幸せのカタチ
俺はダンテス・マウザー、仲間内ではダンで通ってる。
周りにいる変な奴らに悩まされる気の毒なヒュームの戦士だ。
今に始まったことじゃないが、毎日おかしいくらいに忙しい。
知人に誘われた早朝からの狩りを終えて、ダンはジュノの街に帰ってきた。
ここ数日まともなパーティ行動をしていなかったのでやたらと久しぶりに感じた。
鈍った、とまではいかないが、やはり始めは少々コツを思い出すのに神経を使った。
しっかりと装備を整えたのも何だかとても久々のような気がして、ダンは自分が冒険者となった当初の頃を何となく思い出しながら歩く。
あの頃思い描いていた冒険者としての自分が、今は遠い色褪せたものに思えた。
やはりこの間あの変態が言っていたように、自分は変わったのかもしれない。
昼過ぎたこの時間は、街が冒険者達の活気で最も賑わう時間帯である。
微かな鎧の金属音を立てながらダンはジュノ下層をレンタルハウスに向かって歩いていた。
今日は天気もよく、町の人間達も活動的になっている。
この雰囲気ならばバザーもたくさん出ているに違いない。
そう踏んだダンは、今日の残りの時間は必要物資の調達に費やそうと頭の中で計画を立てた。
そんなことを思いながら歩いていると、競売前の人込みに知った顔を見つける。
ハニーブロンドの髪を一つに結わいた若いヒュームの娘。
そう、一騒動起こしながらも何とかジュノデビューを果たした、天然お人好しヘボ戦士のトミーである。
今更それで狩りに出掛けられるとは言えないヒュームパンツとヒュームベスト、つまり私服に近い冒険者の初期装備姿だった。
彼女は競売所を覗き込む人々の群れから一歩下がったところで、右へ左へ屈んで跳ねてを繰り返し、そわそわしている。
「……………何してんだお前」
「ぎょはっ!!?」
隣りに立って声を掛けると、トミーは過剰に驚いて飛び跳ねた。
その拍子に近くに立っていたミスラの魔道士にぶつかってしまい、それにも仰天して慌てて謝ろうと向きを変えると足首が捩れておかしな方向に曲がった。
悲鳴じみた謝罪の言葉をミスラに放つとその場にしゃがみ込み、ただ突っ立っているダンを半泣きの顔でゆっくりと見上げる。
「……ダ~~ン~~~~~」
その様子を見てミスラの魔道士がくすくすと笑う。
「……………何してんだお前」
すがるような目をして泣きそうになっているトミーに、ダンは同じ言葉を繰り返した。
「違うのっ、ただ競売で買い物しようとしてただけなの!」
しばらくしゃがみ込んでいたトミーだったが、やがて立ち上がりながら言った。
頭上から毎度お馴染みのため息混じりな説教を聞かされて、少々ムッとしている。
トミーに説教を並べていたダンは、不服そうな顔をしている彼女を見下ろし改めて溜め息をつく。
「ただ買い物するにしては人一倍楽しそうに見えたが」
「くっ……う、うるさいなぁ!仕方ないでしょっ、こんなにたくさん人がいるの慣れてないんだもん」
もごもごと上目使いになって口淀む。
確かにこのジュノという国は流通の中心なだけあって、他の三国に比べればかなり人が多い。
当然冒険者は大勢集まるし、その冒険者を相手にする商人達も自然と集まる。
自分自身も初めてジュノを訪れた時は圧倒されたものだ……と、ダンは思い返した。
しかし彼女のような挙動不審な行動を取るまでにはいかなかったが…。
ダンは『あーもー…』とお決まりの嘆き台詞を吐いて頭を掻いた。
「ったく、一人で買い物もロクにできねぇのかよ」
「え?うあ!?」
ダンは無造作にトミーの手首を掴むと、ずんずん人込みの中に分け入った。
引っ張られているトミーは『わ、ごめんなさい!すみません!』などと冒険者たちに謝りながら困ったようにペコペコしている。
やがて競売所の最前に到達すると、ダンはぽいっとトミーを解放した。
たたらを踏んだトミーはすぐさま眉を寄せた顔でダンを振り返る。
「もーっ、相変わらず強引だなぁ!人の迷惑とか考えないの!?」
「あ?後ろでぴょんぴょん跳び回ってる方が迷惑だろが」
しれっと言葉のナイフで一突きし、早く競売を覗くように促すダン。
トミーはぐぐぐっと硬く口を結んで拳を握っていたが、口ではダンに勝てないことをよく理解しているので結局何も言い返せなかった。
「………ありがとお」
「どーいたしまして」
口を尖らせて不本意そうに言うトミー。
そんな彼女に見向きもせずに言葉を返すと、ダンは自分の買い物をしようと競売を覗き込んでいた。
すると、不意に2人が持っている同じ色のリンクパールを通じて声が聞こえた。
“ん~……もしかすると僕ぁ相当の幸せ者かもしれないなぁ♪”
“安心しろ、気のせいだ”
噛み締めるようなその声にダンは直ちに冷たい言葉を返した。
声の主が向こう側で苦笑いしているのが何となく感じられる。
“いきなり酷いなぁ……”
“あ、パールッシュドさん。こんにちは”
別の新しい声が優しい口調で挨拶をする。
はじめに幸せ者だの何だのと言い出したのが、エルヴァーン赤魔道士のパリス。
そして彼を丁寧に本名で呼んでいるのがタルタルの白魔道士、ロエだ。
この場にいないリンクシェルメンバー達の声を聞いて、トミーは嬉しそうに目をしばたかせた。
“あーパリスさん!ここ数日全然連絡くれなかったじゃないですかっ。サンドリアで何やってるんですか?”
“やぁトミーちゃん久し振り♪ん~、強いて言うなら家族サービスかな?”
“はい?”
“トミー、そいつの言う事は全部聞き流していいぞ。ただの寝言だ”
“あ、なんだ寝言なのか~。ビックリした”
“いやいやいやいやいやいや”
相変わらず人の言う事を疑わないトミーはダンの言うことをあっさりと信じる。
パリスは苦笑いしている声で”バリバリ起きてますから”と突っ込んだ。
トミーが言ったように、パリスは1週間近く前からサンドリアに帰った切りだった。
彼にはサンドリアに同棲している女性がいると巷では専らの噂で、その噂を知らないのは無知なトミーくらいである。
“ロエさ~ん……ぶっちゃけ僕って嫌われてますよね、やっぱ”
”時々感じるんですよねぇ~”とワザとらしい声でパリスが言うと、ロエは小さく笑って彼を慰めた。
暴言王ダン、天然トミー、楽天パリスと個性派揃いのこのリンクシェルでは、自己主張(存在)の薄いロエはとても貴重である。
むしろこのリンクシェルにとって、ロエの『普通』が一番の個性かもしれない。
”こんなに仲良しじゃありませんか”という控えめなロエの声を聞いて、パリスは諦めたような弱々しい笑い声を漏らした。
“みんなはあれから何してるの?……そうだなぁ……トミーちゃんはリオさんに色んなことに付き合わされて、ジュノでまだ狩りに行ってないんじゃない?んで、ダンはトミーちゃんのことが気になってロクに狩りに出れてないってとこかな”
質問しておいて回答は待たず、パリスがスラスラと推測で言うと、”あう…”とトミーが唸り声を漏らす。
トミーが隣りにいるダンの様子をそろっと覗うと、それに気付いたダンは肩をすくめてみせただけで何も言わない。
気まずそうに肩を窄めるトミーの気配を感じ取ったのか、パリスが愉快そうな声で笑った。
“あっはっはっはっは、図星かな?ダン~、あまり説教ばかりしてるとトミーちゃんに嫌われるぞ~♪”
「トミー、そろそろジュノに慣れてきただろうし、いい加減狩りに出ろ」
パリスが忠告しているそばからトミーに対してそんなことを言い出すダン。
トミーは『えっ』と驚いた表情でダンを見つめ、硬直してしまった。
“……ダ~ン?”
「早く持ち物装備整えろ、狩りに行くぞ。ナイトとして付き合ってやる」
当然のように勝手に決めると、トミーを観察して装備をチェックし始める。
“お~い、ダン君聞いてますか~?”
「ぅえ!?ちょ、ちょっと待ってよぉ!」
いきなりダンのファッションチェックが始まったのを見て、トミーは抗議の声をあげてバタバタと狼狽した。
トミーはダンに装備品をチェックされるのが嫌なのだ。
何故なら、少しでも不備があればお説教を食らうことになるわけで。
しかしトミーが慌てているのは、今日はそれだけが理由ではないようだ。
一通りわたわたした後、やがて大変言い難そうに言った。
「…………今日はこれからリオさんと約束が……」
ぴきっ。
ダンのこめかみあたりが引きつった。
“ダンテス君や~い”
“パリスてめぇ殺す”
“なんで!!?”
「……ご、ごめんその……一緒に合成やってみようって前から言われてて……」
合わせた手の指を忙しなく何度も組み直しながらトミー。
“ダン?ねぇ……ダーーーーン!?”
リンクシェルの方では狼狽したパリスが悲痛な声でダンを呼び続けていた。
しかし次の瞬間、トミーは何かをひらめいた様子で目を見開いて顔を上げた。
そのパッチリとした目と視線が合ったダンは何事かと眉を寄せる。
「そうだ!ダン、この前初めて作った野兎のグリル、ダンに御馳走できなかったよね。だから今日また作ってあげるよ!!私クリスタルで調理できたんだっ。私すごいよ!?」
「ん?あぁ、そういえばそんなこと言ってたな。別に……構わないが……」
ぷいっと余所を向いてしまったダンの横顔を見て、トミーはとても嬉しそうな顔をする。
「やったぁ!じゃあ、じゃあ準備したらダンのとこ行くからね!!」
ダンは満面に笑みを浮かべるトミーを横目で見ると、『あぁ』と無愛想に答える。
相変わらずの仏頂面ではあるが、変わらないトミーの笑顔を見て内心優越感を覚えた。
最近こんなことばかりで、修行を兼ねた狩りに集中できなくて困りものだ。
しかしダンはそんな最近の自分に呆れつつも、こういうのも悪くないと思っていた。
“……………姉さん……もしかすると僕はいじめられているかもしれません…”
パリスのそんな呟きを聞いて、ロエ一人だけが困っていた。
* * *
あれから買い物などを済ませたダンは、夕方頃にはレンタルハウスに戻っていた。
部屋はいつも散らかさずにいるので、別に客がくるからと言って慌てて掃除をする必要もない。
ぼーっと待っていることも出来ない性格なので、知人の変態に依頼されたメロンパイの量産を手掛けていた。
―――――と、黙々と作業していると不意にドアが二度ノックされる。
その軽やかな音から、ノックの主の浮かれた気持ちが感じ取れる。
ノックした………ってことは変態じゃねぇな……。
ダンは手早く調理素材を片付け、鞄整理をしていたかのように少々演出した。
その様子をモーグリが微笑ましげに見守っていたが、ダンは気付かなかったようだ。
いや、気付いているがあえて放っておいたのかもしれない。
「入れ、開いてる」
簡単にそう言うと、ドアが開いて昼間に会ったヒュームの娘がひょこっと現れた。
「お邪魔しまーす♪」
「……ってオイ、その後ろにいるのはなんだ」
トミーに続いて姿を現した赤髪のミスラを見て、ダンの表情が一気に険しくなる。
道着姿のそのミスラは、ずかずかと彼の目の前に歩み出ると仁王立ちした。
「何って、見張りよ見・張・りっ。この子を部屋に連れ込んでど~~しようってのよ。あたしが見逃すとでも思ってるの!?ベン!!!」
「誰だ」
「リオさん、ベンじゃないです。ダンです」
「なんでも良いって言ってんでしょ!!」
踏ん反り返りながら喚くリオは、しょっぱな好戦的な態度である。
「それに何よ!あたしの方が先に約束してたのよ!?なんであんたに邪魔されなきゃいけないわけ、冗談じゃねーわよ!」
「うぅ、ごめんねリオさん私が約束しちゃったんだぁ」
「そうよ勝手に何てことすんのよっ。本ッ当にあんたはマイペースなんだから!」
不機嫌な顔をしてリオはそう言いながら申し訳なさそうにしているトミーに詰め寄った。
トミーは頭を抱えて『ごめんなさいぃぃ』と小さくなる。
いきなり部屋に入ってきてハイペースで喚き散らすリオに、ダンは最高に面倒臭そうな顔をした。
「ギャーギャーうるせぇな、遠吠えなら外でやれ」
「何ですってぇ!?」
淡白な声で放たれたダンの言葉を聞き逃さずに、リオはものすごい勢いで振り返る。
「あたしは犬じゃないのよ喧嘩売ってんの?この『恐怖・冷血狩り男』!」
「変なタイトルつけるんじゃねぇ」
ビシッと指を刺して言い放つリオに対し、凄みのある声で言いながらダンは睨み返した。
一気に部屋の中の空気が張り詰め、リオが歯を食い縛る音がはっきりと聞こえる。
ダンと顔を合わせるなり猛烈に敵意をばら撒くリオの迫力に、モーグリは壁に背中を押しつけた。
トミーのことが大変気に入っているリオのダンの嫌い具合は半端じゃない。
一方ダンも、連日トミーを独占しようとするリオは何となく虫が好かないのだった。
「あはは、2人は本当に馴染むのが早いね~」
これ以上ないほどの険悪な雰囲気に気付いていないのか、トミーは呑気なことを言っている。
そして鼻歌混じりに持ってきた材料をテーブルの上に並べ始める。
そんなトミーの様子に戦意を削がれ、リオは鼻を鳴らしてダンから顔を背けると、ずかずかと歩いて室内にある椅子にどかりと座った。
「……お、お茶を入れてくるクポッ」
その一瞬の隙をみてモーグリがそそくさと部屋から出ていく。
『あ、お構い無く~。ありがとう』とモーグリを見送ったトミーは、材料をチェックしながら嬉しそうに口を開いた。
「へっへっへ~、なんか嬉しいなぁ~。最近になってやっとね、ジュノに来たんだなぁって実感できるようになったんだ」
ニ人はそれぞれ明後日の方向を向いて黙っている。
一人だけご機嫌なトミーは続けた。
「ジュノに来る途中リオさんに出会えて……こうしてお友達になってもらえたし。ダンも近くにいるって感じられるしね、本当にジュノに来て良かったって思ってる」
そこまで言って『毎日がとってもとっても楽しいよ』とニ人に笑顔を向ける。
二人は黙ったままトミーの話を聞いていたが、やがてリオは『当然じゃない、あたしがいるもの』と腰に手を当てた。
それに対してダンは小さくため息をついただけ。
表情に先ほどの険しさはなくなっていた。
「そう、みんなのおかげだよっ。だから今日は感謝の気持ちを込めてご馳走いたします!」
「野兎のグリルを、か?」
「う、だってそれくらいしかまだ作れないんだもん」
『でも作れたんだよ?すごいんだから!』とクリスタルでの調理をスタンバイするトミー。
トミーは合成で調理を成功させたらダンが驚くだろうと思っているようだが、何を隠そうダンは合成の中でも特に調理が得意だったりする。
しかし、トミーがこんなにも嬉しそうに作るのだ。
ダンにとっては何であれ悪い気はしないし、ちょっと、温かい気持ちになる。
何かを感じ入っているダンを面白くなさそうに横目で眺めるリオは、鼻を鳴らすと椅子の上で足を組み、近くにあった大き目のクッションを勝手に手に取り前に抱えた。
“ねぇねぇパリスさん、今からね、ダンに野兎のグリル作ってみせるんだ!”
リンクシェルの方でトミーが嬉しそうな声でパリスに報告する。
クリスタル合成の練習に付き合ってくれて、初の合成成功を遂げた瞬間にいてくれたのはパリスだ。
“お?ダン本当?”
何だか意外そうな声でパリスがすぐさま反応する。
浮かれたような雰囲気のするパリスに対し、珍しくイライラすることなくダンはただ“あぁ“と静かに答えた。
「よし、スタンバイ完了!いきまーーすっ」
トミーが気合い充分で合成を開始した。
気を集中させるとクリスタルが彼女の手元で徐々に揺らめく炎を生み、材料の兎の肉等を包み込む。
――――と、そこで思い出したようなパリスの声が聞こえる。
“あ……って言うかどこでやろうとしてるんだい?言っておくけど――”
バリーーーンッ
“兎の肉片注意報だから”
「トミーーーーーー!!!」
「ごめんなさいぃぃぃぃぃ!!!」
俺はダンテス・マウザー、仲間内ではダンで通ってる。
周りにいる変な奴らに悩まされる気の毒なヒュームの戦士だ。
あとがき
実はこの作品、当サイトの記念すべき掲載第一号の作品でした。元祖アハピ開設時は、第二章完結して1.5章をぽつぽつ書いていた時期でしたからね。
そして皆様より色々と恐れ多い応援のお声をいただき…第三章を書くことになりまして…(;´Д`A ```
第三章に入る前のワンクッションとして書いた、軽くキャラ紹介の入ったちょっと改まった感のある小話です。