じゃあ、またね
セルズニック姉弟の家は、その夜、色々な声が弾んでいた。
ささやかな料理を囲み、語り合うのは思い出話。
今までパリスから受け取った様々な情報の答え合わせに、花が咲く。
トミーは目を見張って驚嘆したり、ちょっと怒ってみたり。
ロエは宥めつつ何度も微笑んだ。
パリスは平謝りするものの、また新たな嘘情報を織り込んでみたり。
冒険者の顔で笑う弟を眺め、ヴィヤーリットは優しく目を細める。
ダンは、来なかった。
「『めんどくせぇことになって帰れなくなった』、なんてさ」
パリスが肩をすくめた。
「ホ〜ント、薄情だよねぇ」
軽く笑う彼を見つめるが、誰も深くは触れなかった。
宴が終わり、食器を片付ける音だけが残る。
パリスの願いもあり、トミーとロエの二人は今夜この家に泊まることになった。
寝室の準備をロエが手伝いに向かい、トミーはテーブルの上を拭き終えたところだった。
「トミーちゃん」
振り向くと、パリスが立っていた。
いつも通りの、柔らかい雰囲気。
先ほど、廊下で彼とロエが話している気配があった。
零れる涙を明るく励ますような声が。
トミーは一瞬、きゅっと口を引き結ぶ。
ーー普段通り。
胸の中で唱え、パリスに向いた。
「これ、ダンに渡してもらえるかな」
差し出されたのは、パールサックだった。
彼とともに様々な場所を巡り、砂を被り、雨に濡れてきたそれ。
トミーは一瞬、息を止める。
無意識にすがるような瞳で、長身の彼を見上げた。
「……でも、これ」
「来ないんだもん、あの人。渡そうと思ってたのに」
軽い口調で、手渡される。
手放す指先が、ほんの一瞬だけ――
名残を惜しむように止まったような気がした。
流されるように受け取ってしまったトミーが必死に顔を上げる。
「僕の……一番の宝物」
首を傾けてそう言うパリスは、笑っていた。
トミーは息を詰まらせ、パールサックを大事そうに胸に抱き締めた。
口を引き結ぶ。
湿っぽくなりそうな空気を振り払うように、パリスは声のトーンを上げる。
「それとね、いくつかトミーちゃん宛てにプレゼント、送っちゃった! 中には僕が使ってたものもあるけど、役に立つと思うんだよね。良かったら、使って」
まるで、競売前での立ち話みたいに。
「ダンのお眼鏡に適わなかったら、売っちゃっていいから」
容赦ない取捨選択を想像して眉を寄せる。
けれども笑っていた。
しかし、トミーの顔は一向に上がらない。
パリスは一旦言葉を切ると、一瞬の間を置き、ぱちりと指を鳴らした。
少しだけ、作った明るさで。
「ああ。僕、パールは持ってるよ♪」
ポケットから、指で摘んだ青い魔法の真珠。
にこと笑う。
するとトミーが顔を上げた。
心底ほっとしたように目元を緩める。
「……分かりました。ダンに、渡しておきますね」
窓の外の闇が、夜風に揺れていた。
二人して、ふと窓の外に視線を向ける。
噛み締めるような沈黙を置いた後、頭上から、声が降りてくる。
「ダンのこと……お願いね」
少しだけ間を置いて。
「あの人、時々無茶するから」
トミーはきゅっと唇を噛んで顔を上げる。
エルヴァーンの青年は、横顔を明かりに照らされて、小さく微笑んでいた。
彼の向かう先が、どんな世界なのか。
トミーには想像もできない。
ただ、これまで彼が笑い声で包んでくれた時間たちは、たしかに温かくて、優しいものだった。
トミーは胸の奥から何かが込み上げ、目の奥が熱くなる。
しかし、すぐに視線を手元に下ろす。
小さく笑いながら、改めて、パリスのことを見上げた。
「前から感じてましたけど……」
ふと、パリスが眉を開く。
トミーは言葉を続けた。
「パリスさんって……実はすっごく、ダンのことが好きですよね」
間。
パリスは目を瞬かせる。
肩の力を抜き、トミーは小首を傾げて続ける。
「いつだってダンのこと、考えてくれてたじゃないですか」
知識と、判断力と、胆力を持って周りを引っ張るリーダーのダン。
時には周囲に有無を言わさぬほどの圧を放つ。
そんな彼に、必死の形相で真っ向から抗うパリスの姿。
それが、トミーの瞳には、しっかりと焼き付いていた。
「……うわ……」
パリスが声を漏らし、ゆっくりと髪を掬い上げる。
一瞬止まって、直後には両手で顔面を覆った。
「恥ずかしっ」
途端に笑い出す。
「あっはっはっはっは! さ~すがトミーちゃん!」
嬉しそうに、観念したように。
肩をすくめて言う。
「そー、僕ね……大好きみたい。ダンのことが」
懐かしむような顔だった。
「最初は憧れみたいなものだったかもしれないね」
「……憧れ?」
「ほらあの、『周りなんて関係ねぇ』みたいな感じがさぁ。……こっちは色んなものが怖くて仕方ないって言うのに」
腕組みしながら言うパリスは、ほんの少しだけ不満そう。
「ちょっとあの人、おかしいとこあるよね?」
仲間の噂話をする調子で、小さく笑い合う。
「どうしてあんなに突き進めるのか、もう不思議で不思議で。……気付いたら、それ握り締めて、ダンの背中を追っかけてたわけ」
パリスの視線が、トミーの手元のパールサックに落ちる。
その視線を辿るように、トミーは改めて大事そうにパールサックを胸に抱いた。
少しの、沈黙。
「特別な戦友……みたいなものかな」
絆が溶け込んだ声でパリスが呟いた。
トミーは目を細めてその言葉を受け止める。
ふと、何かを思い出したように――
パリスは大きく息を吸い込み、胸を張る。
「ダンにはトミーちゃんが必要だって、真っ先に気付いたの、僕だよ?」
得意げに。
言いながら、人差し指を唇に添えてウィンクする。
「ああ、でも、ダンへのトミーちゃんお届けはちょっと失敗しちゃったけど」
心底焦って森の中を駆け回った時間を思い返し、苦笑いする。
少しだけ、横目でじっとトミーを見つめるパリス。
思い当たったトミーは目を丸くした後、肩をすぼめる。
その反応に小さく笑って、パリスは大きく息をつく。
「……ダンからは、離れないでほしいかな」
腰に両手を当ててパリス。
トミーはきゅっと口を結ぶ。
瞳をわずかに揺らし、頷く。
「……はい。任せてください」
その答えに、パリスは満足そうに息を吐く。
安堵する彼の笑顔には、くつろぎと温かさがあった。
大切なものを持つということ。
その意味を、彼には教えてあげなければとすら思っていた。
反対に……気付かされるとはね。
パリスは改まるように背筋を伸ばし、トミーを見つめた。
――どこか、少しだけ遠いままで。
「ありがとね、トミーちゃん」
微笑んだ彼の瞳は、これまで以上に優しかった。
そして、皆が寝室に落ち着いた夜更け。
リンクパールが、小さく光る。
‟ダン。めんどくせぇことは片付いたの?”
いつもの声。
すると、舌打ちしながら髪を引っ掻くような間。
“あぁ、黙らせた”
いつもの悪態が気だるげに返す。
“ちょっと……ちゃんと平和的解決したの? 仲良くしてよ”
いつもの苦笑い。
それから、溜め息まじりの労い。
“まぁ、リーダーは大変だよね〜。ホント、お疲れ様”
今までの夜と、何ら変わりない空気がたしかにある。
二人のやり取りを聴きながら安堵する、トミーとロエの気配。
ずっと聴いていたいと願うような静けさ。
でも、少しの間を置いてーー
‟じゃあ、またね”
パリスが――嘘を混ぜる時みたいに、軽く。
トミーとロエの、息を詰まらせる気配が沈黙の中に滲む。
‟あー、またな”
それきり、夜はもう言葉を届けなかった。
チョコボ厩舎に灯る、一人分の小さな明かりは、その沈黙を静かに見守っていた。
翌朝。
彼のいなくなった部屋。
机に置かれた青いリンクパールが、ひんやりと朝日に煌めいていた。
あとがき
スピンオフ『じゃあ、またね』でした。…………寂しい。
どうか、頑張って。パリス。