行く資格

第三章 第三十一話
2026/02/06公開



"セルビナに、いた"

砂埃の舞う風の音より内側で、ダンの言葉が静かに落ちる。
ジェラルディンの眉がわずかに動き、ウォーカーが横目にその顔を伺う。
こちらがリンクシェルで会話を進めていることを、騎士達も確実に感じ取っている。


「セルビナから荷車に乗って、夜明け前に出立してるわ! じきにラテーヌも向けるって!」

トミーに対して必死に叫ぶリオを、まるで恐ろしいものを見るような目でパリスは凝視した。
リオは怒りだけではない、切実な目をしてトミーに向かって訴えた。

「急ぐのよ!! マリオとスーザンと一緒に、ジュノで! 大勢の騎士や冒険者の前で全部ぶちまけてやんのよ!!」

「わぁわぁわわぁぁああ!!!」

岩壁が揺れるほどの大声で、パリスが絶叫する。
顔にびっしりと汗をかいたパリスがリオの両肩を掴んだ。
リオは最高に不満げな顔をすると、すぐさまその手を払いのける。

ぴくりと怪訝な顔をする騎士二人の表情を見て、ダンのこめかみがびきりと引きつる。


『マリオとスーザン。何者だ?』って顔だな。

安心しろ……そんな奴らは俺も知らねぇ!!


そして、咆えた。


「じゃんじゃん誤爆しくさってんじゃねぇぞネコてめぇぇ!!」

「ううるっさいわね!! なんか全然上手くいかないのよ! このリンダリンダ!!」


「『リンクシェル』だよっ、リ~オさん♪」

ダンと咆え合うリオに対し、顔が引きつったパリスが訂正する。

“あぁいい! ダンいい! 気持ちいいよぉぉ!!”

“黙ってろ変態!”


もう一つのリンクシェルで悶えているローディにぴしゃりと叫んで、ダンは苛立ちの息を吐いた。


砂を払うように髪を掻き上げ、ダンはジェラルディンとウォーカーを射抜くように見据えた。
彼らもリンクシェルで何かやり取りしているような気配が感じられる。

誤爆はさておき、騎士達に対するリオの怒りの大筋にはダンも同意だった。
強い眼差しで声を張る。

「あの人達はもう、剣を捨ててる」

魔法の真珠の通信からダンへと意識を向ける、騎士の目。
じっと目を逸らさずに言葉を繋げる。

「今さらこんなことに引っ張り出すべきじゃない」

風がまるでその場の混沌を拭い去っていくように通り過ぎる。

「だが……あんた達はやり過ぎた。二人の協力を得て、俺達があんたらを叩き潰すことにした」

言い切ると、ダンは騎士達に鋭く言葉を突き立てた。


「ジュノで暴露演説といこうじゃないか」


あくまでも戦う意思を灯した、強い眼差しを向ける。
唇の端をわずかに上げ、挑発的に言い放つ。

「来賓招致は順調だぜ?」


ジェラルディンの眉は動かず、ウォーカーも表情を固める。
冷え切った思考の中、ジェラルディンはひとつの憶測を処理した。

だから、仲間にいたはずのタルタル魔道士がこの場にいないのか――と。


ダンからの煽りを受け、騎士は束の間の沈黙を置いた。
そして、ジェラルディンの低く冷たい声が風に乗る。

「不詳の者の戯言を、騎士が信じると思うか」

その目には、騎士としての矜持と、他者を容易に信じない確固たる意志が宿っていた。

パリスが固唾を飲む。
ダンはその言葉を真正面から受け止めた。
想定していたとでも言うように、感情の揺れを微塵も見せず、強い眼差しを返す。

ブブリムの風がひと際唸りを上げた後、枯草のざわめきが一旦静まり返る。
沈黙が場を支配する中、ダンは口を開く。


「ジュノに向かう二人には、信用できる騎士が護衛に就いてる」


わずかに間を置き、鋭く突き刺すように告げた。


夜鶴やかくのヴィヤーリットだよ」


瞬間、耳を疑うように騎士二人の目が見開かれた。
トミーも思わず息を呑み、唇から乾いた声が零れる。

「――そんな……っ」

驚愕の眼差しでパリスのことを振り返った。
彼女と視線がぶつかると、パリスは緊張の混ざった真剣な表情で頷きを返す。

「何年経っても……剣を腰に下げた兄さんは、カッコよかったよ」

パリスは弟の顔で、小さく笑った。


まるで挑発するような口振りで、横目にウォーカーを見つめながらダンは告げる。

「ヴィヤーリット“先輩”には、暴露演説にも立ってもらう。幻の英雄の凛々しい声には、騎士達も興味を持つんじゃないか?」

トミーはパリスからダンへと視線を移し、その横顔を見つめた。

ーー『協力者』って、
そういうことだったの?

ーーそして私達のために、
優しく生命を見守っていたあの人が、
剣を手に、立ち上がってくれたの?

込み上げた涙が、騎士に対峙する戦士の姿を滲ませた。
そんなトミーを騎士がじっと見つめる。

「……何だと?」

ジェラルディンの吐き捨てるような低音。
拳がゆっくりと握り締められ、手袋越しに関節が鳴る。
苛立ちが肌に滲み出すように広がる。
ウォーカーのこめかみを、汗が伝った。

信じがたい名前が、空気を一変させている。

ウォーカーの視線は迷うようにジェラルディンを泳ぐ。

“…………恐れながら……”

にじみ出る感情を隠し切れぬ声で、ジェラルディンは主に呼びかけた。



周囲の空気が、一瞬、止まった。
遠くを吹き抜ける風だけが耳をかすめる。


「――い、行こう! ノルヴェルトさん!」


トミーがノルヴェルトに駆け寄って叫んだ。
声は震え、瞳は揺れていたが、彼女の眼差しは真っ直ぐだった。
涙が溜まったままのその瞳が、ノルヴェルトに訴えかける。

「行こう……マキューシオさんのところへ!!」


ノルヴェルトは――

動けなかった。

声も出ない。


心臓がひしゃげて壊れてしまうくらい苦しい。
折れそうになる膝を必死に食い止めるだけで精一杯だった。

呼吸のし方も分からず、音も聞こえない。

ただ、胸の奥の暗がりへ、静かに問いが落とされる。


――行く資格が、自分にあるのか。


自分のせいで――また――


「……っ」

ノルヴェルトの喉が、乾いた音を立てた。
血の気が引いて顔が冷たくなる。
全身が震え、それは鎧が微かに鳴るほどだった。

そんなノルヴェルトを見上げ、トミーは胸が締め付けられる。

「ノルヴェルトさん……」

彼がどうしようもないほどに深く傷付いていることを、トミーは知っている。
ノルヴェルトが呼吸を止め凍りついてしまう、理由が分かる。

でも、だから――

トミーは、ゆっくりと首を横に振った。
ノルヴェルトにしがみついて叫ぶ。


「こ……『来ないで』なんて、絶対に言わせないっ!」


ぐいとノルヴェルトを引き寄せるように掴んでトミーは叫んだ。

「反対に、私が二人を叱ってあげます!」

仲間達のはっとした眼差しがトミーに向けられる。

「どうしてあんなことしたのって! 絶対に……ダメだったんだよって!!」

外套を掴む細い手が震えている。
ノルヴェルトは瞬きし、ようやく微かに息を吸う。

「ノルヴェルトさんがどんなに傷付いたか……私が、二人に、言うか…ら…っ!」

視線だけを辛うじてトミーに向けると、ボロボロと涙をこぼす彼女の瞳。
ノルヴェルトの目が大きく見開く。
深いブラウンの瞳を見上げて、トミーは言葉を絞り出した。

「行こう…ノルヴェルトさん……行こうっ!」

髪を振り乱して叫ぶトミーの言葉が、ノルヴェルトの冷たく硬直した体を溶かしていく。
ゆっくりと細い息をつきながら、彼女をじっと見つめた。

再び、自問の声が胸の奥で響く。


――行く資格が、自分にあるのか。


脳裏に、崖から吹き付ける風と、皆の誓いの声が過ぎ去った。


どんなに、傷付けられようと。

私にとって彼らは、生きる理由だった。


胸の奥で微かな光が脈打つ。
遠い記憶の中、互いを呼び合う家族の声。


そして貴女は――

彼らの、宝物だった。


ノルヴェルトは堪らずトミーを抱き締めた。
その温もりが、体の震えを押し返す。


行く資格があるのか、分からない。

だが、確かなことがある。


――もう、失うわけにはいかない。


例え彼らの瞳に、自分の姿が映らなくとも。

彼らが生きていてさえくれるのならば――


この身のすべてを捧げることに、迷いはない。


ノルヴェルトはすぐにトミーから体を離すと身構え、決意を語る眼差しをダンに向けた。
彼の意志を受け取ったダンは剣を構え、呟く。

「……頼んだぞ」


そしてローディに目配せした。
金髪碧眼の魔道士は、いつの間にやら後方近くまで来ていた。
腹話術のように開始していたテレポの詠唱、最後の一節を、ウィンクと共になぞる。

即座に、揺らめきを背負ったジェラルディンがローディに向けてボウガンを射る。
だが――素早く反応したダンの両手剣が矢をはじき落とした。

そしてノルヴェルトとトミーの二人は、転移魔法の光に包まれる。

消える瞬間、仲間達を一瞥するトミーの眼差し。
皆の身を案じるその儚げな瞳が、仲間達の心を震わせる。

パリスは苦悶の目で、二人を見送った。
リオも、吹き抜ける風に顔をしかめつつ、ぐっと口を引き結ぶ。

ひとつ長い息を吐き、ダンはひと際目付きを鋭くする。
リンクシェルで言葉を交わしている様子の騎士達に、対峙した。

「あんたらは、もう少しここで遊んでいくよな?」

騎士達からは苛立ちと焦燥の眼差しが向けられる。
吹き乱された銀髪の奥で、忠臣の瞳が黒い炎に揺らぐ。

「……団長の裁断を受け、次は貴様らに引導を渡す」

眉間にしわを寄せたジェラルディンが噛み締めるように低音で呻いた。

次の瞬間、外套の中から呪符を取り出し文字をなぞる。
ダンは目を見張って飛び出すが、間にウォーカーが立ちはだかり、ダンの両手剣を外套の中で構えた盾で受け止めた。

ジェラルディンが呪符に込められた魔力によって光を帯び、姿を消す。

それを見届けるとウォーカーはすぅと冷たい空気をまとい、一気に気を練り上げる。
察知したダンが目を見張る。

次の瞬間、盾を叩きつけるような衝撃波がダンに放たれる。
ダンは後ろに飛び退きつつ、構えた両手剣を軋ませながら衝撃を受け止めた。

歯を食いしばってウォーカーを見つめると、彼もまた懐から出した呪符をなぞっていた。
そして淡く光を帯び、風と共に最後の騎士も荒野から消えていった。


脅威の去った後には、風が吹きすさぶブブリムの砂だけが残る。


騎士達が去ったのを見届け、数秒の間を置いてからパリスは一気に脱力した。

「――はあぁ」

息をついて砂地の上にごろんとひっくり返る。
極度の緊張から解放されたと言わんばかりに両手で顔を覆うが、思い出したようにすぐ体を起こした。

「っとと、チョコボチョコボ!」

砂を叩きながら立ち上がり、矢を受けたチョコボのもとに急いで向かう。
そんなパリスの後を追いつつ、リオが険しい顔をして口を開く。

「ちょっと、あいつらどこ行ったの!? ――っていうか……」

もしかしてあたし、ヤバイこと言った?

徐々に冷静になって事の重大さに気付いたのか、リオの表情が見る見る内に深刻になっていく。

チョコボに刺さった矢を抜いて手際よくケアルを唱えるパリスは、そんな彼女を振り返って苦笑いした。

「はは、大丈夫。……リオさんは、言わされたんですよ」

「は?」

「そもそも、今、リンクシェル持ってないでしょ」

言われて目を見張ると、リオは腰のサックの口を大きく広げて中を探った。
探しても探しても青いリンクパールは見つからない。

「うそ!? いつからないの!!?」

「にゃんボム、最高だったなりよ。おっつー」

状況が呑み込めずにいるリオに、ローディがニヤニヤ顔で言った。


そう、パリスの言った通り。
リオは利用されたのだ。


司令塔であるダンが口火を切れば、騎士達は間違いなく警戒する。
だが、隙のある者が感情に任せて口走ったことならば、たやすく無視はできないだろう。

深く関係している者が血相を変えて向かうならば――なおさら。


「チョコボは大丈夫そうか?」

両手剣を背中に収めながらダンが尋ねる。

「癒したけど、ちょっと心配だね。様子見ながら厩舎まで送ってくるよ」

立ち上がったチョコボ達を眺めながらパリスは応えた。

「行こう、リオさん」

一羽の手綱をリオに手渡すと、もう一羽の手綱を引きながら足早に歩き出す。
握らされた手綱、パリスの背中、ダンの横顔を解せない顔で見回すリオ。

「ちょっ…と……何、どういうこと!?」

抗議しながらパリスの後を追った。


風の中、タロンギ大峡谷へと向かって去っていく彼らをローディはしばし見送る。
やがてサッと金髪を払うと、独り言のように言う。

「さて……じゃあ、鬼ごっこ鎮火しとくぞぃ♪」

アズマ達に渡してあるリンクシェルへと意識を馳せ、指示を飛ばした。

“鬼ごっこ終了しておk。お疲れちゃんちゃんちゃーん☆”

複数のリンクシェルを所持することなど日常茶飯事なローディは、平然と使い分けをやってのける。

その間、ダンは押し黙ったままだった。
両手剣を背に立ち尽くす彼は、何処かを見つめているのだろうか。
ふと疑問に思ったローディはおもむろに彼の顔を覗き込む。

ローディの視線がダンへ向けられたと同時に、彼は歩き出した。
ぐっと奥歯を噛み締め、何かを振り払うように、自分の胸をガンッと握り拳で叩くダン。

その様子に、ローディは眉を開くと明るい声で言った。

「俺様は"心"なんてメンドイもの捨てちゃったから、ヘッチャラピーだがのぅ。ダンはナニソレ? 苦しいの?」

あっけらかんとしてローディが目を瞬いている。


ダンの頭の中はこの後の段取り整理に忙しい。

――そのはずなのだが、今は先ほど目にした光景が脳裏で繰り返されていた。


涙と震えの中で示された決意。


あの、自分の姿を映すたび安堵に揺れる尊い瞳を。
護るためならば。
失っても構わないと――腹をくくった。

しかし、覚悟したはずの心がもがき、喉の奥から込み上げる。


「……クズだな、俺は」


前だけを見据えて、ダンは低い声で吐き捨てるように呟いた。

「飛ばしてくれ」

息苦しさも見て取れるダンの様子に、ローディは首を傾げた。
ついていけないとでも言うように肩をすくめる。
要望に応えて転移魔法を詠唱し、ダンを魔法の光で包む。



風が吹きすさぶ地に一人だけ残った魔道士の青年。
ひとつ息をつくと、顎に手を当てて考えた。


――さて。
機械オタクの“かくれんぼスキル”で考えたら、そろそろか。


砂混じりの風に揉みくちゃにされた金髪をかき上げ、身にまとっている共和国正式礼服をパンパンとはたく。
そして鼻歌混じりに歩き始めた。

向かう先は――アウトポスト。



砂塵の舞う中、遠くに見えてきたのは木造の小さな砦。
バストゥーク共和国の旗が翻る、ブブリム半島のアウトポストだ。
ローディは潮の匂いを含んだ風に煽られながら、どこか優雅な足取りで、アウトポストに近付いていく。

歩み寄ってくる彼の存在に気付き、目をとめる銃士隊のヒュームの女性。
彼女は霞む目を細めるが、ローディの周りには煌めきと共に幻で薔薇の花が見えた。

星の光でも宿っているかのような青い瞳で微笑み、彼は名乗る。


「バストゥーク共和国 VIPランク 一億の、レオポルド・フェアベルゲンだ」


なんて白く美しい歯。
銃士隊の女性は、圧倒的オーラを放つ青年に息を呑む。

「工務省に確認を取ってくれないか? 此度のリージョンを不服とする者が俺に接触しようとしている」

言葉も出ない彼女に構わず、美しい彼は続ける。

「俺が対応しても良いが……自身で対応したければ"秒"で来るといい」

朝日の煌めきに縁取られた金髪が揺れる。

「森の中だ。そう伝えてくれたまえ」

風も吹き乱すことを遠慮するほどの眩しい笑みを浮かべ、言い放った。

満足した様子で青年は踵を返す。
ぱっと金髪を払って歩き出し、機嫌よく独り言ちた。


「きひっ! お着替えしてこーよぉっと♪」


そして足を止め、転移魔法の詠唱を開始するのだった。



   *    *    *



サンドリアの路地裏を駆け抜けていると、不意に影が差した。
頭上を見上げる。

そこには、朝日の手前で広がる、騎士が放った捕獲網。

「――げっ、網!?」

このまま走れば見事に網の中だ。
脇道はない。
全力で止まれば回避できるか?――いや、止まってる場合か?!

冷や汗が吹き出た瞬間、魔法の輝きが上空の捕獲網にまとわりついた。
途端に落下速度が遅くなり、至極ゆっくりと舞う捕獲網。

アズマはこれ幸いと、走るスピードを緩めるどころか加速させて一気に網の下を駆け抜けた。

「スロウか! やるじゃねぇかチョモ!!」

どこからとも無く魔法で援護してるらしき同僚チビに向けて言う。

次の瞬間、がくんと背中が引きづり下ろされるような感覚に襲われる。

「ぐお!!?」

仰け反りそうになるのを必死に持ちこたえ前傾姿勢になる。
肩に食い込む荷物をぐっと掴んで歯を食いしばると、再び魔法の煌めき。
ふわりと荷物を押し上げるように風の力を感じた。
先程から切れ間なく施される風魔法のヘイストにも、アズマは気付いていた。

そもそも、この地獄はいつ終わるのか。

アズマが次の退路を探しながら息をついていると、リンクシェルから待ちわびた声が届いた。


“鬼ごっこ終了しておk。お疲れちゃんちゃんちゃーん☆”

上機嫌なローディの声。
混乱をそのまま音にしたようなアズマの声が飛びつく。

“ローディさん!? お、鬼ごっこ!? 一体全体……”

路地の先から騎士が走り出てきたのが見え、アズマは言葉を切って一目散に踵を返す。

終了して良いと言われても、この事態をどうすればいいのか。
アズマにはまったく見当がつかない。

“おいチビ! くそチビ! 隠れてねぇで助けやがれ!!”

堪らずリンクシェルに叫ぶ。

“――あ、ボクもう、そっちにいないんで”

「ぬわにっ!?!?」

さらりと白状な言葉を返すチョモに思わず絶叫する。
すると、まったく温度の違う飄々としたローディの声が届く。

“大通りに出るがよいぞ。あとはバテシバが何とかする”

喉を枯らして走りながら、聞こえた『大通り』だけ頭の中で復唱する。
ババッと周囲を見回し、脇道の先に通りが見えたので一気に駆け出した。

“ですってよ、アズマさん! バテシバって人を探すんすよ!”

――この状況でどう探せと!?

重たい荷物を背負ったまま駆け回りまくったアズマの体力は限界に近い。
すがる思いで大通りの明るさを目指し、最後の力を振り絞る。

通りに出られる――という瞬間。
その明るい行き先に槍を手にした騎士数名が現れたのが見え、アズマは絶望した。

もう走れねぇって。

だが――
通りに出たその時、待ち構えていた騎士達を押し退けて一人のガルカが現れた。


「やったぞアズマ! 俺たちの勝ちだ!」


そのガルカは喜色満面で言い放ち、ふらふらのアズマと肩を組んだ。

汗だくで息をついているアズマは目が点。
『ハトが豆鉄砲をくらったような顔』とは、まさしくこのことを言う。

無遠慮に騎士を退け、興奮冷めやらぬ様子で話しかけてきたそのガルカは知人だった。

いつもボーッとしていて、起きているのか寝ているのか分からない。
お馴染みの三人組メンバーの一人、ゴンベだ。

「――おい、動くな! 取り調べさせてもらう!」

ゴンべに面食らった様子の騎士が役目を思い出し、声を張った。
その声にびくりとするアズマだが、肩を組んだゴンベは首を傾げる。

「だあ? なんだよ。俺たちに用か?」

普段とは様子がまったく違う。
質問に対し、すぐ言葉を返す。
はっきり喋る。
表情もある。

このガルカは本当にあのゴンベなのかと疑わしくさえ思い、まじまじと見つめてしまう。

だが、何度見つめてもゴンベだった。
普段以上に軽装……というには露出が過ぎる格好の。

「その荷物はなんだ。確認させろ!」

警戒を露わにした騎士が言う。
続々と、アズマのことを追い回していた騎士達がこの場に集まり始め、囲まれる。
アズマはごくりと固唾を呑むが、ゴンベは肩をすくめた。

「なんだよなんだよ」

「危険物ではないだろうな?」

訝しげに身構える騎士に対しゴンベは鼻で笑う。

「危険なもんか」

「お、おいゴンベ!」

不服そうに顔をしかめているガルカに押し殺した声でアズマが呟く。
顔色の悪いハゲ侍を見てゴンベは呆れ顔になった。

「どうしたんだ、お前も。危険物なんかじゃないだろ? 中身を見ろ」

言われて数秒の間を置くと、アズマはずっと背負っていた大きな荷物を地面に下ろした。
そして留め具を外し、開きながらバッと中を覗き込む。

瞬間、鼻っ面に何かがぶつかった。

近すぎて全貌が見えないが――

ぱちりと瞬きをする、つぶらな瞳。


「ざ……座敷わらじっっ!?!」


ばちんと音がして、アズマの両目を小さな両手がビンタした。
声も出せずに顔面を押さえて地面にもんどり打つハゲ侍。


アズマが背負っていた大きなリュックの中から姿を現したのは、結わいた青髪がめちゃくちゃになったタルタル魔道士――ロエだった。


顔を上げた拍子にアズマと、鼻と鼻がぶつかった。
仰天したロエは咄嗟にビンタをお見舞いし、今は両手で顔を覆いしゃがみ込んでいる。
耳まで真っ赤になって。

騎士達はその様子を、ぽかんと口を開けて眺めていた。
ゴンベは騎士に向かってどや顔で説明する。

「俺達は、鬼ごっことかくれんぼを合わせたハイブリッドな遊びで対戦中だったんだ」

そして再び、興奮した顔つきに戻る。

「でも、勝ったぞ!! これで二十勝十八敗で引き離した! だっはっは!!」

ガッツポーズをして一人だけ満足気に大笑いしている。
目元に小さな赤い手型がくっきりとついたアズマが、地面に寝転がったままリンクシェルで叫ぶ。

“何がどうなってるんでぇ!? ゴンベ!? バテシバって誰!?”

“バテシバは俺だ”

リンクシェルの中で、ゴンベの声が応える。

“ヴぁ!?! ゴンベさん!!?”

チョモの爆音が頭を殴る。
ぐったりと地面に転がったまま、アズマはガルカを見上げた。

“オメェ……バテシバって名前だったのか”

“はい!? ゴンベさんじゃないんすか!!?”

“い、いや……。こいつ、名前聞いても答えねぇから……俺が勝手に呼んでただけよ。名無しの権兵衛っつって”

“マジっすかぁっは!!?”

ハウリングを起こしそうなチョモの絶叫に頭を抱えつつ、ロエはリュックから這い出て立ち上がった。
揉みくちゃの髪を手ぐしで整えながら苦笑いし、周りに棒立ちになっている騎士達に頭を下げる。


「お、お騒がせして、すみません……」


使命感溢れる緊張があまりの馬鹿馬鹿しさに打ちのめされ、騎士達は開いた口が塞がらない。

通りすがりの子ども達の笑い声がやたらと響く。


騎士の中の誰かが、リンクシェルを通して報告の声を送った。


爆破予告の実行犯と思われた男は、ただのお騒がせ野郎であった――と。



<To be continued>

あとがき

第三十一話『行く資格』でした。
今回の“アハピの癖”活用は
①リオの癇癪爆弾
だから『にゃんボム』。

②レオポルド・フェアベルゲン
アハピ脳で直訳すると『かくれんぼする覇王』。
響きだけは立派な、クソくだらない偽名?

③ロエさん、コンプレックスを武器に
彼女にしかできない援護策。

……おっと、④ゴンベ=バテシバもありました。
とにかく今回は盛りだくさんです。

三十一話はアハピ恒例のドタバタの裏で、ノルヴェルトが静かに“心の底の底”と向き合う回でもありました。

この決断がどんな形で実を結ぶのか。
よければ、この先も見守ってやってくださいね。