これが、ジュノ!!
嫌な予感がしたんだ。
もう、朝目が覚めた瞬間に。
さっきまで朝の涼しい空気が流れていたジュノの街は、今はもう冒険者の呼び掛けやら何やらで賑わい腐っている。
ここには冒険の話が溢れているし、流通が盛んで俺はこの国が、街が気に入っていた。サンドリアの堅苦しさも、パストゥークの陰気な空気も、ウィンダスの田舎臭さもない。
三国の中に田舎がない俺としては、やはりジュノが一番だ。
そんなジュノの街の中を、俺はリンクシェルの仲間達と歩いていた。
あいつが体調崩しやがったから数日遅れたが、約束通りジュノをご案内ってわけだ。
まぁそんな約束をしたのはパリスの野郎だから、正直、俺には関係ない。
だがあいつがピーピーうるさくって敵わんので、仕方なく同行することになった。
俺としても、別に構わなかった。
たまには皆で集まってのんびりするのもいいんじゃねぇの?
しかし、実際のんびりなんてしていられなかった。
あいつに嫌なオプションがついてきたからだ。
「まーまーまー、落ち着きましょうとりあえず♪」
パリスの奴が額に汗してヘラヘラとそんなことを言う。
その時俺は、ものすごい剣幕で俺の顔を覗き込んでくるミスラの女を、こっちもまた最高に切れ味のある目付きで睨み返していた。
「一体、どーいうつもりなのよ!ドン!!!」
「誰だ」
「リオさんドンじゃないです、ダンです」
「うるさいわねあんたは黙ってなさいよ!!」
自分が腕を引っ掴んで捕獲しているトミーを振り返って、目の前のミスラ女は金切り声で吠える。
俺は耳に響くこのミスラの声にうんざりして思わず溜め息をついた。
「うるせぇのはお前だろが。ったく、何度もそいつ連れてどっか逃げようとしやがって……。
俺達といたくないんだったら一人で帰れ」
言ってやると、ギンと一層睨みを強めたミスラが歯軋りする。
「ぁあんたってホントうざい男ね!どうしようと私の勝手でしょ!!」
「ジュノってとっても綺麗なとこですねぇ、感動しましたよー。
案内してもらえてホントに嬉しいですっ」
「え?いやぁいいんだよトミーちゃんでもほら僕らへのお礼は良いからそこの二人を何て言うかそのね?」
思い切り渦中にいるのも関わらず呑気なことを言っているトミーに、パリスがこちらを指差して見せる。
ほらほら気付いてと言いたげな様子だが、トミーはぽけーっと口を開けてにこにこと笑みを返している。
んなこと言ったってそいつには無駄だと思うんだが。
そこで、意外にも何かピンと来たのか、トミーが閃きの表情をした。
「…あ!ね!?なーんかこの二人相性いいのかな?仲良しで結構っ、くふふ♪」
ほらな。
並んでいるロエさんとパリスの顔に『くふふ♪じゃねーよ』と書いてある。
口調は知らんがそんなようなことを思っているのは間違いない。
「あ、あのすみません」
パリスの横で少し困った顔をしていたロエさんが遠慮がちに切り出す。
俺はもう目の前のミスラを相手にする気はないので、ついっと彼女を見下ろした。
「私ちょっと用事があるので、そろそろ行かないといけないんです…」
言いにくそうに上目遣いになるロエさんを見下ろして、パリスが『あらら』と眉を開いた。
「え、そうなんですか?ごめんなさい!忙しいのに案内してもらっちゃって!」
リオに掴まれていた腕を無意識に振り払ってロエさんの前に立つトミー。
……おいおいトミー、この女今すっごい顔したぞ。
『いいえ良いんですよ』と控えめに笑うロエさんは、トミーに謝り返していた。
「本当にすみません。楽しかったです」
「私も楽しかったです!ありがとう~ロエさん」
自分の膝上くらいまでしか身長がないロエさんに微笑むと、トミーは頭を下げた。
ロエさんの方も丁寧に頭を下げて、『それじゃ』と小さく手を振る。
二人に向けて手を振ってから、彼女はチラリと俺を見た。
目が合ったら何故か一瞬目を逸らされたが、最終的には笑顔で手を振られた。
すぐに踵を返して街の雑踏に紛れていってしまったので、俺は『あぁ』としか言えなかった。
……俺は彼女に何かしたのか?
少し考えると、先日のあいつの迷子騒動で、俺は大分彼女に迷惑をかけたことが思い当たる。
彼女を泣かせた……ような気がする。いや、泣かせた。
あの件に関しての礼もちゃんと言ってないし、少し話をした方が良いか…。
俺は何とも苦手な心持になり、ふーと息をついて無意識に片手で自分の髪を混ぜた。
「そんじゃあ、あたし達も帰るわよー」
――――と、俺が考えている内にあの女がそんなことを言い出した。
顔を上げるとミスラの手がトミーの腕を引っ掴んでいる。
「えぇ~、もうちょっとみんなとお話したいですよぉぉ~」
トミーが口を尖らせてミスラ女に珍しく抵抗した。
ざまぁみやがれ。
さっきから全力で俺に突っ掛かり続けてきたあの女は、すでに相当ご立腹のようだ。
全身の毛を逆立てて歯噛みする。
「あっそ!良いわよもう分かったわよ!あたし一人で帰るから!!」
肩を怒らせて力一杯そう叫ぶと、一度思い切りトミーを睨み付けてからミスラ女は歩き出す。
奴の怒声に身を縮めていたトミーが『あ』と軽く後を追うが、ヒステリー女はずんずんと人込みを押し退けて去っていってしまった。
頭を掻きながら彼女を見送って『おやおや』とつぶやくパリス。
トミーの横顔には少し後悔の色が見えた。
「……怒らせちゃった……かな?」
すごく悩んでいるような顔付きで、そっとこちらを振り返って呟くトミー。
あんな猫のことまで気遣うトミーに俺は半眼になった。
「あいつが怒ってない時ってあんのか?」
「…………あんまないかも」
真剣な表情でいうトミーを見てパリスが『ははは』と弱々しく笑った。
キャンキャンうるさい女がいなくなって、辺りは街の賑わいだけになった。
「たくさん歩き回ったし、何か疲れちゃったね。どこか入ってゆっくりしようよ」
溜め息を一つついてからパリスがそう提案した。
『どこか入って』と言いつつも奴の目は近くの酒場を捕らえて離さない。
まぁ、移動するのも面倒だし、正直なところこの際どうでも良い。
「あ、はーい賛成です!ゆっくりしましょうー」
「あっはっは、よしよし、んじゃあ行きますかぁ♪」
ガキみたいに両手を上げて喜んでいるトミーの頭をパリスが撫でる。
俺はもう半ばくたびれているのに、まったく元気な奴らだ。
横目に俺を見てにこりと笑うパリスに不信感を抱きながらも、歩き出す二人の後ろに黙って続いた。
太陽が輝く外から店の中に入ると、酒場の中がやたらと暗く感じた。
まだ昼前の時間だ、さすがに客は少ない。
いつもは賑わいで聞こえ難い吟遊詩人の歌声が、入り口付近でも十分聞こえた。
「――――あっ」
段々暗さに目が慣れてきた頃、店内を見回していたトミーが声を漏らした。
俺とパリスが同時に見下ろすと、『ちょっと』と言って店の奥へ駆け出す。
どうやら知り合いの姿を見つけたようだ。
トミーが向かった先にあるテーブルで、ちっこいタルタルが手を振っていた。
「んあぁ!?トミー姉ちゃんじゃないすか!!」
やたらでかいタルタルの素っ頓狂な声がここまで聞こえた。
「チョモ君だぁー久し振りー!皆さんお揃いでお話ですか?」
タルタルとガルカとヒュームの男三人が座ったテーブルで、トミーは楽しげに話を始めた。
「あらま、お友達みたいだね」
軽い調子で言うパリスが『せっかく…』と呟いたのを聞き逃さず、俺は奴を見上げた。
パリスは俺を見下ろすと『ねぇ?』と至極楽しそうに笑う。
何が『ねぇ?』なのか俺にはまったく理解できんのだが。
「うーん……。あぁ、もう時間がないしなぁ。ごめん、僕もそろそろ失礼するよ」
「あ?」
「今日の午後には帰るって約束してあるんだよねぇ~」
ぽりぽりと頭を掻きながらヘラヘラ笑いやがる。
俺はすぐに奴の事情を察した。
「ああ、サンドリアへか」
「うん♪悪いね」
と言う事は、こいつは端から俺達二人を店に放り込んで自分はさっさと帰るつもりだったんだな。
まったく、くだらないことばっかり考える奴だ。
…しかも帰る理由が理由だ。
俺は呆れ顔で、ヘラヘラしてやがるのっぽのエルヴァーンを見つめた。
「………お前な、少しは世間ってもんを気にしろよ?」
「ハイ?」
「色々噂になってるっつってんだ」
タルタルと何やら談笑しているトミーを眺めながら言うと、パリスも同じところに視線を馳せた。
俺が言っていることを理解したように『あぁ』と声を漏らす。
「……なぁに?心配してくれてるの??」
「ぬかせ。俺はただ他所の奴がお前のことであれこれうるせぇのが耳障りなだけだ」
だからそのムカツク顔をやめろ。
気色悪いほど見事な笑みを浮かべたパリスの顔を極力見ないようにして俺は言った。
パリスは満足そうに笑うと『まぁご心配なさらず~♪』と俺の肩を叩いた。
「トミーちゃ~ん、悪いけど僕ももう帰るね~!」
店の奥でタルタル達と話しているトミーに、パリスが口に手を添えて呼び掛けた。
トミーはぴくんと背筋を伸ばすと慌ててこちらを振り返る。
あいつの後ろでハゲヒュームが『げっ』とか言ったのが微かに聞こえたような……気のせいか?
「あ、ごめんなさいパリスさん!今日は案内ありがとうございましたー!!」
店の扉に向かって歩き出すパリスに大きく手を振りながらトミー。
あいつの後ろでタルタルが『マジっすか!?』と言ったのは……多分気のせいじゃない。
パリスは肩越しに手を振ると鼻歌交じりに酒場を出て行った。
扉が閉まったのを見て、俺は肩を上下させて大きな溜め息をついた。
「マジっすか!?マジっすか!?」
………さっきからうるせぇなぁあのタルタルは……。
俺は横目でトミーがいるテーブルの方を見ると、何だか気は進まなかったがそちらに足を向けた。
そもそも、あいつにジュノにいるような知り合いがいたとは意外だ。
多分、野良パーティでオトモダチにでもなったんだろう。
基本的に俺は他人には無関心だが、何故だか少し興味を持って、トミーの元に向かう。
テーブルに座っている面々を見ると、タルタルが目を真ん丸にして俺の顔を凝視していた。
「こっ、こんにちはダンさん!前はお世話になりました!!」
あ?誰だお前。
ものすごい気迫で挨拶を叫ぶタルタルを見下ろして、俺は眉を寄せた。
以前野良で組んだことでもあるのだろうか。
……野良パーティで組んだ奴の顔なんて一々覚えてねぇ。
「ふん、真っ昼間から女連れたぁ良いご身分じゃねぇか。俺への当てつけかこの野郎」
テーブルに座っているハゲヒュームまで俺に個人的な会話を投げ掛けてきた。
何なんだこいつら……とハゲヒュームに目を向けると、そういえば聞き覚えのある声だと気が付いた。
そいつの挑戦的な顔をまじまじと見つめると………昔に見たことがある……。
「………なんだお前、アズマじゃねぇか」
「今!?オメェ今この瞬間に思い出しただろ!?」
スキンヘッドに青筋を立てたアズマは、テーブルをばんと叩いて叫んだ。
こいつは確か……ガキん時に近所に住んでた五人兄弟の末っ子野郎だ。
男五人兄弟で、そういえばこいつの兄貴と色々あったなぁなんて思い出してみる。
「その人をナメたような態度は昔っから変わらねぇなオメェは!」
「ああ、そうだな。それよりなんだその頭は、とうとうグレちゃったのか?」
「テメッ……ふざけやがって!!
この頭にゃ『イメチェン』ってハイカラな言葉が当て嵌まんだよ!!!」
「な~んだ、アズマさんとダンってお友達だったんだねぇ」
俺とアズマの顔を見比べていたトミーが嬉しそうにそんなことを言う。
俺達はお友達なんて言う可愛い間柄じゃねぇんだが。
っていうか、お前なんで寄りによってこのハゲと?
何故こんな益のない輩と関わりを持ったのかと、俺は遠慮せずに表情に出した。
まぁ、トミーは全くそんなことには気付いていない様子だったけれども。
「な、見やがれやっぱりこいつらアレなのよぉ」
歓迎できない関わりの経緯を、俺はにこにこしてるトミーに尋ねてみようと思ったが、アズマがタルタルに向かってそんなことを言った。
タルタルの目が零れ落ちそうなくらい見開かれる。
「ちょちょちょちょ!えっマジっすか!?トミー姉ちゃんマジっすか!?」
「へ?何がっすか?」
「嘘嘘!違うっすよね!?」
問いかけに対して目をしばたかせているトミーに、更に問いかけを被せるタルタル。
するとアズマが鼻で笑って手をヒラヒラさせた。
「諦めろバーロー、一目瞭然じゃねぇかよ。お嬢ちゃんはやっぱりこいつの」
「女じゃないっすよ!!!トミー姉ちゃんはそんなんじゃないっす!!」
「し、失礼な!私は女ですよ!」
「ギャーーーートミー姉ちゃんの口からそんな言葉がぁぁぁ!!!」
なんかめんどくせぇのが始まったなと、俺は眉間を指で押さえた。
テーブルに頬杖をついたアズマが、喧しく騒ぎ出すタルタルをジト目で見る。
「っつかオメェ、お嬢ちゃんは<憧れ>とか言ってなかったか?」
「うそ嘘ウソUSO!!トミー姉ちゃんそんなの鷽っすよね!?」
「だああああ俺の頭に登るんじゃねぇ!!」
「え、え!?嘘じゃないよホントだよぉ!」
「そんなぁぁぁボクはっ、ボクはぁぁぁぁ!!」
「ダンーーーーーもう私分かんないぃぃぃぃ!!」
………あーもー…うるせぇなぁ……。
超早口で喚きまくるタルタルは、アズマの頭によじ登ってそのスキンヘッドを連打する。
その頃になって俺は、ギャーギャーと3人が叫びまくっている同じテーブルで、一人微動だにしないガルカのことが少し気になった。
ひょっとして寝てるのか?……と思ったが、彼は真顔で3人の様子をじっと見つめていた。
すごく話し掛けてみたい衝動に駆られたが……。
―――――俺の動物的勘みたいなもんが、何かを察知した。
何となく店内を見回して、それからじっと店の扉を見つめる。
そこで俺は今朝感じた嫌な予感を思い出した。
あの嫌な予感の原因は、ミスラ女じゃなかったようだ。
途端にとんでもない疲労感がずんと体にのしかかった。
「おい。……なぁ、おいっ」
まだギャーギャー騒いでいるトミーの後頭部を小突いて呼ぶ。
見るとアズマとタルタル――さっきトミーはチョモとか呼んでたか?――は二人でバタバタと格闘していた。
「ななな、なぁに?」
「お前しばらくこのテーブルに交ぜてもらってろ」
『へ?』という間抜けな声を漏らしてきょとんとするトミー。
「ダンは?」
「俺のことは気にするな、何が起きても気にするな」
何度もそう釘を刺すと、『何でも好きなもん頼んで楽しくやってろ』と言い残して、俺は店の真ん中あたりにあるテーブルに向かう。
疑問符を浮かべて不安そうな顔をしているトミーをそのまま放置して椅子に座った。
アズマの野郎がトミーに何か言って、自分達のテーブルにあいつを座らせるのが見える。
何を言ったのかは分からないが、多分ムカツクことだ。
まぁいい、今はあいつに構ってる暇はねぇ……。
俺のところに一人の店員がやって来た。
酒を飲む気は毛頭ないので適当にジュースを注文した。
ちらりと横目で見ると、トミーはアズマ達のテーブルについてこちらをじっと見つめている。
というか、あのテーブルの連中全員が俺を凝視している。
………………うぜぇ。
―――と、店員がアップルジュースを俺のところに持ってきた。
俺はテーブルに置かれたそのジュースには手を出さず、ただじっと、腕組みをしていた。
あーあぁ、なんで俺こんなことしてんだ?
絶対無駄だと思うんだ、いや本当に。
あいつら馬鹿だしな。
不意に酒場の扉が開いた。
俺ではなく、トミー達が過剰に反応して扉に顔を向ける。
が、入ってきたのは一人のタルタルで、大きく扉を開けて入ると軽い足取りでカウンターへ向かった。
ありゃあただの客だ、馬鹿。
あいつら何を期待してるんだか知らないが、これから来るのはあんな可愛いもんじゃねぇぞ。
視界の端でヒソヒソと何やら盛り上がっているトミー達に、俺は深い溜め息をついた。
「ダンは俺様と組みたくなる。ダンは俺様と組みたくなる。ダンは俺様と組みたくなる……」
来やがった。
ぼそぼそと聞こえ始めた囁きに、俺はさらにどっしりとした疲労感を覚えた。
「ダンは俺様と組みたくなる。ダンは俺様と組みたくなる。
ダンは俺様と組みたくなる……」
「そういうことは寝てる奴にやれ」
暗示を試みている見えない変態に冷たい言葉を放った。
そう、俺の近くには誰の姿もない。
「きっひっひ、なんだバレたか」
「バレるとかそういう問題じゃねぇだろそれは」
「きひひひひ」
相変わらずの気色悪い笑い声を発しながら、突然テーブルの横に奴が姿を現した。
さらっとした金髪、スカイブルーの瞳、ほんのり紅い唇。
そんな美しき変態がお馴染みの白魔道士アーティファクトに身を包み、誰もいなかった空間に一瞬で出現した。
「はーい日刊ラブレター最新号でーす」
「いらねぇよ」
片手に持った手紙を優雅に差し出してくる変態を睨みつけた。
「ったくとことん趣味の悪い野郎だな、何してんだお前は」
「きっひっひ、最近インビジにハマッてるのだ☆」
「そのインビジの使い方が悪趣味だっつってんだよ」
モンスターから姿を隠す魔法を使い、こっそり店内に入ってきた変態は嬉しそうに笑った。
多分、さっきのタルタルと一緒に入って来やがったんだ。
変態は何食わぬ顔で俺と同じテーブルに腰掛け、注文を取りにやって来た店員に『極マレなやつを』と注文した。
「ここ数日一体何やってたんだよぉダン、寂しかったんだぞぃ?
寂しいとウサギさんは死んじゃうんだぞぃ?」
「そうか、大変だな」
あーヤベェよこいつやっぱりヤベェ。
俺は頬杖をついて明後日の方向を眺め、適当に言葉を返しながらそう思った。
こんなのにあいつのことを知られたくねぇなとは思うんだが、もうこの状況じゃ無理だろ。
「あっ!?おい、あれってローディさんじゃねぇかよ馬鹿野郎!!」
「痛っ。ってえぇ!?マジっすか!?うっはあれがローディさんすかマジっすか!?
でもなんでボク今叩かれたんすか!?」
「…ふわぁ…綺麗な人。ナニナニ、あの人誰なんですか?」
「お嬢ちゃん知らないのかい?あの方ぁ超大物冒険者だぜ」
「そぉなんですか?ダンってそんなすごい人とお知り合いだったのか……」
「み、わっ、見てくださいよあの微笑!!まるで王子様っすよ!!」
「うあ、ホントだぁ~」
「同じ種族とは思えないぜ……」
この時トミー達がこんな会話をしていたなんて、俺は知らない。
「結局あの件はどうなったのじゃ?ジャグナーでの女狩りは」
髪をかき上げてそう言うと、変態は俺の顔を覗き込んできた。
特に表情がないこいつの面は、妙~に煌めいていて気色が悪い。
俺は極力奴の顔から視線を逸らして、『ああ、解決した』とだけ簡単に答えた。
美形の無駄遣いも甚だしい変態はぴくりと動きを止め、片手で目元を覆った。
「なーんだーよ、解決したのか。あの時のダンは面白かったぞ、もう一度見たいのぅ」
にやにやとムカツク笑みを浮かべた変態はそんなことをほざく。
もう一度だと?
二度とあってたまるか。
あんな疲れることはもう懲り懲りだ。
俺はそんなことを考えて深い深い溜め息をついた。
変態はどういうわけか残念そうに頬杖をつくと、小さく溜め息をつく。
『ふ~ん…。なんだ』と退屈だと言う顔をして、あっけらかんと言う。
「一応、ダンが言ってた特徴が当て嵌まる女は捕獲したんだけどのぅ」
「……………何だと?」
思わず視線を上げて変態を見た。
変態はぼんやりと遠くの方を見つめてつまらなそうに説明する。
「ダン、女の名前は教えてくれなかったからなぁ、テキトーに捕獲したのよ。
でも段々面倒になってやめちっち。俺様も暇じゃないからな。
解放した時の彼女らの目!あれは俺様に惚れてたなぁ確実に☆きひひひひ!」
俺は、全世界の平和のためにこいつを殺しておくべきなんじゃないかと思った。
待て、待て待て、それは何か?その行為の責任は俺にあるってのか??
っていうかお前何なんだよ、ただの変態に留まらず半分犯罪に足突っ込んでんじゃねぇかよ。
こめかみあたりがじんじん痛んで、俺は指でこめかみを押さえた。
「畜生ダンの野郎!ローディさんあんなに楽しそうじゃねぇかバーロー!!」
「やっぱり次元が違うんすよ、彼らとボクらじゃあ」
「ん~…でもあんまり、ダンは楽しそうじゃなさそうな気が……」
「それが奴の贅沢なところなんでぇお嬢ちゃん!」
あっちのテーブルであいつらがこんなことを言っていたのを、俺は知らない。
ああ、もう何でも良いからこいつ帰んねぇかな。
俺はまた一つ溜め息をついて、アップルジュースを一口飲んだ。
するとそこで店員が変態に注文された飲み物を持ってくる。
グラスに注がれている液体は透明で、一見水にしか見えない。
が、奴の手元にあるとものすごくヤバイものに見えて仕方がない。
「……時に、ダン」
俺がグラスを凝視していると、変態がそう切り出した。
視線を上げると変態は頬杖をついたままにやりと笑っている。
「一体何を企んでるのかね?」
いきなり意味不明なことを尋ねられ、俺は『あ?』と眉を寄せる。
「この店の中にお前の仲間がいるだろう。分かってるぞ」
この瞬間、俺は『ほれみろ』と思った。
やっぱり無駄だったんだよ、何もかもな。
「変なことは考えない方が身のためぞ?この店の中にはうちの人間が5人いる」
俺は奴が話している言語が理解できず、とりあえず頬杖の手をずらして頭を支えた。
『きひひ』とか笑いやがる目の前の変態を上目遣いに睨んで、深い深い溜め息をつく。
もう諦めるか……。
俺はゆっくりとテーブルを立ち上がると、激しくこちらを凝視している馬鹿どもに目を向けた。
「おい、ちょっと来い。……いやお前らはいらねぇ」
トミーを見て言ったんだが、他の野郎どもが元気良く椅子を蹴って立ち上がった。
それに驚きつつも、トミーは自分を指差しておずおずとこちらにやって来る。
無口のガルカ一人を残してなぜか野郎二人もついてきた。
だからいらねぇっつーの。
「な、なぁに?」
トミーはチラチラと変態のことを気にしながら緊張した面持ちで俺を見上げる。
変態の野郎は満足げな笑みを面に貼り付けてゆっくりと立ち上がった。
明らかに俺の言葉を待っている変態に俺は背を向け、内心うんざりしつつ突っ立っているトミーの目を見つめた。
「いいか、これから言うことは全力で聞き流せ」
真顔で言うとトミーは疑問符をいくつも浮かべた。
そんな様子に構うことなく、俺は変態を示し意を決して口を開く。
「奴はローディ。お前が生きる上で一瞬たりとも視界に入れてはならないもので今後見掛けても一切関わるな無視しろいいなよし忘れろ」
紹介にもならない紹介を俺は早口で一気に言った。
トミーは硬直したまま目をしばたかせている。
よし、この顔は何も頭に入ってねぇ顔だ。
俺はそれを確認すると、今度はトミーを示して変態に言った。
「こいつはトミー、俺のリンクシェルの仲間だ」
簡潔明瞭無駄がない。
俺は自分の言葉に関心しながら、今度は達成感の混じった溜め息をついた。
が、見ると変態の目が完璧にトミーにロックされており、顔はにやけているのに目が笑っていないことに気が付いた。
こいつ今絶対、何かヤバイこと考えてやがる。
「……あ、あの、トミーです。ダンがいつもお世話になってます?」
トミーの奴がよく分かってないくせに挨拶なんぞして頭を下げた。
すると変態が一瞬だけ俺に視線を向けてからトミーに向かってニカッと笑う。
…………………ぽっ。
いやいやいや『ぽっ』じゃねぇよ何赤くなってんだよお前はぁぁぁぁ!!!
何故か頬を赤く染めたトミーに目でそう叫ぶと、トミーの後ろにいた二人がものすごい勢いで囁き合った。
「すごっ、すごいっすねマジ何なんすかこのお方は!!」
「ただもんじゃねぇ!俺にゃあ後光が見えるぞ!!」
「うるせぇなテメェらぶっ飛ばすぞ」
鳥肌が立つのを感じながら、俺は殺気のこもった言葉で真剣に奴らを威嚇した。
俺の威嚇にタルタルは硬直したが、アズマの方は少しやせ我慢して平気な風を装っている。
『あ、コラ!』とか言ってトミーが間に入ってきて俺を睨んだが、正直俺は本気だった。
この出会いがどんなにヤバイことなのか分かってないトミーに苛立ちを感じ、俺は舌打ちをして奴らから視線を逸らす……。
―――――と、俺はえらいもんを見てしまった。
変態が、いつもの奇怪さが微塵も見えない無邪気な笑みを浮かべて俺を見ていた。
―――――!!!
―――――今殺っておかないと!!!!
俺は瞬時に自分の両手剣へ手を伸ばすがその瞬間。
「さらバイビー☆」
そう言って変態はくるりと踵を返して店から駆け出て行った。
しまったと思った時には店の扉が閉まり、店内には奴が残した奇妙な煌めきしか残っていない。
追うべきかと思ったが、ここぞとばかりにハゲとチビが乗り出してきた。
「何てこった……残した余韻すら煌めいてらぁ!か、敵わねぇ!!」
「あの人自体が芸術のようっすねっ!」
「ちっくしょう!いつか絶対ローディの旦那とお近付きになってやるぞ俺ぁ!」
「うう、何だかすごく緊張しちゃったなぁ。ジュノってすごい人がいるんですねっ」
「トミー姉ちゃん!…嗚呼…ああああ……あんなお方が相手じゃトミー姉ちゃんを死守できないっす」
お前ら一体何を見てたんだよあいつは変態縦から見ても横から見てもパーフェクトな変態なんだよ!!!
俺は心の中で思わず叫んだ。
好き勝手なことを言いまくる妄想癖な奴らがムカついてしょうがねぇ。
それじゃあお前ら俺と立場代われ、と言いたくなる。
俺は両手剣を握り締めてこめかみあたりのジンジンした痛みに歯を食いしばって耐えた。
「………ん、あれ…?」
―――と、トミーが妙な声を漏らしたので、俺は気だるいながらも視線を上げた。
見るとトミーは店内をキョロキョロと見回して、最後に俺に困惑したような目を向ける。
「いつからいなくなっちゃったんだろ?」
その言葉に眉を寄せて周りを見回すと、あいつが言っていることの意味がすぐに分かった。
ハゲ達も疑問符を浮かべて店内を見回している。
気が付くと、舞台で歌っていた吟遊詩人や疎らにいた他の客の姿も忽然と消えていた。
消えた連中全部が、あいつの仲間だったのか……?
俺は何も理解したくなくなって、帰って寝たいと切実に思った。
するとそこでハゲとチビの二人の様子がおかしいことに気が付く。
二人は冷や汗をかいて緊張した面持ちで硬直していた。
「待てよ、待て、前も確かこの店で……」
「…………ま……まま……まさかこれは……っ」
「……………………幽」
「言うんじゃねぇ!言うんじゃねぇぞ土手カボチャァァァァァ!!!」
「出たぁーーーーーーーーーーー!!(裏声)」
「さっきからうるせぇんだよお前らぁぁぁぁ!!!!!」
やっと口を開いたガルカの言葉を遮って叫ぶ奴らに俺の中で何かがぶちんとはち切れ、俺は二人に向かって思い切り両手剣を振り上げた。
トミーが何やら喚いていたがそんなものは無視して、色々と叫びまくるそいつらを店から追い出した。
そうして3人が出て行った後、俺は奴らと変態一味が注文したもの全ての勘定を請求され、見事に手持ちの金全てが消し飛んだ。
本当、どこまでも最低な一日だ。
帰りにトミーが『ジュノってすごい所なんだね!』と感動していたが、誤解を解くのも面倒なのでそう思わせておくことにした。
あとがき
内容がない割に地獄長い作品となりました。まぁ、なんだ、とりあえず……頑張れ、ダンテス。