どちらへ?

2004/02/03公開


俺は俺のために生きるんだ。
誰にも束縛されず、自由に。


そう思って俺は冒険に出たはずだった。
なのにあいつに出会ってからというもの、自分の歯車が狂ったように感じる。
なんでこうなっちまったんだろう。
自由奔放、気楽で豪快な俺の冒険はどこ行っちまったんだよ?





“ダ~ン~分かんないよぉぉ~”

あいつの情けない声が、まろやかな光りを反射させている青い球体から聞こえてくる。
“何でだよ、俺の言った通りに進んでるか?”
“もちろん!……えーおかしいなぁ、ちゃんと言われた通りに進んでるのに…。
 右ってお箸を持つ方だよね?”
ラテーヌを走るチョコボの上で、俺は思いっきり脱力した。
周りには誰もいない。広がる草原を風の波が静かに撫でていくだけで。
天気の良い空の下を疾走するチョコボを操りながら、俺は長いことリンクシェルでの会話に集中していた。
この場にいない人間をナビするのは非常に面倒だ。
しかも、相手が天才的な方向音痴だと、尚更。
俺がサンドリアの町を出た頃からずっと道を教えてやっているにも関わらず、
リンクシェルの向こうにいる相手は『あれ?』と『分からない』しか言ってない。
いい加減くたびれてくる……―――と、別のリンクシェルメンバーの声が聞こえた。
“そうそう、お箸を持つ方ですよ~”
落ち着いた女性の声。この優しい声はタルタル白魔道士のロエさん。
“トミーちゃん、ウサギがいる方向に進んでいけばいいんだよ♪”
呑気な声で馬鹿なことを言ってるのはエルヴァーン赤魔道士、パリスの野郎だ。
“む、ウサギを目印に進めばいいんですか?”
“そそ♪そこにいるウサギさんは地形を熟知しているからね”
“おぉ~~!”
“変なこと吹き込んでんじゃねぇ!!トミー、お前も『おぉ~』とか言ってんじゃねぇよンなわけあるかっ”
俺は荷物袋から顔を覗かせている真珠に向かって突っ込んだ。
めんどくせぇが、いちいち言わないとトミーの奴は本気で信じるので、後で修正する方が面倒だ。
“あーもー、だから俺も行ってやろうかって言ったのに……”
チョコボに乗って移動しているだけなのに、何だかとても疲れてきた。
こんなことなら、初めからあいつを目的地まで引っ張ってって、さっさと片付けりゃ良かったんだ。
しかし、俺がそうやってうんざり思いながら言った言葉に対して、瞬時に返ってきたあいつの言葉は
“ヤダッ”
“あははは。ダン、嫌われちゃってるよ~?”
“うるせーぞ外野ぁ!!”


あいつ、トミーは今ミッションでパルブロ鉱山に行っている。
鉱山にある機械を使ってミスリルの砂粒を取ってくるってやつだ。
俺と同じサンドリア出身のあいつにとって、鉱山は慣れない場所だろう。
ただでさえ方向音痴のあいつのことだ、俺はあいつが迷うことを確信していた。
俺はもうとっくの昔にそのミッションは済ませていたし、
金儲けで鉱山によく行くので、道は完璧にわかっていた。
だから、そう、一緒に行ってやるって言ってやったのに……あいつときたら。

“ダンに頼らなくたってミッションくらいできるんだからっ。
 誰の力も借りずに自分の力でやるのさ!”
――――――というわけだ。
その自立心は誉めてやらんこともないが、今の状況を考えれば到底誉めてやる気にはならねぇ。
“だったら俺に道聞かないで、自分で探せ”
何を意固地になってんだあいつは。
少しムッとして、冷たい口調でそう言い返してやった。
“ふん、言われなくても探しますよー”
今みたいに俺が冷たく言うと、あいつは決まってガキみたいに意地を張る。
“あっはっは、ま~たいつものパターンだね♪”
明らかに面白がっているパリスの声を聞いて、俺はその声を発している球体を睨みつけた。
俺は別に、俺があいつに色々と教えてやりたいわけじゃない。
トミーがリンクシェルを使って何か疑問を口にすると、俺以外の二人にもその声は聞こえているわけだ。
だから俺はシカトして黙ってたって良い、他が答える。
だが、大抵真っ先にその疑問に対する回答をするのは、この馬鹿エルヴァーンだ。
何を吹き込むか分かったもんじゃない。
ロエさんは控えめだから、自分から前に出てくることはない。
パリスがくだらないことを言っていても笑ってあげるような、女性らしい女性だ。
だから自然と俺が口を出すしかなくなる。
それでトミーは、パリスの言葉は素直に聞くくせに、俺にはしょっちゅう反発する。
で、またこういう言い合いになるとパリスの馬鹿が大喜びなわけだ。
すげぇ、腹が立つ、面白くねぇ。

ヘラヘラしてるに違いないパリスに何か言ってやろうとしたところで、
『もう、パールッシュドさんたらまたそうやって茶化すんですから…』というロエさんの声がした。
真面目なロエさんは、パリスのことを丁寧に『パールッシュド』と本名で呼ぶ。
何がパールッシュドだ、偉そうな名前しやがって。
ロエさん、あんな奴パリスでいいんですよ。
いや、もう人として扱うこともない、ポチとかそういうので十分だ。
ポチ……よく考えてみるとすげぇなポチってオイ……。
今度ばったり会った時にでもそう呼んでみるか…。

“ダン、君今何か僕に対して失礼なこと考えただろ”
“別に何も”

じっと見つめてくる青い真珠から視線をそらして、ため息混じりに答えた。

“トミーさん、人がいたら道を聞いてみてはどうでしょう?”
俺がこの気に食わない【いつもの流れ】に疲れてきたことを察してくれたのか、
ロエさんがまるで子供に助言するような口調で言った。
トミーは『あ、そっか!』と頭の悪そうな声を出す。
“もしかしたらトミーちゃんの好きなガルカさんがいるかも♪”
“うわっ、ガルカさんに道聞きたい!!”
またガルカかよ…。
よく分からんが、トミーはガルカ種族が大好きだ。
今のそのパリスの言葉で一気にテンションが上がったのか、トミーは張り切った声で『よーぅし』とか言っている。
その様子にパリスとロエさんの二人が微笑ましげに笑った。
“本当に無理だと思ったら言ってね。
 僕ぁバストゥークでバザーやってるから、すぐに行ってあげられるよ♪”
“ありがとうございますパリスさんっ。でも……もうちょっと頑張ってみます!”
“ははは。まぁ、よーく地図見ながら進んでごらんよ。きっと見つかるから”
“頑張ってくださいね、トミーさん”

………二人がトミーを甘やかしている。

まぁいい、俺には関係ないことだ。
これからジュノに行って、買い物して、それから狩りに行くんだ。
トミーには二人の優しい仲間がついてる。わざわざ俺が口を出すこともない。
俺は肩を上下させる大きな溜め息をついて、自分のことに集中しようと気を入れ直した。
気が付けば、俺の乗ったチョコボはパタリアを走っていた。



“あう…その………ごめんなさい”

―――と、俺が一段落したと思っていると、今までとは少し調子の違うトミーの声がした。
不思議に思ってちらりと真珠を見る。



“地図買ってくるの忘れちゃったのぉぉぉぉぉ”

「っ馬鹿!!!!!!!!!!」


リンクシェルは意識を馳せるだけで会話ができるものだが、思わず俺は声に出して怒鳴った。
俺のいきなりの怒号にチョコボがビクッとしたのが分かった。
その瞬間からだ、パリスの『あっはっはっはっは!』という規則正しい笑い声が止まらなくなったのは。
そのムカツク笑い声をバックに、俺は怒涛の勢いで怒鳴った。

“何やってんだお前はちゃんと準備してから行けっつったろ!!?
 忘れたんだったら忘れたって、なんですぐに言わないんだよ!!!”
“あっはっはっはっは!あっはっはっはっは!”
“だ、だってダンが怒ると思…”
“あっはっはっはっは!”
“だからっておまっ、帰りはどうするつもりだったんだよ!?出られなくなったらどーするんだっつの!”
“あっはっはっはっは!あっはっはっはっは!”
“ま、まぁまぁダンさん…”
“あっはっはっはっは!あっはっはっはっは!あっは”
「パリスうるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」



あれから色々と怒鳴りまくった俺は、ある意味気力を使い果たして、溢れてくる言葉を一旦切ることにした。
大ウケしていたパリスもさすがに笑い疲れたようだ。
少しかすれた声で、トミーを慰めにかかっている。
“ト…トミー…ちゃん………そんな日もあるよ”
ゼェゼェと笑いをこらえたような声でパリス。
あんだけ大笑いしておいて何言ってんだこいつは。
“大丈夫ですか?無理しないでくださいね、トミーさん”
“……大丈夫です”
心配そうなロエさんの声に、やや小さめの声でトミーが答えた。
ほらな、いっつもこんなんばっかりなんだあいつは。
俺の頭の中はダルさと面倒臭さと呆れと疲労感でえらいことになってる。
“……いいか、絶対に3階の奥には行くなよ!!”
“分かりましたぁぁよぉぉー”

俺が言うとこんな感じだ。
本っ当に、可愛くない奴。
あいつはまだチョコボにも乗れないんだぞ?
おまけに馬鹿だ。
もし間違って鉱山3階の奥に迷い込んだらどうする?
奥にいるクゥダフ達はトミーにはまだ強いはずだ。
一匹絡んでくれば、次から次へとクゥダフはやってくる。
戦士一人じゃ無理に決まってる。



――――――何つーか、もう、嫌になってきた。

俺は深いため息をついて、当然だが黙って走り続けているチョコボを見下ろす。
チョコボはぬかるむ地面を力強く蹴りながら、俺をちらりと見上げて疑問符を浮かべていた。
そんな目で見るな。

……あれから何も言わなくなった青い真珠。
それが何だか落ち着かなくて、チラッと横目で真珠の顔色をうかがった。

トミー、あいつは何なんだ。
俺はとても理解できなかった。
どうすればあそこまでドジになれるんだ。
あいつはとにかく世間知らずで、行き当たりばったり過ぎる。
計画を立てるということを知らない奴なんだ。
まったく…同じヒュームでもここまで違うってのはどういうことだよ。
年もそんなに違いはないんだぞ。
あいつは俺より2つ下って言ってたから……20か?
自分のことは自分でしっかりやれってんだ。


頭の中でぶつぶつと毒づいてると、風に乗って助けを求める声が聞こえた。
何気なく風上の方を見ると、一人の魔道士が数匹のクゥダフに追われている。

「あー………」

モテモテだなオイ。

遠巻きに見ながらだらだらとクゥダフの数を数えていると、追われている魔道士の元に一匹のチョコボが駆け寄っているのに気付いた。
そのチョコボから男が飛び降り、魔道士を追うクゥダフ達の前に立ちはだかる。
装備を見ればすぐに分かる。あれはナイトだ。

さすがナイト様だな……って、俺もナイトになったんだが。

まぁ、あの人にかかればあんなクゥダフ連中、あっという間だろう。
俺の出る幕じゃない。
それに、獣人に追われて逃げたりするのも、重要な経験の一つだろ。
だから人情とか、正義感だけですぐに助けに入るのもどうかと思うんだが…。


……もしここにトミーの奴がいたら、ギャーギャー騒いだかもな。

何となくそんなことを思って苦笑いした。
頭の中には『それでもナイトなの!?』と、膨れっ面で喚いているトミーの姿。
俺は内心そのトミーに『うるせ』と言い返した。




“あ!”

何の前触れもなく、沈黙していた青い真珠からトミーの声が聞こえた。
“?……どうした?”
――――――まさか、クゥダフに絡まれたのか?
じっと真珠を見つめてトミーの返事を待つ。
知らない内に3階まで行ってたとしたら、クゥダフ一匹に絡まれるだけで命取りだ。

“なんかヘンな機械見つけたー!”
俺が一気に色々なケースを予想してそれへの対応を考えていると、トミーの好奇心に満ちた声が聞こえた。

絡まれたわけじゃなさそうだが……ヘンな機械って何だ??

“お、ついに見つけたのかな?”
“トミーさん、近くに強めのクゥダフがいるかもしれませんから気をつけて”
トミーの言う『ヘンな機械』というのがミスリルを摘出する機械なのであれば、
散々時間をかけたこのミッションがもうじき無事に終わることを意味している。
安心したような明るい声を掛ける二人。
“クゥダフ?大丈夫ですよ~ウサギくらいしかいませんから。
 …何だろうこれ、砂利入れるところなんてあるのかな…。あ、レバー発見!”

あいつがゴチャゴチャと言っていることを聞きながら、俺は自分がそのミッションをした時のことを必死に思い出していた。
どうにも、自分の記憶と照らし合わせると違和感がある。
多分俺だけじゃない。ロエさんもパリスも首を傾げてるんじゃないだろうか。
ミスリルを取り出す機械がある場所にウサギ………いたか……?
あの辺にはクゥダフがうろついていただけのような気がするのだが……。

“できたミスリルの砂粒は下に落ちるってダン言ってたよね?
 これじゃ川に落ちちゃいそうだけど……どういう仕組みになってるんだろ”

何だって?川??

川はねぇよ、鉱山の上の方に機械はあるんだ、川はねぇ。


…………………。





!!!!!!!


“ちょっと怪しいなぁ。一回砂利入れないでレバー引いてみるね”
“おい待った”  “あ~トミーちゃんそれは”  “駄目!”
トミーがいじろうとしているものがお目当ての機械ではないことに気がついた俺達が同時に言う。
でもあいつのことだから言いながら実行してるに違いないと簡単に予想できた。
俺は途端に、さぁっと血の気が引いていくのを感じた。

それは砂利を入れてミスリルを取り出す機械じゃない、エレベーターだ!
そんなもんに乗ってレバー引いてみろ、エレベーターが上がって俺が散々警告してた危険な領域へご案内だ。
あの馬鹿……クゥダフに集られるぞ!?

“あぃやーーーーーーーー!?”

“どうした!?大丈夫かっ!!?”
“トミーさん?!” “おおお??”















“床が上ってっちゃったーーーー!”

「お前は乗ってないのかよ!!!!!」

パリスの規則正しい笑い声、再放送開始。







……その後、どうなったかと言うとだ。
パリスの奴に『ダンはジュノに行くんじゃなかったのかい?』と聞かれて、
そこで初めて自分がグスタベルグにいることに気が付いた。
おかしい、確かに俺はジュノに向かっていたはずだった。
なのに気が付けばパルブロ鉱山に向かってチョコボを走らせてる。
魔道士がクゥダフに追いかけられてるのを見た時点で気付けよ、俺。
サンドリアからジュノに向かう途中、クゥダフを見かけるわけねぇだろが。

――――――……まぁいい、この際だ。あいつのところに行ってやるか。
嫌がろうと何だろうと見つけ出してさっさと連れ戻そう。
じゃないと別の事に集中できやしねぇ。

そんなわけで、鉱山の中に入りトミーを見つけた俺は、さっさとミスリルの砂粒を手に入れて、ギャーギャー言うあいつをバストゥークに連れて行った。



なんでこうなるんだよ、いつもいつもいつも。
あいつのおかげで今日も予定がメチャクチャだ。
どうしてあいつはこんなに俺を振り回す?
俺は他人を構ってる暇はねぇんだよ。





「……あいつと出会ってからロクなことがねぇ」
レンタルハウスに戻った俺は、ベッドの上に仰向けに寝転がって、一人つぶやいた。
時間的にまだ早いが、もうこのまま眠ってしまいたい。
でも駄目だ。今日もあいつに振り回された自分にイラついて、なかなか眠れそうにない。

レンタルハウスを借りて、今日はバストゥークで一夜を明かすことにした。
予定では今頃、ジュノで狩りの後の一杯をやってるはずだったのに。
結局今日もあいつの面倒で一日潰れたじゃねぇかよ。



―――――コンコンッ。

静かな部屋の中に、ドアをノックする音がやたら大きく響いた。

あーもー誰だよ。
俺は何のためらいもなく居留守を使おうとした。
―――――とそこで、近くに置いてあった綺麗な青い真珠から声が聞こえる。


“ダン……まだ起きてるよね?”


あいつの声だ、今度は何だ。
俺は少しの間、怪しむような目で真珠を見下ろして、ヒョイッとそれを手に取った。
「あぁ、起きてる。ちょっと待ってろ」
真珠に素っ気無くそう言うと、俺はゆっくりとドアに向かう。
そして何となく、黙ったままのドアをじっと見つめてから、静かにドアを開けた。

ドアを開けると、満面の笑みで俺を見下ろしている人間がいた。


「やぁやぁダン君、今日はお疲れ様♪これから一杯飲みでゅ!?
渾身の力を込めて、パリスの横っ面に握り拳をブチ込んだ。
ねじれて吹っ飛ぶエルヴァーン。
いや、理不尽なことは自覚しているが素晴らしくタイミングの悪いお前が悪い。

ドアを閉めて鍵をかけ、『で、なんだ?』と真珠に向かって問い掛ける。


“えっとね、今日はありがとう。また手伝ってもらっちゃったね…”

何故だろう、俺はその声に少しほっとした。
さっきまでの嘆息とは違った、外出から家に帰った時につくような溜め息をつく。
“いや……いい”
俺は答えた。



どうしていつもこうなるんだ。
俺はいっつもあいつに振り回されて、自分の予定をふいにして。






それでも、最後に俺を満たしているのは満足感なんだ。


<END>

あとがき

はい、どうもお久しぶりでございます。
こちらは村長ワールドの原点となる作品です。
書き方など色々と癖が強いですが、もう、これが私の作品の特徴でもありますので、特段修正せずに当時のそのままを掲載いたします。