戦士の休息

2004/07/08公開



「ッキャーーーーーー!!!」

裏返った悲鳴をあげつつパリスが尻餅をつく――次の瞬間、彼の髪を掠めて両手剣が横切った。
すぐ後ろのテーブルの上のものが一気になぎ倒され、ガシャガシャと破壊音が部屋に響く。

いきなり無言で剣を踊らせたのは、ヒュームの戦士、ダン。
現れた彼に恐れおののき、レンタルハウス内で腰を抜かすパリス。

ダンはごつい剣を肩に担ぎ、パリスを冷ややかに見下ろす。

「まーまーまーまー話そう! 話そうよ!!」

涙目で目の前の鬼人を見上げ、両手をかざすパリス。
声色は軽口だが、顔は引きつり、床の冷たさに身を縮める。
そんなエルヴァーンを見下ろすダンは、ゆっくり首を傾げ、パキッと音を立てた。

「俺は話をしにきたんじゃねぇ。さっきの喧嘩の続きをやりにきたんだ」

「先生!先生がやろうとしてるのは喧嘩じゃなくて、ただの殺しです!!」

必死に抗議するパリス。
ダンの怒りのオーラで空気が熱を帯び、息を吸うたびに胸が押されるようだった。
両者を見比べ、タルタル魔導士のロエは『あの、あの』と最高に動揺している。


「『ジャグナーに三日間いるとカブトムシになる』」


突如、はっきりとダンが言い放つ。
パリスは凍り付く。
ロエは疑問符を浮かべて目を瞬いた。

ダンは食い縛る口から低い声で言葉を絞り出す。

「知らなかったぜ……。じゃあ何か、お前をジャグナーに三日間縛り付けておいたらカブトムシになんのか? あ?」

「ダ、ダンさん落ち着いて」

「そうそう、落ち着きなさいってば! 話せば分かるよ?」

床の上でどんどん身体を小さく縮めていくパリスは、まるで降参した犬のよう。
レンタルハウスの床はこんなにも冷たかったのだなと初めて発見する。

俄然口だけはよく回るパリスに、ビキッとダンのこめかみに筋が入った。

「さんざん偉そうなこと言っといて――元凶はお前じゃねぇか!!」

再び両手剣を振りかぶるダンを見て、パリスは安っぽい悲鳴を何度もあげた。

「キャーーキャーーキャーーーー!」

「やめぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


――とその時、息を切らせたトミーが駆け込んできた。
ダンよりもずいぶん遅れての到着だが――まぁ、道に迷ったのだろう。

バタバタと駆け込んできたヒュームの女戦士 トミーは、自分の胸元を掴んで肩で息をついていた。
パリスの身の危険を察知したものの真っすぐに駆けつけられず、相当慌てた様子。
振り乱した髪が汗ばんだ額に張り付いたままでトミーは言葉を絞り出す。

「もぉ!またそうやって乱暴して!」

しかめっ面で横目に見てくるダンを、トミーは真っ直ぐに見つめ返す。
『怒らない』という約束だったのに、話が違うではないか。
そう言いたげな顔で踏み込むトミー。

「 ダンは……いつも……ッ!」

だが、そこまで言ったところで、彼女はふらりとよろめく。
おっと…と…と見る見る重心を崩し、膝をついてその場にへたり込んでしまった。
驚いたロエは慌てて駆け寄る。

「トミーさん?!」

最初、全力疾走してきたせいで力尽きたのかと思った。
しかし見ている内に、なんだかそれだけではないように思えてくる。
妙に苦しそうなトミーの様子にパリスとダンの二人もはたと動きを止める。

「お……おい」

「大丈夫?」

するーっとダンの横をすり抜けてトミーのもとに向かうパリス。
しれっと窮地を脱したパリスに『てめ……っ』と思わずダンが毒づく。
だが、チッと舌打ちして、ひとまずは剣を収めた。

「だ、大丈夫です。……ちょと、疲れちゃっ……」

弱々しく笑って見せるが、トミーはぜぇぜぇとどこか苦しそうに呼吸していた。
心配したロエがその小さな手をトミーの額に当てる。

「……トミーさん、熱があるんじゃないですか?」

触れた手から伝わってくる体温の高さにロエは目を見張る。
即座に『異常だ』と分かるほど熱かった。

「あら、病気かねぇ」

後ろからのぞき込むパリスが小首を傾げる。
すぐさま、ロエは病気を回復させるウィルナを詠唱した。
癒しの光を降り注ぐ――しかし、トミーの様子に変化は見られず、手応えがない。
パリスも小首を傾げる。

「あれ?効いてないみたいだね」

心配そうにトミーを眺めていたロエは、思いついたようにパリスを振り返った。

「もしかして……モンスターからもらった病気じゃないんじゃないでしょうか」

「あぁ~、それじゃあウィルナじゃ治せないからね」

くたーっと座り込んでいるトミーは、ぼんやりとロエを見つめて『大丈夫でう』を言い続けている。
そんなトミーを見下ろして、ロエとパリスは困ったように小さく微笑んだ。

「とにかく、寝かせないと」

きゅっとトミーの手を握り、心配そうに体を支えてロエが言った。

「ん、そうだね……」

頷いて同意を示すパリス。
一旦考えるような間を置き、顎に手を当ててトミーの様子を眺めた。

やがて、何か結論を出したように手を叩くと、ダンを振り返る。

「――トミーちゃんを部屋へ!!」

わざとらしく強調して言い放った。

ダンは茫然と立ち尽くしてトミーを眺めていた。
パリスからの突然の指令に眉を寄せ、怪訝な眼差しでパリスを見つめ返す。

するとそこで、開けっ放しになっていたドアの外から声が聞こえる。

「――あ?!こんなところにいた!!」

一片の躊躇いもなく、ミスラのモンク、リオがレンタルハウス内に飛び込んできた。
あれから彼女はトミーを探してジュノを徘徊していたのだろうか。
くたびれたように息をつきながらズカズカとトミーに歩み寄る。

「こんなところで何やってんのよ」

周りの仲間達を見事に無視したまま、座り込んでいるトミーの顔をまじまじと観察する。
そして、片方の眉を吊り上げた。

「……って、なんか、様子がヘンね。とにかく、あんたの部屋に戻るわよ!」

リオは早口でそう言うと、問答無用でトミーを背負うとさっさと出て行ってしまった。

その早さたるや、盗賊のごとく手際の良さ。

トミーも、何かを言おうとはしていたが、言う前に攫われていった。
あっという間にトミーを持ち逃げしたミスラを、三人は呆然と見送る。

忘れていたジュノの街のざわめきが、微かに部屋の外から届く。


「……わ、私達も行きましょう!」

そう言って、ロエは泥棒猫の後を追い、慌てて部屋を出て行った。
部屋には立ち尽くした男二人が残される。

パリスは何となくダンを横目で見ると、若干非難するような調子で呟く。

「……あ~ぁ、取られちゃった」

ぼぐっ。

「痛ぁいぃぃ~」

パリスの脇腹に拳を突き刺したダンは、『行くぞ』と言って部屋を出て行った。



   *   *   *



三人がトミーのレンタルハウスに行くと、中は大騒ぎだった。

「あの、リオさん、ちょと苦しいんですけどもぉぉぉ」

「うるさいわね! 大人しくじっと寝てなさいっつってんのよ!!」

トミーの上に乱暴に布団を被せてベッドに押し潰しているリオ。
ぐしゃぐしゃの布団の下でもがいているトミーは、完全に埋もれていて見えない。

ギャーギャーとベッドの上で格闘している二人を眺めて、三人は入り口付近で立ち尽くしていた。

微笑ましいような可哀想なような…という困り顔をしているロエ。
その横で、ダンは完全に半眼になってその光景を眺めた。
順番に二人と目線を合わせて、じゃあ、ここは自分が…と前に出てパリスが口を開く。

「あ~……え~と…………リ」

「なんであんた達まで来んのよっ!? 必要ないから帰って!」

「それじゃあトミーちゃんが潰れ」

「あんたも! 暴れるなって言ってんのになんで暴れるのよ!」

「むーーーむーーーーむーーーーー!!」

『取り付く島もありません』という顔で、パリスは後ろにいる二人を振り返る。

ダンは予想通りのうんざり顔。
さすがのロエも苦笑いしていた。
二人の様子を見てさらに困ったパリスは、小さく唸って頭を掻く。

やがて意を決したように、リオへ歩み寄る。

「――リオさん、ごめーんね♪」

ヘラヘラ~ッと笑いながら謝罪の言葉を述べると、ひょいとリオを掴み上げる。

そして、まるで熱いものを持つかのように素早く部屋の入口まで走り、そのままペッと外に放り出した!

「なーなななななな!?」

「えい☆」

全身の毛を逆立てすごい形相で抗議しようとするリオだったが、パリスはさっさとドアを閉めてしまった。
途端にドアが激しく連打される。

「ちょっと何すんのよ!?ふざけんじゃないわよ耳長!首長!!」

「すみませんけど、少し僕らだけで話させてくださいね~」

喚きまくるリオに苦笑いをしてパリスが応対する。
ひとつ溜め息をついてドアに背を向けた。
視線を上げると、ダンとロエの二人も同じような苦笑いを浮かべて立っている。

「可愛そうだけど……ね」

後が怖いなとでも思っているような顔で頬を掻くパリス。
二人は何も言わなかったが、その場の空気はパリスの勇敢な行動を歓迎していた。


押さえつける存在が駆除され、ベッドの上でプレスされていたトミーがもそもそと身を起こした。

「うう……なんか悪いなぁ……」

トミーの髪はめっちゃくちゃになり、髪を結ぶゴムはほとんどやる気をなくしていた。

「大丈夫ですか?」

心配してロエが近寄ると、トミーは笑ってゴムを取ってしまった。
いつも一本に結んでいる髪がぱさりと肩に落ちる。

やがて、ようやくあきらめたのか、外で何やら喚いていたリオのドア乱れ打ちがおさまった。
その様子にふぅと息をついて、パリスもトミーの傍に歩み寄る。

「トミーちゃん、起きてて大丈夫なの? さっきはビックリしたよ」

「ん~、大泣きしたからかなぁ? まさか熱があるなんて思ってなかったんですー」

顔色は少し赤く、さっきの熱をまだ引きずっている様子。
上気した顔であははと笑うと、トミーは『ごめんなさい』と頭を下げた。
ロエが乱れに乱れたベッドの上をせっせと整えてくれる。

病人の介抱のし方について、リオはまったく微塵も知識がないのだろうか。

そんなことをぼんやりと考えて苦笑いすると、パリスは肩をすくめて言った。

「こりゃ、しばらくジュノ観光はお預けだね。大人しく静養してなさい!」

「がーーーーーーん!!」

パリスが告げながらびしっと指を突き付けると、ヒュームの娘は心底がっかりしたような顔をした。

「安静にしてなきゃ駄目ですよ」

さらにロエからも言われて益々肩を落とす。
パリスはトミーの様子に目を細めて微笑むと、よしよしと彼女の頭を撫でた。

「あは、きっと疲れが出たんだよ」

最後にぽんぽんと二回彼女の頭に手を置いて、パッと手を放す。

「じゃあ、あんまり長居するとトミーちゃん、ゆっくりできないだろうし。僕らはそろそろ失礼するよ」

そう言ってパリスは、腰をかがめてトミーと目線を同じにする。

「何かあったらリンクシェルで呼んで」

ぼーっと話を聞いているトミーに対し、にこやかに言った。

その後、満を持してと言わんばかりに、後方で黙って突っ立っているダンを振り返る。
そしてパリスは爽やかに微笑んだ。

「というわけだから、あとよろしくね♪」

楽しくてしょうがないというような顔で、ぴんと指を立てた。
トミーを見つめて何か考え事をしていたのか、ダンは一拍置いてからパリスに視線を上げ、眉を寄せる。

「……あ?」

「君も、今日は狩りお休みしなさい。全然寝てないんでしょ?」

パリスは磨きのかかった気持ち悪いほどの笑みを浮かべて続ける。

「僕ぁ知ってるんだよ。トミーちゃんが見つかってからも君はずっとジャグナーにいたこと。一心不乱に一人で乱獲してたってことも、みーんな知ってる♪」

楽しげにパリスが言うと、その場にいる三人はそれぞれの表情をした。
ダンの居心地悪そうな顔を見てパリスは意地悪く笑う。

「……やっぱり。ジャグナーに探しに行ったこと、言わないつもりだったんでしょ。残念でした~バラしちゃいました~あっはっはっはっは」

してやったりと言わんばかりに笑うパリスを上目遣いに凝視し、ダンは眼差しで何かを毒づいていた。
のっぽを睨み付けるダンを見上げて、ロエはほっとしたような、また少し寂しげな微笑を浮かべた。

「それじゃ僕らはこのへんで。トミーちゃんお大事に。ピンチになったら呼んでね。ダン、手ぇ出すなよ♪」

そう言ってヘラヘラと笑いながらドアに向かうパリス。
彼に対し、ダンは『ほざけ』と呟くのが精一杯だった。

パリスがドアを開けると途端にミスラが突入を謀って飛び出す。
が、敢え無くパリスにキャッチされ、罵りと共に再び外に連れていかれた。
パリスに続いてロエもぺこりと頭を下げて別れを告げ、そっと部屋を出ていった。

ゆっくりとドアが閉まると、リオの喚き声が小さくなる。
友人達の騒ぐ声が徐々に遠退いていくのを聞いて、ダンはドアを見つめたまま溜め息をついた。


そして部屋の中には沈黙が訪れた。


なぜだろう。
ダンは彼女を振り返ることができない。



「ダン」

呼ばれた。
返事はせずに、彼女に向き直る。
ロエが綺麗に整えてあげたベッドの上で、トミーは上半身を起こして座り、じっとダンを見上げていた。

「……やっぱり、探しに来てくれたんだね?」

「ん、あぁ、まぁ……心配だったからな」

素っ気無くそんなことを言って、背の両手剣を下ろすと近くの棚に立て掛けた。
ワーワー騒がしい嵐が過ぎ去り、一気に静かになった。
やっと人心地ついたとでも言うような溜め息をつき、ダンは剣を下ろして軽くなった肩を摩った。


「ありがと」

表情がそのまま声になったようなトミーの一言。

トミーに視線を戻すと、いつも見ていた笑顔。
大事にしたいと思う彼女の嬉しそうな笑顔があった。

ダンの胸の奥には、まだわずかに、戦いの余熱が残っていた。
剣を振るっていた時の張りつめた感覚が、簡単には消えてくれない。

この手で護れたわけでは――なかった。

彼女を見つめると、微かに胸の奥が軋んだ。


トミーはダンと視線を合わせ、もう一度にこりと微笑む。
そして、いそいそとベッドの上に座り直し、ダンに向かって正座した。
その様子にダンがふと眉を寄せる。
するとトミーが、楽しげな声で言った。

「ねぇ、何か話してよ。お話して?」

「は?」

思わず、開いた口から気の抜けた声が飛び出す。
ベッドの上にちょんと座ったおとぼけヒュームは、にこにこと笑っている。

……またこいつは、わけの分かんねぇことを……。

ダンは目元に片手を当ててくたびれたように言葉を返す。

「何言ってんだ。さっさと寝ろ」

「やだよぉー話そうよー話してよー。話してから寝るからっ」

口を尖らせて駄々を捏ねるトミー。
ダンが認める気配のない顔を向けると、トミーもいつもの臨戦態勢に入る。
ムムムッと口を引き結び、手法を替えて今度は拝み始める。

「お願い! お願いお願いお願いぃぃっ」

最終的にはベッドの上をごろごろと転がり始めた彼女を見て、ダンは頭を掻いた。
舌打ちしてテーブルに向かうと、椅子を引っ掴んで引きずった。

「んじゃあ、お前が話せ」

「ほい?」

「俺はお前の話が聞きたい」

そう言ってベッドの横に椅子を置くと、どかりと腰を下ろした。
トミーはきょとんと目をしばたかせている。
ダンは黙ったままじっと見つめた。

数秒の間を置き、やっとダンの言っていることを理解した様子。
トミーは眉を開いて手を叩くと、次に困った顔をする。

「えーとえーっと、ちょっと待ってね! 今、面白いの考えるから!」

……別に面白い話なんか期待してねぇよ。

内心そう呟いたが声には出さず、ダンは考え込むトミーを眺めて小さく溜め息をついた。

顎に手を当ててうんうん唸っているトミー。
肩に下りたハニーブロンドの髪には少し癖がついていて、変にウェーブしている。
熱があるはずなのだが、本人はまったく辛そうな様子は見せない。

頑張り屋で、欲がなく、お人好しで優しい彼女。

雨の中必死に探し回った、自分にとって特別で、大切な存在。


「……お前さ」

「へ?」

ダンは一人で真剣に悩んでいるトミーを、じっと見つめて言う。

「どうして、冒険者になったんだ?」

ぽつりと簡単に尋ねた。


彼女には野望がない。
地位や名声を手に入れたいだとか、何処へ行きたいだとか、冒険者には必ずある野望が見られないのだ。
これは以前から疑問に思っていたこと。

「お前、どう考えても冒険者向きじゃねぇぞ」

「む、そんな真剣な顔でさらっと酷いこと言うなぁ!」

ムッとした顔をしてトミーは身を乗り出した。
しかめっ面のままなダンに『もぉ!』と口を尖らせると、少し考える。

「でも……そういえば、それについてはまだ誰にもちゃんと話したことないや」

「と言うかお前、聞かれても適当にはぐらかしてなかったか?」

「あはは、あ……当り~」

困ったように頭をかいて、トミーはへたりとベッドの上に座り直した。
またくしゃくしゃにしてしまったベッドの上を少し整え、膝まで布団をかける。
『横になれ』とダンが目線で伝えるが、トミーは笑みを浮かべて首を振った。

そして、膝の上で絡めた指を見下ろしたまま、少しの沈黙を置くとそっと口を開く。


「……私ね……お姉ちゃんの手伝いがしたかったんだ」


気恥ずかしいような、まるで内緒の話を打ち明ける素振りでトミーは言った。
ダンは眉を開く。

「ん? お前、兄弟いたのか?」

「うん、お姉ちゃんはミスラなんだけど……。白魔道士やってるんだ」

そういえば、家族の話なんてしたことがなかった。
この時になってダンは気が付く。

まぁ……家族の話はあまりしたくないので、自分自身避けてきた節もあるが。

とにかく、トミーに兄弟がいたとは少し意外だった。
ダンはトミーのボケ具合を見て、彼女は一人っ子だと勝手に思い込んでいた。

「姉貴はミスラなのか。じゃあお前んとこは、ヒュームとミスラの異種族家庭か」

知り得た新情報をもとに考えて、ダンが納得したように言う。
しかしトミーは首を振る。

「うーうん、お父さんはエルヴァーンなんだ」

「……は?」

ダンはぴくりと訝しげな顔を上げた。

異種族の者同士が結婚すると、ハーフではなくどちらかの種族の子供が生まれる。
とはいえ、タルタル族は同族でなければ子は授かれないが。
エルヴァーンとミスラの夫婦であったなら、その子供にはエルヴァーンかミスラしか生まれないはずだ。

トミーの家族構成が意味することにダンが言葉を失っていると、トミーは笑顔で言った。

「血の繋がった家族じゃないんだ。私、小さ~い頃ね、一人でサンドリアの街にいるところをお母さんに保護されて……。お母さん達、頑張って私の家族探してくれたんだけど、見つからなくて」

冒険者の両親が子育てのためにサンドリアに定住していた時のことだ。
一人でいる幼いトミーを妻のミスラが見つけ、家に連れて帰った。
それからトミーの家族を探してみたのだが見つからず、結局そのままトミーよりも二つ年上のミスラの娘と共に育てたのである。

ダンはその事実を聞いて衝撃を受けた。

「お前……始まりも迷子だったのかよ」

「う、うるさいなぁ!!」

何と言っていいのか分からずそんなことしか言えない自分を、ダンは内心嘲笑した。
『どうしようもねぇな』と自分の不器用さに苦笑いしながらも尋ねる。

「姉の手伝いか……今でもやってるのか?見てる限りじゃ手伝いに行ってる様子は見えないが」

「うーんと、今はね、音信不通なんだぁ」

「あ?」

「や、別に!行方不明とかじゃなくてね!?お姉ちゃんは、もう私よりもずっと先に行っちゃったの。手伝うどころか一緒に行くこともできないくらい遠くに」

『そういうことだから心配しないで!』とパタパタ手を振ってフォローするトミー。
そんな彼女をダンはしかめっ面で見つめた。

「それはあれだろ、姉のレベルにお前がついていけなくなっただけじゃねぇか」

「う、まぁそうなんですけどぉぉ」

居心地悪そうにうつむいて唸るトミーを見て、ダンは何だか釈然としなかった。

「……両親は?」

眉をしかめて少しの間を置いてから続けて問う。
なんだかざわざわして、少し語気が強まったような気がした。

「んー、お父さん達も、今頃どこかで冒険してると思うよ」

明後日の方を見つめて家族のことを思うトミーの顔が、ダンには少し儚げに見えた。

トミーには欲がない。
今あるもの、与えられているものに満足し、喜ぶ娘だ。
であるから普通の冒険者達との間に差が出来るのは必然と言えよう。
しかし、そうは分かっていてもダンはどうにも納得がいかなかった。

「…………娘をほったらかして冒険か、さぞ楽しいだろうな」

ぼそりと呟かれたダンの言葉にトミーが顔を上げる。

「ダン?」

「やっと娘が手を離れて、のびのび冒険できるってわけだ」

「……お母さん達はそんなんじゃないよぉ」

困ったように笑いながら言うトミーの姿を見て、ダンはさらに気分が悪くなった。
思わずチッと舌打ちする。

「だってそうだろ?自分達の居場所も連絡しないで、お前のことなんかほったらかしじゃねぇかよ。姉貴だって、妹は自分の力になりたくて冒険者になったってこと知ってんだろ?普通におかしいだろが」

怒気のこもった声で早口に言うと、ダンは虚空を鋭く睨みつけた。
胸糞悪い話というのはこういうことを言うのだなと理解する。
口をついて出る悪態をどうにか一旦飲み込んで、ダンはもう一度舌打ちした。

そんな彼の様子に、トミーはほんのりと弱い、穏かな笑みを浮かべて視線を落とす。

「……ごめん……お母さん達のこと……悪く言わないで?」

その消え入りそうな震えた声を聞き、ダンはハッとしてトミーに視線を向けた。
肩を落として唇を噛んだヒュームの娘がベッドの上にへたりと座っている。
それを見て、自分は本当にどうしようもない奴だと、ダンは心底自分が嫌になった。
すぐにカッとなる、自分の悪い癖だ。

「……悪い……」

表情は穏かなものの、今にも泣きそうな目をしているトミーに呟く。

トミーはゆっくりと首を振ると、枕を抱き締めて、ふぅと震えた息をついた。
感情を落ち着けようとする時の辛抱顔だ。
それに気付ける自分が彼女にそんな顔をさせたと思うと、ダンはうんざりした。

「私ね、お姉ちゃんの手伝いをしたかった。けど……それよりも、早く家を出たかったんだ」

彼女が弱々しい口調で話始めるのを聞き、ダンは気まずそうにそっと視線を向けた。
小さい声でそう打ち明けたトミーは相変わらずうつむいたままだ。

「私、ずっと昔から……早く一人立ちしなきゃって……思ってた。私が家にいるんじゃ、みんな自由に冒険に行けないもの」

家族達は自分のことをとても大切にしてくれた。
だが、いつも自分の方が遠慮して一歩下がっていたのだ。
血の繋がった家族じゃない。
それを誰よりも自分自身が強く意識していた。
トミーは自分のそんなところが嫌いで、ひどく寂しかった。

「私は家族が大好きだよ。とっても感謝してるの」

黙っているダンに対して顔を上げると、トミーはにこと明るく笑った。
ダンが神妙な顔で押し黙っているものだから、トミーは更にぱっと表情を明るくして口を開く。

「あ、そうそ!私ね、ちっちゃい頃エルヴァーンが怖くて仕方なかったんだぁ。あのね~それでか分からないんだけど、よく変な夢を見たんだよ。青くてすっごく綺麗なの!海の色なのかな、空なのかな、ちょっと分からないけど。その綺麗な夢を見るとね、必ず怖いエルヴァーンさんが出てくるんだ!」

いつもの調子で語り出すトミーに、先程の寂しげな様子は見られない。
ダンは真剣な表情でじっと彼女を見つめた。

「すごく怖い顔してね、私を捕まえようとするの!そのエルヴァーンさん。本当に怖いんだから!ダンにも見せてあげたいな。そんな感じだったから私、お父さんも怖くてねー。ずっと逃げてたよ。お父さんにはちょっと可愛そうだったけどね、あはは」

「トミー」

何だか必死に捲し立てるトミーの話を遮って、ダンが静かに呼びかけた。
笑いながら話していたトミーは『へ?』と疑問符を浮かべて硬直する。
彼女の青い瞳を見つめて、ダンは口を開いた。

「俺は、絶対にお前を一人にはしない」

しんとした部屋の中に、ダンが放った言葉が徐々に染み渡った。

きょとんとしていたトミーは、やがて彼が言ったことを理解したのか、穏かな笑みを浮かべる。

「……うん。私、ダン達と出会ってから一人だなんて、思ったことないよ」

幸せそうな優しい笑顔で言った。

解釈が少し、ずれているような気がする。

ダンは何となく外したような気分だったが、『まぁいいか』と椅子の背もたれに寄りかかった。
彼女がこんなにも嬉しそうな顔をしているのだ、それだけでいい。


「で?」

組んだ手元に視線を落として唐突にダンが問いかける。

「夢が何だって?」

「む?」

「今言ってただろ。全然聞いてなかった」

しれっとして言うと、トミーは驚いたような顔をして『なんだとぉ』と頬を膨らませた。
そんな彼女に構わず『聞いてやるからもう一度話せ』とぶっきらぼうに言うダン。

相変わらず適当で自分勝手なダンに少々呆れたような眼差しを向けると、トミーは諦めたように溜め息をついて困った笑みを浮かべた。
そして気を取り直して、再び語り始める。
ダンはそばの棚に肘をついて彼女の話に耳を傾けた。

静かな部屋の中にとても落ち着く空気が満ち、心地よい声が聞こえる。
その楽しげな声は自分の中に深く染み込んで胸の辺りを暖かくする。
最高の安らぎを覚えながら、求めていたのはこれだったのだと、気がついた。



「んでね、この前なんかもう本当に捕まりそうになってね、危機一髪のところで飛び起きたの!もぉ~、いつか正義のガルカさんとか助けに出てきてくれないかなーってねぇ、念じながら寝たりするんだけど、なっかなか……」

ベッドの上に寝転んで足をパタパタさせながら熱く語っていたトミーは、ふと顔を上げて言葉を途切れさせた。

「……ダン…?」

目をしばたかせながら、じっと男の顔を見上げる。
トミーが黙ると、静かな部屋の中に寝息が聞こえてくる。

トミーはダンに向き直ると、うつ伏せの状態で頬杖をついて彼を愛しそうに見つめた。
初めて見るダンの寝顔に、『ダンも寝るんだぁ』と小さく呟く。

いつもの厳しい表情は影も形もない。安らかな寝顔。

無防備な姿の戦士は、トミーが黙っても一向に目覚める様子はない。

「……疲れてたんだね。大分心配させちゃったみたいだし……」

小声で言いながら、パタパタと足を動かす。


「ありがとう、ダン。……大好きだよ」


そっと、寝顔に呟いた。




あなたはどんな夢を?



<END>

あとがき

こちらは第一章最終話“直後”の、お話でした。
読んでいただきありがとうございました。
ダンは怒るし、パリスは叫ぶし、リオは暴れるし、トミーは潰れるし、ロエは癒し。
ジュノデビューを果たし、リオを加えた新しいトミーの日常の始まりを描きました。

今回のお話では、そんなドタバタ劇の裏で、トミーの出生について初めて触れています。
これまで語られなかった彼女の背景は、これから続く旅の中で、静かに、少しずつ姿を見せていきます。
どうぞ見守っていただければ嬉しいです。