~」

突然、二人の背後から声が聞こえた。
振り返ると、いつの間にか現れていたモーグリが、開けっ放しだったドアを静かに閉めていた。

「お前……ここのモーグリか」
「モグさん!モグさん大変!」
「別に大変じゃないク~ポ~」

わきゃわきゃと騒ぐトミーに、モーグリは実にゆったりとした調子で応じる。
うるさくて邪魔なので、ダンはトミーの首根っこを掴んで自分の横まで引っ張り戻した。

「これはどういう状況なんだ?」
「これは~、モーグリが~ちょっと失敗しただけク~ポ~」
「失敗?」

「ロエさんは?ロエさんは何処行っちゃたの!?」
「ご主人様は~~」

「……ったく、イライラすんな。もうちょいシャキッと喋れねぇのか」
「ご主人様~は~~」
「だから、何処だっつーの」

隣りでバタバタするトミーにも、締まりの無いモーグリの口調にも、ダンは苛立ち気味に問い詰める。
するとモーグリはぽつりと、こう答えた。

「後ろに」

ダンとトミーは眉をひそめながら、同時に後ろを振り返る。


そこには、真っ赤な顔をして、俯いたロエが立っていた。

「ロエさん!何処行ってたんですか!?心配しちゃいましたよぉぉ!」
「あ、あの……すみません。ご心配お掛けしてしまって」

飛び付いてくるトミーと、その寝癖に驚きながらも、ロエは必死の表情で謝る。

「ロエさん、どうしたんですか?これは一体……」
「な、何でもないんです!気にしないでくださいっ」

ダンの顔をまともに見ることもできず、早口で捲し立てるロエ。
それを見たダンは眉をひそめた。

……何でもないわけないだろう。

そう思いながらも、只ならぬ様子のロエに、追及の言葉は飲み込んだ。

「本当に……何でもないんです!あの、私、部屋の片付けもしないといけないので……すみません、今のところは……」

二人に帰宅を懇願するロエの様子に、ダンとトミーは益々疑問符を浮かべる。

「後で必ずご挨拶に行きますから……!」
「……ロエさん~?」

もう顔すら上げられなくなっているロエに、心配そうにトミーが声を掛ける。
が、ダンが『行くぞ』と一言言ってトミーの腕を掴むと、そのまま引っ張った。

とにかく今は引いた方が良さそうだ。

そう判断したようだ。
混乱した様子のトミーがダンに連れて行かれるのを見送りながら、ドアが閉まる。

ロエは、ただその場に立ち尽くした。



「……ありがとうございました」
しばらくしてから、ロエはモーグリを振り返り、がっくりと肩を落として心から礼を言った。


真相はこうだ。

激しいアクション系の夢を見ていたロエは、寝ている間に隣りのトミーをベッドから蹴落とし、自らもベッドから踊り出て部屋中を転がり回った。

元気良く暴れ回った末、ベッドの下にはまり込み、身動きが取れなくなったロエ。
朝、トミーが自分を探して騒いでいる声で目が覚め、トミーが部屋を出て行った隙に脱出と試みた。

だが、脱出する前に、トミーがダンを連れて戻ってきてしまったのだ。

彼らの目の前でベッドの下から這い出る勇気もなく、途方に暮れていたその時、機転を利かせたモーグリが彼らの注意を引きつけてくれた。

その隙に、ロエは何とかこっそりベッドの下から這い出ることができたのだった。


「モーグリは、トミさんを非難させることしかできなかったク~ポ~」

小さな羽をパタパタと動かしながら、モーグリがロエの傍に寄ってくる。
そして、ずっと頭を伏せたままのご主人に首を傾げる。

ロエの耳が真っ赤に染まっているのに気がついたモーグリが、明るく言った。
「何とかこの場は誤魔化せたんじゃないク~ポ~?大丈夫ク~ポ~。誰も、ご主人様の寝相のせいだとは思わないク~ポ~」

そこまで言ったところで―――ロエは、ぱっと両手で顔を覆った。

モーグリはぎょっとするが、その耳にかすかな声が届く。



「………られちゃいました……」


「ク~ポ~……?」
よく聞き取れなかったモーグリが顔を覗き込むと、ロエは真っ赤な頬を押さえ、死ぬほど恥ずかしそうに俯いていた。



「……ダンさんに……寝巻き姿、見られちゃいました……」



<END>

あとがき

これは酷い。
こんなの表に掲載していたのか?
あほ空間じゃなくて??
馬鹿過ぎるでしょ。